3 格好
ミラー先生に案内されたのはミラー先生用の家だった。
教授クラスになると学園の中に家を用意してもらい、その中には研究生や助手用の部屋も用意してもらえるという。
門の横の待合所と比べても遜色のない家だった。
研究室以外は学園が雇っている使用人が掃除をするらしく、一階の居間は老人の一人暮らしとは思えないほど清潔感が漂っている。
その居間で、俺はミラー先生にこの町に来た理由を告げた。
兄貴を探すため、ドワーフの秘宝「人探しの鏡」を使うと、俺を探している人がこの町にいるという。
そして、兄貴の特徴をミラー先生に伝えたところ、
「おらんな」
先生はお茶を飲みながらそう答えた。
一瞬ですら考えてくれずに、「その条件に合う人はいないぞ」と。
俺が言ったのは、眼鏡をかけた黒い髪の30歳手前の男性。
絶対にいないと言い切れる根拠はないと思うんだが。
そうは思ったんだが、先生が言うには、眼鏡はこの世界ではあまり普及しておらず、付けているのは一部の貴族か商人くらいだという。確かに、こっちの世界にきてから眼鏡をかけてる人ってあまり見かけないよな。
なんらかの原因で眼鏡を外している可能性もあるが、それだとあまり特徴がない人だからなぁ。
髪を染めているとしたら黒髪ではなくなってるし、こっちの世界で6年以上経っているとすれば、激太りしている可能性もある。
会えばわかると思うんだけどな。
地道に探し回るしかないのかと思ったが、ミラー先生がその数字を告げた。
「この学校は生徒5000名、教員や研究生が1200名、あと下働きしている職員が3900名もおる。
10000人以上いるもののなかから一人を探すのは骨が折れるぞ」
しかも、中には研究に集中するあまり、自分の部屋から一歩も出ないものも多いと告げた。
そう聞かされたら、さすがに大変そうだ。
「ドワーフの鏡によると、ここに、小僧に会いたがっているものがおるんじゃな?」
「はい、そう出ました」
「なら、小僧が目立てば、探しているものから会いに来るんじゃないのかね?」
「それはそうですが……」
「ふふ、絶好のイベントがあるぞ」
ミラー先生は教えてくれた。
学校中の人間が集まる行事が三つある。
一つは春の始まりに新しく入った生徒を迎える学園開始式。入学式のようなものらしい。
一つは学生同士で魔法での戦闘を行う魔闘会。バトルロイヤル形式で行われ、都市外からも多くの人が訪れ、その中にはスカウト目的のものもいるという。
最後に、教授を含めた教師、研究生が一年間の成果を発表する研究発表会。これは学内のみで行われる。
ちなみに、卒業式はないそうだ。単位を取得したり、学びたいことをしたり、有力者に引き抜かれたり、学校を出るタイミングは生徒が決めていいそうだ。
日本の大学は卒業することに価値を持とうとするが、ここでは「どこまで実力をつけたか」が必要になる。
そして、その最後の行事「研究発表会」が二週間後あるから、それに助手として出てみてはどうか? と言ってくれた。
「いいんですか?」
「あぁ、わしも人手不足で困っておったんじゃよ。その代わり、明日の夕方からわしの仕事を手伝ってもらうぞ」
「はい、よろこんで」
兄貴の情報が見つからなかったのは残念だが、最初から簡単に見つかるとは思っていない。
俺を探している人が兄貴なのか他の誰かなのかはわからない。
ただ、少なくともこの世界に来てから知り合った人の中に、魔法学園にいるようなヒトはいないはずだ。
部屋は俺とマリア、シルフィーには個室を、ミーナとサーシャには二人用の部屋を割り当ててもらった。
マリアはこの後ミラー先生と話があると言って、教授の部屋に行った。
俺も寝るとするか……今日はなんだか休んでばかりの一日だ。
部屋に入ろうとしたとき、
「あの……スメラギさん……明日、一緒に学園都市で買い物でも……しませんか?」
「買い物かぁ」
確かに、学園都市というからには普通の学校とは違う特色とかあるだろうし、買い物も楽しいだろう。そもそも、最初から兄貴を探すためにも町を見て回りたいと思っていた。
「よし、行こう」
俺が了承すると、ミーナが「じゃ、じゃあ明日、お部屋に伺いますね」と笑顔になって、自分の部屋に入っていった。
ミーナが部屋に入っていくと、すぐにサーシャが現れた。
「あぁ、ミーナに先を越されたか……」
サーシャも買い物に行きたかったのか。三人で行ってもいいとは思うが。
なぜだろう、その提案をしたら絶対にいけないと俺の直感が告げていた。
具体的に言うとミーナが怒る気がする。
「で、タクトはその格好でいくの?」
「ん? この格好に問題あるか?」
俺の服装はいつもと同じ火鼠の皮衣を繊維にしてから編みだしたジャージだ。
肌触り抜群、機能性も問題ない。
「いやさ、あんたのジャージ、汚れてきたでしょ? 綺麗に洗濯しておいてあげるよ」
「洗濯なら自分で今夜のうちにしておくから問題ないよ」
「洗濯はきっちり昼間に干さないといけないと」
「それもそうだな。でも、俺、代わりの服とか持ってないぞ?」
「大丈夫、こんなこともあろうかと、着替え用意してるから」
「ありがたいんだが、サーシャがなんで俺の着替えを用意してるんだ?」
「いいからいいから」
そこまで用意してもらったなら甘えるとするか。
俺とサーシャが話していると、後ろをシルフィーが通り過ぎ、
「サーシャさんも損な性格ですね」
と呟いて自分の部屋に入っていった。普段はミーナのほうが家庭的な感じだが、サーシャも世話焼きで損な性格だということだろうか。
そして、翌日。
窓から外を見ると、黒いローブを身に纏って、杖を持って歩く若い男女の姿が目に入る。
下は小学生くらいから、上は30歳近くの男までもが同じ服を着て歩いている。
ただ、一部はローブを着ておらず普段着で歩く人も見かける。授業がない生徒か下働きの人なのか。
俺は窓とカーテンを閉じてジャージを脱いだ。
サーシャが用意してくれた服は、木綿製の男物の服だった。通気性もよくて肌触りも悪くない。
ジャージではないとはいえ、新しい服に袖を通すのはやはり気持ちのいいものだ。
ズボンも木綿製のズボンに、革製のベルトまで用意されている。ベルトをつけるのなんて学校の制服以来だな。
着替え終わったころ、部屋の扉が叩かれた。ミーナが来たようだ。
開いてるよと声をかけると、ミーナが入ってきた。
いつもと同じ、魔蜘蛛糸のドレスだ。
ただ、髪は三つ編みではなく下していて、頭にヘアバンドを付けている。
「おはようございます」
そう言って、俺の格好を見て、すぐに気付いたようだ。
「あ、スメラギさん、その格好」
「やっぱり変かな?」
「そんなことないですよ、とても似合ってます。いつもより――」
いつものほうが変なのか。ちょっとショックだ。
ミーナはジャージはあまり好きじゃないって言ってたしな。
だが、落ち込んでいた俺に、ミーナが言う。
「その……いつもより……カッコいいです」
「……あ、ありがと……」
面と向かってカッコいいと言われたことなんて初めてじゃないだろうか。
「ミーナもその髪、とても似合ってるよ」
というと、ミーナも恥ずかしそうに俯いて、ありがとうございます、と言った。
ちょっと照れながら、俺は「じゃあ行こうか」と言ってミーナとともに部屋を出る。カードは持った、貨幣の入った革袋もベルトにつけてポケットに入れている、ハンカチも持った。鼻かみは……こっちの世界にはそういうものを使う習慣はないので売っていない。
急に緊張して持ち物チェックしてしまった。
まるでデートみたいだな、そうでかかった言葉を胸の奥にしまいこんで。
次回はデート回……かな?




