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10 聖域

 エルフの谷。

 そう呼んでいるのは、きっとエルフだけなんだろうな、とタクトは思った。

 確か、マリアから聞いたことがある、人々の間ではここは【境界の谷】とか言われていた。

 エルフにとっても、ドワーフにとっても聖域であるこの谷。

 きっと、謎を解く鍵がここにあると思っていた。

 が――実際に見てみると深い。

 底が見えない。


「ええ、勇者様……エルフの谷という聖域であると同時に、ここは死の谷とも呼ばれています。

 落ちたら二度と上がることのできない奈落の底」


 そう言ったのは壮年のエルフの男、ダグ・ザ・バイヤーだった。

 って、ダグ・ザ・バイヤーってお前かよ!

 と俺はつっこんだね。

 なにせエルフNo.1の男と呼ばれたのが、飛竜のときに後ろにいただけの壮年のエルフだったんだから。


 本来、エルフの聖域であるこの地には、武道会の日以外はエルフであろうとも立ち入ること以外を禁じられている。

 救い主&武道会の参加者特例というやつだ。


「武道会は三対三で行う伝統ある戦いです。ですが、交流の途絶えた今となっては、戦争の道具になってしまいました」

「ダグさん、あんたは戦争は嫌いなのか?」

「そうですね……妻を失うまでは正しいことだと信じておりましたよ」


 自嘲気味にダグさんは言った。

 エルフとドワーフの小競り合いはもう千年以上も続いているという。

 ちなみにだが、エルフとドワーフが長寿というゲーム設定はこちらには存在しないらしく、平均寿命はエルフで70年。ドワーフで65年だという。少し人間より長い程度だ。

 人間の平均寿命は62年だと言われている。

 そのため、エルフもドワーフも何世代も前から、誰も戦争のない平和な日常を知らないという。

 特に、あの予言が見つかってからは戦いはさらに激化したそうだ。


 それはそうだろう、破れたら滅びる、そう書き残されているのだから。


 ただ、それは国力を疲弊させるだけで決着がつかない。

 しかも東の大陸の王が火薬と呼ばれる爆発する薬によって新型の兵器の開発に成功したと聞き、人間との国力の差がひらけば、このままでは共倒れだと判断。

 そのため、双方は武道会ですべての決着をつけると提案した。

 それがどういう意味か、エルフは子供を除き全員理解しているという。


「予言の実現させるには救い主であられる勇者様、あなたの力が必要なのです」

「だがな、ダグさん。予言を実現させるには、谷の底に降りないといけないんだよな。なんで谷の上空なんだ?」


 そう、武道会の会場は……谷の上に浮いていた。

 直径50メートルくらいの円形闘技場。そこまで橋のようなものが伸びているが、少し隙間があいていた。

 だが、闘技場の周りには壁はない、かなり危険な闘技場だ。あんなところで戦うのかよ。


「ふふふ、よくぞお聞きくださった! あれこそがエルフの魔力の結晶なのです!」

「は?」

「空中武道会場谷の底。落ちたら谷の底まで落下してしまうというその名が由来となっているそうですよ」

「落ちたら即死だな」

「いえ、谷の底は毒ガスが充満しているらしく、落下中に死亡する恐れもあります」

「なおさら質が悪いな……それ……、本当に大丈夫なのか?」




「あの闘技場、見たところ1200年くらい前に作られたんだろ?」


 俺は目を凝らして闘技場を見つめた。

 故障して落ちたりしないのか。


「おぉ、見ただけでわかるとは……さすがは勇者様」


 ボーナス特典【鑑定】の一つ、年代鑑定のたまものです。


「でもご安心ください、あの闘技場は今は失われし古代魔法によってつくられたもの。飛竜があそこで昼寝しても壊れなかったそうですから」


 飛竜、あんなところで昼寝したのか。


「あそこは?」


 俺は谷の向こうを見た。


「あれはドワーフの戦士の休憩所です。大会の前日より泊まるそうですよ」

「そうなのか……」


 ドワーフの戦士。きっと屈強な男たちなんだろうな。


「聞いたところによると、ドワーフの戦士は全員人間だそうです」

「本当なのかっ!」

「ええ、しかも、うち二人は見たことのない武器をつかうものと、二刀流の剣士です」

「二刀流……それって確か才能スキルだったよな?」


 才能スキルはレベル30から覚えられるが、覚えられる可能性はとても低い。しかも才能がないと覚えられないとか、いろんないわくつきのスキルだ。

 それに見たことのない武器……。

 残りの一人もただものではないことは確かだ。どんな相手かはわからないが、油断したら絶対にやられる。


「どうだ? シルフィー、いけそうか?」

「理論上は可能だとシルフィーは確信しています」

「そうか……じゃあやってみますか!」


 杖を構えて。


「フィイヤーフィールド!」


 俺はそう魔法を唱えた。

 だが――


「あの、勇者様? 一体何を?」

「本で読みました。ファイヤーフィールドは一定の範囲に地上2メートル程度の場所に炎の空間を作り出すんです」

「何も起きていませんが?」

「いいえ、地上2メートルでは起きているはずです……谷の底ですが」


 そう、ファイヤーフィールドは上空には放つことができない。

 だが、下なら……谷の底なら離れた場所にでも撃つことができる。


「シルフィー、説明はあとだ、これって出し続けるのがしんどい、はやくしてくれ!」

「わかりました! ゴッドブレス!」


 その魔法によって、空から空気の圧力が吹き荒れた。

 谷の底にむかって打ち出された風の攻撃は霧となっていた毒の霧をまき散らして……はっきり見えた。

 暗視スキルの効果と、地上に燃えているファイヤーフィールドの炎のおかげで、谷の底が今はっきりとな。


「ダグさん、じゃあ、行ってくるわ。すぐに戻るから待っていてくれないか?」

「え? 行く、どこに?」


 シルフィーは俺の手を掴んできた。


「平和の明日にだよ!」


 そう言って俺は唱えた。


「瞬間移動!」


 問答無用の移動魔法。

 それは視界の範囲内なら飛ぶことができる。

 二次元空間のみではない、もちろん上下の移動でさえも可能なチート魔法だ。

 瞬きする間に、景色は変わっていた。


「……毒ガスは……ないな」

「はい。あったとしてもシルフィーの毒舌スキルには通用しませんが」

「俺の毒耐性レベルは……三分以上いたら死ぬって聞いたけど、問題なさそうだな」


 俺たちは今、谷の底にきていた。

 ファイヤーフィールはすでに消えていて、闇に覆われている。

 上空を見上げても、線のように細い空がみえるだけだ。


「どうやら、毒ガスは一定以上下には降りてこないようですね」

「助かるよ……」


 そう言って、俺はライトの魔法を使った。

 弱った死霊系魔物や悪魔系魔物を消滅させる光の下級魔法だが、その名前の通り懐中電灯替わりにしか使われていない。


「さて、何があるのかな」

「まぁ、期待せずにいきましょう。あなたの考えですから」

「俺がいつも失敗しているみたいな言い方やめてくれ」


 大声をだして頼むと、声がこだました。


「とりあえず、一番怪しいのは闘技場の下なんだよな」 


 しばらく歩いてみると、広い空間にでた。


「ここが闘技場の下か……何もない……のか?」

「そうですね、千年前なら落ちて死んだエルフかドワーフの遺体でもあるかと思いましたが、今は何もないようです」

「恐ろしいこといわないでくれ」


 と俺が一歩前に進んだときだった――壁が白く光りだした。


「これ……魔力鉱じゃないな?」


 まるでLED照明によって照らされたようなその光景に俺は息をのんだ。


「違います……古代魔法による照明です」


 壁全体を光らせるって、まぁ、闘技場を光らせるくらいなら……そんなことは……。


「シルフィーは夢を見ているのでしょうか?」

「いや、これは現実だよ……ったく、これが現実なんだよ。くだらない戦争なんてまっぴらだ」


 俺がその場から退くと、壁の光は消え、ライトの魔法のみが光源となる闇へと戻った。

 瞬間移動で谷の上に戻ると、ダグさんがいた。


「勇者様、今のはいったい何なんですか! 闘技場の下、靄のさらに下から光が見えましたが」

「ダグさん……頼みがあるんだ。あんたに、この戦争を終わらせてほしい」


 そう、俺がとっさにおもいついた計画はダグさんの協力が絶対に不可欠だ。


「それと、シルフィー……この武道会、最良で相討ち作戦でいく。協力してほしい」

「またくだらないことを考えているようですね……」


 シルフィーはふぅ、とため息をついて、


「わかりました……。毒を喰らわば皿までといいますし。

 シルフィーはお皿まで食べても死にはしないと思いますが」


 それにしても……一体誰があんなことを……。いや、考えても意味はないのか。

次回はちょっとだけサービス回です。

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