9 伝承
ドワーフの町は山の中に存在した。
もともとは坑道だった場所をそのまま使ったという。
鉱山には空気を取り込む穴というものが存在しているが、ドワーフはそこから鏡の反射を利用し、外からの光を差し込む技術を考案。
少し薄暗いが歩くのには不便はないそうだ。
まぁ、私も研究所で所長として働いていた時は薄暗い部屋にずっと閉じこもっていたし、そのあたりは慣れたものだと思う。
その坑道には馬車のままで入った。
十五人くらいの旅人が馬車に乗り込んだ。これから二時間かけて町に帰るという。
もう夕方なので、町に着くのは夜になりそうだ。
私たちは御者のおじさんに礼をいい、馬車から降りた。
「ふぅ……人間と交友のある種族といっても、やっぱり緊張するわね」
私はそう独りごちる。
「まぁ、甘い考えは捨てたほうがいいわね。買い物しようにもお金はほとんどがタクトに預けてたから、買い物をしない人間にどういう態度をとってくるか」
「最低限は持ってるけど、金細工を買うにはちょっと足りないね」
サーシャ、ミーナともに言う。
タクトくんのカード収納スキルに頼りすぎたツケが回ってきた。
「とりあえず、私たちは買い物ではなく観光できた。タクトくんがいたら一発なぐる。いないなら、武道会の情報を聞いて、それの見学をしたいという。それでいいわね」
「わかった」「はい」
そして、私たちはドワーフの集まる洞窟の奥へと進んでいき――
「救い主様、ようこそおいでくださいました」
百人はいるドワーフ全員から土下座で出迎えられた。
人生で初めてかというくらいの歓迎を受けた。
そして、残念ながらタクトくんは村にいないと聞かされた。
集落の中央には様々な肉料理が並べられていた。中でもランニングドラゴンのステーキというものが絶品で、タクトくんに申し訳ない気持ちになる。
酒も各種用意され、私とサーシャは酔わない程度にいただき、ミーナは果実ジュースをいただいた。
さて、私たちがここまで歓待されたわけは、ドワーフの伝承にこういうものがあるかららしい。
【ドワーフとエルフ、戦い激化するとき、二本の翼を携えし救い主現わる。そのもの、エルフにあらず。そのもの、ドワーフにあらず。そのもの、谷の底、武道会ののち、戦争の終結を宣言する】
「それがミーナだっていうの?」
「いかにも……」
白髪眉毛が長すぎて目まで覆っている、白髪白鬚のドワーフの長老が答えた。
「二本の翼なんて私には生えていませんよ」
「いえ、見張り台より連絡が来ております。二本の刃で戦うミーナ様の姿を見て、我々は確信しました。あれこそが二本の翼なのだと」
それだけでミーナだと思うのだろうか?
それだけでミーナを救い主と思うということは、よほど戦いが激化しているということか。
「その伝承は口伝でいままで?」
「いえ、石碑に書かれております。よろしければご覧になりますか?」
「はい、ぜひお願いするわ」
「あの……ミーナ様はぜひこちらで歓待を受けていていただきたいのです。そうすれば皆の気運も高まります」
そういいつつ、ドワーフの長老は一枚の紙を私に渡してきた。
私はそれを読んで苦笑し、
「ええ、ミーナ、サーシャはここにいてちょうだい。調査は一人で十分よ」
「はい」「わかったよ。何かあったら教えてちょうだいね」
素直に応じてくれた二人に感謝し、声が二人に聞こえないように私は言った。
「まぁ、ミーナが来ないのは正解ね」
「ありがとうございます」
長老が少し困ったように言う。
ていうか、わざわざ伝承にそんなものを残すなんて、昔の偉い人は何をかんがえているのかしら。
「ねぇ……石碑って聞いたんだけど」
「そう言わないと盗賊に狙われますゆえ」
「そうね……うん、黙っておくわ」
それは石碑ではなかった。
巨大なエメラルドの板がそこにあった。五メートルの高さはあるんじゃないかな。
まるで錬金術師の守護者といわれた、ヘルメースのエメラルド板ね。
かつてこの世界で錬金術師を自称していたことに微笑し、私はその石碑を読み解いた。
全てがひらがなで書かれている。
長老さんは部屋の二か所に置かれていた蝋燭に火を灯す。
【どわーふとえるふ たたかい げきかするとき にほんのつばさおたずさえし むねのない おとめの すくいぬしあらわる】
胸のない乙女……そんなのミーナが見たら荒れ狂うことは間違いない。
昔の偉い人は何を考えたのだろうか?
とか考えたが、長老いわく、預言者は神より声を聞いたものをそのまま書いたという。
だから、漢字や「を」は「お」と書かれている。
【そのもの えるふにあらず そのもの どわーふにあらず そのもの たにのそこ ぶどうかいののち せんそうのしゅうけつおせんげんする】
ただし、さらに一文は続けられた。
【よげんかなわず たたかいにやぶれるとき どわーふ すべておうしない しにたえるであろう】
そう……そう締めくくられていた。
その武道会が行われようとしているというの?
ねぇ、タクトくん、あなたは本当にエルフの村にいるの?
ドワーフを滅ぼすためにあなたは武道会に参加するの?
※※※
【よげんかなわず たたかいにやぶれるとき えるふ すべておうしない しにたえるであろう】
なんだよ、これ
武道会に負けたらエルフは全員死ぬっていう予言じゃないか。
迷宮の最奥、石碑に書かれた文章を読んで、俺は絶句した。
「これが、エルフの伝承です」
「ああ、聞いてたよ。これをその目で見ることを条件に迷宮を使わせてもらったんだからな」
でも、最後の一文は自分の目でお確かめください、
その意味に気付いたとき、俺は思った。
「エルフはこの伝承を見て奮起し、戦いに挑むといいます。だからあえて戦士の集う迷宮の奥にこの石碑を保管してるんです」
確かに、これを見たらもう逃げようなんて思えない。
武道会まで時間はない。
「……ん? ちょっと待て」
俺はふと気付いた。
そして、鑑定スキルを使い……その伝承を再び確認する。
どういうことだ、これ……誰がこんなことを……。
この予言にはなにかある。
きっと、今の俺には想像もつかない何かが。
武道会の選考は森を傷つけないために山の頂で行われた。
それぞれが思い思いに魔法を使う。
「なんという威力だ……」
粉々に砕け散った山の頂を見てエルフの多くが息をするのも忘れていた。
「風の上級魔法、ゴッドブレス……それをあの短期間でここまで極められるとは……」
「信じられん……」
そう、彼女は魔法特性レベル34、魔法(風)レベル43。
もうすでに天才レベルにまで成長していた。
一昨日、プラチナツリーを倒すことができ、一気にレベルがあがったのが大きい。このあたりはリアルラックに感謝だ。
ちなみに、二人同時撃破判定があり、経験値は俺とシルフィーの二人に分配された。
もしもシルフィー一人でプラチナツリーを撃破していたら、レベルのみの強さは俺をこえるんじゃないか?
おかげで俺の魔法(火炎)レベルは47まで上がった。
「ふむ、決まりのようじゃな、大会に参加するのは、ダグ・ザ・バイヤーとシルフィー・シルヴィアじゃ」
「待ってください、長老! 私は納得できません!」
そう言ったのは、シルフィーを今まで侮辱してきたエルフの兄ちゃん、スレイマンだった。
本来はエルフの戦士の中でも二番目に強い、騎士隊長のエルフだ。
「スレイマン・ジ・オランド。これは決まったことじゃ」
「納得いきません、武道会は本来は名誉あるエルフの戦い、救い主様はともかく、そのような――」
「スレイマン! これは村の掟に乗っ取り、そして決まったことだ。それ以上言うと、村の掟に従いお主にも処罰を下すぞ」
「ぐっ……後悔しても知りませんよ」
スレイマンはそう吐き捨てると、村へと下って行った。
第一試練はクリア。
ただ、戦いはまだはじまってすらいない。
どんな相手が武道会に現れるのか?
まずは戦いに勝つ、すべてはそれからだ。
武道会がはじまるのはもうちょっと先です。
現在、誰に頼まれたわけでもないのに
【真説・チートコードで俺TUEEEな異世界旅】
というものをのんびり書いています。
1話「卑怯」~14話「飛翔」までの話に加え、書下ろしをだいぶ加えて
完結済みの話にする予定です。
もちろん、こちら側を優先して書いていますが、疲れたときの気晴らし程度ですね。できるのはだいぶ先ですが、いつの日か皆様の目にお触れできると思います。




