20 光球
準備は着々と進んでいた。
玄関の入り口にカーテンを敷いた。10メートルはあるカーテンのため、15人~20人くらいは乗せることができる。強度も確認済み。
ラビットホースが病院を駆け回り、病室で眠る生徒や逃げることのできなかった病院の職員たちを玄関に集めそのカーテンに乗せていった。
手を伸ばせばすぐに助けられる位置に、苦しんでいる女子生徒がいるけれど、私が今彼女を助けたら他の人への負荷が大きくなる。
今の状態は、おそらく結界によるMP吸収量が人間の持つMPの自然回復量を僅かに上回っている程度で、すぐに死ぬというものではない。
けれども、それどもMP吸収速度が二倍、三倍になったら一気にMPが失われてしまい、廃人へと追い込んでしまうことになる。
歯がゆい気持ちだけれども、今の私には彼女を助けることは許されない。
「マリアさん、こちらも全員そろいました!」
「わかったわ。合図を待って、合図が来たらカーテンを引くのよ」
「はい」
他の場所でも準備はそろそろ終わろうとしているはずだ。
そして、ミーナも時間を見計らって、目的の場所に向かったはずだ。
それにしても、ミーナがまさか、花火を合図にするなんて突拍子もない提案をするとは思わなかった。
そもそも、あの花火の打ち上げ魔法は私も半分程度しか理解していないもので、ミラーでないと打ち上げられないと思ったが、ナビがいたらなんとかなると言った。
魔法の扉を解析して開くことのできる彼女なら可能だと私も思う。
それでも、ナビと無事に合流できるとは限らないし、そもそもナビが無事な保証もなかった。
ミーナが失敗したときの保険として、鐘の音を合図とする方法も用意しているが、一か所の鐘だと学園全体に音が伝わらないため、学園にある六ヶ所の鐘を中央付近から順番に鳴らしていくことになる。
その場合だと、音の伝わる速度や反応のための速度の関係で、多くて10秒程度の差が出る。そうなった場合、その10秒が最後に救出される学生にどれだけ負担となるかわからない。
その点、光による信号では時間差がない。
ほぼ同時に行える。しかも、病院の周りには高い建物がないので、上空200メートルに打ち上げられた花火の死角となるようなものはない。
あとはミーナのことを待つのみ。
その待つという時間がどれだけじれったいか。
そもそも、私は待つということが嫌いだった。ただでさえ、冒険に出るまでに6年間待たされたんだから。
決してミーナを信用していないわけではない。だが、信用はしていても心配しないかといえばそうではない。
それは、タクトくんにも言えることで。ううん、タクトくんに対して一番思っていることで。
だから、少しイラついているのだと思う。
ミーナが遅いことに対してではなく、何もできない自分に対して。
一番年上で、いろいろと偉そうなことを言ってるのに、最終的にはタクトくんに頼ってしまう自分に。
それは、おそらくサーシャも同じだと思う。ううん、サーシャはさらにミーナがタクトくんの次に危険な行動をしているのだから、彼女のほうが私よりもしんどいと思う。
なんて考えていたら、突如爆発音がした。
花火の音にも聞こえるが――空には合図は出ていない。
「まだよっ!」
私は一緒にいた学生たちに声をかけた。
彼らは短く返事をした。
本当に歯がゆい。あの爆発は広場から聞こえた。
戦闘によるものだというのは明らかだ。
不安の闇が胸を覆う。
その時だった。
光の弾が昇った。
「来たっ!」
空に大輪の花が咲くと同時に、全員が動いた。
音が遅れて広場に訪れる。
その間にもカーテンは引っ張られ、10人の生徒と3人の職員を外へと引きずり出すことに成功した。
私は救出した生徒の首に手を置く。
脈は正常。
「みんな、重い患者はラビットホースに乗せて! あとの人は担いで町の外まで行くわよっ!」
「はいっ」
他の病院でも上手く作戦が完了していることを、そしてタクトくんの無事を祈りながら、私は彼らとともに移動をはじめた。
※※※
「リカバリー」
傷治療魔法を唱えると、体内の痛みがすっと消え失せる。
あばら骨がくっつき、傷んだ内臓が修復されたのだろう。
「スメラギさん! ナビさんが結界が消えたのを確認したそうです!」
ミーナが声を上げた。俺はそれを好機と思い、全力で前へと走る。
ドラゴンゾンビは俺よりもナビやミーナ、そして打ち上げられた花火のほうに視線を向けていた。
力はあるが腐ってる、これならいけるだろ。
もう少しというところで、ドラゴンゾンビが俺に気付き、毒の息を吹きだそうと口を開けた。
「ホーリーフィールド!」
そう唱えると、光の空間が現れ、ドラゴンゾンビの下半身と翼の一部を包み込み、そして、ミーナたちの方向に走った。
光の結界がドラゴンゾンビの下半身を分解していき、ドラゴンゾンビは足が消えて光の空間に落ちようかというとき、横に広げた翼が再生し、大きく羽ばたいた。
そして、上空へと飛び立ち、ホーリーフィールドから逃げ出した。
「くそっ、結界は消えたのに再生している! しかも、再生速度があがってやがる」
俺はナビの方向に走りながらそう叫んだ。
「外部からの魔力供給はありません。何か別の補給路があると思われます。魔竜の体内を高速で動くエネルギー体を捕捉しています」
「あぁ、龍の首の珠だろうな」
ハンズは言っていた。供給される魔力を使うのは、死霊術を発動させるためだと。
それ以外には必要としていないのかもしれない。もちろん、あるほうがいいのだろうが、なくても再生できるのか。
しかも、龍の首の珠が首にあるとは限らないときた。
「ナビ、この花火砲で龍の首の珠を狙い撃ちできるか?」
「不可能です。動きが不規則です。どんな計算式にも当てはまりません」
「スメラギさん、私がナビさんに場所を教えてもらって短剣で直接攻撃するのはどうでしょう?」
「ダメだ、やつの毒の息は強力だし、空を飛ばれたらミーナにも倒せない」
俺は先ほどの花火の噴出口を見て、
「ナビ、これの威力を最大まであげたらどうなる?」
「先ほどの倍程度の攻撃になります」
「消費MPは?」
「ナビの残量の2割を消費します」
「俺とミーナの魔力も使うことができるか?」
「はい、これはもともと人間の魔力を使うように調整されていますから」
「よし、準備してくれ。どうやって撃てばいい?」
「ナビの肩に手を置いて、撃ちたい方角と発射するイメージをしてください」
分のいい賭けといってもいい作戦だ。
俺は物質戦闘スキルを外し、狙撃スキルを装着する。
ドラゴンゾンビはゆっくりと上空に上がっていき、俺達めがけて急降下してきた。
「ミーナ、ナビ、MPを全部使わせてほしい。俺は今から――」
「わかりました」
「了解しました」
それ以上の説明は二人には必要なかったようだ。
ミーナがナビの肩に手を置く。
俺は撃つ方向を定め、決死の思いで発射するイメージを浮かべた。
直後、
【決死の一撃スキル本日使用回数残り0回】
そんなメッセージとともに、体内から大量のMPが失われ、意識がもうろうとした。
だが、俺ははっきりと見た。
巨大な光の球が、ドラゴンゾンビを飲み込んだ。
そして、ドラゴンゾンビの身体が消え去り、その身体の中から現れた球が粉々に消え去った。
その光景が夢ではないことを祈りながら、俺の意識は頭から零れ落ちた。




