3 囚人
ミーナが攫われた一時間後。
ミーナ視点のお話。
頭が少し痛むのを感じながら、私は目を覚ましました。
ベッドに寝ていたようですが、ここがどこなのか全くわかりません。
大理石の壁と床、ふかふかのベッド、そして、天井からシャンデリア。
ミラー教授の居宅も豪華でしたが、ここはその比ではありません。まるで絵本で読んだお城の中みたいです。
そして、窓の外は森が広がっていました。
と、そこまで見回して、私は思い出しました。
スメラギさんに告白して、スメラギさんはそれを受け入れてくれて、なのに急に意識が――。
「やぁ、目を覚ましたみたいだね」
私が振り向くと、そこには少しやせた無精髭の男の人がいました。年齢は30歳くらいでしょうか?
「あの、ここはどこですか?」
「魔王城だよ」
「魔王城……魔王城っ!? 魔王城って、南大陸のあの?」
「そう、あの魔王城。僕と君はそこで囚われの身。そこまではわかった?」
男の人は笑って言う。この人が魔王……なわけないですね。自分で囚われの身って言ってますし。
「は……はい。わかりました」
「私、南大陸に運ばれている間、全然気付きませんでした」
「いや、君が眠ってから目が覚めるまで一時間もかかっていないと思うよ。ダークソードって闇魔法はそれが限界のはずだから」
「ダークソード?」
私が尋ねると、男の人は説明してくれました。
闇魔法ダークソード。
刺された人は問答無用で意識を失ってしまう闇魔法の上級魔法。最大一時間程度意識を失うが、痛みや後遺症のようなものはない。
闇魔法の魔法書は魔族が管理しているため研究が進んでいないから、それ以上はわからないそうだ。
でも、一時間で北大陸から南大陸の移動ができるとは到底思えない。私がそう言ったら、魔王は瞬間移動を使うことができるからと、瞬間移動を使った一時間での移動法を説明した。
「魔王を退治しにきた僕もその魔法をくらってね、あはは」
「あはは、じゃないですよ」
「いやいや、ここって頼めば食料は提供してくれるし、住めば都のところだよ。君、食事は?」
「……いえ、皆さんが心配してるので」
私はそう言い、寝室を出た。
寝室を出ると、リビングがあり、いくつかの部屋がある。
玄関を開けようとしても鍵がかかっていて開きません。
木製の扉なので壊そうと思って、
「具現化っ!」
スメラギさんにカード化してもらった二本の短刀、火竜の牙と百獣の牙を取り出します。
「へぇ……カード化に……二刀流スキルか」
「はい、あ、すみません、火竜の牙は火属性なんで、もしかしたら家が燃えちゃうかもしれないですから、消火用の砂とかあります?」
「気にせずにやりなよ。むしろ、魔王城の放火に成功したなんて英雄になれるよ」
「……はい、わかりました」
私は短刀を構えて、全力で振りました。
ですが――扉は傷どころか焦げ跡一つついていません
「扉も壁も特殊な造りになっている。知ってる? 迷宮の魔力鉱は傷つけることができないって。そりゃそうだよね、魔力鉱を掘ることができるのなら、人類は好きなところに迷宮を作ることができるから」
「まだですっ!」
私は寝室に戻り、窓ガラスへとナイフを振るいました。
ですが、まるで手ごたえがありません。
「だから、僕たちは囚われの身だって言っただろ?」
私の後ろについてきた男の人が私の肩に手を置いて言いました。
「君、仲間がいるの?」
「はい…………大切な人達です」
「そう、なら、その人達が助けてくれるのを待つことにしよ?」
「…………あの、もう少しだけ頑張ってみてもいいですか?」
「その諦めない気持ちは好きだけど、無理しないでね」
男の人はそういうと、リビングに戻っていきました。
その後、私は床や天井、壁などあちこち短剣で叩きましたがどこも壊れる気配がありませんでした。
リビングに戻ると、パンと魚料理が並んでいました。
「お疲れ様、飲み物はミルクと水どっちがいいかな?」
男の人が牛乳のカードを見せて言った。
「……水でお願いします」
私がそう言うと、男の人は笑顔で水瓶に行き、水を一杯掬う。
「あ、この水は今朝持ってきてもらったものだから安心してね」
「持ってきてもらった? どうやって?」
誰かが持ってきてくれるのなら、その時に扉が開くはずです。そこで逃げられる。
「扉の隙間からカードを入れるんだ。結界はあっても完全に密室じゃないんだよ。完全に密室なら酸欠で死んでしまうからね。逆にゴミなどは扉の前に置いて、袋の端を扉の向こう側に出すと、カード化して回収してくれるんだよ」
「……そうなんですか」
それは残念です。
でも、カード化……まるでスメラギさんみたいな能力です。
そう思いながら、私は魚を見ました。ちょっと変わった焼き方をしていますが、とてもいい匂いがします。
「あ、おいしい」
「本当? うれしいなぁ、ムニエルって料理法なんだけどね。この中にいたら料理くらいしかすることないからね。腕もみるみる上達していったよ」
男の人は笑顔で言いました。
「どのくらいここにいらっしゃるんですか?」
「もう6年になるね。話し相手ができてうれしいよ。あ、安心して、襲ったりしないから。僕には妻がいるからね」
男の人はそういって、左手を私に見せてくれました。
彼の左手薬指に、金色の指輪が輝いていました。
「君も結婚してるんだろ?」
「え?」
言われて、私は自分の左手薬指を見て――その意味がわかりました。
私の左手薬指にも指輪が蒼く輝いていました。仲間の証、繋がりの指輪。
スメラギさんにはめてもらった、とても大切な指輪です。
「いえ、結婚ではなく」
私は男の人に訂正しました。いつかは結婚したいとは思っていますが、ウソをつくのはいけません。
「婚約したところなんです」
「そうなんだ。いい人?」
「はい、とても優しくて、とても強くて、とても頼りがいのある人です」
「そうなんだ。その人のことが好きなんだね」
「はい、大好きです」
私はそう宣言すると、
「そうか、良い人に出会えたんだね」
男の人は笑顔でそう言うと、パンを一つ手に取って口に運びました。
そして――
「まぁ、出会いでいえば、僕の方が運命的だったけどね。この世界に来てすぐに出会ったのが彼女だったから」
「この世界に?」
「あ、ごめん、変なこと言ったね」
男の人が謝罪しました。
ですが、私はその意味を知っています。
「あの、異世界から来たんですか?」
「え? 信じるの?」
「えっと、はい」
私がそう言うと、男の人の顔色が変わりました。
「もしかして、君の好きな人が、自分が異世界人だ、とか話したとか?」
私はそれにどう答えていいのかわかりませんでした。スメラギさんは自分が異世界人であることを隠しているのは知っていましたから。
男はそう言って、何やら考えこんだ。
「記憶継承を持っている……なのに……くそ」
男の人は頭を抱え、一言つぶやきました。
「すめらぎたくと」
その大切な名前に、私の心臓がドクンと大きく鼓動しました。
「君の好きな人の名前かい?」
「どうして、その名前を知ってるんですか?」
すると男の人は顔を上げ、私に言いました。
「自己紹介がまだだったね。僕の名前はスメラギ・テイト。タクトの兄だよ」
「え? えぇぇぇぇぇっ!?」
私は驚きのあまり大声をあげてしまいました。
まさか、こんなところスメラギさんのお兄さんがいたなんて。




