10 籠城
ホールからエントランスに出ると、ミーナ、サーシャ、シルフィー、ナビが上階から降りてきたところだった。
ほかにも教員や一部の生徒がエントランスに出てきて会場の外へと向かっている。
「マリアは控室に行ってミラー先生のところに行ってくれ! 先生なら何かわかるかもしれない」
「わかったわ」
マリアはそういうと、階段の右側から伸びた通路を走っていく。
そして、俺たちはエントランスから会場の外へと出た。
外に出ると、すでに多くの学生が隊列を組んでいた。そして、そこに迫ってくるのは――
「骸骨兵……なんて数だ」
その数は数えてはいられない。ただ、100や200では遠く及ばない数の茶色い骨の兵士が、剣を構えて会場へと行進していた。
迷宮の地下で何度も見たが、青空の下で大群をなして歩く骸骨兵の光景は異様だ。
死の行軍。
そんな言葉が脳裏をよぎる。
「火炎魔法部隊! 放て」
「「「「ファイヤーウォール!」」」」
十人の生徒が炎の壁を作り出した。炎の壁は何重にもなって迫りくる骸骨兵の一団を飲み込んだ。
だが――骸骨兵はまったく無傷で進み続ける。
「ウソ……」
その光景に、炎魔法を使った生徒の一人が絶句した。
仕方がない、ミラー先生が言うには骸骨兵は上級の魔物で、教授クラスの魔法使いが5人がかりで倒せる程度のレベルだ。
十人がかりとはいえ学生の魔法で倒せるような相手ではない。
「サーシャ、ミーナは入口を守ってくれ!」
俺が指示を出すと、二人は力強く頷いてそれぞれ二本の短剣とミスリルの剣を構える。
俺はカード化していたミスリルの杖を具現化し、強く握りしめた。
「ファイヤーウォール!」
俺が唱えると、炎の壁が骸骨兵を飲み込んでいく。
炎の壁が消えたとき、5体の骸骨兵もまた虚空へと消え失せていた。
「凄い……」
「これが同じファイヤーウォールなのか」
生徒たちが俺のファイヤーウォールに驚きの声を上げるが……喜んではいられない。
それほどまでに事態は最悪であり、さらに不思議なこともあった。
「カード化しない?」
そう、倒したはずの骸骨兵はカードを一枚も落とさなかった。
いつもなら骸骨兵一体につき3~4枚のカードを落とすはずなのに、一枚もカードが落ちていないのだ。
「ゴッドブレス!」
シルフィーが風使いの生徒の集団にまじって、風の上級魔法を使っていた。高圧力の風の塊が数十体の骸骨兵を潰した。
だが、やはり骸骨兵はカードに変わることはない。
一体、どうなってるんだ?
そう思ったら、ナビが俺の横で答えてくれた。
「人造魔物のようです」
「人造?」
「アイテムを媒介にして魔力を集めて魔物の形を取らせているのです。おそらく、マスターが集めた骸骨兵のドロップアイテムを媒介にしているのでしょう」
そう言われてぞっとした。
俺がハンズに渡した骸骨兵のドロップアイテムの数は1000は軽く超えている。それ以前に自分で集めたものもあるだろうから、それらが全て骸骨兵として現れているというのなら、とんでもない数になる。
これが死霊使いの研究の成果なのか?
自らを骨の姿に変えて崩れ落ちた、かつて夢を熱く語った教授の姿を思い出しつつ、俺は魔法を唱えた。
「ファイヤーウォール! ファイヤーウォール! ファイヤーウォール!」
連続でファイヤーウォールを放つが、三発目は不発だった。
クールタイムがまだ残っていたようだ。
トリプル魔法のボーナス特典のおかげで3発目までは連続で使うことができるが、1発目の魔法を放ってから4発目を放つまで暫く時間をおかないといけない。
「くそっ、ファイヤーフィールド!」
少し間を置いて火炎系の上級魔法を唱えた。
骸骨兵が多くいる空間が炎に包まれる。が、それでも二十体倒せた程度だ。
「魔法システムを構成、ファイヤーフィールド!」
ナビが横で俺と同じ魔法を唱える。
俺よりも狭い範囲だが、炎の空間が骸骨を飲み込む。
そして、ナビは俺を見上げ、
「あまり事態はよくありません。一度建物の中に戻りましょう」
「くそっ、それしかないのか」
背後を見ると、生徒たちが炎や氷、雷などの魔法を列を組んで使っているが、ダメージを与えている感じはしない。
「あの建物も入口の扉も頑丈です。簡単に壊れることはありません。それに加え――」
ナビが言った意外な事実に、俺はどうしたものかと思った。だが、確かにそれが一番だろう。
俺は生徒を指揮している先生を見つけて叫んだ。
「先生、このままだとすぐに敵に囲まれて動けなくなります! すぐに建物の中に避難したほうがいい!」
「……わかった。撤退だ! すぐにホールの中に入るんだ! 遅れるな!」
先生の声に、生徒達が全力でホールへと駈け出した。
去り際にファイヤーボールの魔法を放つ生徒もいたが、骸骨兵に命中するも全くダメージを与えられていない。
「シルフィー! 逃げるぞ!」
「わかりました」
シルフィーが踵を返して建物の入り口へと走り出す。
「くそっ、ファイヤーフィールド!」
再びファイヤーフィールドを放つが、骸骨兵の一団を飲み込んだだけで、空いたスペースがすぐに他の骸骨兵で埋め尽くされた。
と同時に体に強い負担がかかる。MPが減ってきたのだ。
俺はナビの手を引き、全力で建物の前へと行く。
「ミーナ、サーシャ、二人とも中に! ファイヤーフィールド!」
他に誰もいないことを確認すると、最後にもう一度ファイヤーフィールドを放ち、俺も建物の中へと入り、金属製の扉を閉じた。
鍵を閉めてから、全員が扉から離れる。
直後、扉から何かが当たる音が聞こえる。骸骨兵が剣で攻撃をしているのだろう。そして、全ての窓も金属製の内扉で閉められた。
暗闇で満たされた空間のあちこちから魔法の声が上がる。
「ライト」
光の下級魔法。弱った死霊系の魔物を消し去ることのできる魔法だが、照明代わりに使われることも多い。
死霊系に有効な光魔法だが、中級魔法のセイントアローは単体相手に使う魔法だし、上級魔法のホーリーフィールドに関してはファイヤーフィールドと範囲が同じだが、MPの消費がかなり高い。
そのため、ここまで使う機会があまりなかった。
「タクトくん!」
「マリア、ミラー先生は?」
「それが、控室にはいなかったのよ」
いない? どこかに避難したのか?
最悪の可能性も考えなければいけないと思っていると、マリアがさらに告げた。
「それと、ハンズ教授の骨だけど、一部が魔骨であることがわかったわ」
「魔骨? 骸骨兵のレアドロップアイテムか?」
「ええ……おそらく、それを触媒にして自分の身体を改造したんだと思う」
「そうか……」
何がハンズをそこまで狂わせたのか。
それと、どうすれば骸骨兵を止めることができるのか。
「とりあえず、ナビ、あの話は本当か?」
「はい、こちらです!」
ナビはそういうと、地下へと続く階段を指さした。
よし、それならなんとかなるかもしれない。
「先生、地下から避難できる場所があります。生徒の誘導をお願いします」
「地下? 地下は倉庫があるだけで何もないですよ」
やはり、この先生も知らないのか。
もしかしたら誰も知らないのかもしれない。
「いや、それが、あるそうなんですよ。この地下に――」
俺は本来なら絶対に使うべきではない避難路を先生に教えた。
「迷宮へと続く秘密の入口が」
学園の地下全体に広がっていて、各教授の家だけに繋がっている迷宮。
その入口が地下にある。
ナビの言うその事実を俺が言うと、先生の目が点になった。




