18 竜頷
『ついに、私の長年の夢がかなう時がきた』
声が響いた。どこから聞こえるのかわからない。
なんだ、一体どこから聞こえるんだ?
耳を澄まして音源を探ってみる。
【物質戦闘レベルがあがった 物質戦闘レベルがあがった 物質戦闘レベルがあがった】
って、お前じゃねぇ。
そういえば、ナビゲーションをONにしていたな。緊急時に何かあったときのために。
あれ? ミラーの分身を倒したときはレベルアップしなかったが、今レベル上がるってことは、しっかりとミラーを倒したってことじゃないのか?
ならば、声の主は……別にいる?
『よくミラーを倒してくれた、礼を言おう。そして、改めて言おう。君は今、歴史の証人となった』
再度その声を聞いて、気付いた。
この言い回し。聞き覚えがある。
いや、あいつは確か、死んだはずだ、発表会で骨がバラバラになって。
そうだ、俺はいつ、あいつが死んだと聞いた?
ミラーが分身したように、あいつも死んだと思ったのが分身だった可能性はないのか?
俺はどこかにいる奴に向かって叫んだ。
「ハンズっ! あんたなのかっ!」
俺はその名前を叫んだ。
すると音が響いてきた。
こつっ、こつっ、と杖を突く音だ。
脇の建物から……聞こえてくる。
俺は少なくなったMPを回復するべく、その場で全力で駆け足を始めた。
それでも、減ったMPの三割にまで回復できたらいいほうだろう。戦闘中に分身を作ってMPが半分になったうえに、最後に上級魔法使ったからだ。
くそっ、あれで終わったと思ってたのに。今度はどんな化け物が出てきやがるんだ。
そう思ったら、痩せこけた爺さんのハンズがゆっくりと上がってきた。若返ってもいないし、武器を持っているわけでもない。いつもの黒いローブを着ているだけだ。
だが、なんだ、この感覚。
まるで、王都の前で飛竜に睨まれたときのような感覚だ。
「久しぶりだね。なるほど、それがミラーの言っていた歩くことによるMP回復技術か……」
ハンズはそう言うと、俺をじっとみたまま、建物の壁にもたれかかる。
「まぁ、好きに回復しなさい」
杖を脇において、ハンズは手を振った。
俺がMP全快になっても余裕だというのか。
それとも、俺と戦う気がないってことか。
「全力となった君を相手にしてこそ私が最強である証になる」
戦う気満々ということか。舌打ちしながらも、MPの回復を続ける。
「あんたも邪教信者なのか?」
「ああ、そうだ。ある術式を、ミラー経由だが、邪神から教わった」
ハンズが頷く。今回も邪神様とやらはご利益を大盤振る舞いしているようだ。
俺も信仰(神)スキルを持っているのだから、神様からご利益の一つや二つ承りたいものなのだが、こちらの神様はどうやら傍観者を気取っているらしい。
今のところ手助けらしい手助けは受けていない。
「その術式には大量の魔力が必要でね、ミラーと契約を結ばしてもらった。あいつがもしも計画に失敗した場合、その魔力を私が引き継ぐとね。おかげで、世間一般的には私がこの事件の首謀者になってしまったわけだが。騒ぎを起こしたのはミラーの作った品のない人形だというのに」
それで、このタイミングで出てきたってわけか。
「俺が勝つって信じてくれていたってわけだな」
「ああ、私は賭けに負けたことがないんだよ」
それは羨ましいことだ。日本に一緒に行けることがあるのなら、ぜひ競馬場に連れていってあげたい。と思っていたら、今度はハンズのほうから俺に尋ねてきた。
「ところで、君は龍の首の珠というアイテムを知っているかね?」
「龍の首の珠? ランニングドラゴンのレアドロップアイテムだろ?」
実際には見たことがないが。そう聞いたことがある。
マリアがかぐや姫のごとく欲していたレジェンドアイテムの一つだ。
「あぁ、世間一般ではそういわれている。だが、君も知っているだろうが、ドラゴンは魔物ではない。倒してもカードになるわけではない」
「そういえば……そうだよな」
「では、龍の首の珠とは何なのか……考えたことがあるか?」
「うん?」
そう言われても考えたことがなかった。飛竜を一匹丸焼きにして食べたことがあるけど、あの時は首は落とされていたしな。あぁ、そもそもあれはランニングドラゴンじゃないから珠はないのか。
「竜の首、竜頷にあると言われる龍の首の珠。それにはいろいろな伝承がある。不老不死になる薬とも言われているし、気候を操る力があるとも言われている。他にもどんな願いをかなえるとも言われているな」
それはすごい話だ。
魔法の道具みたいだ。まぁ、伝説のアイテムと言われるからそういう眉唾物の話は出回るよな。
「もちろん、実際はそんな能力はない。だが、あるとも言える」
「どっちなんだ?」
駆け足をしながら尋ねる。そもそも、何が言いたいのかさっぱりわからない。
「龍の首の珠とは、竜が隠し持つ財宝というが、本当は、竜の魔力が溜まって具現化したものだとわしは考えておる」
「魔力が具現化? 魔物みたいなものか?」
「そうではない。ミラーの使った分身みたいなものだ。つまり、龍の首の珠は竜そのものだと言ってもよい。死霊術使いの私が言うのだから、霊魂といえばよいかな」
ハンズが不敵に笑う。
霊魂、幽霊。
死霊系の魔物はいくつか見たが、人間や竜の霊など実在するのだろうか?
「つまり、龍の首の珠は、何もランニングドラゴンだけのものではない。飛竜にも持つものはいるだろうし、そのほかにも……たとえば魔竜にもあると思わないか?」
「魔竜? 伝説の竜だろ?」
「あぁ。だが、実在する。魔竜の龍の首の珠が存在するように」
「……どこにあるっていうんだ、そんなもん」
「私の……身体の中だよ」
「あんたの……?」
俺は思わず足を止めてしまった。
まさか、龍の首の珠を飲み込んだというのか。
だが、一体それがどうなるのか。
最悪の事態を想像しながらも俺はハンズの言葉に耳を傾けた。
「もう死霊術はすでに完成している。必要なのは魂を受け入れる器と術を発動させるための魔力のみ。魔力は、ミラーが死んだ時、結界から十分送られてきておる」
「……死霊術……器……お前、まさか――」
「あぁ、残念ながら、死霊術の器は誰でもいいというわけではない。魂を受け入れる覚悟を持つものしか駄目だ……」
そういい、ハンズは壁から離れてまっすぐ立つ。
「すまない、君のMP回復を最後まで待ってあげるつもりだったが、私の身体ももう限界のようだ」
ハンズがローブの腕の袖を捲る。
腕が露わになった。それは、手首までがかなり太くなっており、紫に変色して、鱗のようになっている。
いや、鱗なのだろう。そして、すぐに手首から先、手のひらも大きくなり、紫になり、鱗が生え、爪が大きく伸びた。と思ったら、右腕がそのまま腐り落ちた。
「ぐっ、魔力が……安定しないっ だが、まだだ――」
ハンズの身体がみるみる大きくなっていき、同時に右腕も再生される。
ローブが破れ、翼が生え、耳が伸び、目つきが鋭くなり、口から牙が生えた。
四階建てくらいの高さまで大きくなったあたりで、今度は左足が腐り、大きく体勢を崩した。
が、倒れ切る前に左足が再生される。
目玉が腐りおちると同時に再生される。
それは、もはや魔竜とは呼べない。
だが、俺はそれの名前を知っていて、思わずその名を呼んだ。
「ドラゴンゾンビ……」
もういっそのこと納豆ドラゴンとかくさやドラゴンと呼びたい臭いだ。
強烈な匂いに鼻をつまみたい衝動にかられるが、そんなことをする余裕はない。
まず、スキルを物質戦闘から竜戦闘に付け替える。死霊戦闘スキルはすでにつけてある。
俺は新たに出てきた敵を倒すべく、再び杖を構えた。




