12 馬車
揺れる。
馬車は揺れる。
おっぱいも揺れる。
「どこ見てるんですか? ご主人様」
サーシャが不敵な笑みを浮かべて尋ねる。
普段はタクトと呼び捨てにするくせに。
「悪い」
と謝るが、サーシャが悪いんだよな。サーシャの服は革の鎧だが、その下に肌着が一枚あるだけで、胸の形がはっきりとわかる。ていうか、肌着も薄いので、そこから褐色の肌が透けて見える。
そして、馬車が大きく揺れるたびに……
「んっ」
小さな喘ぎ声をあげるのだ。胸が揺れて革の鎧にすれているんだろう。とか想像するだけで視線がどうしてもそちらにいってしまう。
「……スメラギさんのバカ」
ミーナに怒られてしまった。
そりゃ、確かに自分の姉をいやらしい目で見たら怒るよな。
一般的な布の服とドレス、ドレスの下には黒色のタイツを着ている彼女はつまらなそうにつぶやいた。
「……私だってお姉ちゃんと同じくらいの大きさ……まではないけど小さくはないのに」
「え、ごめん、よく聞こえなかった」
「なんでもないです!」
怒られてしまった。
やっぱり、昨日のことはまだ引きずっているのだろうか。
馬車は森の中を走っていた。
ゴムのない車輪に、整備されていない道、揺れるなというのは無理だろう。
ここはとりあえず、スキルを整理しておこう。
現在、物理系攻撃スキルは、
【拳7 棒術2 短剣13 投擲3 片手剣2】
の五種類。魔法スキルは、
【魔法技能8 魔法(特殊)3 魔法(治癒)4 魔法(火炎)3】
の四種類。防御系は、
【毒耐性3 足防御2 身体防御5 盾1 頭防御1】
の五種類。頭防御は、一角ネズミに頭をかまれたときに覚えていたのだろう。あのときはナビゲーションをオフにしていたので気付かなかった。
ほかに戦闘に関係がありそうなのは、
【獣戦闘15 対人戦闘3 索敵20 暗視6 魔物使い4 逃走2】
の五種類か。あとは生活スキル、と俺は呼んでいるスキル。
【採取3 伐採8 商売9 信仰(神)2 値切り7 計算2】
の六種類。
あと忘れてしまいたい【盗賊2】か。
そういえば、二人のスキルも確認したいな。
確か、スキル確認はスキル変更技術の下位ボーナスだった。スキル変更技術を取得しているとスキル確認を取得できないシステムだったはずだから、スキル確認はできるはずだ。
「ミーナ、スキルを見せてほしいんだがいいか?」
「そんなことできるんですか?」
「たぶんね」
そういって、俺はスキル確認と念じる。
見えた。
ミーナのスキルだ。
現在装着しているのは四つ
【料理技術9 接客13 料理知識9 商売8】
商売8を選択してみる。
現れたのは
【採取1 短剣1 値切り1 計算1 信仰(神)1 外す】
スキルの数が少ないと思ったが、スキル簡易取得がないのだから、日常のスキルしか覚えられないのだろう。
あと、付けていないスキルは等しくレベル1なんだな。
「ミーナ、とりあえず、商売スキルをはずして短剣スキルをつけていいかな?」
「え? 私、短剣スキル持ってたんですか?」
「知らなかったの?」
「はい、全然知りませんでした」
「ミーナは普段から料理を使ってるから覚えたんだろうね」
サーシャが快活に笑う。
確かに、包丁って種類でいえば短剣だよな。
「私のも見てみるかい?」
「見せてくれ」
「いいよ、タクトになら全部見せてあげる」
艶めかしい声で言ってくるサーシャ。絶対からかってる。
サーシャも四つのスキルを装着している。
【片手剣15 商売14 妖艶3 索敵4】
妖艶ってなんだよ、妖艶って。
「あ、もしかして気付いた? いやぁ、面白そうでしょ? これって、接客と計算の上位スキルなのよ」
「そうなのか?」
確かめるように、妖艶を選択する。
すると、
【接客15 計算15 信仰(神)8 値切り1 採取1 外す】
と出てきた。
本当に接客と計算のレベルが高い。
「自警団に入ったときに、王都にいってスキルを戦い向きに変えたのよ」
そういえば、スキル変更はミルの町ではできないって言ってたっけ。
スキルを変更するのにもわざわざ王都に行かないといけないのか。
「でも、防御スキルはないのか?」
「まぁね。才能ないのかなぁ、冗談のつもりで、防御を覚えるまで妖艶をつけてたんだけどさ、全く覚えられなくて」
自嘲的な笑みを浮かべるサーシャに、俺は「そっか」とだけ声をかけた。
この世界の法律に、スキルを確認・装着していいのは15歳になってからというものがあると神父様に教えてもらった。
ミーナは昨年、サーシャは三年前にスキルを装着した。
もっと小さい頃からスキルを鍛えたらいいとか思うだろうが、「子供の無限の可能性をスキルによって縛るのはよくない」という国の方針らしい。
だが、貴族や王族など一部の階級の人間は「国を守るためにその身を犠牲にしてスキルの研鑽に努めなくてはいけない」という決まりのもと、その法律は適用されないらしい。
もっとも、それは建前のことで、貴族や王族に一定の力を持たせることで、国の運営を円滑に進めるための法律だと神父様は語っていた。
ちなみに、スキルレベル10で一人前。レベル20で玄人。レベル30になると師範レベル。レベル40で天才、レベル50で伝説だという。
斧レベルを30越していると自称した盗賊の頭はやはり只者ではなかったということだろう。
「で、王都には何しにいくのか聞いてなかったんだけど、何しに行くの?」
「あぁ、マリアって人に会いに行くんだ」
俺がその名を言うと、二人は何やら考え、
「反逆者マリアね」
「奇跡のマリア様ですか」
正反対とも思える二つの名前が出てきた。
「知ってるのか?」
「五年前に王都の研究所に現れた錬金術師だよ」
サーシャは知ってることを語った。
五年前に王都の研究所に現れ、多くの知識を語った。
この世界は実は平面ではなく球体であること。月はこの世界の周りをまわっているが、この世界もまた太陽の周りをまわっていること。そして、この世界そのものも回転していて、星や太陽が動いて見えること。
どれもこれも信用できない話だったが、彼女の語った多くの事象が、それがあたかも真実であると惑わされてしまうような語りぶりであり、いつの間にかその話は研究所のみならず国中に波及した。
それを快く思わなかったのが教会だった。
彼女の語った内容は、教義に反するものばかりであり、反逆者マリアの名とともに罪人となったそうだ。
――ガリレオ・ガリレイみたいな人だな。
かつて地球にいた科学者の名前を思い出した。どこの世界もそういうところは同じらしい。
「でも、マリア様は奇跡を起こしたの」
ミーナが続ける。
罪人となったマリアだが、国王陛下が彼女を保護し、宮廷魔術師として迎え入れた。
彼女の知識は必ず国の役に立つと信じたから。
それを快く思わない教会と国王との間には軋轢が生じた。
二年前、教皇が不治の病におかされた。治療法の決してない病気。あとは死を待つだけだと思われた。
そこに現れたのがマリアだった。彼女は万能薬でも治せないはずの病気の特効薬だと言って、研究所で作った薬を持ってきた。
誰もがそれを毒だと信じて受け取ろうとしなかったが、話を聞いた教皇が藁にもすがる思いでその薬を受け取り、服用を続けた。
すると、教皇の身体はみるみるうちに回復したという。
教会はマリアに免罪符を交付し、罪人を撤回。さらに奇跡のマリアという名を授けたという。
「でも、一部の間じゃ、病気そのものがマリアの呪いじゃないか? って噂が流れてね、信者の間で反逆者マリアの名前は残っているのよ」
サーシャが最後に締めくくった。
この話を聞いただけでも、マリアの持つ能力の高さはわかる。
チートに頼った俺とは180度異なる己の知識による強さ。
それが善か悪かはわからないが、一筋縄でいく相手ではない。
「マリア様は流浪の民や異世界についての研究もしているそうです」
「そのマリア様も流浪の民なのか?」
「あぁ、そういう質問をしたバカがいたらしいわね」
サーシャは思い出したかのように笑った。
「でも、怒られたそうよ。『自分の出自も知らないような無知な人達と一緒にしないで』ってさ。そりゃそうよね。流浪の民は能力は高いけど記憶を失っているから、無知の民族って言われることもあるの。マリアとは表裏の存在だもん」
「お姉ちゃん、言い過ぎよ」
ははは、本当に言い過ぎだ。
俺もその能力は高いが無知な民族らしいんで、あんまりなことを言わないでください
でも、あては外れたようだ。マリアってどう聞いてもこっちの世界の名前だもんな。まぁ、ゲームの中では洋名を使ってるってのはよくあることだけど、今回はその線もないようだ。
流浪の民や異世界について知識があるのはわかった。ならば俺の知りたいことも何かわかるかもしれない。
たとえば自分の世界に戻る方法とか。
――戻りたいのか?
俺はふと両隣にいる二人を見た。
こんなかわいい子と一緒にいられる世界、俺の望んだ世界じゃないのか?
それに、こっちでは俺には力がある。それを捨てて、俺は元の世界に戻りたいとまだ思っていたのか?
未来に現れるであろう選択肢という二つの道。
俺はその時どちらの道を進むのだろうか?
馬車はひたすら進む。王都への一本道を。
車輪を回し、馬車をゆらし、
「あんっ」
サーシャのおっぱいをゆらしながら。
サーシャ、絶対俺の反応を見て楽しんでるだろう。ミーナ、不機嫌にならないでください。
とりあえず、馬車は道をひたすら進んでいた。
森はもう抜けていた。
今回は、スキル確認回と次回キャラ紹介、それだけだと退屈なので、女の子たちとの交流回でもあります。
あと、あいまいだったスキルレベルについても書いておきました。
ここでサーシャがいう「才能」という言葉ですが、これは
「スキルを取得するまでの運」と「スキルのレベルアップに必要な経験値の低さ」
を表す言葉だと思ってください。
本当は、それぞれ
「スキル取得確率」
と
「スキル成長速度」
というステータスが別にあります。




