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16 援護

今回はサーシャ視点です。

「はぁはぁ……あっちだね」


 呼吸を整えながら学内の案内板を確認する。すぐに第三病院の場所を見つけて、私はその方角に走ろうとした。


「違うわ、サーシャ、第二病院のほうが近い、こっちよ」


 後ろからマリアに呼び止められ、私は踵を返してマリアの言う方向に走っていく。



 少し前、ホールにいた学生全員の避難を終えた時。マリア達が牛の魔物モーズとともに現れた。

 先頭を走っていたはずのゴールドがモーズの背に乗っており、他にも動けない生徒や医者が、他の生徒たちに連れられてきた。

 何があったのかと聞くと、病院の異常な光景と、ミラーが実はこの事件の黒幕だったことを聞かされた。

 そして、現在、ミラーの指示により、タクトとナビが広場へと向かっている状況を聞くと、私はすぐに広場に行こうと足に力を込めた。

 だが、マリアに待ったをかけられた。

 ミラーとの戦いはタクトに任せるのがいい。現在するべきことは結界の除去。つまり、病院からの生徒および関係者の救出だと聞かされた。

 歯がゆい気持ちもあったが、マリアの言う通りだと思い、ミーナ、シルフィー、また、十数名の生徒及び教員とともに病院へと向かうことになった。


 それにしても、骸骨兵、いや、骸骨兵に見える骨人形の姿は全く見えない。

 あれだけの数がいたのに、今はどこでなにをやってるのか。全員タクトのところにいるとしたら彼が危ないんじゃないか。

 広場に行きたい自分がそこにいて、私は少し笑った。

 私の命はタクトに救われた命だから、タクトのためなら死んでもいいと思っている。それは嘘じゃない。

 でも、それは無謀な戦いに身を投じることではない。魔法の使えない私が行ったところで、数百もの骨人形相手にはこの剣だけで役に立つとは思えない。

 ミーナのように二本の剣が使えるわけでもないし、マリアのように遠距離攻撃もできないし、シルフィーのように魔法も使えない。

 おそらく、私達四人の中で、一番、タクトの横にふさわしくないのが私だ。

 なのに、他の三人は、タクトを信じ、自分がしなくてはいけないことを理解し、前へと進んでいる。

 私がここで前に行かなくてどうするっていうのか。


「………………!」


 私は思わず立ち止まった。


「どうしたの、サーシャ!」


 立ち止まった私にマリアが大きな声で叫ぶように尋ねた。


「凄い気配がする……たぶん、中央広場。だんだん増えてる」

「索敵スキルの効果ね」

「一人じゃないの?」


 ミーナが尋ねた。だが、私は首を横に振る。

 その気配は一人のものじゃない。少なくとも5人以上、10人近くはいるのではないだろうか。


「タクトお兄ちゃんも、複数相手に勝つことなんて不可能でしょうね」


 シルフィーが少し含みのある感じで言った。

 ただでさえミラーの情報を聞くと人間を捨てている可能性はある。

 そんな奴相手に一人で勝つなんて普通に考えたら不可能だ。


 だからこそ、私達は前に走る。

 みんなももう立ち止まってはいなかった。


「複数の強い力を一人で操るのも、おそらくこの結界の仕業ね」

「ならば、シルフィーたちは結界を潰せばいいだけです」

「スメラギさんなら大丈夫です。私達がついているんですから」


 そう、私達がついている。


「不可能と言われることを可能にさせてあげるのが仲間ってもんだからね!」


 私がそう叫ぶと、みんなが苦笑して、走るペースを少し速めた。

 そうさ、私達がタクトを勝たせてみせる。


 後ろからついてくる生徒たちが私の妙なテンションについていけないでいたが、そのあたりは無視していこう。



 そして、目的の第二病院が見えた。

 まずはここで対策を練らないといけない。

 私は躊躇せず、まずは病院の扉に手をかける。

 鍵はかかっていないようで扉はすぐに開いた。

 病院の中には誰もいない。


 ここに来るまでに打ち合わせをしていた通り、まずは私が一歩中に入ってみる。


「ぐっ……」


 一歩中に足をいれただけで、体の力が奪われていく感覚に襲われた。同時に、私の足が淡く光りだした。

 即座に廊下に入れた足をひっこめる。


「駄目、こんなところ1分も入れない」

「……サーシャの足が光ったとき、さっきの第四病院よりも光が強く見えたわ。たぶん、第四病院の生徒を救出したことにより、その分を補うために魔力を吸い出す力が強くなってるのよ」


 マリアが状況の分析をして言う。

 私もゴールドみたいに全速力で建物の中に入り、生徒をかついで逃げてこようと思ったが、それも無理なようだ。


「とすれば、救出作戦は4ヶ所の病院で同時に行いたいわね」

「だね。1ヶ所残ったとき、これの4倍の力で魔力を吸い取られるのだとしたら体への負担も大きいと思う。先生、この病院の病室の窓はどこだい?」


 私は後からついてきている先生に尋ねた。


「こちらです」


 先生は病院の横へとまわっていく。

 正面入り口の裏側に案内された。


「この窓と、あちらの窓です」


 生徒は二つの部屋にわかれて入院しているようだ。

 窓は曇りガラスになっていて、中の様子は見えない。

 鍵もかかっており開く様子はない。


「よし――」


 私は気合いを入れると、窓の下に生徒がいないことを祈りながら剣を窓にたたきつけた。

 粉々にガラスが砕け落ち中の様子が見えるようになった。

 幸い、窓のそばにベッドはなかったようで、ガラスは床に飛び散っていた。

 そして、大きな部屋の両サイドに5ずつベッドが置かれている。

 この距離なら、3、4人は助けられる気がするが、生徒を助けるたびに、他の生徒への負担が大きくなる。

 私はぐっとこらえた。


「窓から救出したら時間は大幅に短縮できるわね。でも、最後の2人、1人になったときにはどうしても50倍や100倍の力でMPが吸われてしまう。一瞬でMPが0になるわ。もう一つ、何か手を考えないと」

「もう一つ……命綱を使って外から引っ張るとか?」

「この人数だとそれも難しいわね。もっと誰か連れてくればよかったわ」


 MPが1分で尽きるという計算をしているが、人数が減ればもっと時間は短縮される。

 確かにもっと確実な方法がないと……


「うわっ」

「きゃぁぁ」

「魔物だ!」


 私が考えていると、後ろから生徒の悲鳴があがった。

 敵? でも索敵スキルには何にも……


 そう思ったら、それは現れた。

 そして、私の横を通過し、窓の中へとそれは飛び込んでいった。

 とても速い動きで。


「うそっ、なんであいつがここにいるの?」


 私は目を疑った。

 なぜなら、窓に入っていったのは、私の地元では有名な――でも私の地元にしかいないはずの魔物――一角ネズミだったから。

 一角ネズミは窓の中に入ると、一直線で奥の扉を通り過ぎ、建物の玄関の方向に走り去った。


「……ミーナ、今のみた?」

「うん……一角ネズミだよね。なんでここに?」

「そうだけど、そうじゃない。あの一角ネズミ、全然光ってなかった。それに、元気に走ってた」


 そういえば、とミーナが思い出したように言う。

 私はあの光景を見て確信した。


「マリア! 魔物はこの中でも自由に動けると思う!」

「ええ、その可能性が高いわ。魔物と人間とじゃ魔力の仕組みが違うからかも」


 マリアはそう言い、一緒にいた先生に尋ねた。


「この学園で魔物カードを保管している場所はありますか? この中の生徒を救出できるような魔物がいたらいいの」


 マリアが言うと、ようやく先生も気づいたようで少し考えた後で答えた。


「え、ええ。それなら第一倉庫に、ラビットホースのカードが二十枚くらいあるはずです」


 倉庫? さっき地図で見たけどここからそれほど遠い距離じゃない。

 ラビットホースは兎のように跳ね、背中に人を乗せることのできる四足歩行の中型の魔物だ。

 獲物を気絶させ、器用に背中に乗せて生きたまま自分の巣に持ち帰る特性を持つ。


「それを使って救出作戦を行うわ。それと、救出作戦の決行の合図だけど」


 そう、それが一番重要だ。

 同時に作戦を開始しなかったら、遅れた病院の生徒への負担が大きくなるのは必至。できれば、何か合図を決めたほうがいい。


「私に考えがあります!」


 ミーナが手を挙げた。

 その作戦はとても突拍子のないものだったが、確かに合図としては有効なものだった。

 ただ、そのためには、誰かが行かなくてはいけない。

 タクトがナビと一緒に戦っている、あの中央広場へ。

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