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8 収納

 ナビとミーナを部屋に残し、俺は失ったMPを回復するために家の中を歩いていた。

 といっても、部屋の前をうろうろする程度だが。

 MP回復、MP回復と念じながら。

 今更気付いたことだが、MPが減るときの倦怠感というのは、割合できまるらしい。

 数値化して考えた場合、最大MPが1000のときに200のMPが消費されるのと、最大MPが10のときに2のMPが消費されるのでは、疲れる度合いが同じらしい。

 なのに、歩いて回復するMPの量は一定のようで、倦怠感が消えるのに時間がかかるようになった。


「おや、君は?」


 もう少しでMPが全て回復するというところで、声をかけてきたのはミラー先生と同い年くらいの、だが細く痩せこけたお爺さんだった。


「現在、ミラー教授のお世話になっているスメラギ・タクトと申します」

「君が……」


 そう言うと、爺さんは持っていたカバンからカードを取り出した。


「この“魔骨”のカードを含め、私の研究材料を集めてくれた冒険者か。感謝するよ」

「研究? あ、もしかして死霊術の――」

「うむ。死霊術の研究をしている、ハンズという。まぁ、巷ではネクロマンサー・ハンズと呼ばれているが」


 ネクロマンサー。死霊系魔術使いか。


「もっとも、死霊系魔術など今は無い禁断魔法。使えるわけがない」

「そうなんですか?」

「うむ。古代と現代では魔法の形態が大きく異なっておる。現代の魔法は自然の力を借りるのは知っておるな」


 知っている。

 俺が使える魔法は火炎・氷・雷・光・回復。

 シルフィーが使える風。

 ほかにも、闇・水・土・補助がある。


「だが、古代の魔法は違う。自然の力などではない、世界そのものの理を書き換える魔法だ」


 ハンズは語った。


 空を自由に舞うことのできる飛行魔法。

 空間を行き来する転移魔法。

 全てを拒絶する結界魔法。

 異世界とこの世界とをつなげる召喚魔法。

 死者を使役する死霊魔法。

 時間を操る時間魔法。


 夢のような魔法が世界に満ちていたという。

 そしてまた、この世界にはその魔法の痕跡は確かに残っているという。

 エルフとドワーフの聖地になっているという浮遊装置の存在や、エルフの迷いの森の結界魔法。

 東の大陸の砂漠にある精霊王を使役して滅びた都の伝承。

 西の大陸の地下遺跡にあるという緩やかに時の流れる空間。

 南の大陸の魔王領はその全てを強力な結界で覆われているという。


「私もミラーも、そんな夢物語のような過去を本気で追い続けている」

「そうなんですか……」


 エルフの長老も同じようなことをしていたな。

 古代魔法の研究。

 それは現代を生きるこの世界の民にとって最大の研究なのかもしれない。

 地球に生きる人間が恐竜の骨を採掘するよりも重要であり、価値のある。


「ミラーにも頼んだが、研究会までの期間、できるだけ、この骨のカードを集めてもらいたい」

「……わかりました。可能な限りお手伝いします」

「よろしく頼むよ」


 ハンズはそう言い残して去っていった。

 暫くして、ナビが現れた。


「あの人がこの学園の中で偉い人なんですか?」

「あぁ、教授だよ」

「あまりおいしそうな魔力は感じませんでしたが」

「魔力の量と偉さは関係ないと思うがな」


 全く関係ないとも言えないが、医療技術がなくても処世術さえあれば医者の世界で出世している人がいるように、魔力が低くても魔法学園の教授になれる人はいるだろう。

 それに、少なくともハンズという教授は研究に対しては真摯に取り組んでいるようだしな。

 その点では日本のシステム(もちろん俺の知識はフィクション限定だが)よりはマシだな。


「ところで、ナビ。ミーナはどうしたんだ?」

「名称:ミーナでしたら、部屋で膝を抱えて座っています」

「……もしかして、また?」

「名称:ミーナの魔力は大変美味です」


 魔力にも味があるのか。

 どんな味がするのか全くわからないが。


「もちろん、マスターの足元にも及びませんが」

「それはお世辞なのか本音なのか、喜んでいいのか悪いのか全く分からないが」

「マスターの魔力は全ての属性に適応していますから。そうですね、トゲパウルやツブツブベーリ、バンナなど多種のフルーツを刻んで作ったミックスジュースのような味です」


 そう言って、ナビは何かに気付いたように俺を見て、


「マスター、明日、早速今日の果物屋に行ってミックスジュースを作りましょう」

「いや、明日は俺は迷宮探索してるから」

「ナビの記憶回路がミックスジュースを求めています。記憶の封印を解く鍵がきっとそこに――」

「あるのはお前の果てしない食欲だけだと思うぞ」


 俺はじと目でナビを見つめた。




 実際、翌日は朝から迷宮に篭っていた。 

 ミスリルの軽鎧姿のサーシャと火鼠の皮衣ジャージを着た俺の二人きりで。


「なんだか、タクトとこうして迷宮に二人で来るのが久しぶりな気がするよ」

「だな、東の大陸の時は三日に一度は徹夜で迷宮探索してたっけ」

「まだ一か月程度しかたっていないのに、何年も前のように思うわよ」


 サーシャがミスリルの剣を振るい、骸骨兵を切り倒しながら言う。

 今日は俺もサーシャに合わせて魔法ではなく、斧を使っている。破邪の斧を使うのも久しぶりだ。

 最初は全員で迷宮を探索しようという案があったのだが、そこまで強い魔物がいるわけでもないし、二人組で迷宮を探索することにした。


「じゃあ、ちょっと休憩にするか。魔物の気配もないしな」

「そうだね」


 そういうと、サーシャは鞄の中からお弁当箱を取り出した。

 中にはサンドイッチが入っていた。


「うまそうだな。一つもらってもいいよな」

「高いよ、美少女の手作りだからね」

「出世払いで頼む」


 そう言って、俺はハムと焼いた卵の挟まったサンドイッチを一つ掴む。

 焼いた卵のサンドイッチて珍しいな。あ、でも関西だと普通にあるんだっけ?

 たこ焼きといい、この町に来てからは関西の料理ばかり食べてる気がする。北の大陸の西にある町だからかな。

 俺は一つつまんで食べた。


「トマトソースと卵の割合ががよく合っててうまいな。流石はミーナだ」

「タクト、ミーナも確かに美少女だけど、もう一人の美少女を忘れてないかい?」

「え?」


 もう一人と言われても、シルフィーもナビも美少女だしな。

 マリアは……申し訳ないが少女という年齢ではない。言ったら殺されるだろうが。

 そして――


「もしかして、サーシャが作ったのか? これ」

「正解だよ。美少女というヒントでわかるなんて、私も罪だね」


 サーシャは笑いながらレタスと焼いた肉のサンドイッチを食べた。


「これでも、ミーナが15歳になるまでは宿の料理は私が作ってたんだからね」

「そうか、そうだよな……うん、うまいよ」


 そして、俺たちは食事を楽しんだあと、カード化していた「ホットミルク入りカップ」を具現化した。

 昨日カード化したのにまだ温かい。当然ともいえるが、魔法瓶要らずのボーナス特典スキルだ。


「ねぇ、タクト。聞きたいことがあるんだけど、いいかな」


 サーシャがホットミルクを飲みながら尋ねる。なんだ? と尋ねると、サーシャは真剣な目で俺に聞いたきた。


「タクトは、お兄さんを見つけた後はどうするの?」

「え?」

「やっぱり、どこかに落ち着いて住むのかなって」

「あぁ……あまり考えてなかったんだけど」


 元の世界に戻る方法を考える。

 そう思ったが、俺は果たしてそれを望んでいるのか。その答えは未だに見つかっていない。


「ミーナとサーシャを村から連れ出した責任は俺にあるからな。とりあえず、二人の宿屋再建の手伝いはしたいと思ってるが」

「タクトらしい言い回しだけど、私が望んでる答えがそこではないってことはわかってるよね」


 サーシャが睨み付けてくる。

 もしかして、俺が元の世界に戻ろうとしていることに気付いていたのか?

 そう思ったのだが――


「ミーナのこと、どう思ってるの?」

「え? ミーナのこと?」

「ミーナがタクトのことを好きなのは気付いているんでしょ」

「……それは」


 それは、気付いていない……いや、気付かないようにしていたことだ。

 いくら鈍感な俺でもそのくらい気付いている。

 もしかしたら、ミーナだけでなくサーシャやマリアも好意があるんじゃないか? と思ったこともあった。

 それが、いつからのことかはっきりとしたことはわからないが。


「答え、ちゃんと出さないとダメだよ」

「…………すまない」

「急かしはしないよ。今はあんたも私達もしないといけないことが山積みだし」


 サーシャはそういうと、空のカップを俺に渡した。俺は無言でカップをカード化し、カード収納技能を使ってカードを虚空へと消し去った。

 収納していた俺の気持ちを、さらに強く胸の内へと押し込めるのと一緒に。

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