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9 発表

 もぞもぞと布団の中を動く何者かによって、俺は起こされた。

 またナビの仕業か。

 一昨日、ようやくMPの残量が100%になったため、もう変な起こされ方をすることがなくなったと思っていた。実際は昨日はゆっくり眠れたしな。

 でも、甘くはなかったようだ。こうなったらしっかりと怒らないといけないな。


「ナビ、いい加減に――」


 俺は布団を捲って驚愕した。

 なぜなら、そこにいたのは――


「おはようございます、タクトお兄ちゃん」


 金髪ポニーテールのドラゴンジャージの天使、シルフィーだったから。

 思わぬシルフィーの登場に俺は言葉を失った。

 な、なんでシルフィーが俺の布団にいるんだ?

 ナビの時も緊張はしたが、シルフィーだと事態は大きく異なる。

 何しろ、相手は生身の女の子だ。


「ミーナさんにタクトお兄ちゃんを起こしてくるように頼まれたんですが、ナビさんいわく――」


 ナビ? あいつの仕業か……。

 こんな起こしかたをしないと俺が起きないとか言ったのか?

 それともこういう起こしかたをしたら俺が喜ぶとでも言ったのか?

 あいつ、デタラメをいいやがって。


「この起こし方をしたらタクトお兄ちゃんが一番困ると言っていました」

「正解だよっ!」


 そうだ、シルフィーはこういう性格だった。

 俺が困ることを嬉々としてやる奴だ。


「…………でも、私も恥ずかしいので、やっぱりやめておきましょう」


 シルフィーは頬を赤らめながらそう言うとベッドから降りて、自分のジャージをパンパンと叩いて部屋を出て行った。

 いや、恥ずかしいならするなよ。そう言ってつっこみたい衝動は、シルフィーの恥じらい姿のかわいらしさによって消え失せた。

 朝からいいものを見ることができました。



 この魔法学園に来てもう2週間が過ぎた。

 今日は研究発表会が行われる日だ。俺は部屋にある金属鏡を見て、服装を確認する。

 現在着ているのはこの世界に来たときに着ていた外出用の上下ジャージだ。今は部屋着として使っている。

 俺は昨日洗って干してあった火鼠の皮衣ジャージに着替えた。

 それにしても素晴らしいな、魔法学園は。

 普段は非常に不当な扱いを受けているジャージだが、火鼠の皮衣というものは見る人がわかれば十分わかる伝説素材であり、それを使った服なら十分正装として通じるそうだ。

 いつも通り完璧なジャージに満足しながら、俺は部屋を出て一階にある食堂に向かった。


「あ、スメラギさん、おはようございます」


 食堂に入ってすぐ、ミーナと出会った。ごはんと塩焼きされた切り身の魚を運んでいる。

 そして、髪は今日も下している。二人で買い物に行った日から、ミーナの髪型はおさげ髪からヘアバンドを使ったストレートに変わっていた。


「……ミ、ミーナ、おはよう。今日もごはんおいしそうだね」

「はい、今日はスメラギさんにとって大事な日ですから、いつも以上に一生懸命作りました」

「う……うん。それは楽しみだ」


 自分でもその声は上ずっていたとわかる。だが、ミーナは特に気にせずに料理を運んでいった。

 あの日、サーシャに迷宮でミーナの気持ちについて言われてから妙に意識してしまうな。


(ミーナがタクトのことを好きなのは気付いているんでしょ)


 あぁ、だよな。なんか、俺の魚だけ他の皆よりもちょっとだけ大きいし、ごはんも俺が食べたいと思うぴったりの量を入れてくれてるし、お茶の温度も最適だし。

 むしろ、ここまで来たらお嬢様と凄腕執事みたいだぞ。イメージとは性別逆だけど。

 俺はお茶を飲みながら、最後に食事を食べ始めたミーナを見ると、ふといつもと違うことに気付いた。


「あれ、ミーナ、そのヘアバンド?」

「はい、今日は大切な日ですから、スメラギさんに頂いたものを付けさせてもらってます」

「そうなんだ。う……うん、とても似合ってるよ」

「ありがとうございます」


 ヘアバンドの銀の輝きが霞んで見えるくらいの光輝く笑顔に、俺はどう答えたらいいのかわからず、ただ愛想笑いを浮かべていた。




 研究発表会の会場は、学園中央の大ホールで行われる。

 6階建ての、この世界ではかなり高い建物だ。しかも、どの階からも一階で行われている発表を見ることができる造りになっていた。

 俺とマリアは関係者ということで一階の席を用意してもらい、ミラー先生の出番直前まで待機。

 他のみんなは2階から見ている。

 学生は3階までの席にいて、4階から6階は学生ではない働き手の人達だ。

 どのような研究をしている学園なのか理解していない者がこの学園で働くことはできない、という三代前の学園長の音頭により決まった話だ。

 そのおかげで、俺が檀上にいけばすぐにでも俺を探している人がわかるだろう。


 研究発表会は朝から行われた。

 午前中は研究生と一部の教師の発表があり、午後から残りの教師と教授の発表があるらしい。

 研究生の発表もなかなか興味深いものが多かった。

 雷魔法から熱だけを取り出す方法、氷魔法を空に放つことにより降水量が上がるという実証実験の報告から、回復魔法を使ったハゲの治療まで様々な話があった。

 まぁ、ほとんどは論文を読むだけなので退屈なものだが。

 一番驚いたのは、火薬を使った研究報告なのだが。どれもが、まだまだ実用の段階ではない火薬武器の話だった。

 マリアの銃を見ていると、全て玩具にしか見えないような火薬の使い方だ。

 それでも、ミラー先生の花火に触発されたのか、火薬による花火のアートが行われると、会場中から感嘆の声があがった。

 室内での花火は大変危険だから絶対に小さい子供は真似をしないようにと伝えてほしい。



 研究はスムーズに進み、教師陣の研究発表へと進む。

 ここに来ると研究も専門性が増し、冗談のような話はなくなったが、それ以上に面白いと思うようなことはない。

 横でマリアが真剣な表情で聞いているところを見ると、やはり凄い話なのだろう。

 学校の授業のような睡眠効果があるな。

 そう思っていたら――


(あ、ハンズ教授だ)


 俺が小声でつぶやく

 檀上に上がったのはハンズだった。ということはミラー先生まであと三人か。ハンズ先生の発表が終わったら控室に行くように言われている。


(ハンズ教授って、確か死霊魔術の研究者だったわね)

(有名なんだよな)

(ええ、彼によって発見された技術によって多くの命が救われたと聞くわ)

(へぇ、まるで奇跡のマリアだな)

(私みたいなペテンじゃないわよ)


 俺が茶化すように言うと、マリアが苦笑した。マリアは医学書や薬学書を日本から偶然持ち込んでいた。

 それにより、マリアは教皇の不治の病を治療した。結果、マリアは「奇跡のマリア」として東の大陸ではちょっとした有名人扱いされている。


(死者を生き返らせるための技術を研究した結果よ)

(死者を扱う魔法を研究していた学者が、死を遠ざける結果を残したって、ある意味皮肉だな)


 そんなことを囁きあっていると、ハンズは檀上で背筋を伸ばして宣言した。


「これより、皆さんは歴史の目撃者になる!」


 皺がれた声とは違う、張りのある声が会場中に響いた。

 なんだ、まるで別人のようだ。


「私が研究しているのは、皆さまがご存知の通り、死霊魔術です。だが、これまでは死霊魔術の副産物にしかすぎない人体解析による病気の治療法のみを発表してきた」


 ハンズは両手を大きく上げて、


「だが、今日は本物の死霊魔術を皆さまにお見せしよう!」


 そう宣言したときだ。

 ハンズの身体が――みるみる崩れ落ちていく。まるでその身体が飴細工であり、熱を加えられたかのようにどろどろと溶けていく。

 後ろのほうから嗚咽の音が複数聞こえた。気持ちはわかる、それは表現するに堪えない光景だったから。

 そして、残されたのは……まるで理科室に飾られている標本のような人骨だった。


 死んだのか――?


 そう思ったとき、人骨は両腕を下し、手を前へと向けた。


「皆は今、歴史の証人となった。ただし、無事に生き残れたらの話だ!」


 その人骨は、確かにハンズの声でそう宣言した。

 そして――ハンズだったその人骨は……まるで操り人形の糸を切ったみたいに崩れ落ちた。


 ハンズが最後に言い残した言葉の意味は、会場の外から告げられた。


「大変だ! 会場の外から魔物が――骨の魔物が大量に現れた!」


 駆け込んできた男の声を聞いて、俺はマリアとともに会場の外へと向かった。

 何かやばいことが起きている。それだけは確かだ。

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