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6 百足

 迷宮に入って、すでに3日が経とうとしていた。といっても、3日ずっと迷宮に篭っているというわけではなく、夜は瞬間移動でカラの町に戻り、冒険者ギルドの宿舎に泊まることにしていた。

 感動の別れをしたばかりなのに恥ずかしいとマリアは言っていたが、アイリンと二人、夜遅くまで楽しそうに語り合っていた。

 だが、その楽な冒険も今朝までだった。


「マスター、結界内に入った可能性が高いです」


 四日目の朝、魔力鉱の光に照らされる広大な迷宮の中を進んでいると、突然、ナビがそう言った。


「わかるのか?」

「魔力の波動の乱れを感知しました。現在位置が確認できません。あと、瞬間移動が使えないと思われます」

「つまり、ここからが本番ってわけだね。まぁ、タクトのおかげで食料は確保できるから、強行軍は可能だけどさ」


 サーシャはカードケースを取り出して眺める。

 万が一のことを考え、全員が1ヶ月分相当の食料をカードとして所持している。


「ここで半分だ。このペースでいけばあと3日で着くんじゃないか?」


 アイアンは地図を見ながら言うと、


「っと、待て、罠がある」


 そう言って、壁につけられていた破片を取り除いた。

 この迷宮に救うトラップワームという巨大な芋虫のような魔物は、自分の破片を壁に取り付ける。

 その破片は壁に固定され、獲物が通ると熱を感知して麻痺毒の針を飛び出させ、トラップワームは動けなくなった魔物を後から食べるらしい。

 その罠も3日もすれば魔力鉱に魔力を吸い取られて消え失せるため、近くにトラップワームがいるかどうかの目安にもなる。

 以前、アイアンはこの迷宮に荷物持ちとして挑戦したことがあるといい、その罠についての知識も持っていた。

 実際、昨日も魔物の破片を解除した後にトラップワームと出くわした。


「さすがベテラン冒険者。助かるよ」

「ふん、麻痺毒をあびても平気な顔で治療しやがるお前に言われてもな」

「それでも助かるよ。あれ、喰らったらちょっとだけ痛いからな」

「普通なら痛みだけでも3日は悶絶するもんなんだぞ」


 アイアンは呆れて言う。ただ、ふっと息を漏らしながら笑って、

 

「まぁ、俺も稼がせてもらってるからな、このくらいは役に立つさ」


 アイアンの収入はすでに620万ドルグにも達しているらしい。

 取得金額5倍のボーナス特典もそうだが、このあたりの魔物の落とす通常アイテムの価値がかなり高いそうだ。


「やっぱり向こうもこっちに気付いてたみたいだな」


 前方からせまってきたのは、プラチナゴーレム、巨大な白金の塊の怪物だった。

 目の部分だけが赤く輝いているが、あれは目ではなくて核なのだという。つまり、弱点が丸見えの魔物。

 だが、そのスピードとパワーのせいで、幾多もの冒険者を亡き者にしてきた化け物。

 また、魔力耐性が高く、生半可な魔法では傷一つつけられない。

 さらに、金属なのに強い電気抵抗を持つのもプラチナの大きな特徴ではあるのだが――


「ファイヤーウォール!」


 俺が唱えた魔法が通路全体をふさぐ炎の壁となって、プラチナゴーレムを飲み込んだ。

 かつてヨーロッパにおいて、溶かすことができないからと大量に廃棄されることになった歴史を持つ白金の塊が、俺の炎の壁によって溶かされ、核ごと消滅させた。


「ぐっ……」

「タクト!」

「大丈夫、だいぶ慣れてきた……アイスニードル!」


 さらに氷の初級魔法をとなえ、通路を冷やしにかかる。

 絶対に傷つけることも溶かすこともできないと言われている魔力鉱も熱を蓄えることはできる。

 こうしておかないと、とてもではないが熱くなった迷宮を進むことができない。

 魔茨の指輪によって激しい痛みが襲うが、その威力は絶大なようだ。

 しかも、今の魔法によりさらに呪詛耐性は上がっている。

 呪詛耐性30。僅か10日ほどで上がるはずのない耐性値。

 痛みという対価にしては十分な報酬だ。


「無茶するなよ、あんたにここで死なれたら困るのは俺なんだからよ……と、へへ、白金だ」


 アイアンは落ちた白金のカードを上機嫌に拾う。

 プラチナゴーレムの通常ドロップ、1枚10万ドルグで取引され、今拾ったのが4枚だから40万ドルグ(士官クラスの兵士の年収と同額程度)になる。

 もちろん、通常のドルグのカードもあり、一匹につき1万ドルグ、ボーナス特典により5倍だから5万ドルグがアイアンの手元に入る。


 痛みもだいぶとやわらぎ、先へと進もうというところで、


「サーシャ、気が付いたか?」

「ああ、少し遠いが、今までにない気配だ」


 索敵スキルのおかげで、魔物の位置はだいたいわかる。

 約1キロ先の場所から何か気配がした。


「アイアン、他に回り道ができそうな場所はないか?」

「いや、ないな。このあたりは一本道だ。奥に広い空間があって、以前、俺達はそこでキャンプをした」

「そこに魔物がいる可能性が高いですね。タクトお兄ちゃん、指輪をはずしたほうがいいとシルフィーは思います」

「ナビも名称:シルフィーユ・シルヴィアと同意見です。マスターの現在の状況では、上級魔法は使うことが不可能です」

「いや、このままでいい。上級魔法を使ったからといって、死ぬわけじゃないからな」


 中級魔法による痛みもだいぶと慣れてきた。

 それに、中級魔法ですら、今なら上級魔法と変わらない威力の魔法が使える。

 よほどのことがない限り、上級魔法を使うことにはならないし、よほどのことがあるとしたら、魔茨の指輪による魔法威力上昇は必要だ。


 歩いていくと敵の気配がだんだんと濃くなっていった。

 だが、敵の姿は一向に見えない。


「気配はやっぱりここからか」


 通路の先、広い空間が見える。


「っと、おい、部屋中に罠があるぞ……ここに入るのは危険だな。とりあえず、入口の罠だけ外すが」


 罠か。とすれば、敵はトラップワームなのだろうか?

 罠は長くても三日もあれば消えるから、待てばいいとアイアンが提案した、その時だった。


「アイアンっ!」


 俺はとっさにアイアンの腕を引き、後ろに飛ばす。


「何しやが――」


 アイアンが文句を言おうとした、その時、アイアンが取り外そうとしていた罠から、針の代わりに巨大なムカデのような魔物、トラップワームが飛び出した。


「ファイヤーボール!」


 とっさに、俺は火炎球を使う。痛みと引き換えにトラップワームは絶命してカードに変わった。だが、それが――事態をさらに急変させる。

 熱により発動する罠。

 そして、その罠は、針を飛び出す罠ではなく――

 部屋中にムカデの魔物――トラップワームを呼び覚ます罠として発動させた。


「魔物は卵から生まれないんじゃなかったのか――」


 俺はそう愚痴をこぼしながら、迫りくるトラップワームにファイヤーボールを撃つ。

 魔物は魔力が集まって生まれる。卵から産まれるはずがない。

 そう思っていたのだが――


「知るかっ! とにかく、逃げろっ!」


 アイアンが叫び、大腕を振って走り出す。

 俺たちもまた元来た道を全力で走って行った。


「ゴッドブレス!」


 走りながらシルフィーの使った風の塊が先頭を走るトラップワームを押しつぶし、緑の粘液のついた細胞が飛び散り、魔力となって四散し、カードだけが残った。

 だが、魔物がカードへと変わると、さらに後ろからトラップワームが迫ってきた。


「ファイヤーウォール!」


 ナビがファイヤーウォールの魔法を唱える。

 だが、結果は同じ、先頭の数匹を倒すことはできるが、数は一向に減らない。


「このまま走りながら撃破していくか」

「挟み撃ちになったら危険だ――ファイヤーウォール!」


 俺が唱えたファイヤーウォールは先頭の十匹を呑み込む。


「ぐっ……まだだ、ファイヤーウォール!」


 炎が消えると同時に、再度ファイヤーウォールを唱えた。

 足元の魔力鉱がヤケドしてしまいそうなほど熱せられているが、気にしている余裕はない。


「タクトくん、無茶しないで!」


 マリアが炎の向こうにいるであろうトラップワームに拳銃を撃ちながら、うめく俺に言う。


「大丈夫だ。シルフィー、ナビ、引き返して5人で順番に押していく。マリアは援護を。サーシャはクールタイム中の守備を俺と一緒に頼む」


 俺が指示を出すと、


「わかりました。できる限り敵を倒します」

「了解です。MPの残量は十分あります」

「わかったわ。弾はまだ十分あるわよ」

「あぁ、出番がないかと思ったよ!」


 俺が三度目のファイヤーウォールを打ち込む。

 と同時に、サーシャと俺が前に走った。

 杖を斧に持ち替え、サーシャとともに前に行く。

 炎が消えると同時に、トラップワームが俺達に牙を出し、かみつこうと迫ってきた。

 俺はその口ごと斧で切り裂く。サーシャもまた剣で防戦をした。マリアの弾も俺達の隙間を縫うように飛んではトラップワームに致命傷をあたえていった。。

 前衛は時間を稼げばいい。それだけでいいのだが、


「ぐっ」

「タクト、どうした」

「大丈夫だ!」


 先ほどのファイヤーウォールへの痛みが身体への負担となる。

 だが――俺は歯を食いしばり、斧を握りしめた。


「行けます!」


 シルフィーの声に、俺たちは後ろにとんだ。


「ゴッドブレス!」


 風の上級魔法がトラップワームの群れを押しつぶした。

 この行程を3周繰り返した。厳しい痛みが俺を襲ったが、大丈夫だ。数は減ってきている。あとはナビの一撃で、出てきたトラップワームを倒せるはずだ。

 なのに、なんだ? 奥にまだ巨大な気配が。


「ファイヤーウォール!」


 ナビの炎の魔法が敵を飲み込み、俺たちは広場へと戻った。

 そこにはやはり何もいない。

 だが――


「上だ!」


 俺が叫ぶと、天井に巨大なトラップワームがはりついていた。

 通常の10倍の大きさ。

 マリアが無言で放った弾丸が、トラップワームの身体にめり込んでいく。

 効いているとは思えない。


 そう思ったら、撃たれた穴の中から、新たなトラップワームが現れた。

 トラップワームを生み出すトラップワーム。

 クイーントラップワームといったところか。


「こいつが元凶か! ファイヤーボール!」


 俺の放ったファイヤーボールが新たに生まれたばかりのトラップワームを飲み込んだ。だが、その後ろにいるはずのクイーントラップワームにはダメージを与えた様子がない。

 と同時に、クイーントラップワームの身体全体から針が飛び出した。

 今までにない攻撃に俺達は防御の姿勢をとるが――腕に刺さった。

 俺の他にも、サーシャ、マリアが針の攻撃を受けている。

 ナビとシルフィー、アイアンは後ろに下がっていたので平気なようだが――


「くっ、麻痺毒か……」


 身体から自由が失われる。

 血液を通して全身に毒が回った。

 やばい、これだと走って逃げるのは無理だ。

 治療しようにも一度に全員の治療ができない。

 となれば、一撃で天井にいる化け物をぶっ潰す必要がある。 


 俺は決意を込めた。


「喰らいやがれ、ファイヤーフィールド!」


 天井を床と定め、天井から下に二メートルの位置まで炎の空間が現れた。


「ぐっ――あああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ」


 今までにない激痛が俺の全身を駆け巡る。


「タクト!」「タクトくん!」「タクトお兄ちゃん!」


 真っ先に駆け寄ったのは無言のナビだった。ナビは俺のおでこに手を置き、


「痛みによる血圧低下、意識を保っているのが奇跡です……」


 ナビがそう言うと、全員ほっとしたように胸をなでおろした。

 天井にいたはずのクイーントラップワームは跡形もなく消え失せていた。


「ぐっ、悪い、心配かけた。アンチパラライ!」


 俺が麻痺治療魔法を唱えると、マリアから麻痺が消えた。

 痛みはあるが、先ほどの比ではない。


「はは、この痛みを経験したら中級魔法なんて屁みたいなもんだな」

「無茶をしないでください。動けなくなる魔法なんて自爆魔法と同じです」


 しばらくして、ナビが俺にアンチパラライを唱え、俺が最後にサーシャにアンチパラライを唱えた。

 だが、痛みで暫く動けそうにない。


「すまない、ミーナ……もう少し待っていてくれ」


 俺はそういい、少しの間意識を手放した。

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