5 半分
俺はコモルの町で酔っぱらったおっさんから、こんな話を聞かされた。
「ドラゴンステーキって知ってるかい?
ドラゴンをステーキにしたものさ。
えふえふ11のアイテム? よくわからないが。本当にあるのさ。
ははは、冗談じゃないさ、本当に竜をステキにするのさ。じゃない、ステーキにするのさ。
酔っ払いのダジャレはつまらん? ははは、酔ってなくてもダジャレはつまらんさ。
いいか? ドラゴンは魔力を蓄える生き物だってのは知ってるだろ?
その魔力ってのはな、力だ。そうだな、このパンをぎゅっと握りしめた感じだな。
すると、味は凝縮する。それが肉になって焼けるとな、さらに味がしっかり閉じ込められてな。食べたときに、その歯でかみしめたときに弾けるのさ。
いや、爆発するっていったほうがいいな。
俺か? ああ、俺は食べたぜ。ランニングドラゴンのステーキさ。うまかったな。
そう、ドラゴンの肉はもう味覚のビッグバンさ。
え? 俺みたいなに大げさに味を表現する芸能人がいた?
おいおい、俺は劇団俳優じゃないぜ。
まぁ、あれだ。あの肉の味は食べた人間しかわからないな。
俺もあの時食べたらよかった? 飛竜を?
おいおい、お前、飛竜なんて三度の人生に一度出会うかどうかの、出会えば死ぬこと必至、死神のような怪物だぞ。
そいつが死ぬところを見たなんて、お前こそ冗談みたいなやつだな。
でも、その話が本当なら損したな。飛竜はでかいからな、その肉はきっと町中に振る舞われたはずさ。
一度でいいから俺も食べてみたいな、飛竜のステーキ。
もしもお前が手に入れたら、半分は俺にわけてくれよな?」
おっさん、残念ながら、俺は飛竜のステーキを食べる機会をまた逃したようだ。
「救い主様、宴の準備ができました」
長老エルフが俺のことを救い主と呼んで準備完了の合図を告げる。
いや、わかってるよ。準備できてるくらい。
もう、ここに座る前からわかってたからな。
「生憎、我々は動物の肉を食べません」
「あぁ、そうなのか。エルフってそうだよな」
昨日の夜に出てきた食事も今日の朝に出てきた食事もサラダとかパンとか木の実だったしな。
「はい、だからこれは救い主さまがお召し上がりください」
「なぁ、限度ってもんがあると思わないか?」
俺はドラゴンステーキを食べられそうにない。
広場を埋め尽くすように置かれ、半日がかりで焼かれたドラゴンの丸焼きを見て、俺はもうなんて答えていいのかわからなかった。
ってか、よくここまで運んでこられたな、お前ら!
まぁ、運びやすくするために首から上と翼、両手足は切り落とされたためにグロテスクな感じはあまりないが、それでも一人で食べきれるわけないだろ。
ここが東大陸なら半分はあのおっちゃんに分けてあげれるんだけどな。
見つからないところにもっていってカード化してやろうか、でも、バレたらまた厄介だろうしな。
結果、腹がいっぱいになって動けなくなるまでそのドラゴンの肉を堪能させていただいた。
味覚のビッグバンやぁぁぁぁぁぁぁぁ!
今から酒を汲みかわす大人の宴があるからぜひにと招待されたが、酒は二十歳になってからだ。
こっちの世界では水より安価な地域もあるせいか飲酒の可能年齢は17歳以上に決まっており、実は俺はぎりぎりセーフだ。
でも、こっちで数度飲んでみたが、頭がいたくなるだけでうまいと思ったことはない。
月の明かりと宴の喧騒をBGMに、俺は一人、果実ジュースを飲んでいた。
木のカップに入ったそれは、氷の魔法で冷やされていてとてもうまい。
ていうか腹がいっぱいすぎてこれ以上動けないや。
俺は集落のはずれにある樹によりかかり、空を見上げた。
満月がきれいに輝いている。
「東の大陸でも北の大陸でも……月は月なんだな……」
日本でも、という言葉を飲み込む。
日本への郷愁がこみ上げるのが怖い。
日本に帰りたくないわけではない、だが、今はそれよりもミーナ、サーシャ、マリアに合流する、それが先だ。
「何を当たり前のことを言ってるのか、シルフィーは言葉に困ります」
頭をさらに後方にずらすと、俺を覗き込んでいるシルフィーがいた。
「それに、そんなになるまで食べるなんて、あなたの計算スキルはマイナスですか?」
彼女はいつも通りの毒舌をはくと、俺のよこに座った。
「スキルにマイナスはない。シルフィー、今までどこに行ってたんだよ」
俺が集落に帰ったとき、そこにはシルフィーの姿はなかった。
代わりに村中のエルフに救い主様とたたえられ、宴をしますから、それまでお休みくださいと言われたので休むことになった。
すぐに帰ろうとも思ったが、シルフィーに何も言わずに帰るのもなんか寂しいと思い、瞼に浮かんだ三人の笑顔をみながら眠りについた。
そして、起きたらドラゴンの丸焼きがいやがった、というわけだ。
飲むか? と自分の持っていたコップを差し出すと、もらいます、と受け取ってくれた。
「シルフィーはあなたが帰ってくるのを首を洗って待ってました」
果実ジュースを飲みながら、シルフィーはそう答える。
「首を長くして待っててくれませんかね? それって俺が負けたせいで自分が死ぬと思ってたってことになるぞ」
「すみません、そう言ったのですが、わかりませんでしたか?」
「あぁ、シルフィーは今日も通常運転だな、安心したよ」
木々の間を風が吹き抜ける。
そうか、これが精霊の祝福だと精霊信仰の人は思うのかな。
口に出して言ったらシルフィーに何を言われるかわかったものじゃないが。
「出て行くのですか?」
「仲間が……待ってるんだ」
「……仲間ですか」
少し寂しそうにシルフィーが言う。
無表情だが、きっと寂しいと思ってくれている。
そんなくらい自分に自信をもってもいいよな。
「シルフィー、お前も一緒に来ないか?」
「シルフィーは人間ではありません」
「関係ないさ」
俺は即答したミーナもサーシャもマリアもそんなことを気にするようなやつらじゃない。もちろん、俺もそうだ。
「……あなたはそういうことを平気でいうから無神経だというのです」
カップを突き返された。まだ半分くらい残ってるのに。
「シルフィーの居場所は、どこにもありません」
それってどういうことだ? と尋ねようとしたときだった。
「これはこれは救い主様ではありませんか、こんなところにおられましたか」
「あんたは……昨日の」
「昨日は名を名乗らない無礼お許しください、エルフの騎士隊長、スレイマン・ジ・オランドと申します」
「ああ、うん、いや、べつにいいんだけどさ」
「救い主様、長老がぜひ救い主様に大切な話があると」
「あぁ、俺もちょっと話したいことがあったし……」
「ええ、それと下賤なものと話すのはおやめください」
俺が動き出そうとした足を止めた。
その俺を見て、スレイマンも止まる。
「お前、下賤なものってのはシルフィーのことなのか? 昨日も似たようなことを言ってやがったが」
「――? ええ、そうですが?」
何か問題がありますか?
そんな顔でスレイマンは言ってきた。
「お前、何言ってるんだ!」
「やめてください!」
シルフィーが俺とスレイマンの間に割って入る。
「シルフィー、言われっぱなしでいいのかよ、おい、あんた、シルフィーも同じエルフの仲間だろ! なんだよ、下賤って」
「救い主様、シルフィーユ・シルヴィアはエルフの仲間などではありませんよ」
スレイマンは俺に言ってきた。仲間じゃない? そんなの冗談でも言っていいもんじゃない。
だが、スレイマンはシルフィーに軽蔑の視線を向けながら彼は続ける。
「彼女の母は確かに優秀なエルフでした」
そうだ。そう聞いている。三年前まで、彼女の母親があの飛竜相手に戦っていた戦士だったと。
それは立派な話だ。下賤なわけがない。
「ですが、彼女の父親は人間です。シルフィーユ・シルヴィアは――」
スレイマンの言った事実は――
つまり、それは――
あぁ、ゲームでも出てくる、エルフと人間の間に生まれた種族。
「ハーフエルフです」
スレイマンが言ったとき、
――シルフィーの居場所は、どこにもありません。
その言葉の意味を俺はやっと理解できた。
シルフィーはハーフエルフだという設定は
おそらく何割か気付いておられた方もいたと思います。
まぁ、ここまで伸ばすことでもないと思うのですが。




