11 神父
間違いない、神父さんは日本人だ。
俺と一緒でこの世界に来たんだ。
だが、それ以上に気になることがある。
「神父さん、ニホンという地名をご存知ですか?」
「ニホン? いえ、聞いたことがありません」
やはり、自分が日本人であったことは覚えていない。
俺は落胆し、それでも可能性を模索する。
「えっと、目を覚ました時の格好って、どんな格好でした?」
「そうですね、堅苦しい黒の上下の服と、白いシャツ、白い靴下を履いていましたが靴は履いていませんでした」
おそらく一般的なスーツだ。ネクタイをしていないってことは、会社から帰ってネクタイを外してゲームを始めたってところだろうか?
「あの、目を覚ましたときはどのくらい前なんですか?」
「六年ほど前ですね。流浪の民は7年前から少しずつ現れたという報告を受けています」
七年? 六年?
俺の家にゲームが届いたのは、この世界に来る6日前。早い人なら7日前にはゲームが届いていただろう。
まさか、時間の流れが違うのか?
向こうの一日が、こっちの一年とか。
「そうですか……どうしてその話を俺に?」
「スメラギさんもそうなのではないか? と思いまして」
「……そうです。俺もたぶん、その流浪の民なのだと思います」
「やはりそうでしたか。その服に似た流浪の民の方が何人かいたそうです」
確かに、ゲームは家の中でするものだから、ジャージの人間は多そうだ。
パジャマでしてた人間とかもいただろうな。
「六年前が一番多く、それから徐々に減ってきて、近年は全く増えなくなったそうですが」
それはそうだろう。ゲームなんてもらったその日に遊びたくなるものだ。しかも、その日に遊ばなければ、ニュースで世間が騒がれる。
俺みたいにテレビも見ないでチートコードの解析なんてしていたのなんて俺くらいなものだろう。
「神父さん、すみません、教えてくれませんか? この世界のこと。できるだけ……」
「わかりました。何から話しましょうか……」
神父はそう言って話し始めた。
まず、この世界のこと。東西南北に四つの大陸があり、ここは東の大陸と呼ばれていること。
南の大陸には魔王と魔族がいること。
魔物は魔力が具現化した存在であり、倒しても魔力が四散するだけで、一部はカードとして残るが、放っておけば魔力を吸収して元の姿に戻ること。
エルフという種族、ドワーフという種族など獣人族など人間以外の種族もいること。
スキルのレベルを上げることで手に入る上位スキルがあること。体力や腕力などはスキルの数とレベルで決まること。
順序など関係ないが、世界、種族、スキルなど多くのことを教えてもらった。
つまり、スキルが20個装備できる俺は、普通の人間の5倍の能力が備わるということか。
ボーナス特典を考えると、さらに強くなる。
「異世界について詳しい人間はいないか?」
「……異世界……ですか?」
神父さんは一言「そんなものが本当にあるのかはわかりませんが」、と付け加えたうえで、
「王都の宮廷魔術師のマリア……彼女は異世界について調べています」
「魔術師? 魔法使いか?」
「いえ、彼女は錬金術師です。どのような職業かは私もわかりません」
「錬金術師?」
錬金術師とは卑金属から金を作ろうとした集団だったと世界史の授業で習った。水銀を不老不死の薬とか信じて飲む人間がいた時代のことだ。
金を作ることはできなかったが、今の化学の基礎となる法則を多く発見したのも錬金術師の功績だといっていい。
だが、それはあくまでも俺の世界の話。もしもこちらに錬金術師がいるのなら、金を作り出しているのかもしれない。
「よし、とりあえずマリアさんに会ってみよう」
「王都への馬車は今日はもう出ませんよ」
確かに、ミーナが、馬車は朝の八時に王都に出ると言っていたのを思い出す。
「はい、明朝に出ます」
俺はそう告げた。
目的は決まった。
まず、マリアという女性に会うこと。
それと……ほかに日本人がこっちにいるのなら、必ずその中にいるであろう兄貴。兄貴を見つけ出す。
そして、元の世界に戻る方法を探す。
この三つだ。
「そうですか、それまでに二人と仲直りできればいいですね」
やば、神父さんが日本人だったことに驚き、忘れてた。
あぁ、結構ひどいこと言ってしまったからな。許してくれたらいいんだけど、てか、二人が望むならこのまま町に残ってもらいたいんだけど。
「町に残ってほしいと思っているならやめておきなさい。気が済むまで一緒に旅に出たほうがいい」
「そういうものですか?」
「そういうものですよ。でも二人に伝えてください。この町が二人にとって故郷であることは永遠に変わりません。だから、嫌なことがあったらいつでも逃げてきていいんですよ、とね」
「ひどいですね、俺、絶対二人を大事にしますよ」
「こちらは可愛い娘を嫁に出す心境なんです。これくらい言わせてください」
そう言って神父さんは俺を見据え、
「二人をよろしくお願いします」
深々と頭を下げる
「もちろんです」
俺もまた、深く頭を下げたのだった。
「ミーナ、サーシャ、いるか?」
客間に戻って声をかけた。
「ええ」
「はい」
二人はベッドに腰掛けて俯いている。
「明日、王都に行く。ついてくるか?」
神父様にはああいわれたが、二人の意志だけは確認しないといけない。
俺がそういうと、二人は暫く黙り込み、最初に口をひらいたのはサーシャだった。
「奴隷の契約は終わったのかしら?」
「さっき、神父さんと契約をかわした」
「なら断ることはできないわ」
冷たい口調だ。
続いて、ミーナも顔を上げて言う。
「……私も行きます。この町には思い出もたくさんありますけど……燃えた宿屋を見ていると、やっぱり辛いです」
「そうか。じゃあ今日は自由にしておいてくれ。明日の朝、迎えに来る」
「馬車で行くんですか?」
「そうだ。瞬間移動だと人目につくからな。できるだけ使わないようにする」
「わかりました」
あの明るいミーナはどこにいったんだ、と言いたいほどミーナの声は沈んでいた。
そう言って、俺は空いてるベッドに身体を埋めた。
いろいろと考えないといけないことはあるが、丸一日寝ていない。
『スメラギさん、寝たようですね』
あれ……なんかかわいらしい声が聞こえる。
『ええ、昨日の夜さ、ルークさんのところにいったら教えてくれたんだよ。タクトは私たちのためにユニコーンの角を採りに行ったんだ。一晩中戦っていたんだと思うよ』
『……お姉ちゃん、もしかしてスメラギさんのことを?』
『ああ、たぶんミーナと同じだよ……だからこそ、私はタクトに助けられたくなかった。助けられるだけの関係になりたくなかったの』
『うん、私もたぶん同じだよ。でもさ、それでも私はスメラギさんに感謝してます。知らない人に買われるのはやっぱり怖かった』
『だよね。私も意地を張ってたよ。起きたらタクトにはもう少し優しくしてやるか』
『もう、お姉ちゃんったら、スメラギさんは私たちのご主人様になるんだから』
『タクトはそんなの望んでないって』
『うん、そうだね。じゃあ、神父様に台所を借りてごはんの用意しよっか』
『そうだね』
あはは、なんだよ、これ。
なんてご都合主義な夢なんだ。
でも、夢でもありがたいや、胸のつっかえが取れたような気がする。
起きると、ミーナとサーシャとは少しぎくしゃくしたが、それでも寝る前よりはいい関係で会話をできた。少しは正夢だったのだろう。
夕食はあの硬いパンと、武器屋のおばちゃんが差し入れしてくれたウサギの肉を使った香草焼きだった。絶対俺があげたウサギの肉だろ、と思ったが、三人でおいしく完食した。
その後、俺はミーナ、サーシャと同じ部屋で寝ているという事実に気付き、緊張でまったく眠れなかった。
「スゥー」
「ムニャ……」
女の子の寝息って、なんでこんなにかわいいんだろ。
そう思って少しふりむくと、サーシャが寝返りをうった。光源が窓から差し込む月明かりのみだというのに、布団を巻き込むように寝ているサーシャの太ももがはっきりと見えて、さらに視線をずらすと――
(なんでズボンはいていないんだよぉぉ、ちくしょう、ありがとうございます)
白い布きれが見えたことに興奮しながら反対側を向く。
そちら側にはミーナがいて、
「スメラギさん……ダメです……そんな……私、そこは敏感なんです」
な、何の夢をみておられるんですか?
俺の名前を入れてそんなことを言わないでください。
「……お願い、耳に息をふきかけないで」
そんなことしていませんよ、俺、そんなことしたことありませんよ。
何してるんだよ、夢の中の俺は!
「あんっ!」
ミーナの喘ぎ声に、俺は耳をふさいで布団にもぐりこんだ。
彼女たちを奴隷にすると決めたことで、一番苦しむのは間違いなく俺だ。
そう思った。
昼間寝すぎたせいで、夜はまだまだ長い。
せっかくのR15なので、このあたりも書いておきたかったです。




