16 冒険
火鼠の皮衣のカードを見ながら、俺はレストランで待っていた。
コーヒーが出てきたが、日本にいたときに飲んだコーヒーとは似ても似つかぬもので、まずくはないんだが、変な感じだった。
大麦コーヒーと呼ばれているらしい。
「本当にマリア様は来るんでしょうか?」
「ああ、間違いない」
無理難題なお題に加え、秘宝のレパートリー。
俺も自分がもっているカードを見なかったら絶対に気付かなかった。
それと、かぐや姫の映画を見てよかった。
「ジ○リ様々だな」
「それは誰なの?」
「ん? 夢と希望を与えてくれる人さ」
人じゃないけどね。映画とかこの世界にはなさそうだし、説明してもわかってもらえないだろう。
彼女はすぐに訪れた。
「呆れた、この世界でまだジャージなんて着てるの? あ、思い出した、あなたたち飛竜に襲われてた旅人でしょ」
現れた女性は20歳を少し過ぎたくらいのお姉さんだった。
もっと年上かと思ったが。
肩のところで整えられた黒髪の美人が、白衣を着てやってきた。
「あんたが……マリア様か?」
「マリアでいいわ……言っておくけど本名よ。きらきらネームってやつね。あと敬語もできるだけやめて」
そうなのか? と内心驚いたが、それ以上に、わざわざ本名だと念押しをするということは、やはりそうなのか。
「マリアって名前に日本人の名字だとおかしいもの」
「マリアもこっちの世界に来る前の記憶があるのか?」
俺とマリアの会話に、ミーナとサーシャが首をかしげる。
マリアは二人を見て尋ねた。
「彼女たちは?」
「私たちは――」
「仲間だ」
ミーナにかぶせるように俺が言う。
「ま、ややこしくなるからそういうことにしておくわ」
サーシャがそう言った。助かる、日本人の感覚でいえば美少女二人を奴隷にしてるなんて、最低人間の烙印を押されても仕方がない。
「こっちの世界の?」
俺は黙って頷く。
「そう、ついてきて」
「あなたも苦労してるようね」
「確かに、死にそうな思いばかりだよ」
「でしょうね」
マリアはとてもうれしそうだ。
歩きながら話は進む。
「この世界に来たのはいつ?」
「三日前だ」
「もしかして、あなたゲームもらって六日間もしなかったの?」
「……やっぱり、日本での一日がこっちでは一年なのか」
「ねぇ、教えて。向こうではどうなってた? ニュースとかで騒がれてなかったかしら?」
「連日ニュースで報道されているってラジオで言ってた」
「なのにあなたはこのゲームをしたの? ほんと、好奇心は猫をも殺すね」
「いや、ニュースを聞いたのがちょうどゲームをはじめたときで、タイミングが悪かったんだ」
そうこうしているうちに、俺たちは彼女の研究所にやってきた。
「お疲れ様」
マリアが騎士にそういい、俺たちを研究所の中に招き入れる。
研究所の中は、まるで理科室のような部屋だった。
テーブルの真ん中にアルコールランプが置いてあり、部屋の棚の中には多くの薬品が置かれている。
黒板がおいてあり、しかも上下に動くようになっていた。
「まるで理科室みたいでしょ? 特別に発注したのよ」
そう言うとマリアは俺とミーナ、サーシャの間に割って入り、
「ここからは流浪の民に関しての二人での話になるから、待っててね」
「頼む」
俺がそういうと、二人は頷いて了承してくれた。
二階が彼女の部屋だった。椅子に髭面のおっさんが座っていた。
「おじさん、ありがとうございます。おかげでマリアさんと話ができそうだ」
「おじさ……そう、あんたの前ではそうなのね。じゃあ、おじさん、待っててくださいね」
あんたの前では? 普段は違うのか?
「うむ、わしの役割はこれで終わりのようじゃな。では、一階で美女とお茶でもしようか」
そう言っておっさんが去っていく。
「いいおじさんだよな」
「ええ、そこは否定しないわ」
マリアはそういうと「適当なところに座って」という。
適当なところって、椅子はマリアが座っている椅子しかないんだけど。
俺は仕方なく、床に座ることにした。
「あんた、名前は?」
「スメラギ・タクトだ」
「へぇ、あなたもなかなかの名前ね。じゃあタクトくんって呼ばせてもらうわ」
「なぁ、俺たちはなんで向こうの世界の記憶を持ってるんだろうな」
「それはボーナス選択を間違えたからでしょ、私も、タクトくんも」
「間違えた?」
「記憶継承。100ポイント全部使う禁断のボーナス。それを使ったから、私もあなたも日本での記憶を継承してしまったのよ」
マリアはとてもつらそうに言う。
「だから、私もあなたもゲームをろくに楽しむことができない悲惨な異世界生活を送ることになったのよ」
そうか、効果が不明だった記憶継承のボーナス特典。
確かに、すべてのポイントを意味不明なものに使う人なんてあまりいないかもしれない。ていうか、俺でもたぶんしない。
せめてその効果がわかったら使ったかもしれないが。
「他のボーナス特典を手に入れた人は気楽なものよ。瞬間移動を使って交易をしたり、スキル変更技能を使って神官になったり、知ってる? 経験値2倍ボーナスを持ってる人なんてどこのパーティーからも引っ張りだこなのよ」
そんなことをして儲けている人がいたのか。
経験値2倍ってパーティー全体にも効果があるのかな。
ただ、流浪の民という言葉が世界に広まるには十分だろう。
「その点、私が持っているのは日本の記憶だけ。下手に記憶を持ってるから異世界での生活がつらい。日本の便利な生活が恋しい。お母さん、お父さんに会いたい。受験勉強で苦しんでもいい、私は日本に戻りたい」
マリアはしょぼくれたようにつぶやく。
こっちの世界に来た時は俺と同じくらいの年だったんじゃないだろうか?
六年間、記憶を共有できる人もいない時間としては長すぎる。
「……マリア」
「ま、いいわ。とりあえず、タクトくんのことはお姉さんに任せておきなさい。これでもお給金いっぱいもらってるのよ」
「いや、生活はいいんだ。幸い金を稼ぐ手段はあるし」
「もしかしてヒモ? タクトくん、顔は悪くはないけど、女の子のヒモなんてダメよ」
あぁ、まぁ、マリアは聞く限りでは悪い人ではなさそうだし、元の世界に帰るために協力は必要だろう。
俺はほぼ全てを打ち明ける覚悟をした。
「そうじゃなくて、俺さ、チートコードを使ってボーナス特典ほぼ全部手に入れたんだよ」
俺は兄貴がゲーム会社の人間であることを除いてマリアに語った。
ある筋からチートコードを手に入れたこと。ボーナス特典を大量に手に入れたこと。だから、お金にはあまり不自由しそうにないこと。兄もおそらくこの世界にいること。
全てを語り終えたとき、マリアは肩を震わせていた。
もしかしたら怒っているのかもしれない。彼女との会話で聞きとれたのは、他のボーナス特典を持っている日本人への妬みだった。
暫し待つと、マリアが口を開く。
「残念だけど、そのお兄さんの名前は聞いたことがないわね……。
もちろん、偽名を使ってる流浪の民なんてごまんといる……ていうか本名の人のほうが少ないような気がするわ。それにしても、チートコードね……」
マリアは考えるように俯き、
「ねぇ、それは誰かに話した?」
「いや、誰にも……」
ミーナとサーシャには少しばれている気がするが、詳しい事情を話すのは初めてだ。
「そう……、絶対それは誰にも言ったらダメよ」
「ああ、確かにやばいよな」
「そうじゃない。私の取り分がなくなったら困るでしょ!」
――え?
疑問に思う暇はなかった。
マリアは急に立ち上がると、扉を上げて、階段の下に向かって叫んだ。
「サーシャ、ミーナ、来なさい! 早く! タクトくんが大変なの!」
「どうたんですか!?」「なんだ!?」
突然なんのことかわからないままもサーシャとミーナが二階に上がってくる。
二人が階段の真ん中まで来た時、
「それと、おじさん! 私、宮廷魔術師やめるから、陛下に伝えておいて!」
「な、そんなことが許されると思ってるのか!」
髭面のおじさんがどなりつける。
おじさnが陛下に伝言なんてできるのか?
「スメラギさん、無事ですか!」「タクト、どうしたんだ!」
そう言って入ってきた二人の手をマリアが左てつかみ、右手で俺の手を掴んで言った。
「タクトくん、飛んで! 場所は王都の外! 瞬間移動、早く!」
「待て、マリア! 待たぬか!」
「待ったわ、六年も。月からも地球からの迎えはこなかったけど、私を理想のゲームの世界につれていってくれる人を見つけたんだから!」
「え、なんで?」
「はやく瞬間移動して! ゲームを楽しむわよ。6年、ううん、高校受験のときからずっと我慢してきたんだから!」
俺は気付いてしまった。
受験とボーナス特典のミス。それらでずっと我慢していたのだ。
本来、マリアは超がつくほどのゲーマーだったのだ。
「うちの冒険はこれからや!」
マリア、方言でてるから! てかもしかして関西人なのか?
ていうか、その台詞、なんか打ち切りみたいだからやめてくれー。
俺はいろいろつっこみたい衝動にかられながら、
「今週の目標はダンジョン制覇! 今月の目標は魔王討伐!」
「いや、無理だろ! 瞬間移動!」
魔法を唱え、四人はわずか、三時間で王都を出るはめになってしまった。
※※※
『息子からの手紙にあったが、勇者様がくるからには盛大に迎えないとな
ミーナちゃんとサーシャちゃんも前に一度会ったが、美人に成長してるらしいし、楽しみだ』
カード買取所・王都本店。
ルークの父親は、タクト達が来店するのを今か今かと待ち構えていた。
すでに王都を去ったなど、露にも思わず。
ブックマーク100件突破していました。
読んでくださっている方、ありがとうございます。




