13 厨房
地上に戻ると、俺は骸骨兵に転生していた。
時が来れば、《キーシステム》に合図を送って、人間の姿へと変えてもらうことになる。ただし、普通の人間ではなく、あくまでもミラーがそうであるように、ホムンクルスのような人間なのだが。
それにしても、この身体、とてもスースーすると思ったら、ジャージを着ていないじゃないか。
まぁ、寒さは全く感じないんだけどさ。
「おぉ、将軍。玉ねぎ持ってきてくれたか?」
そう声をかけたのはコック帽をかぶった男だった。
魔族じゃないよな?
ここ、魔王城なのになんで人間がいるんだ?
思い出した。確か、アイリンさんの旦那が魔王城の厨房で働いているって言ってたな。
そうか、彼がマリアの義兄さんになる人か。
俺が一人で納得していると、男は呆れたような口調で、
「おいおい、玉ねぎを持ってきてくれって言っただろ。地下倉庫にあるから早く頼むぞ」
男はそういって、奥の部屋へと入って行った。
骸骨将軍、どうやらここでは下働きとして生活しているのは知ってたが、厨房係なのか。
衛生上、骨が料理に関わるのはどうなのかと思ったが、下手に人間がするよりは髪の毛なども入らないから衛生的かもしれないなと納得。
とりあえず、急いで骸骨将軍と接触しないと。
骸骨将軍が二人いることがバレたら、いろいろとややこしいことになる。
幸い、地下の倉庫に行くまでには先ほどの男の他は誰ともすれ違わず、俺は地下倉庫へとたどり着いた。
骸骨将軍が地下倉庫で玉ねぎを選びながら、カゴに入れている。
少し楽しそうで、口が利けたら鼻歌混じりで玉ねぎを選んでいる……ように見える。
意外と、戦いばかりの生活よりもこっちのほうがこいつには向いているのかもしれない。
そう思いながら、俺はそっと骸骨将軍に近付き、カード化させた。
カゴが落ち、中に入っていた玉ねぎが床に広がった。
そして、具現化。
「久しぶりだな、骸骨将軍。悪いが、これ、返してもらうぞ」
俺はそう言い、骸骨将軍の胸の勲章を取った。
胸の勲章さえなければ、骸骨将軍の姿は普通の骸骨兵とは違いがない。
骸骨将軍は無表情のまま……表情というものはこいつには存在しないのだが……俺に胸の勲章を奪われるのを黙って……喋る器官はこいつにはないのだが……見送った。
そして、再び骸骨将軍をカード化して、収納。
これで、俺が骸骨将軍に成り代わることができた。
そういえば、俺、息も吐けないのにどうやって喋ってるんだ?
骨振動とか利用しているのかなぁ。
考えてもわからないので、とりあえず、床に落ちた玉ねぎを拾い厨房へと持っていく。
すると、先ほどの男が厨房で待っていた。
「ありがとうな。玉ねぎのみじん切りをしてくれ」
男が訊ねるので、俺は黙って頷き、玉ねぎのみじん切りを始めた。
【料理技術スキルを覚えた。料理技術レベルがあがった】
料理スキル……俺、いままで覚えてなかったのか。
そういえば、こっちの世界に来てから料理は全部ミーナや他の誰かに任せていたからな。
骸骨将軍、ここでこんなことばっかりやっていたのか。
そう思うと、涙が出そうになる。玉ねぎが染みたのか。
でも、さっきは楽しそうだったしな。もしかしたら、料理人になりたいかも。
もし、全部終わったら骸骨将軍には料理人として生きてもらってもいいな。
「お、今日は器用に切ってくれるな。じゃあ、後でお前の大好きな魚の骨を食わせてやるから待ってろよ」
違った。あいつ、魚の骨目当てで頑張ってたんだな。
骨の魔物だから魚の骨が好きなのか……カルシウム目当てなんだな。
胃袋もないのに。
「それにしても、ミーナちゃんはまだ寝ているし、テイトの弟も記憶喪失か。どうなっちまうのかね」
テイトの弟……つまりは俺のことだ。
そうか、やはり俺は記憶喪失という扱いになってるんだな。
今すぐ偽物の俺を殺してやりたいと思うが、身体は俺のものだし、《キーシステム》が言うには偽物の俺は本当に自分が記憶喪失だと思い込んでいるそうだ。
偽物だという自覚がないやつを責めるのもどうかと思う。
いや、それでも神を殺すためには、あいつを……俺の身体ごと殺さないといけないんだが。
「おい、将軍。手が止まってるぞ」
言われて、俺は玉ねぎのみじん切りを再開した。
【料理技術レベルが上がった。料理技術レベルがあがった】
必要のないレベルが上がっていくのを感じながら、俺は料理をしていくと……
【伝説魔法レベルが上がった】
は?
思わずそう呟きそうになる。今まで、レベル1のまま止まっていた伝説魔法のレベルが上がった。
もしかして、料理技術レベルが伝説魔法のレベルを2に上げる条件だったのか?
そう思い、俺は伝説魔法2の内容を裏メニューから確認する。
これは――なんとも……だが、使えるな。
恐らく、偽物の俺は覚えることのないこの魔法。
ほくそ笑みながら、玉ねぎをみじん切りしていると、魔族の男が入ってきた。
そして、マリアの義兄と話している。会話の中で、マリアの義兄の名前がゴウだとわかった。
ゴウは話を終えると俺のところに来て、
「将軍。できた料理をミーナちゃんのところに持って行ってあげてくれないか?」
ミーナ、目を覚ましたのか。
よかった。本当によかった。
俺は安堵の溜息……といっても息はでないけど……とともに、料理の乗ったトレイを受け取り、ミーナのいる塔の最上階へと向かった。




