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17 信者

 武道会、いや、舞踏会の翌日。

 俺とマリアとシルフィーはエルフの長老の部屋に招かれていた。

 いや、正確にはその地下室に。


「ここは本来、代々のエルフの長老のみが立ち入ることのできる場所です」


 長老さんがそう説明する。


「シルフィーもこんな部屋があるなんて知りませんでした」


 なるほど、爺バカの長老が教えないなんて、本当に秘密だったんだな。

 地下室には本棚が五つほどあり、ぎっしり本が詰められている。

 どれもボロボロで今にも崩れそうだ。


「俺たちが入ってよかったのか? 大切な書物でもあるんじゃないのか?」

「ええ。大切な書物はあるのですが、まずは一冊お持ちください」


 恐る恐る、一番丈夫そうな本を取り出す。

 赤い背表紙の本だった。

 そして俺は本を開いて――驚愕した。


「――これは……」


 全く読めない。

 にじんでいるとか字が汚いとかそういう問題じゃなく、日本語じゃなかった。


「すまない、マリア、翻訳してくれ。俺、英語の成績は良くはない」

「私も同じよ、しかも受験勉強してたころから6年経ってるんだから……って、あら? これ英語じゃないわよ?」


 とマリアが言う。

 形こそ似ているが、どれもこれもアルファベットではない。一緒なのは0(オー)とIアイくらいだが、これもマルとタテかもしれない。


「文字体系がまるで異なるのね」

「はい……長老である我々はこれらの本の翻訳をすることを使命としております」


 考古学者とかそういう種類か。

 エルフからしたら、森の入り口の迷いの魔法や、舞台“谷の底”の浮遊魔法など、未知の魔法を調べないといけないから必要な仕事か。


「ちなみに、そこには可愛い女の子に告白するとき、玉砕しても傷つかない告白の仕方が書いてあります」

「後ろ向きな本を書いているな、古代のエルフはっ!」


 そんなのわざわざ本にするなよ。


「まだ一割も解読できていませんし、魔法の本は見つかりません。ですが、わかったことは――この本は1200年前の本であること」


 そんなに古いのか。そりゃボロボロなのも納得だ。


「それともう一つ、1200年前のある時期を境に、言語が全て今の文字に統一されたというものです。逆に、それ以前には今の言葉はありません」

「…………へぇ……それはすごい」


 まぁ、すごいが、何がすごいのかわからない。


「なるほど、その時に世界を変える何かがあったのは明白ね」

「え? なんでそうなるんだ?」

「……タクトくん、考えてみなさい、あなた、明日から英語話せる?」

「無理だ」


 明日どころか10年後でも無理だ。


「でも、長老さんが言うには、その一つの時期を境に、全員が同じ言葉――見たこともない、聞いたこともない言葉を使いだしたということでしょ?」

「……そうだ、そうだよな。でも、なんで」

「音はわからないけど、文字には心当たりがあるわ」


 マリアが言う。


「カードね」

「はい、おそらくそうなのでしょう」

「カード……あ」


 カードにはアイテムの名前が全て日本語で書かれている。

 もしも1200年以上前からカードが存在し、その文字が日本語だったとするのなら、1200年前の本にも日本語であるはずだ。


「ということは、もしかして1200年前には魔物は存在しなかったのか?」

「もしくは、魔物がカードになるような現象がなかったのか、のどちらかよ」


 それだけではない、とマリアは語る。

 スキルの名前、魔法の名前、魔物の名前、どれも日本語や英語で理解できる名前だった。


「それと、もう一つ。私の開発した武器。私はこれをみんなに火薬武器だって話してたのよ。でも、この武器のスキルを覚えたとき、そのスキルの名前は銃スキルだった。

 銃という言語がこの世界に最初から存在したかのように、言葉が生み出されていた」


 ……そうか、それが……この世界の未来が俺たちの世界に繋がっている。


 コモルの町でマリアが言おうとしていたことなのか。


「長老さんは一体どうしてこれを俺たちに?」

「ふむ、邪神信仰もまた1200年前から活動を開始しているようです。それを証拠に、ここにある書物にはその存在を示す言葉はありません。ですが、今の言語で書かれた古文書には多くの邪神信仰に関する記述があります」

「まさか……邪神とやらがこの世界に何か細工をしたと?」

「邪神が魔物を生み出したといわれているので、その可能性はあるかと思われます。邪神信仰に狙われるというタクト様は知っておられた方がいいでしょう」


 そう言われても、神様相手にどうしたらいいのかなんてわからないが。


「もしかしたら、ドワーフとエルフの争いもそこから生まれた可能性もあるわけね」


 マリアがいう。時期的には一致するな。

 さまざまな憶測を残しつつ、俺はエルフの長老の家の一階へと戻った。

 それにしても1200年前か……俺たちの世界だと、それは僅か1200日前になるのかな。


「それにしても、残念でしたな、人探しの鏡は」

「えぇ、私も悪いことをしたと思うわ」


 マリアがいう。マリアたちは武道会に出ることを条件に、人探しの鏡でタクトの場所を確認したという。

 そして、そのせいで人探しの鏡は一か月間魔力を補填しないと使えない状況にあるらしい。


「ま、一か月後またくるさ……シルフィーにも会いたいしな」

「………………」


 シルフィーがそっぽを向く。

 不機嫌なのはよくわかる。

 なんで不機嫌なのかはわからない。


「このジャージは餞別の品としてもらっておきます」

「いや、待て、待ってください、それは待ってください、お願いします。なんでもしますから」

「じゃあ、シルフィーを一緒に連れて行ってください」

「……え?」


 俺は耳を疑った。


「でも、シルフィーは今は救い主様で、居場所もしっかりあるじゃないか」

「昨日、長老とも話しました。ハーフエルフとはいえ、半分はエルフです。私がここにいたら、エルフに有利になるように動こうとするエルフがいないとも限りません」

「……ワシはここに残っていてほしいと言ったんじゃが」


 長老は今にも泣きそうだ。


「……俺と一緒に来てくれるのか?」

「あなたが言ったのではないですか」

「……よし、よろしく頼む、シルフィー!」

「はい、じゃあ、仲間になった記念としてこのジャージはもらいますね」

「いやぁぁ、それだけは勘弁してください!」


 俺は泣いて土下座した。やばい、こいつスレイマン以上にいじめっこだ。


「……タクトくん、彼女にいいようにからかわれてるわね」


 マリアが微笑ましく俺たちを見つめ、


「じゃあ、私はミーナとサーシャのところにいってくるわね。ドワーフのみんなには世話になったからお礼をいっておかないと」


 そういってマリアは去っていく。


「長老、頼んでたものを頼む」

「ふむ、あれじゃな」


 長老が持ってきたのは――


「緑色のジャージですか?」

「あぁ、竜の髭から作ってもらった」

「でも、あなたにはサイズが小さいようですが?」

「これはシルフィーの分だよ」


 緑のジャージ、上下服だった。

 武道会に出る前に作ってくれると言ってたものだ。

 竜の髭をエルフ独自の技法を用いて糸にして、そこから紐にして服を編み上げる。ジャージの編み方は俺が教えた。

 金属は使わないと言った長老だが、なんと木材を組み合わせてファスナー部分を再現してくれている。これはまさに匠の品だといっても過言ではない。この火鼠のジャージのファスナー部分を完成させるために毎日コモルの町の鍛冶工房に通ったというのに。しかも、俺はズボンを紐でくくらないとずれ落ちるが、シルフィーのそれにはきっちりゴムが入れられている。

 まさに、ジャージの中のジャージ、キングオブジャージだ。


「私の……?」

「あぁ……ジャージを愛するものは、同じジャージを愛するものにジャージを与える。ジャージ信仰の教えだ」

「……ジャージは好きですが、ジャージ信仰に入るつもりはありません」


 そういい、シルフィーは竜のジャージを受け取ってくれて、俺の火鼠のジャージを返してもらう。

 やっとこの手に戻った。


「さて、あなたのことはなんと呼べばいいでしょうか?」

「ん? 名前でいいんじゃないか? タクトでいいよ」

「それだとサーシャとキャラがかぶります。もっと区別が必要です」

「…………といってもなぁ……」


 呼び方なんて考えたことがない。

 年下の人から呼ばれる略称か……


「お兄ちゃん……とか……いや、それはないな」


 さすがにそれはない。

 そう思った。なのに――


「お兄ちゃん?」


 シルフィーが疑問形でそうつぶやく。

 その衝撃に――


「駄目だ! シルフィー、それはダメだ!」


 やばい、変な属性に目覚めそうだ。

 まるでハンマーで腹をなぐられたかのような衝撃だ。

 俺の悪友(ロリ好き)が耳にしたら、間違いない、魂をあの世にもっていかれていたぞ。

 俺が必死に懇願すると、シルフィーはわかってくれたようで――


「なるほど……じゃあタクトお兄ちゃんと呼ぶことにしましょう」

「わかってなかったのは俺のほうだった!」


 そうだ、ダメと言われたら余計にするいじめっ子だった。

 一連のやりとりをみて、長老が何かに期待して言う。


「シルフィーユ、わ、わしのこともおじいちゃんと呼んでくれんかね」

「…………お断りします」

「まごに……まごに白い目で見られたぁぁぁぁ」


 泣きわめく長老を見ながら、これはやばい、と俺は胸中でうめいた。


「では、行きましょうか、タクトお兄ちゃん」

「ちょっと、本当にその呼び名で行くのか……ってあれ? 今、シルフィー、笑ってなかったか?」

「いいえ、どうやらタクトお兄ちゃんには幻覚が見えているようですね。一度目を塩水で洗ったらどうですか」


 こうして、同じジャージ信奉者のシルフィーが仲間になったのだった。 




 -第三章に続く-(その前にちょっとだけ短編あるよ)

これにて、エルフ&ドワーフ編はひとまず終わりです。

次回から短編に入ります。

釣果のような話を複数加えて、いよいよ三章ですね。

メインを大事にするほうが好きな皆さん、申し訳ない。三章はまだプロット作成中です。

なので暫くは短編が続きそうです。

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