4 姉妹
南大陸の玄関口、カラの町。
南大陸の北西に位置する人間の町であり、そして、世界中にある冒険者ギルド、その本部のある町でもある。
「お世話になりました」
西大陸からここまで送ってくれた船長と、最後まで誰かわからなかったザルマークに礼を言った。
「いやいや、こっちも、最初は頼りなさそうな兄ちゃんだなんて思って悪かったよ。帰りもぜひうちの商会の船に乗ってくれ、あんたたちなら無料で乗せるように言っておくよ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
帰るときはミーナも一緒に帰る。
そう決意を新たに、俺はカラの町を歩いた。
カラの町は石造りの建物が目立ち、道は砂地、アラビアンナイトに出てくるような雰囲気の町で、風が吹くたびに砂埃が舞っており、そこそこ暑い。
魔族の住む大陸とは聞いていたが、多くの人で賑わう雑多な町だった。特に、宿屋の数はいままで訪れたどの町よりも多い。
貸し家屋、情報屋、武器屋や防具屋等も数多くあり、それと比例するように冒険者のような風体の男も多く見られる。
その中を俺達は歩いていた。通りを歩く人の多くが俺達を見てくる。
いや、おそらくは俺を除いた4人を見ているのだろう。
サーシャ、マリア、シルフィー、ナビ、4人ともどこに出しても恥ずかしくないほどの容姿を持つ。
目立つなといったほうが無理な話だ。
「おい、姉ちゃんたち、俺と一緒に酒でも飲もうぜ」
そのため、こういう男がいても仕方がない。
スキンヘッドに髭面の、まるで山賊のような男だ。まぁ、この町にいるということは山賊ではなく冒険者なのだろう。
「私達は全員予約済みさ。一昨日きな」
サーシャがそう言って、去ろうとする。
「おいおい、待てよ、予約済みってこの変な格好のガキのことか? は、こんなガキのどこがいいんだ?」
「なぁ、おっさん、俺達用事があるから、どっか行ってくれないか?」
「あぁ、そうか。それは悪かったな」
男はそう言って、立ち去る素振りを見せた後、踵を返して俺を殴りかかろうとしてきた。
だが、まぁそんな攻撃は楽々左手で受け止めた。
「な、バカな、俺の攻撃を楽々と……」
「おっさんが弱いからだろ?」
「バカ言え、俺はランクC+の冒険者だぞ」
「冒険者なのか? じゃあ冒険者ギルドまで案内してくれないか? この町初めてだから助かるよ」
「……ふざけるなっ!」
そう言って反対の手で殴りかかろうとしてきたので、俺はその手を払いのけ、
「ファイヤーボール!」
上空に向けて巨大な火の球を打ち出した。
暫し沈黙。
「……はいはい、冒険者ギルドでございますね。もちろん存じております。あ、もしよろしければ荷物をお持ちしましょうか?」
「いや、荷物はないからいいよ。それより、その髭剃ったらどうだ? 暑苦しぞ」
俺がそう言うと、後ろで女性たちが、
「タクトお兄ちゃん、かなり怒ってますね」
「あぁ、ジャージのことを変な格好と言われたこと根に持ってるんだろうな」
「マスターのファイヤーボールのほうが暑苦しいとナビは思いますが」
「タクトくんのジャージも少し暑苦しいわね」
好き勝手言ってくれる。
頬をぴくぴくさせながら、
「早く案内してくれ」
「えぇ、わかりやした」
ランクC+冒険者のアイアンに案内され、俺達は冒険者ギルド本部にたどり着いた。
「アイアンさんが来るなんて珍しいですね」
メガネをかけた、20代後半くらいの黒髪のお姉さんがカウンターの向こうで座っていた。
「おうよ、アイリンの顔が見たくなってな」
「もう、アイアンさん、冗談ばっかり言ってないでくださいよ。私は結婚してるんですから」
アイリンと呼ばれた女性は自分の左手薬指に輝く金色の指輪を見せて言った。
「タクトお兄ちゃんの新たなハーレムメンバーにはなれないようですね」
「ハーレムメンバーを求めに南大陸まで来たわけじゃないだろうが」
「あれ? マリア、どうしたの?」
サーシャが尋ねた。
マリアが目を点にして立っていた。
「でも、アイアンさんが誰かを連れてくるのは初めてじゃ…………え?」
アイリンさんは俺達を見て、言葉を詰まらせた。
一体、どうしたんだろうと思ったら、マリアがぽつりとつぶやく。
「アイリン……お姉ちゃん」
「もしかして、マリア……なの?」
「お姉ちゃん……なのよね」
マリアが目から涙を流して呟く。
だが、アイリンさんは困惑したようにつぶやき、
「……ごめんなさい……」
「え?」
「私には、記憶がないの」
※※※
俺達は冒険者ギルドの中の応接室に通され、ちょっと取ってくるものがあるからとアイリンさんが出ていき、五人で待つことになった。
その間に、マリアとアイリンの関係についてきっちりと教えてもらった。
マリアがこの世界に来たきっかけはもともとアイリンが勝手に応募したテストプレイヤー審査にマリアが当選したことだった。
だが、同時にアイリンもまたテストプレイヤーに選ばれ、ゲームを手にしていたのだろう。
マリアは、ゲームをする直前にアイリンに電話をかけて繋がらなかったことから、もしかしたらアイリンもこの世界にいるかもしれないと思っていたそうだ。
だが、流浪の民の情報を集めていく中でもアイリンの存在は確認できず、アイリンは日本で元気に暮らしているだろうと思っていたらしい。
ちなみに、アイリンは本名。だけど、両親ともに日本人だそうな。
暫くしていると、アイリンが戻ってきた。
アイリンが見せてくれたのは、一枚のプリクラシールだった。
そこに映っていたのは、20歳くらいのアイリンさんと、学生服を着たマリアだった。
どちらもはっきりと面影が残っていて、その顔の上に、アイリン、マリアとカタカナで書いてあった。
「私の記憶の唯一の手がかりがこれだったの。そう、マリアは私の妹だったんだ」
「えっと、お姉ちゃ……アイリンさんはいつからこの世界に?」
「お姉ちゃんでいいわよ。不思議と違和感はないのよ。記憶はなくても心に残っているのかしら」
アイリンは微笑み、
「私がこの世界に来たのは6年前ちょっと前になるわ。記憶もなくて困ったんだけど、人には見えないものが見える能力があって……」
「見えないものが見える……!?」
マリアはそう言って背筋を振るわせる。
そういえば、幽霊が苦手だったんだよな、マリアって。
「えっと、幽霊とかそういうのじゃなくて、物の価値とかそういうものよ」
「あぁ、鑑定スキルか」
「鑑定スキルっていうの? ともかく、それのおかげで、仕事も見つかって平和に暮らせているわ」
「そっか、お姉ちゃん、結婚したんだよね」
「ええ。といっても、だいぶ前に旅立って今はいないんだけどね。あいつも冒険者だから仕方ないといえば仕方ないんだけどね」
「そうなんだ……」
まずいことを聞いたと思ったのだろう、マリアの表情が沈んだ。だが、アイリンはあっけらかんとした顔で、
「まぁ、死んだって話は聞かないし、そのうち帰ってくるわよ」
と笑いながら言った。
「いろいろと話もしたいし、今夜はみなさん、うちで泊まっていかれますか?」
そう聞かれ、俺はマリアの顔を見た。
彼女は苦笑し、首を横に振り、アイリンに言った。
「そうしたいけど、私達、行かないといけないところがあるの」
「どこに?」
「……魔王城。冒険者ギルドにもその情報をもらうために来たの」
「駄目よ。それは認めらえないわ」
アイリンは表情を変えて、マリアに、そして俺達に言った。
「現在、冒険者ギルドでは冒険者および渡航者に魔領への侵入を禁止しています。当然、結界内に入る方法も教えられません」
結界内部に入る方法? 普通に結界の中に入れないってことか。
場所さえわかれば何とかなると思っていたんだが――
「入りたければ……うちのギルドのアイアンさんを余裕で倒せるくらいにならないといけないわ!」
アイリンが言い放った。
それに、俺達は全員顔を見合わせ、俺は言った。
「あぁ、もう余裕で倒しました」
「え? うそ? 本当に?」
どうやら、簡単に情報は手に入りそうだ。
マリアの姉はいつか出そうと思っていました。
まさか、こんなところで出てくるとは……




