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短編 昼飯

前編です。

 北の大陸、シメイズマの町。

 ドワーフの集落から北西に20キロメートルの位置にある町だ。

 このあたりは水源が豊富で、農業も栄え、また、大陸の中央に位置することで交易の中継地点の役割の一部を担っている。

 そんな町に訪れたのは、ミーナの提案だった。


「シルフィーちゃんの歓迎会を行いましょう!」


 それをシルフィーは断ろうとしたようだったが、


「そうだな。どこかいい食事の出る町はないか?」


 先回りして俺が尋ねる。

 シルフィーは少し嫌そうな顔をして、


「タクトお兄ちゃんはいじわるです」


 と俺にだけ聞こえるように声を出す。

 いじわるスキルはお前には負けるといいたいが。

 基本、シルフィーは人と接するのが得意ではない。ずっと自分の居場所がないと言っていた彼女にとって、出会ったばかりの仲間とどう接していいのかわからないのだろう。

 その怯えから断ろうとしているのが明白だ。だから、彼女にとっては歓迎会は必要だと思う。


「良い町ですか? ありますよ、シメイズマの町はこの時期になると料理大会が行われているって聞いたんです。私も出てみたいですし、料理人が集まるなら、きっとその町の料理はおいしいはずですよ」

「つまり、ミーナはシルフィーをだしにシメイズマの町に行きたいってことなのね」

「もう、お姉ちゃん! シルフィーちゃん、そんなんじゃないからね」


 シルフィーに必死に取り繕うミーナ。

 本当にそんなつもりじゃないのはシルフィーも十分にわかっているだろう。


「いえ、シルフィーのためだけに歓迎会というのなら断ろうと思っていましたから、むしろそう言っていただいたほうが助かります。どうせ瞬間移動を使ってMPを消費させるのはタクトお兄ちゃんですから」

「あぁ。そうだな。じゃあ行くか、シメイズマの町に!」


 とまぁ、こんな経緯でやってきた。

 シメイズマの町はさすがは料理大会が行われている町だけあって、「貸厨房あります」の看板があちらこちらに見える。

 料理を食べにくるよりも作る人の方が多いということだろうか。


「へぇ……とりあえず、あの店に入るか……」


 町に入ってすぐに「食事処」という店があった。そこそこ大きな店構えの料理屋だ。入ると、実際に多くの人で賑わっている。

 暫し入口で立っていると、店主であろうおばちゃんが来て声をかけてきてくれた。


「いらっしゃい、テーブルでいいかい?」

「はい、お願いします」

「注文は何にする?」


 メニューにはいろいろな料理が書かれていて、値段はそこそこ安い。


「とりあえず、テキトーに五人前……でいいかな? 足りない分はあとで追加するから。おいしいの頼むよ」

「ははは、そいつは難しい注文だね。でもやってみるよ」


 おばちゃんは豪快にわらって厨房の奥へと入っていく。

 その間も、俺は周囲から奇異の目で見られていることに気付いていた。最初はハーフエルフのシルフィーのことかとも思ったが、道を歩いているときはそのようなことはなかったし、今も視線はシルフィーだけではなく俺たち全体に注がれている気がする。

 俺は耳を澄ませた。


「おい、旅人だぞ、お前、教えてやれよ」

「いやだよ、ここのおばちゃんに逆らえば、俺はずっとかあちゃんの飯を食うはめになるんだぞ」

「だからって、絶対あの旅人何もしらないぜ、ここにきておいしいものを注文するなんてよ」


 なんかやばい雰囲気だ。


「ミーナ、店を変えないか?」

「え? でももう注文しちゃいましたし」

「いや、なんかここにいてはいけない気がする」


 そう言った時だった。


「はい、お待ちどうさま、煮魚と野菜肉炒め、シーフードドリアに海鮮スープ、最後にイクラのクリームパスタだよ」


 次々とメニューが並べられていく。

 一度に全部持ってきた技量もそうだが、どれもうまそうだ。どうやら杞憂だったらしい。


「じゃあ、いただきましょうか」


 マリアがフォークを持ち、


「暖かいうちに食べるとしますか」


 サーシャがスプーンを持ち、


「まったく、シルフィーの好みも聞かずに……」


 シルフィーもスプーンを持ち、


「じゃあ、タクトさん、お願いします」


 ミーナはフォークを持ってタクトを促し、


「じゃ、シルフィーの歓迎会はじめようぜ。いただきます」


 俺の合図で全員が思い思いの食事に手を伸ばし――


「「「「マズ!」」」」


 思わず声を出してしまった。

 俺の食べたイクラのクリームパスタ、イクラなんてこっちの世界では食べたことが少ないからおいしいだろうなと思ったら、このイクラ、砂糖漬けしてやがる、クリームも生クリームを使っているらしくあまったるい、なのにオリーブオイルはしっかりと使われていて、まるで料理で不協和音を奏でているようなまずさ。

 ミーナ、サーシャ、マリアも同様らしく、手が全く動いていない。

 

「全く、料理人に失礼ではないですか」


 そういい、シルフィーはぱくぱくと料理を食べ進めていく。恐るべし、毒舌スキル(経口摂取により状態異常になることがなくなるスキル)の持ち主。

 そうか、ここの料理はまずいからやめておけと知らせてくれようとしたのか。


「……ミーナ、料理大会のエントリーに行きたいんだよな。一緒についていこうか」

「え……はい……お願いします。すぐ近くの役場で行ってるそうですから」

「あ……タクトくん、私もついていくわ」

「じゃあ私も」

「「「サーシャ(お姉ちゃん)はシルフィー(ちゃん)と待ってて。食事でもして」」」


 一人で遅れたサーシャはシルフィーの護衛役。

 歓迎会なのに一人残していくわけにもいかない。


 こうして、俺は地獄のようなフルコースから脱出した。

 よく食べれるな、シルフィーは。


「すごい、あの子、ここの料理を顔色変えずに食べてるぞ」


 と背後から感嘆の声があがっていた。

 

 おかしい。

 何がおかしいって、この町、本当においしいご飯が出てくる町なのか?

 食品店は多く見かける。

 交易の中継地点だけあって、多くの果物が並ぶ商店。

 肉や魚のカードが並ぶ店。小麦に米もある。

 なのに――食事処があの店しかないなんて。

 そして、あまりにも多い貸厨房の文字。

 大会があるから大陸中から料理人が集まるのか? とも思ったが、どうやらそうではない。

 看板は新しいものは少なく、どちらかといえば昔から掲げられていたものが多い。

 祭りの時期だけ貸しているものではないようだ。


「あ、ありました、料理大会の受付会場です!」


 ミーナがそう言って、マリアとともに石造りの建物の中に入っていく。

 建物の中には長机に、二人の男が気だるそうに座っていた。


「あの、すみません、料理大会の受付はこちらですか?」

「ん? お嬢ちゃんたち参加するのかい?」


 本当に暇だったのだろう、それを聞いた二人は目を輝かせて、


「いえ、参加するのは私だけなんですが……」

「あら、いいじゃない? 私も参加したいわ」


 と、マリア。


「ちょっと……マリア、ちょっと待ってくれ、ここはミーナだけでいこう」

「あら? 私も練習したのよ」

「そうらしいが、でも……」


 なぜなら、マリアの料理は「殺人料理」というスキルの持ち主だ。

 いまはスキルこそつけていないが、それでも下手したら審査員の中から死人が出るぞ。


「あぁ、じゃあテストを受けてもらわないといけないな」

「テストがあるんですか?」

「そりゃそうだよ。参加基準を満たさない人は出られない。卵をそれぞれ一つ渡すから、卵焼きを作るんだ。

 それを、こいつらが食べる」


 男が出した檻の中にはそれぞれ小さく白い猿が入っていた。

 牙をむき出しにしているところを見ると、カードから解除したのではなく、野生の魔物だろう。


「こいつは、グルメザル。まずい料理を食べると奇声を発して死んでしまう」


 なるほど、つまりグルメザルが死んだら失格というわけか。

 まぁ、審査基準になるくらいだから厳しい基準があるんだろう。

 俺はそっとマリアの後ろにいき、マリアのスキルに殺人料理を加えた。

 それと、マリアの料理でグルメザルを倒すというのなら、今は繋がりの指輪をはずして、パーティーを解除しておかないといけない。

 そうしないと、グルメザルから通常の5倍のカードが出てしまう。


 そして、俺は「すまない」と心の中で謝り、厨房に入る二人を見送った。


 そして――わずか5分後。

 卵焼きを持って二人は現れた。


「見た目は――」

「うん、見た目は普通だな」


 男はなぜかがっかりした様子で卵焼きを見つめる。


「まぁ、問題は味だ」


 男が卵焼きをスプーンですくい、グルメザルの前に置いた。

 グルメザルはそれを一口食べ、少し鳴いたあと、もっとよこせと言ってるかのように前足を出してくる。

 どうやらグルメザルは気に入ったようだ。


「これで合格ですか?」


 ミーナが期待のまなざしをむける。


「ダメだな」

「あぁ、ダメだ」


 厳しい審査。


「うぅ、残念です」


 ミーナが言う。まぁ、彼女の料理はおいしいが、やっぱり家庭料理の腕だとダメということか。

 って、しまった、これならマリアに殺人料理スキルなんてつけるんじゃなかった。

 普通でも合格するはずがないのに、わざわざグルメザルを殺してしまうではないか。

 動物愛護団体に訴えられそうだが、魔物だから許してもらおう。


「次はこっちの卵焼きだな」


 それに、もう手遅れだ。

 運ばれる卵焼きを見送った。

 グルメザルはその卵焼きを前足で器用につかみ一口。


「きえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 ありえない奇声を上げ、グルメザルは泡を吹いて倒れた。

 静寂が戻ったとき、マリアは肩を落としていた。

 あとで謝ろう。絶対に。

 そう思ったときだった。


「合格だ!」

「すごい、君こそが我々の求めていた料理人だ!」


 二人が立ち上がり、拍手をした。


「あの寄声の音量、他の参加者に比べても遜色ない、ぜひこの料理大会に出てほしい!」


 男が言う。


「シメイズマ町開催、殺人料理大会に!」

町の名前はテキトーです。

伏線ではありません。

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