13 飛翔
世界最強の種族は何?
そう聞かれたときの答えはある程度決まっている。
魔力の高い魔族。
普通の人が持たない技能を持つ流浪の民
その大きさは人々を畏怖させる巨人族
それらは確かに強い。でも、個として最強かと聞かれたら、それは否だと御者は語った。
数こそ少ないが、空、陸、海、全てにおいて最強、食物連鎖の頂点に立つ獣。
「――こそが最強だと私は思います」
岩陰に隠れて御者は語った。
馬と馬車は目立つので、近くの木に縛り、俺とミーナ、サーシャ、そして馬車を操っていた御者が岩陰に隠れている。
理由は十分ほど前のことだ。
遠くに王都が見え、あともう少し走らせたら目的地だというところだった。
平原には茶色い牛のような動物の群れが見える。200頭はいるだろうか?
「あれはモーズです。温厚な魔物ですが、一度怒り出すと冒険者5人がかりでも抑えることができません。そのうえ、群れで襲ってきますから、魔物ですが放置されています。絶対に手を出さないでくださいね」
初老にさしかかったであろう年齢の、帽子をかぶっている御者がそう説明した。索敵能力では危険信号はないが、さわらぬ神にたたりなしといったところか、別に手を出すつもりはない。
「止めろっ!」
俺は自ずと叫んでいた。
その時はなぜそんなことをしたのかわからなかった。自分が叫んだことに驚いたくらいだ。
だが、全身にたつ鳥肌が危険信号を発している。
「馬車から降りるぞ、ミーナ、サーシャ! やばい! 何かは知らないがやばすぎる!」
ワンウルフや盗賊の比ではない。
索敵20のスキルでかなり遠くの敵の位置までわかるようになったが、もちろん遠くにいたほうが気配は希薄のはずなのだが、今回は遠くにいるはずなのにこの感覚。
「な、なにがあったんですか? お客さん!」
馬車が急停止し、馬がうなり声を上げる。
「やばいものが来る! それだけは確かだ!」
「やばいものって、なんなんですか?」
「わからないが、間違いなく俺たちじゃ太刀打ちできない相手だ」
そう言い、俺たちは馬車を飛び下り、岩陰に身を潜めた。
「お、お客さん、待ってください!」
御者の男が馬車を木に縛り、慌ててこちらに駆けてくる。その時に帽子がとんだ。頭頂部が光って見える。
「お客さん、どうしたんですか、いったい何が」
「黙ってろ。サーシャのようにできるだけ身を潜めるんだ」
【隠形スキルを覚えた】
スキルを覚えた。普段は喜ばしいことだが、今は邪魔だ。俺はメニューを開き、ナビゲーションをオフにする。
サーシャも索敵スキルを備えている。レベル4でも、もう気付いたのだろう。
(上だ)
俺は胸中で叫び、指で上を指す。
御者とミーナ、サーシャは空を見て……絶句した。
それはジャンボジェット飛行機と見間違う巨大な生物の影。
長いしっぽと巨大な翼、藍色の鱗を持つ魔物。
アニメや漫画では飽きるほど見たが、実物を見るのはもちろん初めてだ。空想上の生物とされる生き物
それを見た御者は語りだした。まるで恐怖の心をごまかすかのように。
世界最強の生物は何か。
魔力の高い魔族。
普通の人が持たない技能を持つ流浪の民
その大きさは人々を畏怖させる巨人族
それらは確かに強い。でも、個として最強かと聞かれたら、それは否だと御者は語った。
数こそ少ないが、空、陸、海、全てにおいて最強、食物連鎖の頂点に立つ獣。
「ドラゴンこそが最強だと私は思います」
そう言った。
わかるよ、俺も同じ気分だ。
そう、空を悠々と舞う飛竜を見て、同じ生物のジャンルで分けるのがバカらしい気分になる。
たとえ、空を飛ぶ能力や力が十倍になる能力を持っている蟻がいたとしても、何の能力も持たない象に踏みつぶされたら負けるように、人間は何をしても飛竜にはかなわないのではないかと思ってしまう。
「大丈夫だ、通り過ぎた。あいつの狙いは俺たちじゃない」
飛竜は俺たちのいる場所を通り過ぎて、大地へとその足の爪を振り下ろす。
そこにいたのは――モーズだ。
飛竜はモーズを強大な後ろ足の爪で絶命させ、そしてその肉をむさぼり始めた。
「カード化しないのか?」
魔物は死んだらカード化する。
例外はないはずだ。
「飛竜はモーズの魔力を固定化させたんです。魔物は普通死んだら魔力を四散させて、カードを残しますが、あいつはそれを自分の力で固定させ、その魔力を全て取り込んでいるんです」
御者が説明する。
「そんなことが可能なのか?」
「飛竜は翼で飛ぶんじゃない、魔力で飛ぶの。そのための魔力を魔物や人間を取り込むことで手に入れている。竜は魔物であって魔物ではないの。たとえ竜が死んでもカードには変わらないって聞いたことがあるわ」
サーシャが説明を続けた。
「そうか、とりあえずこれがあいつの食事なら、食事が終わったら去ってくれるだろうから、それまで待つか」
「…………………いえ、そうはいかないそうですよ」
御者の顔が青ざめていた。
なぜならば、飛竜から逃げるモーズの群れが目指す先は、明らかに俺らが隠れている岩場だったから。
「モーズの角は岩をも砕きます! ここにいたら危ない!」
とはいっても今更逃げられないだろ!
「瞬間移動!」
そう魔法を唱えた。だが、何も起こらない。
「くそっ、外なのに、なんでなんだよ」
肝心な時に使えない魔法だ。
「ファイヤーウォール!」
俺は炎の壁の魔法を唱える。
大きな壁となった炎がモーズの一団を飲み込んでいく。その数は二十は超えるだろう。全てがカードへと変わる。
そして、残ったモーズも俺の魔法の危険性を察知して別の方向へと逃げていった。
横で御者が「すごい……なんて魔法だ」、サーシャも「消し炭の盗賊を見たときはまさかと思ったけど」と驚きを隠せない様子で。俺が魔法を使っているところを何度か見たことのあるミーナも驚いている。
これで当面の危機を達した――わけではない。
俺のファイヤーウォールをそいつが見ていたからだ。
飛竜だ。
そいつが、翼を羽ばたいてゆっくりと浮上し、本当にゆっくりと浮上し、
こちらに急降下してきた。
「頼む、瞬間移動!」
ダメだ、使えない。なんでなんだよ。
諦めるな、諦めたらそこで試合、いや、この場合は人生が終了だ。
ファイヤーウォールもファイヤーフィールドも地上二メートル程度にしか効果のない魔法だ。
ならば――
「ファイヤーボール! ファイヤーボール! ファイヤーボール!」
俺は決死の思いで下級の火炎魔法を唱えた。ナビゲーションメッセージは出ないが、前使ったファイヤーボールの時の比じゃないMP消費を感じられた。
二つの火炎球と、通常の五倍はあろうかという火炎球が煙を上げ、飛竜を飲み込む。
これでダメなら終わりだ。
そして、結果は悲惨なものだった。
煙の隙間から飛竜が速度を緩めずに、いや、さらに増した速度でこちらに迫っていた。
もうダメだ。
ぐちゃ
音だった。
見ると、竜に槍が――槍と呼ぶにはとても巨大な槍が刺さっていた。
まるでオーディーンが使うグングニルの槍のような巨大な槍。
そして、
ぐちゃ ぐちゃ
王都のほうから同じような槍が二本飛んできて、飛竜に突き刺さり、鮮血が緑の草原に赤い染みを作る。
飛竜はその槍の力を全身にうけ、俺達の隠れている岩をぎりぎり通過して後方に落ちた。
「なんなの、これ――」
ミーナが言う。
もちろん俺がわかるわけがない。
ただ、これに似たような武器があるのは知っている。
『バリスタ』
巨大な弓矢のような武器。
だが、王都までまだまだ距離はあるというのに、それを届かせるだけの技術が王都にはあるというのだろうか?
三本の槍で串刺しにされた飛竜を見て、俺は頬を伝う汗をぬぐった。
※※※※
王都・見張り台。
『飛竜落下。旅人は無事です』
『威力はまぁまぁね。実験結果をまとめたらさらに改良するわよ』
『了解しました、マリア様!』




