1 箱詰
波の音が聞こえる。
窓を開けて寝るといつも心地よい波の音がするんだよな。そういえば、こっちの世界に来た時も、こんな波の音をしていたっけか。
ゲーム、アナザーキー。
発売前のゲーム機本体とゲームソフトを兄貴からもらったのがはるか昔のように思える。
兄貴がデバック用のプログラムを用意してくれていて、その中のチートコード使用。それで、俺は「経験値64倍」「レアドロップ率UP」「瞬間移動」など反則すぎるチート能力でゲームをはじめるはずだった。
だが、ゲームをはじめて気が付いたら、見知らぬ海岸に立っていた。
そして、それと同時に、ゲーム開始前に手に入れたはずのチートな能力がそのまま備わっていた。
それから、仲間と出会い、冒険をし、幾重もの困難に打ち勝ってきた。よく鼻血を出し過ぎて失血死しなかったなと思う。
ここがゲームの中だとは思ってはいない。ただ、ゲームと何か関係のある世界であるのは間違いない。
なんていいつつも、まぁ流されているだけだよなぁ。マリアみたいに俺もこの世界に調べないといけない。
そう思い、俺は目を開けた。
部屋の中は真っ暗だ、まだ夜中なのだろうか? それでも暗すぎる。
それに、なんだか妙な姿勢で寝ていたような気がする。関節がいたい。
「あれ? なんだ、これ」
足を延ばそうとするが、足が前に行かない。
手を上に伸ばそうとしたが、両手を後ろに縛られていて動けない。
なんでこうなったのか。
記憶をたどってみる。
昨日は山賊三兄弟を倒し、町に帰ってからマリアと買い物して、
『この世界の未来はきっと私たちの世界へとつながっているの』
マリアに気になることを言われた。
その後……そうだ、男に商館に案内され、ハーブティーを勧められ、
――もしかして、つかまったのか?
俺は普段は外してある暗視のスキルを装着した。
周りの光景がうっすらと浮かび上がる……と同時に、周りに光景などないことを知った。
ここは――箱のなかだ。
くそっ、やられた。
油断をしていなかった、といえばウソになる。
男運UPや女運UPによって、こちらからかかわった盗賊などは別にして、いい人達に出会い続けていたこともそうだが、自分のチート能力に胡坐をかいていた。
だが、まぁ、つかまっても大丈夫か。
戦闘中でないのなら脱出方法はある。
「瞬間移動」
問答無用の移動魔法(非戦闘中のみ)。瞬間移動を使えばこんな箱からの脱出も楽々……って、あれ? 宿の部屋に戻らない。
「ん? 箱の中から声が聞こえたような」
「ばか、あの茶は特殊な睡眠薬がはいっていてな、そんな簡単に目を覚ますようなもんじゃないよ」
「そうなんっすか」
下っ端とボスっぽい二人の会話。ボスのほうは、俺にお茶を飲ませた男に似た声だ。
やっぱり睡眠薬が入っていたのか。
なんでボーナス特典に『状態変化無効』がないんだ。
強力な睡眠薬というのは間違いないだろう。何しろ一気に睡眠耐性のレベルが5まで上がったんだから。
でも、そのおかげで男たちが思っているよりも早く目を覚ますことができた。
そして、俺は考える。それが正解だと思いたくない。だが間違いない。
ここは船の甲板の上だ。しかもおそらく渡航中で、東の大陸から北の大陸に向かっている。
大陸の領域が変わったため、俺の瞬間移動が使えなくなったんだ。
瞬間移動には同じ大陸の中でしか移動できないという縛りがあると、コモルの町に最初に来た時にマリアが話していた。
隙を見て逃げ出すしかない。機会は、こいつらが箱を開けたとき、視界にうつった場所に瞬間移動して、戦闘に入る前に逃げる。
「それにしても、勿体ないっすね、運ぶのが一人だけなんて」
「そういうな、お前も見てただろ? カード化の能力を」
流浪の民の一部のみが持つという物体をカードに変える能力。
それで本をカードに変えるのを、二階の闇酒場の窓から覗いていたという。
とてもレアな能力で、馴染みの客に売れば、普通の奴隷の比ではない値段になるといった。
そうか、あそこを見られていたのか。
「それによ、昨日大捕り物があったらしく、山賊達が一掃された。俺たちの商売の罪は全部あいつらにかぶせていたからな、それがバレたら厄介だ。これ以上あの町で商館を隠れ蓑に仕事をするのは危険だ」
ああ、山賊のやつら、人さらいだけはやっていないとか言ってたが、本当だったんだな。それにしても、どうして悪役ってのは自分の悪行をぺらぺらと語るのか。
ん? 昨日?
もしや、日付が変わったってことか。
俺、そんなに長い時間眠らされていたのか?
「まぁ、それだけレアな商品だ。気になるお前の言うこともわかる。箱の中に睡眠香を入れるか、その煙をかいでいたら目的地に着くまでぐっすりだ」
男が言う。箱を開けるつもりだ、逃げるならいましかない。
そう思ったが、おかしい、箱を開けるそぶりがまるでない。
と思っていたら、箱の底から甘い香りがただよってきた。
やばい、箱の底にしかけがあったのか!
逃げられる可能性を減らすためには有効な方法だ。
どうしたらいい、カード収納しているカードを出して使えるものはないか。
なにしろ、今、俺が持っているものなんて、このジャージしか……
ジャージ! そうだ、俺にはジャージがついていた!
「ファイヤーボール!」
俺がそう叫ぶと、箱が爆発した。
「はこが……爆発した。香が何かに引火したのか……」
「どうした、商品は無事かっ!」
「いや、ボス、あの爆発ですから――」
煙があがると、俺は服についた木片をはらいのけ、
「ふぅ、やっと出れた出れた」
周囲を確認する。右前方に山のような影が見える。
太陽の光がまぶしい。くそっ、倉庫に運ばれたときは日が沈みかけていたというのに。最低でも半日以上は寝ていたということか。
「無傷……だと……お前、いったい……」
それは俺の能力じゃない、ジャージの能力だ。
火鼠の皮衣、火の耐性を大幅にあげるアイテムで作られたジャージだ。
ジャージの伝説は今始まったばかりと言っても過言ではない。
「ジャージは最高だ!」
「何わけのわからないことを……」
「ボス、大変です! 甲板に引火してます!」
「すぐに消火に手を回せ、くそっ、このガキ、大切な商品だと思って丁寧に扱ってたらいい気になりやがって。手の空いてるやつからこっちにこい!」
箱詰めにされて郵送されている人間の扱いが丁寧なものか。
消火作業をしていない人攫い達がこちらにやってきた。
10、15、18人か……。てか、服装は人攫いというより海賊だ。赤いバンダナに赤と白の横ストライプの服って、お前達はタルに入れてナイフをさしたら飛んでいくのか?
あと、炎の魔法は使えそうにない、船に燃え移ったら戦闘どころじゃなくなる。雷の魔法も同じか。
ならば――
「アイスブリザード!」
氷の中級魔法、雪が吹き荒れ、海賊たちを覆う。
だが――ダメージを与えたが、倒すまでには至らない。火属性や雷属性の魔法を鍛えてきたが、氷属性の魔法性能はまだまだのようだ。
こうなったら、上級魔法のダイヤモンドダストを使わないといけないか、と思ったときだった。
目眩がした。
頭を抱えて俺はよろけた。
「ふん、やっと効いてきたか、睡眠香の煙を浴びてよくいままで動いていられたとほめてやる」
「あいにく、徹夜には慣れているもんでね」
「そうか、じゃあ今日はゆっくり休むんだな」
ボスの男がナイフを振り下ろしたので、俺は後ろに飛んだ。
だめだ、こんな状態で上級魔法なんて使ったら精神力が消費されて眠りに落ちてしまう。
かといって、氷の中級魔法の一発や二発で倒せる相手ではない。
「ボス、今の氷で炎が消えました!」
「そうか、じゃあ全員でこいつを取り押さえるぞ」
くそっ、ダメだ。
なんで睡眠回復魔法ってないんだよ。あ、でもドラ○エでもザメ○ってあんまり出てこないな、確かに。
【睡眠耐性レベルがあがった】
助かる、睡眠耐性がまた上がった。だが、ダメだ、睡眠耐性レベルがあがったってことは、それだけ強力な睡眠薬でもあるということだ。
あの時に飲んだお茶ほどではないが、もう意識を保てそうにない。
戦闘中じゃなければ瞬間移動で逃げられるのに。遥か遠くだが、はっきりと大陸の影がみえる。瞬間移動を使えば視界の範囲内なら移動できる。
ファイヤーウォールで倒そうにも、海賊は円形に広がってこちらにナイフを構えており、一度や二度の魔法で相手を全滅させられるとは思えない。
しかも、二度目か三度目の魔法で力尽きたら俺は船と一緒に丸焼けだ。
ん? そうか――
「諦めろ、お前に逃げる道はない!」
「わかってないな」
俺は不敵に笑う。
「誰もができないと思うことをやってこそのチートだろうが!」
そして、俺はその魔法を唱えた。
「ファイヤーウォール!」
俺のうみだした炎の壁は海賊達を――ではなく、船の甲板全体に広がった。
木製の船にはすぐに燃え広がり、引火していく。このまま帆に引火したらこの船は終わりなのは間違いない。
MPが消費され、睡魔が強くなる。
まだだ、まだ寝たらダメだ。
「おまえ、俺らと心中する気か!」
「お前らと心中する気はない!」
俺は奥歯をかみしめていった。
「俺の待遇改善を要求する。俺を解放してくれるのならさっきの氷の魔法で炎を消してやるよ!」
「……ちっ、わかった、約束する。俺の負けだ。お前の安全は保証する。お前らもナイフを下げろ」
成功だ。
俺の作戦は和解だ。
「ふぅ、助かったよ」
もちろん、わかっている。こいつらは海賊だ、俺との約束なんて守る気がないことなど百も承知だ。
だが――
「瞬間移動!」
戦闘行為が解除されたことで発動可能となった魔法により、俺は大陸へと渡ることができた。
あとはあいつらがどうなろうが――眠すぎて知ったこっちゃない。
『騙しやがったなぁぁぁ』
俺をさらった張本人がそう叫んだ――気がした――だめだ、もう眠すぎて――
薄れゆく意識の中、俺は森の中にいることに気付いた。
すぐ近くに泉があり、そこに――
一糸纏わぬ姿の……天使がいた……気がした。
きれいだな。
今回より、第二章です。二章のタイトルを見てもわかると思いますが、北大陸編に突入しました。東大陸に戻るのはしばらく先です。




