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2 恩義

 ヴィーナスの誕生をはじめとして、芸術の歴史と裸婦画とは切っても切れないものがある。

 それは男の裸の持つ隆々しい身体を宝石の原石だとすれば、女の体の持つ美しさはそれを研磨された宝石そのものであり、その美しさに歴史に名を残してきた画家もまた魅了されたということだ。

 ただ、本当に美しいのは男の裸でも、女の裸でもない、と俺の日本での悪友が語っていた。

 最も美しいのは、中性的な身体をもつ天使ではないか。と。

 何をバカなことをいってるんだ、と俺は笑ったな。そもそも、実在するものとしないものを比べることなんて意味のないことだ。

 そう言った。

 だが、俺は天使を見た。確かに見た。だが、中性的な身体の肉付きとは異なり顔立ちは幼いながらも間違いない美少女だ。

 あぁ、そうだ、俺の天使は実在したんだ。

 ということは、俺、もしかしたら死んだのか?

 ははは、そうか、死んだのか。いよいよ天使のお迎えが来たのか。

「おやすみ、パト○ッシュ」と言って少年が教会で眠ったように、俺も天使を見ながら眠りについて死ねたわけか。


 それなら後悔はない。

 幸せな人生だったと言おう。


 スメラギ・タクト物語 ―完―


 次回の人生をお待ちください。



「って死んでたまるかっ!」


 俺は勝手に終わろうとする人生にツッコミを入れて起き上がる。

 気が付いたらそこは洞窟の中だった。蝋燭の光だけが頼りで、迷宮よりもはるかに薄暗い。

 暗視のスキルがつけたままになっているので動く分には問題ない。

 洞窟の中には何もない。あるとすれば――天使がいたことくらいだ。

 間違いない、眠る前に見たあの美少女だ。

 年は10歳か11歳くらいだろうか?

 光源の少ない洞窟の中だというのに煌くような金色のポニーテールの髪に、透き通るような白い肌、緑色の服を着ている美少女だ。

 あ、暗視スキルがなかったら気付かなかっただろうが、瞳の色も碧色だ。

 彼女は俺の奇声に驚いたのか、こちらを見ていた。


「すまない、驚かせたか?」

「そのまま死んでもらってもシルフィーは構わなかったのですが」


 可愛い顔と抑揚のない可愛い声で恐ろしいことを言ってきた。


「君が助けてくれたのか?」

「いえ、シルフィーはあなたをここまで連れてきただけです」

「ありがとう、助かったよ」


 俺が感謝をするが、興味がないのか、彼女は椅子に座って本のページを捲った。

 本が好きなのか、マリアと気が合いそうだな。マリア、そうだ、あいつら絶対俺のことを心配してる。

 ていうか、絶対あの三人、じっと待ってるタイプじゃなさそうだし、どこか変な場所に行く前に戻らないと。


「助かったと思うのは早合点だとシルフィーは思いますよ」


 どういうことだ? とか思ったが、まずは情報が欲しい。


「ここは君の家?」

「椅子しかないこんな洞窟があなたにとっての家の定義と同一だとするのなら、シルフィーはあなたの半生について驚愕を露わにします」

「あぁ、家じゃないのね」


 驚愕を露わにって、無表情で言われてもなぁ。


「ここは本来、秋に収穫した食糧を蓄えておく食糧庫です。今は使われていません」

「そうなんだ。でも、本当に助かったよ。あのまま森で寝ていたら魔物に襲われていたかもしれない」

「その発言には誤りがあります。あそこの泉は夕方になると肉食の魔物が出ることが知られているので、夜まで涎を垂らして無警戒に寝ていたあなたは確実に襲われています」

「そ……そうなんだ」


 彼女は俺に恩を着せようとして言ったんじゃなくて、本当に事実をそのまま言ったんだろうなぁ。


「シルフィーちゃんが一人でここまで運んでくれたの?」

「いえ、集落の大人たちが一緒に運んでくれました」

「そうなんだ。じゃあお礼を言わないと……」


 俺は立ち上がり、シルフィーの座っている椅子のさらに奥にある地上へと続くであろう階段に行こうとして、


「ここから出るのですか?」

「ん? ダメなのか?」

「ダメなことはありませんが、大変なことになるとシルフィーは思いますよ」

「大変なこと?」

「はい、シルフィーが死にます」


「――え?」


 俺は耳を疑った。百歩譲って俺が死ぬのなら言ってる意味も通じるが、なんでシルフィーが死ぬんだ?


「あなたは森の禁忌を犯した罪人です。だからあなたはここに監禁されています。それを逃がしたら、シルフィーはその罰として死罪になります」

「え……森の禁忌?」

「あの森は人間の立ち入っていい森ではありません」


 そう言われて、俺は思い出した。北の大陸にいるという種族の名前を。

 それと、気が付いた。シルフィーの耳が、普通の人間よりもわずかにとがっていることを。


「エルフ……の森なのか?」

「驚きました、今まで気付いていなかったのですか……?」

「この大陸に来たばかりなもので」

「おかしいですね、森の入り口は古代の魔法がかけられていて人々を迷わせる魔法がかけられています。偶然入り込むような場所ではないのですが」


 瞬間移動のせいです。

 さて、どうしたものか。

 本当なら強行突破で脱出したいし、一分一秒でも仲間に俺の身の安全を知らせてあげたい。いや、今は身の安全なんてなさそうだが。

 だが、シルフィーは命の恩人だ。できることなら彼女に迷惑をかけるようなことをしたくはない。


「……やれやれ、無知な人間というのは罪だといいますが、それで死なれたらシルフィーも寝覚めが悪いです。お肌が荒れたらどう責任をとってくれるんですか?」

「やばいな、俺、このまま脱走したいという気になってきたよ」


 俺の命よりも自分の肌が心配なのか?


「冗談ですよ。シルフィーは本音と本心を器用に使いわけてる大人の女性ですから」

「使い分けてないよ、どっちも思ったままのことを言ってるよ」

「本当に冗談ですよ? シルフィーはたとえあなたが死んでもさほど気にせずに惰眠を貪る自信があります」

「さて、そろそろ出口に行きましょうかね」


 本当にこのまま逃げ出したい衝動にかられた。

 俺が出口に進む素振りを見せるが、シルフィーは本当に気にする様子もなく、本を読んでいた。


「シルフィー、教えてくれ、俺が逃げたらお前は死ぬってのはマジなのか?」

「急に呼び捨てにされて馴れ馴れしいな、とかシルフィーは思いますが、そこは寛容な心で許します。ええ、本当ですよ」

「じゃあ、俺が逃げるのをシルフィーは止めるのか?」

「困りはしますが、止めませんね」

「困るだけ?」

「はい、死んだら本の続きが読めそうにありません」


 彼女は――シルフィーは死ぬことに恐怖はないのか?

 エルフってのは全員そうなのか? それともこの子だけがおかしいのか?

 そう思っていると、階段から一人の成人した男のエルフが降りてきた。

 かなりイケメンの映画俳優のような兄ちゃんだ。

 腰にはレイピアに似たものと思われる剣を帯びている。


「シルフィーユ・シルヴィア、例の罪びとは目を覚ましたのだな」

「はい」

「そうか……」


 エルフの男は俺を見て尋ねた。


「人間、名前は」

「スメラギ・タクトだ」

「何の目的で森に入った?」

「あぁ……偶然……本当に偶然、たまたまなんだけど」

「……森には古代魔法がかけられていて、普通の人間には入れない」


 それは聞いた。

 だからといわれても、何と答えたらいいのか。


「いや、本当になんでこんなことになったのか、俺にも全くわからなくて」


 結局言い訳なんて見つかるわけない。瞬間移動を使いました、っていっても信じてもらえるとは思えない。実際にその目で見せてみる手もあるが、特殊な能力だ、逃げられたら困るといってこの場で殺されても困る。


「……ふん、その間抜けな面を見る限り、ドワーフの間者ということはなさそうだ」

「じゃあ、逃がしてくれるんですか?」

「森の禁忌を犯したものをこのまま帰すわけにはいかぬ。今はドワーフとの戦いだけではなく、山の主の討伐のために人間の罪びとにかまっている暇はない。全てが終わったら森の判例にのっとり処罰させよう。少なくとも、人の土地に戻れるとは思わぬことだ」


 あぁ、やっぱりダメですか。

 瞬間移動で逃げるしかない、そういうことか。

 ただ、シルフィーにはやっぱりあんまり迷惑をかけたくないよな。

 どうしたものか。

 俺が考えていると、エルフの男は興味をなくしたのか去って行った。

 その去り際、シルフィーを一瞥し、忌々しげに口を開く。


「シルフィーユ・シルヴィア、下賤の生まれが。余計なことを言わなければ泉でそのまま殺せたものを……」


 エルフの男は部屋から出ていった。

 入れ違いに入ってきたエルフの女性が、パンと木の実と飲み水をシルフィーの分と二人分置いていった。

 毒ということはないだろう。ここでわざわざ毒殺するような必要はない。

 俺は出された木の実とパンを食べた。

 うん、うまい。特にパンはふわふわで、この世界に来て食べたパンの中で一番おいしいかもしれない。


 昨日(もしくは一昨日)お茶を飲んでから何も胃に入れていなかったため、本当にこの食事は助かるものだった。


「なぁ、シルフィー、さっきあのエルフの男が言っていたことなんだが、シルフィーが何かを言ってくれたおかげで俺が助かったって」

「別に……ただシルフィーは事実を言っただけですよ?」

「……なぁ、どうしたらいいと思う?」

「シルフィーにはあなたの行動を決めることはできなません」

「だよな……」


 自分で考えないといけない。

 当たり前だ、これは俺の問題だ。


「ただ、三日後、山の主を倒すために村の戦士は最低限の人数を残して里を開けるそうです」

「……おい、シルフィー、それって……」


 お前、その時に俺に逃げろと言ってるのか?

 でも、それだとお前が死ぬんだぞ。


「そうか、山の主を倒すのはそんなに大変なのか」

「そうですよ。シルフィーはあなたの見張りというさほど大変でもない仕事を押し付けられたので、読書が進んで助かります」


 俺は一つの決意をもとに、シルフィーに話した。


「シルフィーにそう言われたら、俺も腹をくくるよ」



 次の日の朝。

 俺とシルフィーはエルフの広場に上がった。そこに髭を蓄えたエルフが姿を現した。

 エルフの集落はやはり想像通り、森の中にあるらしい。

 家の素材も、木の葉やおそらくは自然に倒れた木を使っているのではないだろうか?

 自然に優しいエコ設計だ。少しはその優しさを俺に回してほしいい。



「全く、この非常時になんだ! シルフィーユ・シルヴィア、火急の用事とは。しかも罪人を勝手に牢から連れ出して」

「――俺から説明する」


 俺は魔法を唱えた。右手を大地に、左手を天に掲げ、


「サンダーポイント」「アイスニードル」「ファイヤーボール」


 三連続の魔法を唱える。

 雷の線が地面をうがち、氷の槍が別の地面に突き刺さり、炎の球が上空へと飛んで消えた。

 全て下級レベルの魔法だ。だが、その意味をエルフは誰もが理解してくれた。


「まさか、そんな、ウソだろ」

「……三つの属性の魔法を」

「クールタイム無しで使っただと!」

「……そんなことをできる技術なんてあるわけがない」


「ははは、できるわけない?」


 俺はエルフたちに向かって言った。


「できないと思うことをやってこそのチートだろ?」


 俺は不敵な笑みを浮かべ、エルフの面々に言った。 


「なんなら上級魔法でやってみせようか? もっともそんなことをしたら村中大惨事なのはわかるよね」

「貴様……」


 昨夜、俺のもとを訪れた訪れたエルフの男が前にでて、


「その武力で我々を脅しているつもりか! そんなものに屈する我らでは――」

「人間には!」


 俺はエルフの兄ちゃんが誤解しているようなので、大声でそれを止めさせた。


「人間には一宿一飯の恩義という言葉がある!」

「それは我々エルフにもある。恩には恩を持って報いる。それが義というものだ」

「だから、俺も恩義に報いたい! 俺に、この山の主を討伐させてくれ!」


 その報酬として、安心安全にエルフの森から脱出をする。

 すまない、ミーナ、サーシャ、マリア。

 もう少しだけ待っていてくれ。

シルフィーの性格は一番悩みましたが、

「毒舌系ロリ」になりました。

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