15 先非
この話は視点が異なります。
好奇心は新しい道に導いてくれる。
ウォルトディズニーの名言だ。
家に荷物が届いた。両親が温泉旅行にいって、私が一人で留守番をしていた日のことだ。
ゲームだ。
間違いない、ゲームだ。
私にとってゲームはテトリスで止まっている。
100円ショップで買ったもので、電池がなくなるまで遊んだ記憶がある。
だから私はこういう。応募した覚えがない――
ゲームに興味がないわけではないが、私にとってゲームは禁忌だった。
一年後に受験を控えた私にとって、ゲームなどやっている暇はない。
「…………最新機種だ」
噂には聞いていた。某社が開発したゲームがあると。
新聞を読むのが唯一の娯楽である私にとって、最新ゲームの開発情報も当然手に入れている。やりたいとは思ったが、やろうと思ったことはない。
そのゲームが届いた。
同封の紙にはこう書かれている。
『テストプレイヤー当選おめでとうございます』
抽選に応募した覚えはない。
同封の返信用封筒とレポート用紙。
ゲームの動作を見て、感想をレポートに書いて返送するように書いている。
そんなもの、応募した覚えはない。
いや、そういえば聞いた。わかった。すべて合点がいった。
三週間前、姉から電話があって、
『あんたの名前でもゲームの抽選に応募したからさ、当たったら電話してよね』
そう言われた。つまり、お姉ちゃんが勝手に応募して、勝手に当選したようだ。
謙虚なアイドルの「友達が勝手にオーディションに応募してぇ」みたいな話だ。
私はとりあえず姉に電話した。
だが、通じない。全く通じない。
姉も大学は休みのはずなのに。
さて、どうするか。
まず、第一に、これはゲームに当選したのではなく、テストプレイヤーに当選したのだ。
つまり、レポートを書いて提出する義務がある。提出しないのは契約不履行だ。
だが、レポートを書くにはゲームをしてみないといけない。
「仕方がない」
私は箱からゲーム機本体を取り出し、テレビにセッティングしていった。
ウォルトディズニーも言っていたではないか。好奇心はきっと私に新しい道を与えてくれる。
最近成績も伸び悩んでいたからちょうどいい。
アナザーキーという名前のゲームディスクを挿入した。
とてもクオリティーの高いオープニングが始まる。
椅子に座っていたら、テレビを見下ろす形になるので、私は両親の持っていた本の中から分厚い本を数冊選んでそれを椅子替わりにした。
そこに座り、ゲームを開始する。
本名を入力し、ボーナス選択画面に移行した。
さまざまなボーナスがあったが、どれがいいのか全く見当がつかない。
そもそも、ゲームをするのなんて五年ぶりだ。
「あ、これがいい」
受験生の心を揺さぶるボーナス項目を見つけて、それにチェックを入れる。
すべてのボーナスポイントを使ったのに、効果は全くわからない。
まぁ、使えないボーナスなら最初からやりなおしたらいいか。
せめて、どんなボーナスかわかるようにしてくれたらいいのに。よし、レポートに書いておこう。
【ゲームを開始します。準備はいいですか?】
もちろん答えは【はい】だ。
迷わず選択する。
【ようこそ、アナザーキーの世界へ。あなたを今から異世界『アナザーキー』に転送いたします】
メッセージが流れると、そのメッセージは消えていた。
そして、私が気が付いたとき――そこは――
私は忘れていた。
ウォルトディズニーの名言ではなく、私はもう一つ、好奇心に関した諺を思い出すべきだった。
好奇心は猫をも殺す。
※※※
目が覚めると私は自室にいた。
不覚にも眠ってしまったらしい。
あの夢は現実にあったことだ、六年も昔のことだ。
ゲームを開始した直後、私はこの世界に流れ着いた。椅子にしていた本とともに。
日本での知識と椅子替わりにしていた書物計4冊のうちの2冊は化学の本と薬学の本だった。
それらはこの世界ではチートと呼んでいい物だ。
多くの知識を小出しし、私は研究所での一定の地位を得た。
その知識のせいで教会に恨みをかったが、教皇が結核におかされたとき、私は薬学の本の知識を使い、教皇を救ってみせた。
結果、教会との軋轢はなくなり、私の地位はあがった。
今日は火薬を使ってバリスタを強化。
なんとドラゴンを討伐することに成功した。
でも、まだまだ改良の余地はある。
「マリア所長、よろしいでしょうか?」
男の声が聞こえた。門番の騎士のものだ。名前は覚えていない。
それにしても、欧米風の人間に名前を呼ばれても全く違和感のない名前ね。
この世界にくるまでは自分の名前はあまり好きではなかったが、こっちの世界に来てからは感謝している。
「マリア様に面会を望むものが――」
「今日は誰とも会う気はないわ」
「それが、流浪の民であると申しておりまして」
流浪の民。この世界における日本人の別称だ。
だが、彼らは自分が日本人であることを覚えていない。
どこから来たのかわからないから流浪の民なのだ。
最初は多くの流浪の民の中には自分と同じ過ちを犯した人間がいるのかと思ったが、全員が記憶を失っていた。
もう諦めた。
「流浪の民はもう必要ないわよ」
私はそう言うと、研究を再開した。
受験勉強みたいに強いられてする勉強とはことなり、こちらの研究はとても面白い。
魔法技術という独自の文化と、私の知る科学技術の融合だ。
成果は次々に上がっている。
「はかどっているな、マリア」
また来客だ。だが、今度は無下に断ることはできない。
入ってきたのはこの国の王だったから。いや、なんかものすごい髭をつけているが変装のつもりだろうか?
「陛下、どのような御用で?」
「うむ、ワシの知人が主に会いたいと言っておっての」
「それは、もしかして流浪の民の?」
「おぉ、わかっておるなら話が早い」
「お断りします」
私はもう流浪の民とは会いたくない。自分の失敗を認めたくないから。
自分の孤独を知りたくないから。
「そこをなんとか、約束してしまったんじゃ」
「勝手なことを――」
ここはいつもの言い訳でいくしかない。
「じゃあ、その人に言ってください。一角ネズミが落とすと言われている、火炎耐性を大幅にあげる防具の材料を持ってきてください」
「それはもしや、レジェンドアイテムの――」
「それでしかお会いできません」
そう陛下にいった。最近使う、面会を断る手段だ。
私がこういうときは本当にいやなときだと知っている陛下はそのまま下がってくれた。
本来、こんな態度をとれば打ち首は覚悟しないといけないが、陛下は優しい性格であり、わがままを言っているのは自分も同じだと理解できる方なので、私もつい甘えてしまっていた。
陛下が帰って行った。
さて、また研究をするか。
だが、研究は捗らない。僅か数分後に陛下が戻ってきた。
「マリア、驚け、なんとワシの知人は例のものを持っていたぞ」
「え? そんな……本当なのですか?」
「ああ、確認した。だから一緒に参れ」
「この目で見るまで信用できません」
「ははは、主ならこういうだろうと思った。だが、こう言えば必ず主はついてくる」
必ずついてくる?
私は本当は例のアイテムに全く興味がない。
いや、科学者としては調べてみたいとは思うが。
「わしは知らない姫の名じゃがな」
「知らない……姫?」
それは直感だった。もしかしたら、その流浪の民は正解にたどり着いたのではないか?
「ふむ……そのものは申しておった」
私が欲したアイテムは
ランニングドラゴンが落とす「龍の首の珠」
巨大貝が落とす「燕の子安貝」
シャーマンゴブリンが落とす「仏の御石の鉢」
ゴールデンツリーが落とす「蓬莱の玉の枝」
一角ネズミが落とす「火鼠の皮衣」
日本においても伝説の秘宝と言われたもの。
その秘宝全てが出てくる物語がある。
日本で最古の物語とも言われている。
「かぐや姫……と」
間違いない。
希望が確信に変わった。
私と同じ、過ちを犯した日本人がそこにいる。
次からタクト視点に戻ります。




