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1 飢狼

チートコードでゲーム開始しました。

 あいかわらず聞こえる波の音がBGMのように心地よい。ラジオの波の音って、そういえばザルとアズキで表現してるんだっけか?

 ははは、まるで本物みたいだ。その音はまるで本当にすぐ近くから聞こえるように感じて――


「つめたっ!」


 思わず跳ね上がる。


 海だった。


 今朝のテンションなら「うーみだーーー」と叫びたくなるような大海原が目の前に広がっているが、少し寝ていたのでテンションは落ち着いている。


「海……流れ着いたのか?」


 いや、服は先ほど少し濡れた部分がしめっているだけで、他は濡れていない。

 となれば流れ着いたのではないのだろうか?

 それともすべてが乾くくらい長い間寝ていたのか。

 自分の服装はジャージだけ。靴下もはいていない、靴もはいていない。

 ジャージがあれば全て良しを信条としている俺でも、砂浜で裸足の現状は理解できない。


「これは……どういうことだ?」


 さっきゲームをはじめたはずなのに、まさか、これはゲームの中とか?

 いやいやいや、ありえない。

 バーチャルリアリティーゲームができるのはまだまだ先だし、この景色だけで画素数オーバーだ。

 そもそも、今の技術でできるといえば、せいぜいゴーグルをかけての、視界だけのバーチャルリアリティーだろう。海の冷たさなんて再現できるわけない。


「これは、もしかしたらあれか。蝶になる夢をみた。だが、今の自分は本当は蝶の見ている夢なんだったんじゃないか? の逆だ。海に落ちたショックで、ゲームをしている夢を見ていたんだ」


 なんて意味不明で理路整然としないことを口走ってみる。

 が、海に落ちたなんて記憶は一切ない。

 そもそも、船から落ちたのに靴下を履いていないうえ部屋着用のジャージとか意味がわからない。

 まぁ、俺は学校に行く時以外はいつもジャージだけどさ。


「はぁ、とりあえず歩くか……」


 歩くたびに砂が足がまとわりついてくる。そこまではよかった。だが、砂浜をぬけると今度は小石の多い地になる。

 何か靴の代わりになるものがあればいいんだが、そういうものはどこにもない。

 それと腹が減った。そういえば昨日から食パンを食べただけだ。

 海の反対側には木々が生えていて、その間に道がある。道があるのなら、先に人がいるのかもしれない。獣道かもしれないが。


 そう思い、俺は恐る恐る森の中へ入っていった。


 しばらく歩くと、一本の木に緑色の実がなっている。レモンのような形だ。


「これ、食べれるんじゃないか?」


 とりあえず一つもぎって皮をむいてみた。本当にレモンのような酸味の香りがした。

 間違いない、これはレモンだ。そう確信し、一口。


「すっぱっ」


 酸味が強すぎて食べれたものじゃない。昔、正月飾り用の橙を食べたことがあるが、そのような味だ。


【採取スキルを覚えた 採取レベルがあがった 毒耐性を覚えた 毒耐性レベルがあがった 毒耐性レベルがあがった】


 突如、脳裏に謎のメッセージ……いや、うすうす勘付いているが……が浮かび上がる。聞こえてくるというより、見えるというより、脳に直接情報を送り込まれるといった感じだ。

 試しに、木を一発殴ってみる。痛い。


【拳攻撃スキルを覚えた。拳攻撃レベルがあがった】


 再度メッセージが浮かび上がった。


「やっぱりゲームの中なのか?」


 しかも簡単にレベルがあがる。取得経験値64倍の効果だろうか? 

 ていうか、さっきのレモンもどき、毒耐性があがったって、あれって毒なのか?

 俺は自分の腹をさすってみた。今のところ腹を下している様子はない。

 再び木を殴ってみる。しかし、何も起こらない。再び木を殴ってみる。


【拳攻撃レベルがあがった】


 しっかりとアップした。意外と簡単なのか? と思ったが、64倍だからか、と思い直す。

 全力で木をなぐっている。レベル2から3にあがるのに100発程度なぐらないといけないとしたら、レベルアップは本来大変なのだろうか。

 試しにレベル4に上がるまで殴ってみたら、5発かかった。本来は300発以上殴らないといけないらしい。

 レベル5になるには何回必要なのだろうかともう一発殴ってみたら、


『ぼきっ』


 やばい音がした。木が折れて反対側に倒れる。

 細い木だったが、俺の拳で折れるとは思わなかった。

 拳攻撃レベルが上がったためだろうか?


【伐採スキルを取得した。伐採レベルがあがった。伐採レベルがあがった】


 おぉ、またスキルを入手した。

 とりあえず、折れた木の枝を一本折って持つ。

 それで別の木を叩いてみる。


【棒スキルを覚えた。棒レベルがあがった】


 道具を使って攻撃したらスキルも違うらしい。


「ていうか、腹へった。釣竿があったら海で魚つって、釣りレベルとかあがりそうだな。あと、料理したら料理レベルか」


 再び道を歩く。

 とりあえずは食料の確保が優先だ。それにしても足が痛い。

 十分ほど歩いたとき、


【足防御スキルを取得した】


 とかいうメッセージが出た。同時に足の裏の痛みが先ほどよりマシになる。

 それでも痛いのには変わりないが。

 足防御を取得した直後だった。


「うわっ」


 思わず叫び声をあげる。狼だ。目を充血させ(もともと赤いのかもしれないが)、こちらを睨みつけてくる。

 最初にエンカウントするような相手じゃないだろ、頼む、最初はかわいいスライムとかにしてくれ。もしくはパ○スとか助けにきてくれよ。

 だが、待て、所詮は犬だ。木の棒でも投げたらそっちに飛んでいくだろう。

 俺は持っていた木の棒を投げようとし、緊張の汗で思いっきり滑った。

 木の枝は狼に直撃し、撲殺――できるわけもなく、攻撃されたと思い唸り声をあげて敵意マックスになっていた。


【投擲スキルを覚えた。投擲レベルがあがった】


 どうでもいい、ていうか逃げる!


【逃走スキルを覚えた 逃走レベルがあがった】


 親切なメッセージが今は迷惑だ! でもありがたい、これで逃げ切れるんじゃないか?

 と思ったが、そうは問屋が卸さないらしい。

 あっという間に追いつかれ、狼は俺の背中を引き裂く。ジャージがやぶれた!

 ていうか、背中が痛い! 痛い! やばい、死ぬ!


【身体防御スキルを覚えた 身体防御レベルがあがった 身体防御レベルがあがった 身体防御レベルがあがった】


 またスキルを覚えた。種類が多すぎる! レベルも上がるの早いな。


「くそっ、やめろっ!」


 俺は背中にいる狼にむけて俺は決死の思いで拳をふるった――直後、嫌な感触がした。

 オオカミの頭が吹っ飛んでいた。


(なんで?)


 拳レベルがあがったおかげ、とは考えにくい。

 脳震盪くらいなら起こせるかもしれないが、頭がふっとぶほどの力が出るわけない。


【獣戦闘スキルを覚えた 獣戦闘レベルがあがった 獣戦闘レベルがあがった 拳攻撃レベルがあがった 決死の一撃スキル本日使用回数残り0回】


 決死の一撃?

 そういえばそういうボーナスがあった気がする。80Ptとかなり高いものだった。

 つまり、それが発動したのか。

 本日0回ということは、1日1回しか使えないのかもしれない。つまり、次狼に出くわしてもあんな奇跡は起こせないということか。

 顔にふりかかる返り血を浴びながら……くそっ、返り血なんてジャージのしみ抜きが大変そうだ。


「おい、あんた大丈夫か? 一体、何があったんだ?」


 髭面の男が出たとき、俺は安堵した。

 敵か味方かわからないが、日本語が通じるらしいのと、何より人間がいることに安堵した。

 それに男運UPはボーナスで取得しているから、多分大丈夫だろう――というところで、意識を手放してしまった。

 空腹もそうだが、睡眠時間のほうが先に限界に達したらしい。

 海で寝ていた時間は思ったより短かったのだろう。


 目が覚めたら、自分の部屋ならいいのに。


   ※※※


 だが、目を覚ましても自分の部屋ではなかった。

 硬い床の感触と、肌触りがいいとはいえない毛皮の毛布の掛布団に挟まれて俺は眠っていた。

 腹が盛大になった。いい匂いがしたのが原因だ。塩胡椒のにおいだと思う。


「おぉ、目が覚めたか、スープでも飲むか?」


 そう言ったのは髭面の男だった。こんな森の中に住んでいるにしては髭の部分以外は割とこぎれいにしている印象がある。毛皮の服と帽子をかぶった五十歳くらいのおっさんだ。

 髭面の男が盛大に笑って、肉と山菜の入ったスープをどんぶりのようなお椀にいれて出してくれた。スプーンはない。


「いいんですか?」


 金なんてないぞ、と胸中で付け加える。

 あったとしても日本の円が使える世界だとは思えないが。


「お前が殺した狼の肉を入れてる。お前の取り分だ。勝手に具現化したが、ここまで運んでやった手間賃と思っておけ」


 スープを飲むと、胃が活性化したのか、再び大きく鳴った。塩胡椒のスパイスがしっかりと利いていて、体に活力を与えてくれる。本当は一気に飲み干したいが、猫舌なのでゆっくりとさましながら飲み干していった。

 男は快活に笑い、スープを飲んだあと中の肉を手で食べだした。そうやって食べてるのか。

 俺もそれにならって肉を食べる。狼の肉って初めてたべた。少し臭みはあるが、それでもまずいというほどではない。むしろ空腹も手伝ってかうまいように感じた。

 余裕がでてきたので部屋を見回す。当然だが家電製品の類はない。

 ログハウスのようで、ベッドが一つ、大きなかごと、かまどがあるだけだ。


「まぁ、何もない部屋だがな、住めば意外といいところだ」


 どうやら、俺の目線に気付いたらしいが、おっさんはさほど気にした様子はないようだ。おっさんはスープのおかわりを勧めてくれたので、俺は遠慮なくお椀を差し出す。

 入っている山菜は、三つ葉とネギのような草だった。どうやら、これらが狼の臭みを少し抑える役目を果たしているらしい。


「ありがとうございました」

「そうか、よかった。あと、これを持っていきな」


 おっちゃんが二枚のカードを持ってきた。

 高級毛皮と250ドルグと書かれたカードだ。毛皮の絵と貨幣の絵が描かれている。説明はない。

 おっちゃん、トレーディングカードゲームにでもはまっているのだろうか?

 そんなわけないよな。


「これは何です?」

「狼が落とした。ラッキーだな、高級毛皮のカードはレアアイテムなんだぞ」

「へ?」

「あと、なんかドルグも通常の5倍くらいあるが、もしかしたらレアな狼だったのかもな」

「これは?」

「だから、お前が倒した狼が落としたんだよ」


「何言ってるんだ? こいつ」という目でおっちゃんが見てくる。

 どうやら狼がカードを落とすことはこの世界では常識らしい。どうやって扱えばいいんだろうと思ったら、


「カード買取所は西のミルの町にあるから、毛皮はそこで売れ。具現化したら売値が下がるぞ」


 と親切にも教えてくれた。

 カード、具現化ということは、カードがアイテムになるのだろうか?

 よくわからないが、そうだと思っておこう。

 ドルグは貨幣の単位のようで、取得金額5倍の効果があったみたいだ。

 高級毛皮が一枚も、ドロップ率が5倍の恩恵か、レアドロップ率UPの恩恵か、はたまたその両方か。ドロップ率40%のアイテムなら2個でるのだろうか?


【計算スキルを覚えた】


「うわっ」


 急にメッセージが流れて、思わず声をあげてしまった。頭の中で計算していたからだろうか?

 男が訝しげに見るが、すぐに興味を失ったのか、箱をあけて何かを探し出した。


「靴を持ってないみたいだな。予備の革靴があるからそれを使いな」

「ありがとうございました」

「気にするな、ワシが逃がしちまった狼がお前を襲ったんだ。そのお詫びさ」


 笑顔を浮かべる男に、俺は苦笑で答えた。

 確かに、狼は最初からかなり怒っていたが、お前のせいかよ。


「ところで、俺、旅に出たばかりなんですけど、ミルの町の宿代っていくらいくらいするのかわかりますか?」

「さぁな、200ドルグぐらいじゃないか? 宿なんて利用したことないからな」


 200ドルグならぎりぎり宿泊可能だ。だが、護身用の武器とかも買っておきたいから、


「そうですか、じゃあ換金して泊まってみます。ところでミルの町ってどっちですか? 西とは聞いたんですが」

「この家を出て左だ」

「ありがとうございます」


 革の靴――思っていたよりははきやすいが、衝撃吸収とかはなさそうだ――を履いて、カード2枚をジャージのポケットに入れて礼を言う。

 家を出ると、確かに左右に道がのびていた。しかも、先ほどの獣道もどきの道とは違い、幅が広く、車も通れそうな道だ。


「気を付けろよ……あと……いや、いい。詮索するのはやめておくよ」


 おっちゃんが何かを言いかけたが、すぐに言葉をひっこめた。

 右側に、今は豆粒程度だが人の影がみえた。

 俺はとりあえず人の影が見える方向とは反対の左に歩を進めた。

 それにしてもいいおっさんだった。やはり男運UPの効果もあるのだろうか。




   ※※※


――数分後。髭面男のログハウス内


『なかなか面白い若造だったな――あの狼を一撃で倒すとは。休暇中でなければ騎士になるよう勧誘したのだが。それに一匹の狼から5枚の狼肉が出てくるなんてどういう理屈だ?』

『やはりこちらでしたか! 狩猟もよろしいですが、護衛はかならず連れて行ってください!』

『ふん、どうやらわしの休暇も終わりか――それで、どうした? わざわざお前が来たってことは何かあったのか?』

『はい、グルマス教皇がぜひ陛下にと面会を望んでおられます』

『ふん、つまらん用だ。だが無下に断るわけにもいくまい』

『当然です』

いや、男運よすぎるだろ。

ここでかなり偉い人が出てきていますが、話に本格的にかかわるのはまだまだ先です。

決死の一撃はいわゆる必殺技です。

飢狼ですが、飢えていたのはむしろ主人公ですね。

※3月30日・700字ほど加筆修正を加えました。

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