6 厳法
去っていくスレイマンに対して、俺は声をかけることができなかった。
「はぁ……エルフって本当にゲームと同じなんだな」
そういって、俺は上のジャージを脱いで、シルフィーの背に被せた。
エルフは純血を大事にする。人と交わりを持つことを禁じ、ハーフエルフそのものが禁忌。
これがゲームやアニメの中でよくある設定だ。
それにしても、この森は山の中腹にあるため、もうすぐ夏だというのに絹の服だけでは少し肌寒い。
「なぁ、ハーフエルフとか関係ないから、本当に俺と一緒に来ないか?」
「そんな慰め方でシルフィーの心を動かせると思うのですか」
あぁ、確かに女心なんて全然わかんないよ。ハーレムって謎のボーナス特典も宝の持ち腐れ状態だしな。
「女心はわからなくても、泣いている女の子をこのまま放っておけないんだよな」
「涙など流れていませんが」
違うだろ。シルフィー、お前は涙の流し方を忘れてるだけなんだ。
悲しいということに慣れ過ぎて。
っていったら、どこのホストですか? って怒られそうだな。
あ、ホストなんて知らないか。
でも、今はちょっとでも毒舌をはいてくれたほうがいいな。
「……ここにはお母さんのお墓があります」
「そうか」
「そうです」
そして、彼女は語り始めた。
それが辛いことだとはわかっているが、俺は聞かなければいけない、そんな気がした。
「お母さんは二十年前、森の入り口にかけられた迷いの魔法によって、遭難した男の人を助けました」
「それがお前の父さんなのか?」
「……人の話の結末を先に言う人は嫌われますよ」
シルフィーが半眼で睨んでくる。
無表情に近いけれども睨まれているのはわかる。
すまない、と俺は口を噤んだ。
「まぁ、その通りなんですがね。お母さんは森を出て、男の人と一緒に過ごす道を選んだんです。大都市はともかく、お父さんのいた村ではエルフはまだまだ怖いものという風評が広がっていましたから。エルフの森の近くの村ですから余計にです。
だから、お母さんはお父さん以外には自分がエルフであることを隠してました。幸い、エルフと人間の違いといえばこの耳くらいなものですからね」
そういい、彼女は自分の耳を触る。
「フードをかぶったらわかりません」
そういって、シルフィーは俺のジャージを頭からかぶった。
だよな、俺もシルフィーと話してたとき、彼女がエルフだなんて全く気付かなかった。
「まぁ、耳を見ても気づかないあなたは間抜けすぎるとシルフィーは思いますが」
毒舌が入ってくるな。
「冗談ではありませんよ、本当に、耳を見たら誰でも気付いてしまうんです」
「じゃあ、お前のお母さんはバレたのか」
「いえ、そうじゃないんです」
「家から絶対に出たらいけないと言われたのに、シルフィーは外から聞こえてくる音楽が気になって出てしまったんです。村の広場に」
シルフィーはそこで話を止めた。
「あとは、想像通りですよ」
シルフィーが話す。
シルフィーと彼女のお母さんが村を追放されたこと。
フードで耳を隠した怪しい親子など誰も迎えてくれるわけがないこと。
二人は行く場所を求めてエルフの村に帰ったこと。
エルフの村に住む条件として、もっとも困難な山の主退治の任についたこと。
そして、そのお母さんが三年前に山の主とともにこの世から去ったこと。
「だから、シルフィーと一緒に行けば、あなたも不幸になりますよ」
「不幸になんてなるものか」
「お願いです……一人にしてください……あなたが長老の家に行かないと、それはシルフィーの咎になります」
「そんな、これは俺の意志で――」
彼女の体が小さく震えていた。
「シルフィー、そのジャージは今はお前に預ける」
「シルフィーは寒くて震えてるわけではありませんよ」
「これは俺のけじめなんだと思う……」
なんだよ、チートって。
くそっ、女の子一人守れなくて何がチートなんだよ。
俺はジャージを渡すことしかできない自分に対し怒りながら、長老の家へと向かった。
ライトの魔法で照らされた広場では男たちが酒を酌み交わし、女たちが雑談に花を咲かせている。
俺を見つけて、今日一緒に飛竜を退治に行った壮年のエルフの男が声をかけてきた。
「おぉ、これは勇者様! 長老ならそちらですぞ!」
この男だけは救い主ではなく勇者と俺を呼んでくる。
冷めた目で浮かれたエルフたちを見ながら、俺は長老の家へと入った。
木と干し草で作られた家だが、中は意外と暖かかった。風がないだけでもだいぶと違う。
その部屋の真ん中にテーブルが置かれており、椅子に長老は一人で座っていた。
白いひげを蓄えた初老の男エルフが座っている。
「これはこれは、救い主様、どうぞお座りください」
「救い主ってのはやめてくれ、ただ、飛竜を退治しただけだ」
「いえいえ、あなたはまさにこの地の伝説の救い主様ですよ」
「伝説?」
「はい、この地には200年ほど前、預言者のおばばが住んでおりましてな、ある伝承を残したんですよ」
長老は、一字一句を吟味するようにその伝承を語った。
【エルフとドワーフ、戦い激化するとき、空より救い主現る。
救い主、谷の底、武道会ののち、戦争の終結を宣言する】
「というものです」
語り終えたとき、それがどうして自分につながるのか理解できなかった。
「シルフィーユ・シルヴィアが申しておりました。救い主様が空から落ちてくるところをこの目で見たと。だからその場で……んおほんっ、とにかく村に連れ帰ってほしいと」
「シルフィーが?」
シルフィーはなんでそんなウソをついたんだ?
本当に俺が空から落ちてきたと思った?
そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。
ただ、わかった。
そうか、ははは、そうだよな。
俺の女運UPって、やっぱりすごいんだな。
「それで、救い主様にはドワーフとの武道会に出てもらいたいのです。
スレイマン・ジ・オランド、それとダグ・ザ・バイヤーとともに」
「飛竜を倒したことで恩は示しただろ。武道会にまで出る義理はないが」
「わかっています。まずはこちらをお受け取りください」
長老が持ってきたのは、うろこの山と二本の紐だった。
「救い主様が倒した飛竜の鱗と髭です」
「これが報酬?」
「いえ、これは飛竜を倒した救い主様のものです。ですが、髭を加工する技術は我々エルフの秘術です。人間には加工できません」
「つまり、この髭で何かを作ってくれると?」
「はい、お持ちください」
長老が竜の髭を大事そうに持ち上げ、俺が出した手に乗せた。。
重みが伝わる、これ、見た目と重さが異なるな。
「ここから糸にし、紐にし、服を作る技術があります。ドレスにもできます」
ジャージにもできる……か。
「それと、武道会に勝てば、ドワーフの秘宝が手に入ります。その中の人探しの鏡、そちらも差し上げます」
「人探しの鏡? なんだ、それ」
「魔道具です。名前を言うとそのものの居場所が映し出せる鏡だとか」
「他人の国の秘宝を報酬に差し出すなよ……」
と思ったが、俺の心は大きく揺れていた。
その秘宝を使えば、もしかしたら――
(兄貴……)
この世界にいるはずの兄貴を見つける手がかりになる。
「エルフにとって武道会に出ることは最大の栄誉です。どうか、お願いいたします」
「……その話を受ける前に教えてほしい」
俺はできる限りの質問をする。
「武道会はいつある?」
「二週間後です」
「……人間……俺の仲間に手紙を届けてほしい。できるか?」
「やってみせましょう」
「このあたりの迷宮で一番経験値の貯まる場所はどこだ?」
俺の質問に、長老は言いよどみ、
「村の戦士のみが使う試練の迷宮が、この森の中にあります。
そこは魔物がわきにくく、三か月に一度しか使わない決まりがあります。
その代わり、一体一体の経験値は豊富です」
「そんなにすごいのか?」
「はい……大会に出るような戦士はそこに30回は潜り、強くなりました」
「それを使わせてくれないか?」
聖域のような場所なのかもしれない。
だが、俺の野望にはそこは最高の場所だ。
長老は暫し考え込んだのち、
「……わかりました、救い主様のためなら」
「最後に、一緒に参加する武道会の選手の選考は10日後、もう一度行う。希望者全員で、純粋に魔法の威力だけで決める」
「わかりました。全てお受けしましょう」
俺のわがままを長老は全て受け入れてくれた。
本当にそんなのでいいのか?
「結構無茶を言ってるが、本当にいいのか?」
「恩義には恩義をもって答える……そうでしょう?」
「その言葉、今は信じさせてもらうよ」
相手が俺を利用しようとしていることくらいわかってるさ。
「あと、迷宮の中にシルフィーについてきてほしいんだがいいか?」
「シルフィーユですか? 彼女はまだ戦士としては未熟、他のものを用意させますが」
「戦力は必要としていない、わかってくれ」
あぁ、勝手に決めたらシルフィーに嫌味言われるだろうな……
でも、やれることだけやってみるか。
「お断りします」
だが、思ってもみない否定の言葉が出る。
「シルフィーユ・シルヴィアはご存知かもしれませんがハーフエルフです。
シルヴィアとは彼女の父……人間の姓です」
「ああ、聞いてるよ」
「ですが、彼女は……とても優しい子です」
「知ってる」
少し意外だった。 誰もが彼女のことを悪く思っているわけではないのか。
それとも俺に話を合わせているだけなのか。
「そして……わしの可愛い孫です」
「それは知らないっ!」
え、まじか、それって、あんた、シルフィーの母さんの父さんってことなのか?
「わしは……村の掟に従い、娘を死なせてしまいました。そして、今日も、村の掟のために孫を死なせてしまうところでした」
苦渋の決断だった。
と長老が語った。
俺の魔法の実力を見て、あのままこの村に閉じ込めておくことはできない。
そして、無理に殺そうとしたら抵抗する俺に村のエルフが傷ついてしまい、それらの責は全てシルフィーに向かう。村の掟と純血を大事にする一部のエルフ相手には自分でも止めることはできない。
だから、あの時はシルフィーの提案を受け入れた。
だが、今回は違う。
「…………」
「これ以上、あの子には無茶をさせたくありません」
あぁ、なんだよ、シルフィー。お前のことをわかってくれる人もいるんじゃないか。
「なぁ、長老。俺を信じてくれ。絶対に悪いようにしない。絶対にだ」
「ならば……わしの話を聞いてもらいましょう。全てはそれからです」
俺はそれに了承した。
まさか――そこから孫自慢が朝まで続けられると思わなかった。
こいつ、絶対に爺バカだ!




