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7 宝箱

 夜、のどの渇きに抗いながらも眠ろうとしていたのですが、寝ようと思えば思うほど目が覚めてきて、私は布団から出て行きました。

 テイトさんの言った通り、望むものはなんでも用意してくれるらしく、私が寝間着として着ている絹の服も用意されたものです。

 ここまでくれば、どうして私が誘拐されたのか全く分かりません。

 タクトさんをおびき寄せるためかと思っていましたが、それだとここまで至れり尽くせりな生活をさせる理由になりません。

 窓から入り込む光を頼りに、私は水瓶へと歩いていきました。

 そこで、ふと入口のほうで話し声が聞こえました。

 

「そうか……西の迷宮で……」


 テイトさんの声です。西の迷宮?

 近づいてみると、テイトさんが扉の向こうの人相手に何か話しています。


「そうだね、あいつの仕業だろうね」


 あいつ? あいつって誰でしょうか?


「うん、また何かあったら教えてよ」


 テイトさんがそう言うと、トビラの向こう側から気配が消えました。


「テイトさん?」

「ん? ミーナちゃん、どうしたの?」

「ちょっと喉が渇いて……あの、テイトさん。今、誰かと話していませんでした?」

「カード化してくれる魔族の人さ。外の様子を聞いてたんだ」


 テイトさんはそう言って、私の頭をぽんっと叩いて、


「ミーナちゃんの王子様が迎えに来てくれたのかもね。誰かが迷宮を通って魔領に入ったのを感知したらしい」

「そうなんですか? タクトさん、一人で無茶をしてなければいいんですが」

「一人で……ね……」


 少しテイトさんは物悲しそうな眼で私を見つめました。

 そして、テイトさんは厨房のランプに火をつけ、さらにかまどに薪をいれました。


「ファイヤーボール」


 小さな火の玉が竈の中に入り、薪に引火しました。


「夜眠れないときはホットミルクを飲むのが一番さ。タクトと二人、死んだ両親によく作ってもらったもんだよ」


 牛乳のカードを具現化させて、鍋に牛乳を入れて火にかけました。

 とても慣れた手つきで用意してくれました。


「はい、ホットミルク。僕は日記を書いてから寝るから」


 テイトさんが私のテーブルに、木のマグカップに入ったホットミルクを置いてくれました。取っ手のあたりからほのかな温かみが伝わってきます。

 テイトさんの日課は日記を書くことだそうです。

 未来の自分に宛てたメッセージだとロマンチックなことを言っていました。

 私はホットミルクを飲みながら、私も日記を書いてみようかと思いました。

 思えば、タクトさんと旅に出てからいろんなことがありました。

 タクトさんと一緒に釣りをして、タクトさんが誘拐されて、タクトさんにヘアバンドを貰って、タクトさんに告白して。

 あはは、タクトさんのことばかりです。

 とても大切な記憶です。決して忘れてはいけない記憶。

 きっちりと形にして残さないといけない。


「タクトさんが助けてくれたら、私も今までの冒険の日記を書いてみます」

「それは日記じゃなくて自伝だよ、ミーナちゃん。うん、でも面白そうだね、書きあがったら僕にも見せて欲しいな」

「はい」


 大切な記憶。忘れてしまわないように心の宝箱に鍵をしめて、私はベッドへと戻りました。


「タクトさん、鍵を無くさないうちに迎えに来れたらうれしいです」


 タクトさんの無事を一番に思いながらも、身勝手な願い事を口に出し、私は眠りにつきました。




   ※※※ 


 クイーントラップワームを倒してからは、大きなトラブルもなく、休みを取りながらも迷宮を進み続けた。

 交代で寝ていたため、睡眠時間は一人4時間程度。快眠とは程遠い環境だ。特に、アイアンのイビキと歯ぎしりがひどかった。

 よくそんなに眠れるものだと思ったが、冒険者なら睡眠はもっとも重要なスキルだという。

 瞬間移動で夜になるたびに宿に帰っていた俺らにはない発想だ。


 そして、結界に入って3日目。

 何十度目かの階段を上った先にあったのが、目的の出口だった。


「よし、抜けたぞ!」


 迷宮の出口は森の中にあった。霧は出ていない。霧の結界の内側なのだろう。

 さすがに疲労が溜まっている。


「よし、魔族の町に行くか」

「町? 魔族の町があるのか?」


 初耳だと俺が尋ねた。


「あぁ、魔族の町だ。人間の町と変わらないが、一つだけ注意することがある」


 アイアンが少し間を置く。

 その間に、とんでもない注意事項がくるのかと思ったが――


「魔族の町の中ではドルグが使えない。基本は物々交換だ」

「それだけか?」

「あぁ、あと、当然魔族の町だからな、中にいるのはほとんど魔族だ」

「それって危険じゃないの?」


 サーシャが尋ねると、アイアンは肩をすくめ、


「魔族が危険な種族だっていうのは教会が勝手に言ってることさ。実際話してみたら全員気のいい連中だぞ」

「アイアンさんは魔族の町に?」

「ああ、一ヶ月間滞在した。仲間は魔王城に行ったっきり帰ってこなかったがな。俺は魔族の冒険者に助けられて元来た道を戻っていくしかなかった」

「魔族の冒険者?」

「意外か? 魔物と敵対しているのは人間だけじゃないんだぞ」


 正直意外だった。

 魔族と魔物って仲間のようなイメージがあったから。

 まぁ、魔物って知能があまりない生物だから、操るとかそういうことはできないのか。

 カード化した魔物は別として。


「ま、その気持ちもわからんでもないがな。俺もここに来るまではいろんな偏見を持ってたしな」


 そういうと、アイアンはカードを取り出し、「具現化」と唱えた。

 冒険に出る日にアイアンが持っていた大きな荷物が現れた。

 それを背負い、


「だがまぁ、今の話は外では絶対に言うなよ。下手に教会の連中に知られたら、教会裁判にかけられるかもしれないからな」

「ありうるわね。教会は魔族のことを罪深き者と言っているから、魔族を庇うような言動は処罰の対象になるわ」


 マリアもまた「反逆者マリア」として教会に目をつけられていた。

 現在は「奇跡のマリア」として教会からも認められているが、教会に狙われる恐ろしさは他人よりもよく知っているはずだ。

 アイアンが今まで魔族について黙っていたのもそのことが原因なのだろう。


「精霊信仰については魔族はどういう扱いなんだ?」


 シルフィーに尋ねた。シルフィーの生まれたエルフの里では、神ではなく精霊に祈りを捧げていたからな。


「精霊から見たら、魔族はエルフやドワーフ、人間と同様、種族の一つにすぎません。そこに区分けはありません」

「種族の一つか」


 そう言う見方もあるのだろう。


「でも、私はミーナを攫った魔族は許すことができないよ」


 サーシャが言う。それも俺の同意見だ。

 絶対に、ミーナを助け出す。

 そのためなら、どんな障害でも乗り越えてやる。

 その決意とともに、俺たちは森を進んだ。

 魔物の姿はない。人の出入りのある迷宮の周りには魔物がいないのは、魔領でも変わらないのだろう。

 木の枝から植物の蔦が垂れ下がり、木の根が壁のように太く長い。

 その木から赤色の木の実が成っている。マンゴーみたいな果物だ。鑑定を使ってみてみると、やはり食用の果物らしい。

 草は生えておらず、代わりにキノコが生えている。

 鑑定を使って見ると、食用になるキノコだという。

 もちろん、食糧は十分に持ってきているのでキノコ採取をする気などさらさらないが、最悪この森で遭難しても食糧には困らないだろうな。

 なんて考えながら先へと進むと、遠くに人工物と思われる石壁が見えてきた。

 さらに歩くと、木々が完全になくなり、草が生えている。

 空からは太陽の光が差し込んできた。3日ぶりの太陽の光だ。

 そして、壁には金属製の大きな扉があり、壁の向こうに――それが見えた。

 人探しの鏡によって映し出された、巨大な塔のような城。

 あれが――魔王城。


 ミーナのいる場所に、俺達はようやくたどり着いた。 

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