表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/112

3 相殺

サブタイトルの相殺のルビは

「そうさい」ではありません

「そうさつ」です。

前半はマリア視点、後半はタクト視点です。

 コモルの町。

 東の大陸にある、北の大陸と航路を結ぶ唯一の港町。

 その庁舎の町長室に私と、ミーナ、サーシャが押しかけていた。

 腰のホルスターには愛用の拳銃が入っている。もしも返答が納得のいかないものなら引き金を引く覚悟もできていた。

 ガラス製の皿や鼈甲の調度品がわずかに飾られており、歴代の町長の肖像画が十枚壁に掛けられている他は、高そうな椅子と高そうな机しかない部屋。


「レベル証明書が発行でけへんてどういうことなんよ!」


 私はそう一喝し、テーブルを叩いて町長に脅しをかけた。

 あまりにも怒りすぎて、最近は出ていなかった関西弁が出てしまっているが、今はそのほうがいいくらいだ。


「マリア様、何度も申しましたがスキルを調べた神父がスキル把握魔法の不調を訴え、代わりの人員を派遣してもらっているところでして」

「何言うてんねん、そのレベルで正しいからスキル証明書を発行せいって言うてるやろ!」

「そうはいわれましても、そこの剣士様はわかるのですが――そこのお嬢さんが短剣レベル41というのはどうしても――」


 町長は顔を青くして、今にも倒れそうだ。

 町長の言ってることは理解できるし、なし崩し的に証明書を発行するのは町を預かる者としては不適格だ。

 だが、今はその真面目さが歯がゆい。


 とうとうタクトくんが帰ってこなかったその日の夜から、私たちは三人総出で町中を探し回った。

 タクトくんが本気で逃げようとしたら瞬間移動でどこにでも行ける。でも、私たちはタクトくんが勝手にいなくなるなんてことは信じられなかった。

 調べていると、港近くにある商館。そこの船が渡航予定時間と違う時間にろくに積荷も上げずに出航したという。

 行ってみると、商館はすでに畳まれており、管理人をしていたという初老のお爺さんが部屋の掃除をしているところだった。

 私はミーナとサーシャをつれて商館に乗り込んで、受付をしていた爺さんに笑顔で詰め寄って話を聞くことに。

 お爺さんは泣きながら、本当に涙を流して大号泣しながら全て話してくれた。

 拳銃って本当に話を円滑に進めるにはいい道具ね。

 それでわかったのは、ここは商館というのは隠れ蓑の経営で、本当は海賊の隠れ家であったこと。

 海賊の副業として人攫いもしていたこと。

 昨日、海賊のボスが変な服を着た男をつれてきて、お茶を出して飲ませたこと。

 まぁ、これでだいたいの事情はわかった。

 タクトくん、海賊につかまったのね。睡眠って状態異常の中では特殊な効果だから、対処も難しい。

 北の大陸に行ってしまったのなら、瞬間移動でここまで戻ってくるのも難しい。

 タクトくんなら自力で脱出してなんとかやってくれそうだけど、生憎、じっとしてられるほど私は気は長くないのよね。


「北の大陸に行くわよ、ミーナ、サーシャ、準備はいい?」


 二人が頷くのに、一秒も必要としなかった。


 だが、問題があった。

 港の検問にひっかかったのだ。

 ミーナとサーシャは書類関係上はタクトくんの奴隷。

 主人の同行なしに国外に出ることはできない。

 黙っていたらわからないと思うかもしれないが、奴隷というのは隷属認定魔法というシステム魔法をかけられる。

 システム魔法とは、一般的な魔法と異なり、魔法書と契約すれば魔法技能がなくても使える魔法のことだ。

 まぁ、システム魔法によっては信仰レベルが必要になる魔法もあったりするが。

 そして、システム魔法の一つにサーチ魔法というものがあり、隷属認定されているものの情報を読み取ることができる。


(ちなみに、システム魔法の魔法書はほとんどが行政の管理下にあり、一般人が覚えることはできない

 契約に用いるのは第三写本。職務を辞する時に行政に返却、その魔法書は焼却され、魔法は使えなくなる)


 とにかく、二人はそのサーチ魔法にひっかかった。

 こうなっては二人の隷属認定魔法を解除するしかない。


 隷属認定魔法が解除される条件は以下の通り。


・主人が奴隷の隷属解除申請したとき。

・主人が奴隷の人頭税を一定期間以上滞納したとき。

・主人が死亡し、相続人が存在しない、もしくは相続を拒否した場合。

(ただし、その死亡原因に奴隷の関与の可能性がない場合)

・国から要請があったとき。


 四番目あたりなら陛下に頼めばすぐにでもできそうだが、ここからだと王都まで行くのに時間がかかりすぎる。

 だが、最後の手段は私たちにもすぐに可能だった。


・国の定める戦闘スキルにおいて、そのレベルが30を超える奴隷が隷属解除申請をしたとき。


 これは、一個人が巨大な戦力を持つことをよしとしない国の苦肉の策として作った制度だ。奴隷といっても強制的に従わせる魔法も存在しない世界で奴隷に力を持たせようとするものはいないし、レベル30を超えた達人となれば、奴隷になって借金を返すより、その身体を担保に金を借り、割のいい仕事をしたほうが効率がいいからこの特例を使われるケースはあまり多くない。この場合、奴隷が解放されても奴隷の主は一銭もお金が返ってこないのだからなおさらだ。

 そして、今、サーシャは片手剣レベル36、ミーナは短剣レベル41にまで上がっている。

 どちらも基準はクリアしていた。

 問題はクリアしすぎていたことなのだ。

 つまり、チートすぎたその成長度合いに、彼女達のレベルを調べた神父が自分の能力を疑ってしまったのだ。


「あぁ、もう……本当に時間がないのに」


 タクトくん、無事だといいんだけど。

 大丈夫よね、タクトくんには私のお守りも預けてあるんだし。



  ※※※



 俺は死にそうになっていた。


「そんなに前かがみになられたら困るとシルフィーは言っているのですが、言語の把握ができないのですか?」

「……こ、これには男の事情があるんだ」

「あなたの事情とシルフィーの職務は全く関係のないことです。なんですか、自信がないんですか?」

「や……やめてください」


 今、俺は風呂に入っていた。

 エルフの広場の端に設置された浴室で、脱衣所と浴室がある。

 浴室は三人くらいなら入れそうな木製の浴槽と同じ広さの洗い場があった。

 ヒノキの湯のような日本人なら懐かしいと思う直方体の浴槽だ。

 どちらも、ライトの魔法を照明代わりに使われており、このあたりはエルフの魔法能力のレベルがみてとれる。

 もしかしたら俺に対抗するために普段は蝋燭なのをわざわざライトにしたのかもしれないな。


 風呂に入るという習慣がこの世界にないと思っていたのだが、エルフの集落ではそうではないらしい。

 もともと水の豊富な土地であることに加え、エルフのうち七名が火の魔法を使うことで、お風呂を沸かすのに人間ほどの苦労がないというのがその理由だという。

 それでも、風呂に入るのは週に一度だけらしく、今日は本来入浴の予定のない日だ。

 俺のためにわざわざ沸かしてくれたのか? とも思ったが、山に入るための沐浴はエルフの絶対の法だという。

 先に、俺と同行して山に入る壮年のエルフが入り、次に俺が入っていた。

 正直、最高にありがたかった。

 自分が風呂好きだと思ったことはなかったが、この世界に来てからもう2か月。

 風呂に入ったことは一度もなく、オアシスなどで水浴びをするか、お湯で身体を拭く程度しかできていない。

 温泉町を見つけたことがあったが、今はとある事情で復興中。

 そんな事情で、日本にいたときに当たり前に風呂に入っていた俺は物足りないという思いをどこかに持ち続けていた。

 そういうわけで、沐浴を楽しんでいた俺だったが――しばらくしてシルフィーが入ってきた。


「背中を流しにきてあげました」

「……し、シルフィー、別に背中は流さなくてもいいんですよ!」

「もう一度言います。山に入る男性には、純潔のエルフが背中を流すのがこの村の法なので、シルフィーは背中を流しに来てあげました」

「……なら、服を着てください、お願いします」

「あなたはお風呂に服を来て入るのですか? それともシルフィーにいじわるをしたいのですか? 背中を流しに来るという名目で、シルフィーもお風呂に入るという役得を手にしようとしていることがわからないとは」

「…………あぁ……じゃあ、俺は上がるから、ゆっくり入っていてください」


 向きを変え、自分の大事なところが見えないようにシルフィーの後ろに回って浴場から出ようとする。


「そうですか……そうですね、こういう時があった場合、お母さんはこう言うようにとシルフィーに教えてくれました」

「なんと言うように?」


 もう少しで出られる。そう思ったときだった。


「自信がないんですか?」



 そう言われたら、もう出ていくことはできなかった。


「全く、ようやく素直に洗われる気になりましたか」


 そういい、シルフィーは泡を立てる。

 だが、俺は本当に困っていた。

 なぜなら、洗うというのは――


「本当に、タオルとかそういうものはないんですか?」

「もちろんです。手で洗わないと意味がありません」


 彼女は自分の手に石鹸をこすりつけていた。


「安心してください、天然由来のこの石鹸で洗えば水質が汚染されることはありません。

 エルフの技術の結晶です」

「いや、待ってください、そんなCMみたいなことは今は問題じゃなくて」

「往生際が悪いですよ」


 そういい、シルフィーが俺の背中に己の手を押し付ける。

 最初に感じたのは、くすぐられているような感覚だった。

 まるで背中の上をリスのような小動物がかけまわっている、そんな感じ。

 だが、回数を重ねていくうちに、彼女は洗い方を変え、指を立てたようだ。

 接する面積が小さくなり、その分だけ圧力が強くなる。

 それが見事に俺のツボを押さえていた。


「筋肉が緊張しているようです。もう少しリラックスしてくれないと、シルフィーのテクは伝わりませんよ」

 

 なに、これ、なんで背中を洗ってもらっているだけなのになんでこんなに気持ちいいんだ?

 シルフィー、めっちゃ慣れている、もしかして、この手のプロなのか? 自分でテクって言ってるし。

 なら、恥ずかしがってる俺のほうがおかしいのか?


「昔、お父さんの背中を流したときは『シルフィーは世界一背中を流すのがうまいね』と褒めてもらったものです。

 男性の背中を流すなんてその時以来ですが、私も腕は鈍っていないようですね」

「自分で自分をなぐってやりたい」

「なるほど、特殊な性的嗜好というやつですね」

「いいえ、違います。忘れてください」


 そうして、俺は地獄と天国を同時に味わった。

 あぁ、疲れがたまったのか、疲れが抜けたのかわからない。


 そういうと、俺の横をシルフィーがすたすたと歩いていき、


「では……次はシルフィーの背中を流してください。まさか、洗ってもらうだけ洗ってもらって自分は洗わないとか、そういう不義なことはしませんよね」


 そういってシルフィーは俺の前に背中を向けて鎮座した。白絹のような肌が突如現れたことに驚き、視線を落とす。

 だが、そこには白絹の肌の割れ目があって……俺は思わず叫んでしまった。


「勘弁してくださいぃぃぃっ!」


 勘弁してくれませんでした。



 背中洗いの試練を終え、俺とシルフィーは風呂に並んで座っていた。

 もちろん、俺の眼は硬く閉じられている。


「本当に、あなたの背中洗いのテクは下の中レベルですね。汚れが落ちた気がしません」

「すみません。でも、シルフィーの肌はもともと綺麗だから」

「当たり前のことを言ってごまかさないでください」

「当たり前のことなんだ……」


 俺はもうこの自分よりはるかに小さな女の子にやられっぱなしだ。


「あぁ……本当にシルフィーはあなたなんかに命を預けてよかったのでしょうか」

「……すまない、シルフィーを巻き込んでしまって」

「謝ることではありません。シルフィーが自分で決めたことです」


 俺が山の主を倒すと言ったとき、エルフの多くが反対した。

 そのまま俺が逃げるだろうということを懸念したせいだろう。昨日俺に会いに来た男に至っては、あんな危険な魔法使いはこの場で殺すべきだ、と言ってきた。

 その時だ。シルフィーが、彼が逃げたり討伐に失敗したら、村の法に乗っ取り、自分が責任を取ると言ったのは。

 俺はそれはダメだ、とシルフィーを止めた。

 それもいけなかった。村の長老が、俺の態度を見てシルフィーの提案を受け入れたのだ。


「絶対に、倒してみせる」

「あたりまえです。最悪でも相打ち、最良でも相打ちみたいな展開は期待していません」

「絶対に期待してるよな、お前」

「いいえ、あなたは最悪の展開でもなく、最良の展開でもない、いつもの実力で普通に山の主を倒せばいいんです」

「あぁ、わかったよ」


 ったく、かなわないな。そうだよな、山の主が何者かは知らないが。

 普通に戦って普通に倒せ。そういうことか。


「三年前までは山の主はシルフィーのお母さんが退治してました」

「今は違うのか?」

「はい、三年前にお母さんが山の主と一緒に死んでしまいました」


 シルフィーは言う。


「だから、普通にやって倒せないから相打ちに持ち込もう、なんて思わないでください。普通にやって倒せないなら逃げてください」


 シルフィーは続ける。


「だから、運が悪けば死んでしまうが、山の主だけは倒そう、なんて思わないでください。運が悪ければ死んでしまうようなら迷わず逃げてください」


 最後に彼女は締めくくった。


「迷惑です」


 あぁ、そうかよ。

 ったく、きついな。てか無理だろ、100%安全の戦闘なんてできるわけないだろ。

 戦いはいつでも死ぬか生きるかっててものだから。

 でもさ、できないことをやってこそチートってもんだろうな。

 やってやるさ。


「ところで、山の主ってどんな魔物なんだ?」

「そんなことを知らなかったのですか、こうなったら全てを諦めてあなたを殺してシルフィーだけ生きる道を模索しますよ」

「ははは、シルフィーは自分の命を諦めないでくれるのなら俺はうれしいよ」

「まったく……山の主は魔物ではありませんよ」


 そして、シルフィーはその山の主の名前を告げる。

 俺は思わず目を見開き、シルフィーの顔を見た。

 だが、その無表情に近い顔は冗談をいってるそれではない。さらにその視界の中には微かな、本当に微かなふくらみがあり、


「す……すみませんでしたぁぁぁっ!」


 俺は思わず湯船から立ち上がった。


「安心してください、人間の基準はわかりませんが恥ずかしがるほどではないと思いますよ。シルフィーのお父さんよりは立派です」


 すぐに湯船につかった。


 山の主。

 確かに主と呼んでも過言ではないその怪物。

 俺も会ったことがある。

 そして、俺はその怪物の名前を口にだして呟いた。


「飛竜」


 思いがけないところでリベンジの機会が訪れたということか。

前回のあとがきで、戦闘準備とスキル確認から始めると書いていましたが、

その前段階です。

私は実は毒舌キャラは嫌いなんです。だから、シルフィーは書きにくいと思っていたのですが、書いてみるとこれがまた面白いです。

まぁ、本当の毒舌好きな人からしたら、シルフィーの毒舌はソフトすぎるのかもしれませんね。


あと、3/29、プロローグ大幅改変しました。

少しだけ変わっています。

・ゲーム改造を主人公が行った→主人公の兄がゲーム会社の社員で、デバック用の改造コードをもらった。

になっています。それにともなう部分を調べて変更してから、次回の更新を行います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ