18 指輪
迷宮。
入るたびに形が変わるとか宝物が落ちているとか階段を降りるたびに魔物が強くなるとか、外に出るとレベルが1に戻ってしまうとか、そういうイメージを持っている。
ゲームのやりすぎか。
だが、マリアの言う話だとここには魔物が出るらしい。
俺の索敵スキルでもよくわかる。
「迷宮の中って明るいんですね」
ミーナが通路を見て言う。
俺もそう思っていた。サーシャがそれに答える。
「魔力鉱のおかげね。話には聞いてたけどさ」
「その通りよ、魔力鉱は魔力を放つ鉱石って思われがちだけど、正確には魔力を集めやすい鉱石なの。集まった魔力は鉱石に一度蓄えられて発散。その時に出る光で魔力鉱の多い場所はいつも明るいの」
「へぇ、便利だな。家の中の照明とかに使えそうだな」
「魔力は集まれば魔物に生まれ変わるのよ。寝ているときに魔物に襲われてもいいなら使えばいいわ」
そりゃ怖い。
だが、わかった。ここが迷宮と呼ばれる所以が。
つまり、このあたりで死んだ魔物たちの魔力が集まる場所が迷宮というわけか。
「だから、人気の多い迷宮って意外とその周りには魔物が少ないのよ」
逆に誰も近づかない迷宮なら、迷宮から魔物が這い出してしまうためその限りではないとマリアは付け加えた。
「迷宮に入る前にこれを付けなさい」
マリアが出してきたのは四つの指輪だった。赤い宝石の指輪が一つと青い宝石の指輪が三つ。
「どの指でもいいわ。大きすぎるってことはないはずよ」
「なんの指輪なんだ?」
「繋がりの指輪、冒険者がパーティーを組むときに付けるの。赤い指輪がリーダーの証よ。タクトくんがつけて」
「わかった」
言われたとおり、指輪を左手の小指にはめた。マリアも自分の左手中指にはめる。
次にミーナが指輪をはめたとき、サーシャの声が困ったと声をあげた。
「暗くてよく見えないな。タクトお願いがあるんだが」
「ん、なんだ?」
「すまんが私の指に指輪をはめてくれないか? この指に」
そう言って、サーシャは俺に指輪を渡す。
それほど迷宮は暗くないと思うんだが、まぁいいや。
俺は言われた通り、指輪をサーシャの左手の指に入れた。
「スメラギさん! 私も、私もお願いします!」
「え、でもミーナ、さっき自分の指にはめてなかったっけ?」
「いえ、あそこはぶかぶかで、私もこの指にお願いします」
ミーナがそう言って指輪を俺に渡した。
一体、何なんだ?
疑問に思いながら、指輪をサーシャと同じ指にはめた。
「私もはめてもらおうかな」
マリアが少しすねたように独りごちていた。
いったいなんなんだ?
自分の左手薬指にはめられた指輪を満足そうに眺めている二人の心境は、俺には全く理解のできないものだった。
「とにかく、これで私たちはパーティーになったわけ」
「パーティーになるといいことがあるのか?」
「まず、基本的なことでいうと補助魔法の恩恵だとか、範囲回復魔法だとか」
「どっちも使えないんだが」
「そのうち覚えればいいわ。あと、ボーナス特典の経験値UPなども共有できるの。
それと、スキル変更も可能よ。私のスキルを確認してみて」
スキル変更と念じる。
すると、脳裏にマリアのスキルが浮かび上がった。
【錬金32・薬剤29・設計23・狙撃15】
すごい、どれも高レベルだし、持っていないスキルばかりだ。
「錬金は合金などを作る技能、薬剤は薬を使った調合、設計はいろんなものを作ったときに覚えたわ。どれも知力UPできるスキルだけど、魔法の使えない今の私には意味のないスキルよ。三つとも外してちょうだい。
スキル確認技能だけだと無理なことなんだけど、スキル変更技能があればスキルを選択したら装着していないサブスキルが現れるはずだから、そこから外して」
「もったいないな……」
言われて外す。外すときに見えたのは、
【投擲1 拳1 獣戦闘1 竜戦闘1】
「竜戦闘ってあるぞ」
「え? 本当? お昼に飛竜を倒したときに覚えたのかしら」
「あ、飛竜を倒したのはマリアだったのか?」
そうか、バリスタを撃ったのはマリアだったか。
兵器の開発とかもしていたのか。
「スキル空けておけばよかったな。それなら一気にレベル3くらいまで上がりそうだが」
「無理よ、スキル簡易取得を持っているあなたにはわからないかもしれないけど、スキルは取得したら、特定の場所でしか装着できないの」
そうなのか? てっきり空きスキルがあったら覚えた順番から勝手に入っていくものだと思っていた。実際俺はそうだったが、それもボーナス特典の恩恵だったのか。
「はい、そうでないと、15歳になるまでスキルをつけてはいけないという法律が成り立ちません」
ミーナの説明に納得がいった。
続けてスキルを見ていく。値切りや商売といった生活スキルがレベル1で進むなか、俺はそれを見つけてしまった。
「なぁ、この【殺人料理1】ってスキルはなんなんだ?」
「え? き、気にしないでちょうだい」
気にするなって言われても気になるんだけどな。
するとミーナとサーニャが神妙な顔になり、
「さ……殺人料理ってあの?」
「魔竜ですら一撃で倒すという伝説のスキルだろ? まさか本当に使える人がいたなんて」
恐ろしいことを聞いた気がする。
そこは深く考えない方がいいだろう。でも、絶対にマリアには料理をさせない、俺はそう心に強く誓った。
あれ? そういえば、
「パーティーにならないとサブスキルの確認はできないし、スキルの変更ができないっていってましたけど」
「そりゃそうよ。戦闘中に相手のスキルを全部外すなんてチートにもほどがあるでしょ」
「いや、そうなんですが、俺、指輪をはめる前かミーナとサーニャのサブスキル確認できましたよ」
「馬車の中でですよね」
「あぁ、タクトが私の胸を見て興奮していたときか」
もう忘れてください。
「そんなはずはないんだけど……あなたたち、他に何か契約を結んでない? 養子縁組とか婚約とか」
「してるわけないでしょ」
と言ったが、気が付いた。
あれだ。まずい、マリアになんて説明をしたらいいか。
「そうか、私とミーナはタクトの奴隷だからか」
サーニャ! 空気を読んでください!
「うそ、タクトくん、ボーナス特典にかこつけてそんなせこいことしてるん!?」
白い眼で見てくるマリアに一から説明し、誤解をとくのに時間がかかった。
もう迷宮探索前からくたくただ。
「よし、じゃあ気を取り直して、ミーナとサーニャ、二人は鳥戦闘と無形戦闘のスキルは持ってる?」
二人は首を横に振る。
すると、マリアは俺に二人のスキルのうち武器スキルを残して二つの空きを作るように言った。
ミーナは【短剣1・接客13・空き・空き】
サーシャは【片手剣15・空き・空き・索敵4】
妖艶を外してしまった。少し悔やまれる。
俺も一応空きを作っておこう。
「じゃあ、二人はこれを使ってくれ」
俺は帯刀していた百獣の牙と、カード化していたシミターを二人に渡す。
そして、俺はカードを具現化して、破邪の斧を取り出した。
その時だった。
ちょうどいい、気配がこちらに近づいてきた。
俺たちに気付いたようだ。
蝙蝠のような魔物。
「コウバットか」
よし、ここは俺の出番だ。
斧は初めて使うが、見た目ほど重い感じはしない。
行くぞ!
そう思ったとき、迷宮内に銃声が響いた。
撃たれた、とか反射的に思ってしまったが、俺の身体には痛みはない。
その代り、目の前にいたコウバットの腹に小さな穴があいていた。
コウバットは地面に落下し、魔力を散らして消えていく。
カードが3枚残った。
「……マリアさん? それは?」
「作ったの。それより、私のスキル、確認してもらえるかしら?」
マリアのスキルを確認。
【銃3・鳥戦闘2・空き・狙撃15】
となっている。俺のスキル簡易取得が有効になっているらしく、最初からスキルは装着されていた。
やっぱり見間違いではない。
「えっと、銃スキルを覚えているみたいですが」
「本当? よかった、予想は間違ってなかったみたいね」
どういうことですか?
なんで、マリアさん、あなた、拳銃なんて所持してるんですか?
「だから作ったのよ。研究所で、火薬の研究をしてね。何千発も撃ったし、モーズにも見張り台から撃ち殺したのに、全然スキルが覚えられないから、私の仮説が間違っていたのかなとか思ったけど」
「仮説?」
「この世界のシステムは現代日本のシステムを持っているっていうことよ」
「どういうことです?」
「長いから話は後にするわ。それより、あとの二人のスキルも確認してあげて」
わかった。といいながら、俺は焦っていた。
マリアの仮説も気になる。だが、それだけではない。
なぜならミーナとサーシャが
「すごい……こんな武器はじめてみました」「奇跡のマリア、私は本当の奇跡をこの目で見たよ」
やばいやばいやばい、いいところ全部マリアにもっていかれた。
このままだと俺って、ただ便利なだけの男じゃないか?
自分の小指にはまった赤い指輪、これが青になる日がすぐそこまで来ているのかもしれない。
そんな焦りをかかえながら俺は二人のスキルを確認した。




