5 不安
「……ランクBね」
「私が一番低いのね」
ガラス球に映し出されたBの文字を見て、マリアが少し残念そうに言った。
「何言ってるのよ、マリア。ランクBでもギルドの中だと上位者ランクよ」
アイリンが呆れたを通り越して、信じられないと言った感じで俺達を見た。
それも仕方ないだろう。
ランクAクラスの人間は両手の指で数えるほどしかおらず、ランクB以上の冒険者でも、名前を言えば、「あ、あの冒険者か」と誰もが言うレベル。
なのに、マリアのランクBをはじめ、サーシャ、シルフィーはランクB+、俺はランクA+と測定された。
ランクA+で世界一だろう? と思ったが、世界にはランクSという測定器では計測できないほどの実力者がいるという。
チートによるボーナス特典全取得の俺よりも強い冒険者。魔法学園で出会った女魔族のこともあるからいても不思議ではないが、一度会ってみたいものだ。
ちなみに、ナビは魔力を測定していない。自律人形であるナビはこの形式では能力の測定ができないそうだ。
このランク測定会を全て見学していた人が、俺達とアイリンの他にもう一人。
青ざめた表情を通り越し、真っ白な顔になっているアイアンだ。
「俺、よく殺されなかったな……」
ぽつりと彼が漏らした言葉が、その顔色の意味を伝えている。
まぁ、全員、赤子の手をひねるようにアイアンを倒せる実力者だからな。
「じゃあ、アイアンさん、仕事ですよ。この人達を魔領の中まで案内して差し上げてください」
「待て、魔領だとっ! 断る! なんで俺が」
「魔領へのルートはあなたが一番よく知っているはずですよ」
「あれはたまたま発見したが、魔物が強力で、運よく逃げて帰れた。だが、とても俺の手に負える場所じゃ――」
「魔物たちは全て俺が倒す。魔物が倒したカードも全部やる。だから連れて行ってくれ」
俺が頼むがアイアンは首を縦に振ろうとはしない。
「どうして、そこまで魔領に行きたがる。死にに行くやつなど面倒見切れないぞ。せめて理由を話せ……話してください」
「助けたい女の子がいる。彼女はそこにいるはずなんだ」
アイアンはため息をついて、小指を立てた。
「これか?」
「命よりも大切な女の子だ」
俺がそう言い切ったら、アイアンが嘆息とともに頭を抱えた。
そして、覚悟を決めたように俺を見た。
「ったく、わかった。案内だけだ。お前らみたいな化け物雑技団と一緒に戦うつもりはないからな」
「はい、これ」
話が纏まったのを見て、マリアが指輪を渡す。
「繋がりの指輪よ。経験値くらいはもらっておきなさい」
パーティーは6人まで設定できるが、ナビはスキルの経験値というものが存在しないため、指輪を装備していない。
「ふん、言っておくが、俺が行くのはあくまでも金のためだからな」
アイアンはそう言いながら、青く光る指輪を自分の小指にはめた。指が太くて最後まで入らない。
「マリア、絶対帰ってきてね」
「うん、必ず帰ってくるからね、お姉ちゃん」
マリアとアイリンがハグを交わして別れを告げた。
こうして、アイアンの仲間を加え、俺たちはカラの町を後にした。
※※※
それからアイアンの準備を待ち、俺たちはカラの町を後にした。
「普通、馬を使っても1ヵ月はかかるんだぞ、ここまで来るのに」
アイアンがげっそりとした顔でいう。かなりの強行軍だったからな。
それに、サーシャが言う。
「山を20は超えたわね。途中、綺麗な泉があったから、ミーナを助けたらあそこで水浴びをしたいわ」
「だよな。でもな、俺達、十分前までカラの町にいたんだよな」
「正確には8分26秒前ですね。28、29、30」
ナビがストップウォッチのように正確な時間を伝える。
まぁ、瞬間移動も18回使ったからな。
連続で使う回数としては新記録だ。
「くそっ、だから流浪の民は嫌いだ」
大量の荷物を持っているアイアンが呆れ顔で言った。
瞬間移動を流浪の民の技だと知っていたのは意外だったが、便利なボーナス特典だ、他に持っている人がいるってマリアも言っていたしな。
場所はカラの町から東に1700キロの位置らしい。
瞬間移動の連続でここまで来たので詳しい位置は理解していなかったが。
瞬間移動でこのまま魔領に入れるんじゃないか? とも思ったが、それは無理だとアイアンが告げた。
「あんたの能力を見ると、視界の範囲内に飛べる魔法なんだよな、それ」
アイアンの問いに、俺は「ああ」と頷いて答えた。
「なら、無理だ。魔領の周りは一年中濃い霧が立ち込めている。しかも霧が結界になっていて、まっすぐ進むのが不可能なんだ」
「迷いの森のようですね。古代魔法の一種でしょう」
シルフィーが言う。エルフの森にも似たような結界があった。
その時は、俺は瞬間移動で森を超えたのだが、それも不可能ということか。
「じゃあ、どうやって入るんだ?」
「あっちの山に迷宮がある。そこから魔領に繋がる道がある」
「本当なのか?」
「ああ、昔、入ったことがある。地図もあるから問題ない。だが、中の魔物はかなり強いぞ」
「それこそ問題ない。案内を頼む」
さらにもう二度瞬間移動をし、俺たちは迷宮の入り口へとたどり着いた。
その山から見える景色は、霧の壁だった。
魔領……魔族の領土なのか。
あそこに、ミーナがいる。
無事でいてくれ。
※※※
「それで、タクトさんと私は盗賊のアジトに行ったんです!」
私はテイトさんにタクトさんの武勇伝を熱く語っていました。
今まではスメラギさんと呼んでいましたが、目の前にいるお兄さんもスメラギさんなので、名前に呼ぶことになりました。
「そうなんだ」
テイトさんはニコニコ顔でフライパンで焼かれた茶色いパスタのような料理をテーブルの上に置きます。
私はそこに、青のりという干した海藻の粉末をまぶしていきました。
焼きそばという料理で、タクトさんたちの故郷の料理だそうです。
テイトさんからは、ニホンという国の料理をいろいろと教わりました。
特に、タクトさんが好きな料理を学べたことはとてもいい収穫です。
「本当に強い盗賊だったんですよ。盗賊の武器は――あれ、なんでしたっけ」
「斧でしょ?」
「そうです、斧でした」
「もう何十回も聞いたからね」
テイトさんは少し呆れながら、でも弟の成長が嬉しいのか笑って聞いてくれていました。
「そこで、タクトは女の子を助けたわけか」
「はい、タクトさんは誰にでも優しいですから」
私はそこまで言って、ふと、おかしなことに気付きました。
どうでもいいのかもしれませんが、とても大事なことだった気がします。
「それで、タクトはどうやって盗賊を倒したんだっけ?」
「あ、そうです、タクトさんはものすごい魔法を使ってですね――」
「あぁ、火炎系の上級魔法だね。本当に、こっちに来て二日や三日で使える魔法じゃないはずなんだけど」
「はい、それだけタクトさんは凄いんです。服のセンスだけはちょっとどうかと思いますが」
「あはは、タクトのジャージ好きは昔からだから、諦めたほうがいいよ」
テイトさんにも思い当たることがいっぱいあるのでしょう、苦笑して言いました。私は心の中に残った不安を掻き消すように、つられて笑いました。
そう、大したことないはずです。
タクトさんが、盗賊を倒したということはきっちり覚えているんだから。
でも、やっぱり気になります。タクトさんが誰を助けるために盗賊のアジトに行ったのか、どうしてもそれが思い出せないんですよね。
とても大切な人だったかもしれないのに。
まるで、頭の中から大切な何かが零れ落ちていく、そんな気がしました。