15 伝導
俺はこそっと魔王城を抜け出し、町へと出かけた。
骸骨将軍はすでにこの辺りで知らない人はいないらしく、骸骨兵である俺を見ても「魔物が町に入ってきたぞ」「骨が、骨が動いてる」みたいなパニックが起こることもなかった。
「よう、ガイちゃん! ニンジン買っていくかい?」
などと八百屋の魔族のおっちゃんが気さくに声をかけてくれる始末だ。
俺は身振り手振りで「また今度ね、ありがとう」的なことを伝えると、おっちゃんはわかってくれたようで「おう、また今度な」と言ってくれた。
町に馴染みすぎだろ。骨なのに。
魔族の子供が、「しょーぐん、なんで今日は変な服を着てるの?」と言われたときは子供のことを殴りたいと思ったし、魔族のおばちゃんが「ねぇねぇ、ショーちゃん。知ってる? お隣のおばさんがさぁ」と井戸端会議に連れ込もうとしたときは流石に参った。
井戸端会議って、俺、喋れないのにな。本当に馴染み過ぎだ。
日本の学校の中でもこんなに声をかけられたことないぞ。
……そういえば、あいつ、リューラ魔法学園の中でもいつも声を掛けられてたしな。
もしかして、俺より人気があるのか?
表情が顔にでないから、親身になって話を聞いてくれるように思えるのかな。身はないけど。
などと思いながら、町を歩いていく。
最初に町に来たときも思ったけど、本当に普通の町だよな。
平和で、景色も良くて、それでいて適度に自然が残っていて。
全部終わったら、ミルの町に戻ってミーナやサーシャに宿屋経営でもしてもらいながら、俺は時折冒険者として金を稼ぐ。
そんな生活を最近は夢見ていたけど、この町で暮らすのも悪くないな、と思えてくる。
全部終わったら……か。
全く、キーシステムも厄介な仕事を俺達に押しつけたものだよ。神を倒せなんてさ。
そう言って、俺は店の扉をくぐった。
そこに待ち受けていたのは、俺と同じ骨男、
「やぁ、待っていたぞ、坊主」
ミラーだった。ルーシアの店だが、店主の彼女は今はいないようだ。
ミラーが一人でワインを飲んでいた。
こいつが俺に協力的だったのも邪神からの命令だと言っていた。
最初からキーシステムの中で、俺の身体を神の依代にするのは決定事項だったんだよな。
それに対して今更怒るつもりはない。事情も聴いてしまったからな。
「謁見してきたんだろ? 邪神様に」
俺は無言で頷く。ミラーはそれに対して笑顔で、
「なら、私の理想も少しは理解しただろ。邪神に仕える意味を……とはいえ、多くの邪神信者はただ己の欲望のために生きているような連中だ。邪神様もそんな奴らだからこそ、使い捨てになるかもしれない危険な仕事を任せている」
その言葉に、俺の心は少し傷んだ。
俺の目の前で死んだエルフ、スレイマン。あいつはキーシステムの命令で俺を殺そうとし、それが叶わぬと悟り、自害した。
決して良い人ではなかった。むしろ、キーシステムの命令とはいえ、エルフとドワーフが戦争するように仕向けた一人だ。
それでも、やはり死んでいい命だとは思ったことはない。
キーシステムにとってもそれは同じではないだろうか?
そんなことを思ってしまう。彼だけではない、腐竜へと姿を変えたハンズ。あいつも――
「ハンズのことなら気に病むな。あいつは死んでもいいから己の願いを叶えたかった男だ。それに、お前が奴を討たなければ、学園は滅んでいた」
ミラーが遠くを見つめて言う。かつての友を哀れんでいるともとれるが、そもそもの首謀者はお前だろうが。
それとも、もしかしてこいつは、最初からキーシステムが世界を守っている存在だと知っていて従ってたのか?
「ちなみに、私も欲望のままに生きている一人だ。私を殺せなかったことを永遠に後悔するがいい」
だと思ったよ! くそっ、今からでも殺してやろうか。
俺が口をカクカクさせると、ミラーは合点がいったように手をぽんと叩き、
「そうか、無口だと思ったら、しゃべり方を知らないのか」
当たり前だ! そもそも、こんな息もしていない身体で喋れるわけないだろ!
て、あれ? そういえば、ミラーもハンズも骨の時に普通に話していた気がする。
あれ、どうやって喋ってたんだ?
「そもそも、音声というのは空気を吐いているのではなく、空気を振動させて相手の鼓膜に伝えて音声として認識させているものだ。それは理解しているか?」
俺は首を縦にふる。そのくらい、最近では小学生でも知ってるだろ。
「だから、震わせればいい」
震わせるってどうやればいいんだ? あれか? 骨伝導ってやつか?
俺は自分の身体を叩いてみる。
「まさか骨伝導などとバカなことを思っていないか? 骨伝導は聞く側の骨の振動の話であって、伝える側の骨の振動ではないぞ? というより、気付かないのか? お前は今普通に私と話せているのは、無意識にそれを行っているからだぞ?」
俺が首を傾げる。
「お前はどうやって世界を見ている? どうやって世界を聞いている?」
世界を見ている? 世界を聞いている?
抽象的な話じゃなくて?
そりゃ……って、あれ? どうやってだ? 目も耳もないのに。
「目や耳の有り無しじゃない。そもそも脳がなければ、映像や音声に変換できないだろ。人が見ているもの、聞いているものは、所詮は目や耳から伝えられた信号を脳で変換しているものなのだからな」
……流石はホムンクルスの第一人者だ。日本なら兎も角、魔法が主軸のこの世界でここまで人間の身体を熟知しているのか。
じゃあ、俺はどうやって見たり聞いたりできているんだ?
「ゴーストやスピリットといった実体のない魔物と同じだ。お前が放った微かな魔力が反射して返ってくる、空気の振動によって与えられた影響を与えられた魔力を感じ取る。それを景色や音声として認識している。普通の人間には不可能なことを、魔物はやっているんだ」
蝙蝠が超音波で地形を把握するようなものか。
なるほど、俺は無意識にそんな高度なことをしていたのか。今、こうして考えているのも、脳の電気信号ではなく、身体全体の魔力の信号なのかもしれないな。
「なら、あとは簡単だ。空気が魔力に与えるように、魔力が空気に影響を与えればいい」
いや、簡単な、って言われてもさ。やってみるけど……やってみようと念じてみるけど……
【魔力変換スキルを覚えた。魔力変換レベルが上がった。魔力変換レベルが上がった】
お? なんかスキルを覚えた。
一応、1ヶ所スキルスペースを上げておいたが、この様子だとすぐにレベルが上がりそうな気がする。
これで、しゃべれるようになるんじゃないか?
「これで、しゃべれるようになるんじゃないか?」
【魔力変換レベルが上がった。魔力変換レベルが上がった】
うぉ、思ったことが勝手に声になった。
「うぉ、思ったことが勝手に声になった」
【魔力変換レベルが上がった】
やばい、全部声になっちまう。魔力変換中止。
「やばい、全部声に――」
ふぅ、落ち着いた。もう一度魔力変換をして、
「でも、変な感じだな。自分の声なのに自分じゃないみたいだ……やっぱり違うんだな」
「私にはいつもの坊主の声に聞こえるが、その理由はわかっている」
「なんだ?」
「自分の声とは空気振動と骨伝導の声の二つを同時に聞いているからな。だが、今の声は空気振動だけを変換している」
「……骸骨なのに骨伝導がないというわけか」
皮肉すぎるな、それは。
でも、まぁ、喋れるようになったのは助かった。
魔力変換、他にも何かに使えないだろうか?
「ていうか、この魔力変換のスキル、なんで今まで覚えられなかったんだ?」
意識的に魔力を音声に変えようとしなければ覚えられないスキルだったのだろうか?
「魔力変換……私はそのようなスキルを持っていないが……もしかしたら、魔物専用のスキルなのかもしれないな」
「魔物専用スキル?」
「まだ研究段階だが、魔物もスキルを持っているという話を聞いたことがある……システム魔法でスキルを調べても反応しないから、てっきり眉唾物だと思っていたが……」
「とりあえず喋れるようになったわけだし、そろそろ話すか。お前にお願いがある」
「お願い? それはなんだ?」
「日本に、俺の世界に戻る方法を見つけた。その実験台になってくれ」




