22 護符
「…………ナビ、今のMPの残量はどのくらいだ?」
俺は指に絡みつくナビの舌の感触とともにMPが失われていく脱力感に耐えながら、そう尋ねた。
裏メニューを見たらすぐにわかることなのだが、思わず訪ねてしまう。
「ん……吸収量を下げているので、まだ73%です」
ナビが俺の人差し指を口から出して言う。
あれから三週間も経つのに、まだ80%にもならないのか
立てなくなるくらいにMPを吸うのはやめてくれと頼んであるせいだが、それでも毎日半分のMPが失われるのは辛い。
ナビが再度MPを吸い始めた。指に吸い付く。なんで自律人形なのにこんなに口の中が暖かいんだ。
だが、これを気持ちいいと思ったら負けだ。何か、負けなような気がする。
そのため、俺はひたすら耐え続けた。
ミラーとハンズの巻き起こした大騒動から三週間が過ぎた。
あれから、学園長と多くの教授達が辞任の意を示し、学園はさらに混乱した。
謎の意識障害を起こして入院することになった生徒たち。その原因不明の症状に緊急宣言を発動させようとしたのだが、ミラーとハンズが、この症状の治療には心当たりがあるから今は風邪として伏せておこうと学園長に言った。
生徒の7割が貴族や王族、金持ちの御曹司である魔法学園において、原因不明の病が流行したというのは大打撃であり、沈静化できるのならそれに頼ろうとした。
それがミラーとハンズの罠だとも知らずに。諸悪の根源はその二人なのだが、加担したと思われたくない、「風邪」と診断するように言った教授達が学園を去る決意をしたのは仕方ない。
ただ、本当ならこの時期に辞任するのではなく、落ち着いてから辞めてもらいたいと多くの職員がぼやいていた。
新しい学園長には、命がけで生徒を救ったゴールド教授が着任した。
俺たちはゴールドの好意で、ミラーの屋敷をそのまま借りている。
それと、俺の本当の目的である兄貴は見つかることがなかった。
もともと、この学園に兄貴がいるという保証はなく、俺に会いたがっている人がいるというだけだった。
おそらく、俺に会いたいと思ったのはミラー達だったのだろう。
あいつらは邪神から、俺に会えば知識を授けられると聞いていたそうだから、会いたかったのだろう。結果、迷宮の隠し部屋にあった書物を手に入れることができたわけだし。
一応、学園内だけでなく地下の迷宮や周辺を探して回ったがやはり兄貴の手がかりすらつかめない状況だ。
「あの……ナビ、そろそろ止めてくれないか?」
「ん……そうですね、そろそろやめましょう」
ナビがそう言って口から指を出した。
ちょうどそこにミーナとシルフィーが訪れた。
ふぅ、指を吸ってるところを見られたら、ミーナとシルフィーが不機嫌になるから、ちょうどよかった。
俺とミーナとシルフィーの三人で買い物をすることになっていた。
昨日はマリアとサーシャと出かけたから、その交代だ。
ミーナとシルフィーが俺の両サイドに歩き、二人はそれぞれストローを使ってヤシの実のジュースを飲んでいる。
本当は俺の分も買いたかったのだが、二人分で売り切れてしまったらしい。なんともついてない話だ。
「あの……その……」
ミーナが飲みかけのジュースを凝視して何か考えている。
「タクトお兄ちゃんもジュース飲みますか?」
「あぁ、ありがとう」
シルフィーからジュースを受け取ろうとしたら、ミーナがしゅんっとなった。
そうか、ミーナは俺に気を使って、渡そうかどうか悩んでいたのか。
まぁ、シルフィーから貰ったから、もう気を遣わなくてもいいよな。
「と思ったけど、やっぱりこれはシルフィーのものです」
俺に渡そうとしたジュースをシルフィーはひっこめて、再び飲んだ。
くそっ、シルフィーの悪戯にやられたようだ。
「あ、あの、スメラギさん、よかったら私のジュースを」
「いいのか?」
「はい、お金を出してくれたのはスメラギさんですから」
「ありがとうな」
俺はそう言って、ジュースを飲もうとストローに口を近づける。
「あっ」
ミーナが声をあげた。
「え?」
「いえ、なんでもないです。飲んでください」
ミーナが顔を真っ赤にして手をパタパタさせて言う
そう言われても何か飲みにくいなぁ。
そう思いながら、俺がストローに口を付けた時だった。
「間接キスですね」
「ぶふっ」
シルフィーが言った言葉に、俺は思わず口に入れたジュースをそのまま逆流させてしまう。
「すまん、ミーナ、これもう飲めないよな」
「いえ、私も十分いただきましたから」
ミーナが慌てて両手をパタパタさせる。両手をパタパタさせすぎだ。二刀流スキルの後遺症……じゃないよな。
そんなことをしながら三人で歩いていると、
「あの……スメラギ・タクトさんですよね」
そう声をかけて来た。ショートヘアの可愛い女の子だ。
「私、攻撃魔法学科のカナリアです。これ、学園を救ってくれたお礼です! ぜひ、受け取ってください!」
そういって、彼女は一つの小袋を俺に渡してきた。
俺はわけがわからないまま、ありがとうと返事してその小袋を受け取ってしまう。
俺が受け取ると、カナリアと名乗った少女は小走りで走り去った。
シルフィーは走り去る彼女を見て、
「シルフィー達がいるのにプレゼントを渡すとは、勇気のある方ですね」
と呟いた。
「そうか? ただのお礼だろ?」
そういうと、シルフィーが俺を蔑む目をしてきた。なんだ? 変なこと言ったか?
そして、俺は小袋を開けてみる。
中に入っていたのは、一辺10センチくらいの白い布だった。中に何か入っている。
「……たぶん、竜のお守りですね」
「竜のお守り?」
「はい、中に竜の鱗が入れられていますよ」
俺は鑑定スキルを使って竜のお守りを調べた。
【飛竜のお守り:魔法耐性小UP】
本当にそう出た。飛竜の鱗が入っているのだろうか。
後ろを見ると、「メイドインマジルカ」と産地が書かれているだけで、品質表示もなにもない。
「竜の鱗の中でも魔力の強い部分だけを取り、薄く延ばして布に包んだものです。魔法耐性が上がることから、大切な人に渡すものらしいですよ」
「へぇ、よく知ってるな」
「私も三つほど貰いましたから」
シルフィーがそう言って三つの竜のお守りを出す。
「あの、私ももらいました」
ミーナも二つの竜のお守りを出した。
俺のパーティーメンバーはもてもてだな。まぁ、学生を避難させるときに避難誘導をして目立っていたからから、彼女たちの素晴らしさの片鱗を見ることができたのだろう。
「って、あれ? 俺ももらったってことは、あの子も俺に気があるってことか?」
「そんなわけないじゃないですか。カナリアさんはただのお礼だと言っていましたよ」
「そ……そうだよな」
そうだよな。うん。一度助けたから惚れられるなんてアニメや漫画の中だけの話だ。
それだけで惚れられるなら、医者は全員モテモテだ。
「………………」
「ミーナ、どうかしたのか?」
「あ、いえ。すみません、私、ちょっと用事ができたので……スメラギさん、先に家に帰っていてください」
「どうしたんだ?」
「ミーナさんもいろいろ考えているんでしょう」
シルフィーはそう言って、ストローを吸った。が、自分のが空っぽだったらしく、近くのゴミ箱に捨てる。
そして、俺のジュースを取って飲んだ。
「おい、何飲んでるんだよ」
「ただの空気を読んだシルフィーへのご褒美です」
言っていることが全くわからなかったが、シルフィーが少し嬉しそうにしていたので、それ以上文句は言えなかった。
その日の夕方、家に帰ってもミーナはいなかった。
代わりに、サーシャから手紙を受け取った。
【広場で待ってます。来てくれるまで待ちます。ミーナ】
広場で待つ? 何の用事があるんだ?
「どうする? 晩御飯食べてからにする?」
「いや、そういうわけにもいかないだろ。待ってるっていうのなら行ってくるよ」
「いやぁ、さっき出たばかりだから、心の準備もできてないと思うんだけど」
サーシャが少し困ったように言う。
「まぁ、待ってる間ずっと緊張しっぱなしなのもあれだしね。行っておいで」
「あぁ、言われなくても行ってくるよ。俺の肉食べるんじゃないぞ」
「あいよ、行っておいで」
「あぁ、行ってくるよ」
そう言って、俺は屋敷を出て行った。
広場まで歩いていくと、花火の射出口の前にミーナがいた。
太陽も沈み、街灯の火と月明かりだけが彼女を照らしていた。
髪につけられたシルバークリスタルのヘアバンドが輝いている。
「ミーナ、どうしたんだ?」
「スメラギさん……ナビさんから聞いたんですが、ここで私はスメラギさんに助けられたんですよね」
「あぁ。ナビにも後で散々怒られたよ。効率的じゃないとかって」
「私も怒りましたよ」
「そうでした。すみませんでした」
俺が頭を下げた。あの日の夜、ミーナが泣きながら怒っていたことは俺の記憶に強く残っている。
ロックコンドルに運ばれて正門に降り立ち、目を覚ました彼女は、ナビから事情を聞いてずっと泣いていたという。
自分のせいで俺が逃げられなかったと思ったそうだ。
「まだ怒ってる?」
「はい。ずっと忘れませんよ」
「うっ……すみませんでした」
「……スメラギさん、これを受け取ってください」
ミーナが出したのは、竜のお守りだった。
「忘れないのは、スメラギさんへの感謝の気持ちも一緒です。助けてくれてありがとうございました」
「あぁ、ミーナのためなら命の一つや二つ賭けれるさ」
「だから、そう言うのをやめてくださいって言っているんです!」
「う、すみません」
俺は竜のお守りを受け取りながら頭を下げた。
「スメラギさん……それだけですか?」
「えっと、他にどう謝れば」
「そうじゃなくて……私の気持ちに気付いてもらえませんか?」
少し困ったようにミーナが言った。
「えっと、感謝の気持ち?」
「それはずっと持っています」
「怒ってます?」
「今は怒ってません」
「泣きそう?」
「少し泣きそうですが、そうではありません」
ミーナがため息をついて言って、少し恨めしい瞳で俺に行った。
「スメラギさん、知らない人に竜のお守りを貰ったときにはわかったのに、私からだとわからないんですか?」
「ごめん」
何か悪いことをしている気がして、俺は頭を下げた。
すると、彼女の小さな声が聞こえてきた。
「……好きです」
「え?」
俺は思わず尋ね返した。
「私はスメラギさんのことが大好きです! 前から好きでした」
それは、その言葉の意味は俺にも明確に理解できた。
彼女の精一杯の思い。俺のことが好きだという強い気持ち。
とてもうれしい気持ちが胸にあふれてくる。生まれて初めての経験。
それとともに胸の内から膨らむもう一つの感情。
その感情に促され、俺は彼女に答えた。
「……ごめん」
次回で第三章も終わりです。




