4 贖罪
リューラ魔法学園の中には店が多い。ただ、ジャンルに偏りがあるように思える。
飲食店や、香水や小物、宝飾品などを扱う店などは多いが、食材を扱う店は少なく、服を扱う店は皆無に近い。
あと、クリーニングや美容室まであるのには驚いた。
さすがは金持ちの学校というべきか。
「本当に学生の町なんだな……」
大通りを歩く人間の大半は若い生徒だ。黒いローブを纏っていて、帽子は被っていない。
実際、学園の生徒の数は半数程度のはずだが、見た感じ、ほとんどが学生だ。
「タクトさん、見てください、変わったお店がありますよ。朝ごはん、あそこで食べませんか?」
「え? あ、あぁ……まじか?」
その店はおしゃれな鉄板焼きの店だった。
奥では鉄板の上に熱せられた肉や野菜が置かれているのだが、それよりも気になったのがあった。
それは球だった。パンのようにも見える団子状のものが、鉄板にきれいに収まってる。
その玉を細い木でひっくり返す白い制服とコックの帽子をかぶった店のマスターに尋ねた。
「マスター、もしかして、この中身ってタコですか?」
「食べたことがあるんですか? おっしゃる通りです」
やっぱり、これはタコヤキだった。
ソースは用意されていないが、塩でもつけるんだろうか?
「マスター、たこ焼き6個頂戴。あと、冷たい水を2杯」
水が有料なのにはもう慣れた。
俺はちょうどのカードを出して、水とたこ焼きを購入した。
お皿にもりつけられた6個のたこ焼きに、マスターが塩をふりかけてくれた。
「スメラギさん、タコってなんですか?」
「あぁ……コモルの町にイカって売ってたの覚えてる?」
「はい。白い生き物ですよね」
「それの親戚みたいな赤いやつ」
「へぇ、そんなのがあるんですか」
「ああ。で、たこ焼きってのは俺の故郷にあるタコを使った料理なんだ」
偶然同じ形の料理が開発されたのか、それとも日本人の誰かが開発したのか。マスターに聞いてみたが、西の大陸から伝わった料理であること以外はわからずじまいだった。
「そうなんですか……これがスメラギさんの故郷の料理なんですね」
そういうと、ミーナはフォークでたこ焼きを一つ突き刺し、口に運ぼうとする。
「あ、ミーナ!」
俺が呼び止めた、直後、
「はふっ!」
ミーナがその熱さに驚き声を上げた。だから言ったのに、たこ焼きはいきなり食べたら大変なことになる。
「たこ焼きはゆっくり冷まして食べないと……」
ミーナは水を飲んで熱を冷ます。
「うぅ、やけどしました……たしかに冷ましてから食べないといけませんね」
「だな……ん? どうした? 急に立ち上がって」
「スメラギさんがヤケドしたら大変です! わ……わたしが冷ましてあげます」
そういうと、ミーナはもう一度たこ焼きをフォークで刺して、
「ふぅー、ふぅー、ふぅー」
そのたこ焼きを冷ましはじめた。ま、まさかそれって――
「じゃあ、スメラギさん、あぁぁぁぁん」
「み、ミーナ、一人で食べられるよ」
「そんなことしてヤケドしたら大変ですよ、あぁぁん」
いや、もう冷ましてくれたんだから、むしろ食べさせてもらった方がヤケドしそうだから。
そんなことを言わせる雰囲気がないくらい、ミーナの目がマジだった。
「え……あ、あぁぁん」
口にタコヤキが入る。あ、熱い。口の中より顔全体が。火鼠の皮衣ジャージを着ていないせいで耐火能力が下がってるせいだと思いたい。
味なんてまったくわからなかったが、「おいしいです」というとミーナが満面の笑みを浮かべてくれた。
朝ごはんを食べ終わり、俺たちは再度町を見て回る。
「ん? これはドワーフ細工の店か」
小さな店だが、中には様々な小物が置かれている。
その窓の中にあるものをミーナが見つめていた。
どれも結構な値段だが、チート能力で手に入れたレアアイテムなどを売って稼いだ金を考えたら十分買える値段だ。
買おうか? そう声をかけようとしたときだ。
「メイラ! 大丈夫か!」
そんな男の声が後ろから聞こえてきた。
その声に驚き振り返ると、40歳くらいの屈強な男の横で学生服を着た女の子が倒れていた。
すごい汗を流して、苦しそうに呼吸している。
「大丈夫ですか!」
ミーナが急いでその女の子にかけよる。そして、手をおでこにあて、
「凄い熱です、スメラギさん、お願いします」
「あぁ、わかった! リザレクション!」
体力回復の魔法をかける。すると、女の子の呼吸が正常に戻る。が――
「風邪かなにかはしらないが、リザレクションは病気を治す魔法じゃない。はやく病院へ」
「あ……あぁ、悪いが、手伝ってくれ」
俺は快く了承し、メイラという名前の女の子の腕を俺の肩にまわし、男と一緒に病院に運んでいった。
病院は都市の中に5ヶ所あり、学生は無料で使えるらしい。
一番近い病院は歩いて10分くらいのところにあった。
「すまない、“診察”の魔法によると“強い風邪”だって言われたよ」
「そうか……夏風邪はきついな……」
「だよな……ちくしょう、せっかく氷の魔法を使ってくれる生徒を見つけたっていうのによ」
男はそう言って、俺に愚痴をこぼしはじめた。
男はもともとはこの店で果物を売っていたが、売り上げが伸びず、果物をその場で食べられる店にしようとしたという。
それでも目新しくないのは違いない、そこで、氷の魔法を使って果物をシャーベットにして販売しようとしたそうだ。
だが、問題がある。魔法は才能のある人しか使えない。しかも、使える魔法の属性は決まっており、氷魔法は魔法使いの1割程度しかいない。
さらに、この学校の生徒は金持ちが多く、働いてくれる魔法使いなんてそうは見つからない、とのことだ。
「メイラは一般市民の家に育って金もあまりないから働いてくれるって言ってたんだけどよ……医者の話だと一週間は安静にする必要があるそうだ」
風邪のような不安定な状態で魔法を使うのは危険だと医者にもとめられたらしい。
「……俺、この仕事に全てかけてたんだよな。せめて、今日さえ乗り切れば、明日からはメイラの妹が来てくれることになってるんだが」
「あぁ……」
俺はどうしようか? とミーナの目をみた。ミーナは笑顔で頷いてくれた。
「おっちゃん、俺も氷の魔法使えるからさ、今日の夕方までなら手伝うよ」
「何? 本当か! いや、それだけで十分だ! 給金は弾ましてもらうぜ!」
おっちゃんはそういうと意気揚々と病院を出て、ついてこい、と言った。
病院ではお静かにお願いしますと注意されるのも気にせずに、俺たちをひっぱって自分の店にいく。
店の中には、イチゴやリンゴやバナナ、パイナップルなどたくさんのフルーツが置かれている。
ただし、名前は全部日本語とは異なる。
「じゃあ、兄ちゃん、ここにアイスニードルを頼む」
「あぁ、わかった――(弱めで)アイスニードル」
すると、氷の刃がパイナップルに突き刺さり、アイスパインに早変わりした。
「よし、いけるぜ! 嬢ちゃんも手伝ってくれ! 売って売って売りまくる!」
俺はミーナのスキルを「接客」「商売」「計算」に付け替える。
おっちゃんはその言葉の通り、行きかう学生たちに凍った果物の宣伝をはじめた。
初夏にしては日差しが強く暑い日だったこともあり、果物は売りに売れた。
そして、昼過ぎにこれ以上凍らせるものがなくなった。
魔法(氷)のスキルレベルが1あがっていた。
「おっちゃん、これで最後だ。それで悪いんだが――」
「おう、行ってきな」
俺は一声かけ、果物を売るミーナを横目に店を抜け出した。
そして、店に戻ったときにはもう果物は残りわずかで、俺も手伝い、見事に店は完売御礼の流れとなった。
店主は大喜びし、明日も手伝ってくれないか? と言ってきたが、それは流石に断った。
そして約束の給金(一人500ドルグ)をもらい、店主と別れを告げた。
結局、なにもできない一日だったな。
「ごめんな、ミーナ、せっかく買い物に誘ってくれたのに」
「いいえ、ここで断るようならスメラギさんに幻滅してましたよ」
ミーナが言ってくれる。
「でも、やっぱりちょっとだけイヤな気持ちになりました」
「だよな」
「スメラギさん、誰でも助けるってわかったんですから」
その後、ミーナが「私だけが特別じゃないんですよね」と小さく呟いた。
やっぱり怒っているのだろうか。
確かに、一緒にいたミーナを特別扱いしないでおっちゃんを助けるのはまずいよな。
「あのな、ミーナ、それで、これはお詫びってわけじゃないんだが」
俺はさきほど店を抜け出して、買いにいった小物店の中で買ったものを、小箱の蓋をあけて渡した。
「これ……ヘアバンドですか?」
女神の絵が彫られているシルバークリスタルのヘアバンドだ。
「あ……あぁ、ミーナの今日の髪型がかわいいからさ……また一緒にでかけることがあったら……って」
「あ、ありがとうございます。とても……とてもうれしいです」
ミーナはそのヘアバンドを本当に、本当に大事そうに抱え込んだ。
「じゃあ、スメラギさん、帰りましょうか。みんなが待ってますよ」
「そうだな」
笑顔で、本当にうれしそうによろこんでくれるミーナを見て――
俺の心は罪悪感に締め付けられてとても苦しかった。




