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24 一節

「バ……バカナ……俺の斧レベルは30を超えてるんだぞ!」


 小屋の中で頭にバンダナを巻いた大男は驚愕にふるえていた。

 斧自慢のその男だったが、今ではその斧を窓の外まで撃ち飛ばさてしまっており、手も足もでない状態だろう。


「知ってるよ、ったく、どうして盗賊ってやつはどいつもこいつも斧レベルを鍛えるのかね」

「と、盗賊じゃない! 山賊だ!」

「どっちもいっしょだろうが!」


 サーシャが一喝した。


「くっ、だがお前らが笑ってやれるのもこれまでだ。いいか、俺の二人の兄貴もまた斧レベルは30を超えていて、お前らの仲間を血祭りに」

「こっちは終わったわよ」

「こっちも降参してくれました」


 小屋の中に入ってくるマリアとミーナ。


「死んでない?」

「死んでないとは思うわ。一生車いす生活だとは思うけど」

「車いす?」

「足が不自由になるようなけがをおわせたってことよ」

「私のほうもすぐに降参してくれました」


「スメラギさんの魔法のおかげです」

「こっちも、タクトくんの魔法には助けられたわ」

「そっか、あっちの俺たちは頑張ってくれてたのか」


 俺は自分が何もしていないことに心配していたが、杞憂だったようだ。


「へぇ、こっちのタクトは助けてくれなかったけどね」

「サーシャが強くなったってことだよ――それと」


 俺はサーシャの背後でゆっくりと立ち上がり、腰に隠してあった短剣を振り上げた山賊の一人を見て、


「サンダーサークル!」


 雷の中級魔法を唱えると、山賊に対して雷が降り注いだ。サークルというが、半径1メートルの範囲しか攻撃を与えられないので単体攻撃魔法だ。


「油断するな、サーシャ」

「違うわよ、タクト。仲間を信じるのは油断とは言わないわ。そうでしょ、そっちのタクトたち」

「ああ、サーシャの言う通りだ」

「でも、こっちの俺も役に立ってたようでよかったよ」

 二人の俺が部屋に入ってきた。


「……お……同じ男が三人? な……なんで……? 三つ子……?」


 そんな疑問を投げかけながら、男は意識を手放した。

 三つ子はお前たちだろうが。

 頭に100000という数字を浮かべた男が倒れたのを確認し、


「三つ子じゃないよ、ただ、ちょっとチートなだけさ」


 俺は分身解除を念じると、二人の俺が姿を消しサーシャと一緒にいた俺だけが残った。


 伝説魔法1

 スキル項目に突如そんなものが現れたのは、オアシスの水泳大会から三週間後、今から一週間前のことだ。

 それと同時に、今まで全く意味のわからなかった項目も追加される。


【裏メニュー】


 最初に宿屋で見つけたときから、時折チェックしていたのだが、浮かび上がるメッセージは


【現在は表示する項目がありません】


 と出るだけだったのだが――


【取得伝説魔法一覧】


 という項目が現れた。

 恐る恐るその項目を開いてみる。

 現れた魔法は一つだけだった。

 

【アザーセルフ】


 俺は草原の真ん中に瞬間移動し、その魔法を唱えた。

 すると――そこに俺が現れた。

 分身魔法だ。


 試しにもう一度魔法を唱えてみる。

 すると、今度はもう一人、俺が現れた。

 すごい、これって最強になれるんじゃないか?

 とか思い、もう一度アザーセルフを唱えてみたが、今度は分身は現れなかった。

 アザーセルフを唱えていない最初に作った分身がアザーセルフを唱えてもやはり同様で。


「どうやら、三人が限度のようだな」

「取得条件は、他の魔法レベルかな」

「今朝、魔法技能が30になったからかもしれない」

「なぁ、分身魔法を2回使ったのに、俺の伝説魔法レベルは上がってないのか?」

「あ、気付かなかった。本当だ、伝説魔法スキルは簡単にはレベルが上がらないみたいだな」

「ところで、なんかMPが減った気がするんだけど」


 その後、いろいろと実験をした結果、最強と思われた分身にも六つも弱点があることがわかった。


 一つ目、分身を作っていられるのは30分程度まで。30分経つと消えてしまう。

 二つ目、分身を二体作るとMPが1/3になってしまうらしい。しかも分身が消えても回復はしない。しかも、分身もMPが減った状態になる。

 三つ目、分身の負った傷は、分身が消えたときにダメージを減少して本人に返ってくる。分身が死んだ時のダメージを考えると恐ろしく、使い捨てをすることはできない。

 四つ目、分身の経験値は分身が消えるとまとめて手に入るが、分身の記憶は分身が消えても俺に伝わることがない。

 五つ目、分身の使用中はスキルの変更ができなくなる。自分も分身も同様だ。

 六つ目、分身と俺の距離が一定以上離れると分身は消えてしまう。だいたい1キロくらいか。


 ほかにも弱点はあるかもしれないが、とりあえず、魔法の威力が落ちたりとかそういうデメリットはなさそうだ。

 天○飯の四体の分身よりは一体少ないが、天○飯の持つ弱点はカバーされているということか。


 宿屋に返り、そのことを仲間に説明する。


「呆れたわ。それって実質三倍の力を手に入れたってことじゃない」


 マリアがため息をついて言う。


「自分で自分の背中を洗うのには便利そうだな」


 サーシャ、もっと便利な使い方があるだろう。


「スメラギさんが三人。一人につき一人……」


 ミーナはどういう意味で言っているのかよくわからない。

 とりあえず、俺たちの戦力は大幅に強化された。


「あ、そうそう、みんなに相談があるんだ。できれば受けたい仕事がある」


 サーシャが珍しく仕事の話を始めた。

 それはこの町のこの町からもうっすら見える山をねぐらにしていた山賊退治だった。

 山向こうの村が襲われ、多くの被害を出したという。


「敵は大勢の部下と三つ子の親分。そして、三つ子の親分は全員が斧レベル30を超えているらしくて、誰も手が出せないらしいのよ」

「……斧レベル30か」


 もう二か月も前になるのか。いや、まだ二か月しかたっていないのか。

 ミーナとサーシャ、二人の営む宿を焼き払い、サーシャを誘拐した盗賊。その親玉の巨漢の男が斧レベル30を越したという男だった。

 俺も苦戦し、なんとか決死の一撃スキルを使って倒すことができたが、下手をしたら死んでただろう。


「それ、私も聞いたわ。賞金首にもなっていたから、タクトくんのボーナス特典も発動されるわ」


 ボーナス特典:賞金稼ぎ。

 賞金をかけられた相手には頭の上にその金額が浮かび上がる。

 と同時に、その相手に対して与えるダメージがUPする。

 マリアに教えてもらったことだ。賞金首なんて見たことがなかったから実感したことがないが。


「今の私たちならいけると思うわ」


 サーシャがそう言い、俺は頷いた。


「でも、できるだけ情報は集める。それからでいいな」

「ええ」


 よし、それならまずは情報収集だ。


「スメラギさんが……一人に一人……」


 ミーナさん、帰ってきてください。




 そんなこんなで念入りに調べて山賊のアジトに急襲。

 三つ子の山賊の連携を恐れ、ミーナ、サーシャ、マリアに三人に別れてもらい、俺と分身がそれぞれマンツーマンでフォローをする形で突入した。

 三つ子ってやっぱりシンクロアタックとかできるんだろうからな。


 そして、結果、山賊の鎮圧作戦は終了。

 マリアの用意してくれていた花火を打ち上げる。

 これは作戦終了の合図で、これを見たら地元の自警団がやってきてくれる手筈になっていた。

 サーシャはそれを見上げながら、山賊の長男に向かって言う。


「あんたたちのやった傷害、放火、強盗、野菜泥棒、人さらい、家畜さらい、もろもろ含めて罰をうけなさい!」

「待て、俺は強盗や野菜泥棒はしたが、家畜さらいや人さらいはやってないぞ!」

「これを見なさい、きっちりさらっているじゃない!」


 サーシャが一羽の黄色い鶏のような魔物の足をつかんで見せる。ドゥードゥルという魔物だ。

 この世界には家畜という概念はあまりない。あたりまえだ、魔物は魔力の塊だから、ドゥードゥルを飼っていても鶏肉も卵もとれないし、牛乳もとれない。

 ただ、モーズは畑を耕すときに使われる。

 そして、ドゥードゥルは、草食だが種は食べないので、収穫後から種上の時期まで除草の役割してくれる。

 また、その鳴き声は縄張りを主張して他の魔物をよせつけないと言われており、さらに朝、いつも同じ時間に鳴くことから教会の鐘のない小さな村に一羽あればうれしいドゥードゥルと言われている。


「ぴ、ぴーちゃん! ぴーちゃんは俺の家族だ、乱暴に扱うな。そのかわいらしい瞳、愛くるしいあんよ、肌触りのいい羽毛、ぴーちゃんは俺の家族だ! 息子だ!」

「あ、うん。そうか、わかったからもうしゃべるな」


 俺は山賊に声をかけた。

 女性陣を含め、他の山賊の目が、俺がジャージについて熱く語るときにそれを聞いている人の目になっている。

 俺もあまりジャージについて熱く語るのはやめたほうがいいかもしれない。


 暫くして、自警団がやってきたため、俺は山賊たちを自警団に引き渡す。

 これから山賊たちは王都へと送られ、裁判ののち、正しい処罰が下るという。


「賞金のほうは宿に届けさせましょうか?」

「いや、襲われた村の復興資金にあててくれ……それでいいよな?」

「ええ、ありがとう、タクト」


 サーシャがうれしそうに頷いた。


「山賊がうばったものも持って行ってくれてかまわない」

「本当によろしいので?」


 盗賊や山賊の財宝は、退治したものが所有権を有する、というのがこの国の法律だ。

 わざわざそれを放棄する理由はない。


「俺たちは、俺たちのけじめをつけたかっただけなんだと思う」


 自警団からしたらよくわからない話だろうが、ミーナもサーシャも、事情をしるマリアも頷いてくれた。


「ちょっと待て、俺たちは本当に人さらいなんてしてないぞ! やったことは認めるがやってないことなんて認めないからな!」


 そう叫びながら去っていく長男を含め、すべての山賊がいなくなった。

 それを確認し、瞬間移動でコモルの町に帰る。

 すぐに俺の部屋についた。もう二か月も借りている部屋だが、俺が頼んだとき以外は誰も入らないでほしいと店主に頼んであり、誰かに見つかる恐れはない。


「じゃあ、私はごはんの用意をしますね」

「私は部屋に戻って、ちょっと休憩するよ」


 順番で、今日はマリアと同室になる日だった。


「ねぇ、タクト、ちょっと買いたいものがあるんだけど、付き合ってくれないかしら」

「ああ、いいぞ? 何を買うんだ?」

「本よ」

「わかった」


 この町に来た時、俺はマリアについてある勘違いをしていた。

 マリアが買っているのは学術書だと思っていたのだが――


「あった、コール・ラチン先生の最新作だわ。入荷してくれてたのね」


 ほかにもマリアは本を次々と選んでいき、棚に置いていく。

 マリアが好んで買うのは物語だった。しかも恋愛小説だ。


「タクト、お願いしていいかしら?」

「わかったよ」


 俺はあたりを見回し、誰も見ていないのを確認すると、カード化をした。

 購入したばかりの十冊もの本がカードへと変わる。


「助かったわ。これは私の仮説を証明するのに必要な重要な書物なのよ」


 マリアはるんるんで言う。どうやら、俺に学術書でないことがばれていないと思っているらしい。

 わかるに決まってるだろ、俺はこう見えてもいろいろと鋭いんだぞ。


 あれ? なんだろ? 俺の鋭い感覚によると「それは絶対違う」とツッコミを入れられた気がする。


「仮説で言えば思い出した。あの仮説ってなんなんだ?」

「どの仮説かしら?」

「銃スキルをマリアが手に入れたときの仮説だよ」

「あ、あったわね。仮説と言っても絶対とは言えないし、わかったからといって役に立つものではないんだけどね」


 マリアは思い出したように言った。


「この世界の未来はきっと私たちの世界へとつながっているの」

「は? どういうことだ?」


 この世界の未来が俺たちの世界?

 いやいや、俺たちの世界って魔法とかそういうものないぞ。


「詳しくは宿に戻ってから説明するわね。さすがに大通りの真ん中でするような話でもないし、今夜は時間もたっぷりとれるしね」


 そういって、マリアは駆け足で宿へと戻っていった。

 俺にも理解できる仮説ならありがたいな。

 

「お客さん、お客さん」

「ん? 俺か?」


 声をかけてきたのは三十歳くらいのやせた男だった。


「お客さん、おそらく高名な魔法使い様とお見受けいたします」

「魔法使い? わかるのか?」

「はい、私がいままで見たことのないような魔法を使う魔法使い様とお見受けいたします」


 すごい、確かに分身の魔法とか俺しか使えないよな。

 この人、そこまで見抜いたのか?


「ぜひ魔法使い様にお試ししてほしいものがあります」

「俺に?」

「はい、なんと、あの千年樹から作られた杖にございます」


 千年樹ってなに? とか聞きたいが、すごそうな名前の杖だ。

 その性能は俺のボーナス特典「鑑定」で見たらわかるだろう。


「見せてくれるのか?」

「はい、私どもの商館にて保管しております。ぜひお越しください」

「わかった」


 港の横にあるレンガ造りの建物が、男の言う商館だった。

 専用の船も止まっているらしく、立派な建物だ。


「お帰りなさいませ、旦那様」


 建物の中に入ると、ひょろっとした60歳くらいの男が立ち上がり頭を下げた。

 俺はその入口のテーブルに座らされ、


「では、持ってまいりますので、魔法使い様はお茶でも飲んでお待ちください」

「あぁ、ありがとう」


 俺をここまで案内してきた男は、受付の男にお茶を出すように命じると建物の奥に入っていった。

 受付の持ってきたお茶はハーブティーのようで、とてもいい香りがした。少しぬるめだが、猫舌の俺にはちょうどいい。

 一口飲むと、疲れた体をいたわるように体中に染み渡る。


「いい人にあったな。男運UPのおかげか」


 そう思いながら、もう一口、お茶を飲もうとしたときだった。


【睡眠耐性スキルを覚えた 睡眠耐性レベルがあがった 睡眠耐性レベルがあがった 睡眠耐性レベルがあがった 睡眠耐性レベルがあがった】


 え?


 そう思ったとき、突如、意識がもうろうとしてきた。

 まぶたが……まぶたが落ちる。

 くそ、逃げろ! 瞬間移動だ!

 そう脳に命じるが、口を開くと同時に俺の意識は虚空へと飛んでいった。



   ※※※


 同時刻、宿屋内


『スメラギさん遅いですね』

『なぁ、ミーナ、先に食べようよ』

『駄目よ、タクトくんは私たちのリーダーなんだから。もうすぐ帰ってくるわよ』


 タクトを待ち続ける三人。

 だが、その日、タクトが宿に帰ってくることはなかった。



 -第二章に続く-

主人公脱退で、次回より新章突入です。


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