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8 飯屋

 門番のいない門。押してみると簡単に開き、俺たちは魔族の町へと入ることができた。

 門をくぐったその先にあったのは、思っている以上に普通な町だった。

 森の中にあるためか、建物はほとんど木造建築。魔王城だけが石造りのようだ。

 さらに気になったのが、門から魔王城へと延びる大通りの脇に植えられた並木。

 鑑定スキルで調べてみると、思った通りの品種だった。


「マリア、この木、桜の木だ。しかも、ソメイヨシノ!」


 春に訪れたらきっと壮観だろうな。

 思えば、俺がこの世界に来る前もちょうど桜のシーズンだった。

 花見に行けなかったのが少し残念だと思っていたが。


「本当!?」


 マリアは喜ぶかと思ったら、嫌そうな顔をして桜の木から遠ざかった。

 青ざめた表情で桜の木を見上げたマリアは身震いした。


「桜の木って、夏は毛虫だらけだから好きじゃないのよ」

「いや、この世界だと虫は魔物の扱いだから、さすがにいないだろ」

「毛虫ってなんでしょうか?」


 そもそも、この世界には毛虫がいないのか?

 シルフィーの問いに、マリアは端的に説明した。 


「全身から毛が生えた虫よ」

「へぇー」


 サーシャはアイアン――の頭を見て、含み笑いをした。

 それにつられて、俺とマリア、シルフィーまでも吹き出してしまう。

 毛の話をして、アイアンの見事な不毛地帯を見てしまうのは仕方のないことだ。


「人の頭をネタにするな。この嬢ちゃんを見習え」

 

 アイアンはナビの銀髪ボブカットの頭にポンっと手をのせた。


「いえ、ナビも大爆笑していますが?」

『なんだと……!?』


 無表情で感情があまり出ないと思っていたのだが、ナビにとってアイアンのハゲネタはツボだったようだ。

 笑いの沸点が意外と低いのかもしれない。


「それにしても、誰もいないのか?」

「あの時と同じなら、魔族の連中は近くの森で山菜を取ってるか、家の中で作業をしてるはずだ。夕方になったら賑わうんだがな」


 山菜?

 魔族って山菜とか食べるのか?

 てっきり肉食かと思っていた。いや、肉も食べるだろうが。


「ついてこい、とりあえず魔王城の情報なら飯屋に行くのが一番だ」


 アイアンが手招きして俺たちを案内する。

 と同時に、腹が小さくなった。

 いや、食事はもちろん用意していた。カラの町で料理を買い、温かいままカード化。

 食べるときに具現化する。

 だが、カラの町の料理は少し俺の口には合わなかった。というのも、だいたい辛口なのだ。

 香辛料もふんだんに使われており、喉がやたらと渇く。

 シルフィーは毒舌スキルのためか気にせずに食べていたようだが、サーシャはあまり好んで食べている様子はなかった。

 マリアは……彼女は自分で作った料理を食べようとしたので必死で俺達は止めた。

 料理で仲間に死なれたら困る。

 そんなこんなで、まともな食事ができていなかった。


 もちろん、魔族の料理が口に合うという保証はどこにもない。だが、鑑定スキルで毒物かどうかくらいなら判断できる。

 ミーナを助けるには、あの女魔族とも、他にも魔王とも戦わないといけないだろう。

 体力はつけておかないといけない。


 ん?

 ふと、誰かの視線を感じた。

 殺気や怒気はないので、索敵スキルでも感じられなかったが――


「誰だ!?」


 俺が叫ぶと、建物の陰から出てきたのは4人の子供だった。

 7歳から9歳くらいだろうか?

 男二人、女二人の子供だ。

 ただし、背中に小さいが緑の翼が生えている。魔族の子供なのだろう。

 目つきの鋭い男の子が俺を見つめ、尋ねた。


「おい、お前、勇者か!」


 子供が突然そう叫んだ。

 いや、尋ねたのか? ただ、疑問符というよりかは確認作業のようだ。

 正直、自分が勇者であるだなんて思ったことがない。

 ここに来たのも、魔王を退治するためじゃなく、ただミーナを助けるためだ。

 まぁ、お姫様を助けるのは、ド○クエの初期作品において勇者の仕事であったらしいが。

 魔王城に入る前にいざこざは困る。俺は無難に「いいえ」を選択しようとしたのだが、


「はい、マスターは勇者です」


 ナビが割って入った。


「ちがっ、おい、ナビ、何を言ってるんだ?」

「ナビのデータべースからマスターの行動パターンと勇者と呼ばれる架空の人物の行動パターンを照合。結果、74.2%一致。勇者とみて間違いないかと」

「お前、記憶喪失だろうが。データベースってどこにあるんだよ?」

「名称:マリアから借りた書物のデータです。そちらでの一致率は97.4%でマスターと一致していま――ふっ」


 思わぬナビの返答に、マリアは赤面させてナビの口をふさいだ。

 つまり、マリアは勇者が俺と似た性格の物語ばかり読んでいるというわけか。

 俺も恥ずかしい。


「じゃあ、なんで74.2%まで下がったんだ?」

「それは名前です。勇者の名前は「ああああ」だとマスターが仰いました」


 あぁ、最初にナビに会ったときに言ったことか。てか、そんなんで23%も勇者適正が下がるのか。

 それなら識別番号が「ああああ」のナビのほうがよっぽど勇者じゃないか? データが偏り過ぎにも程がある。

 そう思っていたら、子供たちは目を輝かせ、


「やっぱり勇者だ!」

「あぁ、魔王様を倒しに来たんだ!」

「やったね、学校が休みになるね」

「お母さんたちにも知らせてこよ!」


 子供たちは一目散に走り出し、散開、各々の目的の場所へと向かったようだ。

 てっきり、勇者だと思われたら子供からも石を投げられると思っていたが。

 もしかして、思ったよりも魔王って魔族から嫌われているのか?

 それとも、俺達だと絶対魔王にかなわないと思ってるのか?


「なぁ、アイアン、なんで勇者が魔王を襲ったら学校が休みになるんだと思う?」

「俺が知るか。一体、お前ら何をやってるんだよ」


 アイアンは悪態をついた。だが、ふと何かを思い出したように顔を見上げた。


「いや、心当たりは一つあるが……とりあえず、飯屋についたし、入るか」


 アイアンが言う店。

 普通の木造住宅建築の家のようだが、野菜と肉の絵が描かれている看板がかけられている。

 また、店の前にボードがあり、チョークで「今日のおすすめ」などが書かれており、なんか親しみが持てる店だ。


「店主も魔族なのか?」

「ああ、魔族だ。だいたい60歳の魔族。いいか? 何があってもおばちゃんとか言ったらダメだぞ」

「誰がおばちゃんだい!」


 突然現れた声とともに、アイアンの頭の上に拳が振り下ろされた。

 アイアンは昏倒してしまう。ぴくりと指先が動いているので幸い死んではいないようだ。

 あのアイアンを一撃で沈めるとは一体なにものだ……いや、俺達なら全員可能なことだが。


 アイアンを倒した女性――60歳といっているが、30歳代とも言われても不自然ではない、かなりの美人。

 黒髪は後ろで束ねられ、背中に黒い翼が生えている。

 只者ではないのは気配でわかった。

 女は倒れたアイアンを見ると、


「ん? なんだ、アイアンの坊やじゃないか。6年ぶりだね」

「ま……ルーシアさん。ご無沙汰しております」

「あんたたちもこれの仲間かい?」


 ルーシアという名の女性の問いに、俺達は全員肯定した。

 一応繋がりの指輪もつけているし、仲間だろうな。


「そうかい、じゃあ入りな。ランチタイムは終わったから、残り物しかないがね」


 ランチタイム……そんなものもあるのか。いや、あってもおかしくないけど。

 ただ、黒板のメニューといい、ランチタイムといい、なんか日本のカフェっぽいんだよなぁ。

 おしゃれなテラスでもあればコーヒーとパンケーキを頼んでしまいそうだ。


 だが、意外な展開は終わらない。


 ナビは食事の必要はないのだが、まぁ、いつもの通り5人分の料理が運ばれた。


「これはなんて料理なの? 海の香りのするスープだけど」

「データにない料理ですね。黒いスープに麺、スープパスタでしょうか。」

「灰色の麺、はじめてみました」


 サーシャ、ナビ、シルフィーが小声でその料理への感想を言う。

 まだ食べていない。というか、食べ方がわからないという表情だ。

 なぜなら、麺を食べるのにはかかせないはずのフォークがそこにはなく、代わりにあるのは二本の棒だけ。


「た……タクトくん、これ」

「あ……あぁ、鑑定で見たが、毒はない。大丈夫だ。食べられる。食べていい」


 マリアと俺、二人は震える声でその料理を見て、俺達は二本の棒を持った。

 そして、麺を一気に音を立ててすする。


「マスター、麺を音を立てて食べるのはマナー違反ですよ」

「音を立てて食べるのがマナーな料理だ!」


 そう断言し、俺たちはスープをすすった。

 とても懐かしい和風出汁。昆布出汁だな。海が近くにないのに、どうやって仕入れたのか?

 いや、昆布は乾燥させたら日持ちするからここにあっても不思議ではないか。

 そして、麺。そばの香り、こののどごし、これぞ、まさに日本の蕎麦!

 サーシャたち三人も俺達につられて蕎麦を食べるが、慣れない箸に苦戦するうえ、その味にも微妙な表情を浮かべている。

 おいしいのはおいしいらしいが、俺達がここまで感動するほどのものでもないと思ったのだろう。

 マリアは「関東風なのが少し残念ね」と小声で言った。そうか、関東と関西じゃ蕎麦の味もだいぶと変わるからな。

 俺はこの真っ黒なスープの蕎麦は慣れ親しんだものだが、関西だと色がもっと薄いそうだからな。


「やっぱりあんたたちも流浪の民のようだね。気に入ったか?」

「はい、とても! どこでこの料理を?」

「魔王城に料理しか趣味のないやつが捕まってるからね。そいつに聞いたんだよ。蕎麦の実はこのあたりでももともと食べられてる食材だったからね」


 魔王城につかまっている料理人と言われて、ミーナの顔が浮かんだ。

 だが、ミーナは蕎麦のことは知らないはずだ。ならば、別の人間。しかも流浪の民が捕まっているということか。さらに、蕎麦のレシピを知っているとなると、記憶継承のボーナス特典を持っている可能性も高い。


「ルーシアさん、俺達の仲間が最近、魔王城に幽閉されたようなんで、助け出したいんです」

「ミーナという名前の少女だね」

「知っているんですか!?」

「あぁ、話は聞いてるよ。彼女が誘拐された理由もね」


 ルーシアは水を飲み、そこで言葉を止めた。

 俺の言葉を待っているかのように。


「やはり、邪教徒と関係があるのでしょうか?」


 それは俺が一番恐れていること。

 つまり、何らかの理由で、ミーナは俺の関わる事件に巻き込まれたのではないかということ。だが、それだと俺が誘拐されていている――いや、俺が殺されているはずだ。なのに俺は殺されず、ミーナだけが誘拐された。

 そこにどんな理由があるのかは全くわかっていなかった。


「関係大有りだよ。そのお嬢ちゃんは邪神を宿す巫女に選ばれたのさ」

「邪神を宿す……巫女?」

「あぁ、あの子が目覚めたら、この世界に邪神が舞い降りる。ミーナという少女の肉体と精神を喰らってね」


 思わぬ事実に俺たちは言葉を失った。

 ただの宿屋の娘だったはずのミーナが巫女の素質を持つ。

 現実を否定したいかのように、場には静寂が立ち込めた。

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