6 窮鼠
坑道の中はところどころランタンで灯りがともっているが、薄暗く、すぐに躓きそうになる。
さっき、殺された盗賊は中に向かって叫んでいた。誰かいるのは確かだ。
気配がするが、殺気などは感じられない。
まっすぐ進める道だが、左に枝分かれしており、その左の方向から気配がした。
慎重に覗くと、ベッドが三つくらい置いてあって、一人の盗賊が寝ていた。
どうやら、鉱山として使われていたときの鉱夫の休憩所として使われていた場所だろう。
ベッドの脇には剣とバンダナが置かれているから、捕まった人とかではないだろう。
(いけっ、殺せ)
俺はワンウルフにやってくる盗賊を殺すように命じた。
狼は静かに駆けていき、寝ている盗賊の首にかみついた。
本当に、断末魔の悲鳴にしては本当に小さなうめき声が聞こえ、ミーナが手で顔を覆う。
【対人戦闘レベルがあがった】
それは、おそらく盗賊の死を知らせるアナウンスだ。
ワンウルフが戻ってきたので、俺達はベッドのほうにいく。
ほかに盗賊はいない。
村を襲った盗賊は七人ということらしいので、少なくともあと四人はいるらしいが、おかしい。
坑道の奥から人の気配がしない。
「……とりあえず、これをもらっておくか」
盗賊のベッドの横においてあった剣を取る。
【盗賊スキルを覚えた 盗賊レベルがあがった】
まさかの俺が盗賊になってしまった。殺して奪い取ったという判定だったのだろう。
剣を鞘から抜くと、曲がった刀身が姿を現す。シミターとかいう武器だ。
とりあえず、剣を持って、置いてあった棚に切りつける。
【片手剣スキルを覚えた】
あれ? 木を切ったときはレベルがすぐ上がったのに、今回はレベル1のまま上がらない。
どうしてか? と思ったが、すぐに理由がわかった。
スキルスロットがいっぱいになっていた。
盗賊スキルをはずし、片手剣スキルを装着し、もう一度棚にふるう。
【片手剣レベルがあがった】
やはり、スキルは装着していないとレベルが上がらない仕組みらしい。
「あの、スメラギさん、何をしてるんですか?」
「あぁ、便利そうだから使えるかなって思って」
「でも、スメラギさんは短剣使いじゃ……」
「そうなんだけどね」
なんて言い訳をしようか、と思ったその時だった。
『うわ! どうした!』
声が入口から聞こえてきた。
しかも、声は一人ではない。二人、三人、それ以上の声がする。
(しまった、追い抜いていたのか)
山の手前に森があったのを思い出す。
そこに盗賊たちがいたときに、瞬間移動で追い抜いたらしい。
その可能性を全く考えていなかったのは失態だ。
(ミーナ、ここはすぐに見つかる。奥に行くぞ)
(はい)
まだ盗賊の視界に入っていないことを意識し、坑道の奥にいった。
幸い、狼がやったと思ってくれるはずだ。
坑道の奥は枝分かれしているが、枝分かれの先は全て短く、隠れるにも適さない。
一番奥を右に曲がると、そこは広い部屋になっていた。
銀貨や銅貨、カードや食料に水や酒の入った樽などが置かれている。
(しまった、宝物庫か……)
となれば、真っ先に盗賊がやってくる場所だ。狼に殺されただけと思っていればいいが、剣で棚を壊してしまっている。
侵入者がいることに気付けば、まっさきに宝物庫の確認に来るはずだ。
『くそっ、誰だ、俺らの兄弟を殺しやがったのは!』
盗賊の怒りの叫び声がここまで聞こえてきた。
『お前はここで寝てろっ! おい、奥に行くぞ!』
まずい、このままじゃ鉢合わせだ。
「ミーナ、飛ぶぞ!」
俺はミーナの手を握って、呪文を唱える。
「瞬間移動!」
瞬時に世界が変わ……らなかった。
「な、なんで使えないんだ? 瞬間移動! 瞬間移動!」
しかし、世界が変わることはない。
「どうしたんですか!? スメラギさん!」
「わからないが瞬間移動が使えない」
使用回数に制限があるのか、それともここは魔法が使えない場所なのか。
「くそっ、いけ、ワンウルフ! 近づいてくる奴らを倒して戻ってこい。ミーナはそこの樽の後ろに隠れていろ」
大丈夫、『お前はここで寝てろ』の声はおそらくサーシャに向けられたものだ。
ならば、来るのは盗賊だけだ。
ワンウルフが入口のほうに向かって走っていく。
「うわ、狼だ!」
声は思いのほか近くから聞こえた。
「ただの狼じゃない、キングウルフかっ!」
戦いの音がしっかりと聞こえる。
男の悲鳴が三回聞こえた。魔物使いレベルと対人戦闘レベルが上がる。
「くそっ、俺がやる!」
一番野太い声とともに、聞こえたのは、
「きゃんっ」
それは、おそらくワンウルフの死んだ声。
くそっ、くそっ、くそっ、油断した。
瞬間移動が使えないなんて。
通路から影が伸びてきた。
使えるかどうかわからないが使ってみる。
「ファイヤーボール!」
すると、火炎球が生み出され、出てきたばかりの若い盗賊に命中した。
使えた、魔法が封印されたわけじゃないのか。
【魔法(火炎)レベルがあがった】
メッセ―ジが頭によぎる。うっとうしい。
「誰だっ!」
盗賊が三人。中でも斧を持った大男――二メートルはあろうかという巨漢だ――がこちらを睨みつけてくる。
「名乗る名なんてない、ファイヤーウォール!」
初めて唱えた魔法だったが、凄い精神疲労感とともにそれは成功した。
炎が壁となって現れ、盗賊たちを飲み込もうかと迫っていった。
これで倒せる!
「ふんっ!」
俺の思いは巨漢の一振りで打ち砕かれた。
斧を一振りしただけで炎の壁は霧散してしまったのだ。
俺はカードを一枚、腹に忍ばせる。
「ふん、そんな魔法、俺に効くわけないだろ。俺の斧レベルは30を超してるんだぞ」
「くそっ、そんなもんやってみなくちゃわからないだろ」
俺はシミターで切りかかった。斧は威力はすごいが、素早さならこっちが上だ。
そう思ったのだが、
「無駄だと言っただろう!」
「具現化」
斧が俺の腹を打ち抜いた。
「ぐわっ」
【身体防御レベルがあがった 身体防御レベルがあがった 盾スキルを覚えた】
俺の体がとび、水の入った樽にぶつかる。
「ん? 変な感触がしたな、お前、いつの間に」
「身体に盾のカードを忍ばせて具現化しただけだよ。ついでにこれでもくらいやがれ」
俺はカードを一枚、盗賊に向かって投げる。
「具現化」
カードが百獣の牙に変わった。
「くだらん」
巨漢の男は斧を一振りし、ナイフをはじいた。
「ぐわっ」
その弾かれたナイフは別の盗賊の眉間に突き刺さり、その場に倒れた。
【投擲レベルがあがった】
倒れた仲間を見て、巨漢の男は顔を真っ赤にさせる。
「くそっ、よくも俺の仲間を」
最後だ。
ファイヤーウォールの精神疲労は半端なかったが、使うしかない。
炎の上級魔法。
「ファイヤーフィールド!」
俺は呪文を唱えた。
だが、何も起こらなかった。
――MPが足りない? それとも魔法レベルが?
「ふん、つまらん、そのはったりが最後か」
駄目だ、やっぱり使えない。
せめて、ミーナだけでも隙をみて逃げてくれ。
そう願ったときだった。
「待ってください!」
俺にとっての最悪が起きた。
ミーナが俺の前に立ちはだかったのだ。
恐怖のために身体を小さく震わせながら、涙を流して声を上げる。
「スメラギさんのことだけは助けてください! 私はなんでもしますから!」
「ミーナ、なんで」
「スメラギさんを見捨てて隠れてるなんてできません」
無駄だ、この男が見逃すわけがない。
「あんたは、宿屋の娘のミーナか。そうか、姉さんを助けに来たのか」
巨漢の男の横にいた若い盗賊がミーナを見てそう言う。
「親分、こいつも殺さないといけなかったんだよな、ちょうどいいじゃないか」
どういうことだ?
殺さないといけない? 盗賊は最初からミーナとサーシャを狙っていたのか?
「あぁ、そうだな。姉妹仲良く可愛がってから、二人で一緒に殺してやるよ」
男がそう言って、前に出たミーナを払いのける。
ミーナは横に飛んでいき、壁にぶつかった。
守らないと、ミーナを守らないと。
頼む、俺にはチートがある。どんなチートでもいい、俺に力を貸してくれ。
「ファイヤーフィールド!」
俺がそう叫んだ。だが、何も怒らない。
ダメ……なのか。
俺が諦めかけたそのときだった。
『諦めるなっ!』
その声が聞こえた……気がした。
と同時に、俺は最後の気力をふりしぼる。
【決死の一撃スキル本日使用回数残り0回】
直後、俺の目の前は炎の空間が、炎に包まれて爆ぜた。
そのまま精神的疲労と爆風で仰向けに倒れてしまう。
またこの展開か……決死の一撃って、俺を気絶させてばかりだな。
苦笑しながら、でもこのボーナスと……あの言葉のおかげで助かった。感謝をして意識を手放した。
ファイヤーフィールドは本来、魔法を十年以上訓練を積んだものが使うような魔法で、いくら経験値64倍やMP上昇、MP消費1/2のボーナスを持っていても魔法を覚えたその日に使えるような魔法じゃありません。決死の一撃の効果です。
ファイヤーウォールも一年は修行をしないとMPがたりなくて使えないはずですが、そのあたりはボーナス項目でなんとかつかえた程度です。