17 火中
「ファイヤーウォール」
俺は杖を構えて魔法を唱えた。炎の壁が現れて、ミラー達へと向かい、三人のミラーを飲み込もうとした。
骨人形を倒すには十分な威力の中級火炎魔法だ。
だが――
「ふんっ無駄だっ!」
ミラーが剣を払うと、炎の壁が真っ二つになる。
この光景は、昔、サーシャがさらわれたとき、盗賊の頭に炎の壁が破られたときに似ている。
あの時とは大きくスキルレベルが変わっていて、風圧程度じゃ消せる炎じゃない。とすればあの剣の効果か。
「アイスブリザード!」
試しにと、今度は氷の中級魔法を唱えた。吹雪の嵐が出現し、ミラーを飲み込もうとする。
「無駄だと言ってるのがわからないのか!」
先頭にいたミラーが剣を払うと無数の氷とともに消え去った。
属性の関係ではないのか。
あれこれ思案していたら、先頭のミラーを残し、8人のミラーが動いた。
「くそっ、ナビ、離れていろっ!」
魔法が効かないんじゃ、ナビの活躍は限られる。
「分析終了、マスター、あの剣が魔力を吸っているようです」
「魔力を吸う? お前の口みたいなことか」
「はい、吸引速度が段違いですが。では、ナビは避難を開始します」
なるほど、それが魔法を消す秘密か。
ならば――
俺は迫ってくるミラーへと向かって走る。
「血迷ったかっ!」
ミラー8人のうち、2人が右に、2人が左へと分かれ、俺を正面両サイドから同時に仕掛けてきた。
さすがは同一人物、そのタイミングはぴったりだ。
「ファイヤーフィールド!」
俺が魔法を唱えると、俺を中心として炎の空間が現れる。
ファイヤーフィールドは即座に剣の力によって消滅したが――
「ぐっ」
その一瞬のうちに、ミラー達の下半身を燃やし尽くしていた。
うめき声をもらした一人を含め、絶命したのであろう、分身であるミラーが消滅する。
俺は消費したMPを回復するためにその場駆け足をはじめた。
「どうだ! これなら通用する!」
「捨て身の策か……だが、なんで坊主は無傷でいられる?」
ミラーがいぶかしげに尋ねる。表情から余裕が消えていないのが気にくわない。
「そうか、その服か」
「あぁ、このジャージのおかげさ」
火鼠の皮衣のジャージを装備したら火炎耐性がかなり上がる。そうでなくても魔法(火炎)スキルのおかげで俺の火炎耐性はカンスト状態といっても過言じゃない。さすがにHPは回復しないが。
「その駆け足によるMP回復も気にくわないが、何、MPが無限なのはわしも一緒だ」
そう言って、ミラーは両腕を再度横に広げる。
まさか――
「あぁ、私は8人までしか分身をコントロールできないが、一度消滅してしまえば、こんなことも可能なのだよ」
ミラーの両腕から再度ミラーが現れ3人になった。その3人がもう一度両腕を広げることでさらにミラーが現れる。
そして、苦労して倒した8人がすぐに元通りに戻った。
また、ファイヤーフィールドを使おうかと思ったが、ここからだと遠すぎるうえ、今近づいても、今はまだクールタイム。
魔法を発動させることはできない。
後ろを見ると、すでにナビの姿は見えない。
となれば、俺がすることは一つ。
「三十六計逃げるに如かずだっ」
俺は踵を返して走り出しつつ、カードを複数取り出して具現化させた。
ジェリー、コウバット、ゴールドツリーなどが現出する。魔物カードの大盤振る舞いだ。
「そいつらを倒せ!」
命令を出すが、実際に倒せるとは思えない。
それでも時間稼ぎには十分だ。
「くそっ、卑怯な」
ミラーがそういいながら、とびかかってきたジェリーを薙ぎ払う。
他のミラーも迫りくる魔物たちを虫を払うかのように倒していく。あれだと3分ももたないな。
だが――それで十分だ。
※
俺は建物の中に入っていき、階段を駆け上がる。
階下から複数の人が階段を駆け上がってくる音が聞こえてくる。
屋上に出る木製の扉には鍵がかかっていた。俺は躊躇せず破邪の斧を具現化し、扉をぶち破った。そうしている間にも足音は近づいてくる。
小刻みに息をしながら、屋上にたどり着いた、俺はカードを具現化した。
ロックコンドルが現れる。俺はその足に掴まった。
「飛べっ!」
俺はロックコンドルに命令し、そのまま空へと飛び立った。
目指すはミラーの本体ただ一人。
分身が屋上で足止めにあっている間に俺がとどめをさしてやる。
本体のミラーも俺に気付いたらしい。
が、不敵な笑みを浮かべ、両腕を大きく横に広げた。
なんでだ、9人しか操れないって言ってただろ?
俺は後ろを振り返ると、屋上にいたミラーがお互いの剣で心臓を貫いている光景が浮かんだ。すぐに8人は消え去った。
それと入れ替わるように、ミラーの本体から新たな分身が現れた。
「つっこめ、ロックコンドル!」
俺はそう叫びながら、魔法を唱える。
「ファイヤーウォール!」
と魔法を唱えた。ロックコンドルの足ぎりぎりまで炎の壁が現れ、かなり遅い速度でミラーに対して進む。
そして、次に、
「ファイヤーフィールド!」
俺が魔法を唱えた。本来ならミラーの足元から炎の空間が現れるはずなのだが、ミラーがとっさに剣を地面へと突き付けた。
すると、炎の空間は全く現れない。魔力を吸われたようだ。
炎の壁は人が歩く程度の速さでゆっくりとミラーへと向かっていくが、俺はそれを通り過ぎ、ミラーの一団の後方で着地し、ロックコンドルを再びカード化、収納する。
「お前らは坊主を倒せ! ファイヤーウォールはわしが消す!」
本体がそう叫ぶと、ミラーの分身がそろって俺めがけて駆けてきた。先ほどのファイヤーフィールドで、ただでさえ半分になっていたMPが底を尽いたようだ。
もうあいつらを迎える魔法を放つこともできない。俺はその場駆け足でMPを回復するそぶりをみせながら、ミラーの本体に迫る炎の壁を見つめた。
どうやら、もう俺にはミラーを倒す術は残されていないようだ。潔く舞台から退場しよう。
兄貴が言っていたな、「諦めたらそこで試合終了ですよ」って。バスケット漫画のセリフをそのまま俺に言った。
でもな、兄貴、勝つために諦めるって選択もあるんだぞ。
炎の壁を見ながら、俺は手に持っていたミスリルの杖をかまえ、最後の悪あがきとばかりにファイヤーボールの魔法を唱えた。
当然、そんなもの通用するわけもなく、一瞬で消されてしまう。
まぁ、俺の仕事はこれで十分だろう。後はあいつの仕事だ。
消えゆく意識の中、俺は炎から飛び出してきたそいつを見て微笑んだ。
そして、俺という存在は、この世界から消滅した。
※
炎の壁の中から飛び出した相手を見て、ミラーの顔が驚愕で覆われることになった。
そりゃそうだろうな、なにしろ炎の中から現れたのは、先ほど後ろに着地した俺なんだから。
「分身を使えるのが自分だけだと思うなよっ!」
伝説魔法、アザーセルフ。逃走中、建物の中に入った俺はすぐに自分の分身を作る魔法を唱えた。
本体である俺はミラーの分身が俺の分身を追って階段を駆け上がると、こっそりと建物を出て身を潜めていた。
そして、俺の分身がファイヤーウォールを唱えると、その炎の壁を、まさに視界を隠す壁として利用し、ミラーに近づいた。
俺はミスリルの杖でミラーの剣を弾き飛ばした。
「ファイヤーフィールド!」
炎の上級魔法を唱えると、目の前が、炎の空間に覆われた。ミラーのいるはずの場所から、断末魔の悲鳴が響き、俺の鼓膜を大きく揺らした。
そして、炎の空間が消えたとき、ミラーの本体も分身の姿もそこにない。
俺は安堵でその場に座りたい気持ちになりながらも、その場で足ふみをする。
正直、MPもほとんどなくて精神的にかなり辛い状況だった。
これで結界も消えたのならいいんだが。
だが――
『完成する。ついに完成する』
そんな重く大きい声が、広場へと降り注いだ。




