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9 待望

今回は視点が主人公視点ではありません。

ある登場人物の視点で物語が進みます。

 朝日が昇る。

 運命の朝といっても、過言ではない。

 それは、奴隷になる運命を受け入れた姉妹にとってのものでもあり、

 それは、姉妹の運命を己の運命と同様に受け止めて抗う奇妙な服装の勇者にとってのものでもあり、

 そして、それはその勇者に自分の運命を託してしまった私――ルーク・サイリストにとってのものでもある。

 思えば、帝国にカード買取所を構えていたという父のコネだけで、カード買取所のなかったこの町に店を開くことになったのはもう十年も昔になる。

 まだ十七歳だった私は、店が決まるまでの間、宿屋の世話になった。

 つまり、ミーナちゃんとサーシャちゃんの両親である。

 二人には本当に世話になったので、二人が盗賊に殺されたと聞いたときは泣いた。泣きすぎて目を真っ赤にして店番をしていた。

 でも、ミーナちゃんもサーシャちゃんも私以上に強かった。

 二人は両親の残してくれた宿を守るために奮闘し、ミーナちゃんが成長してからは、サーシャちゃんは盗賊に苦しむ人を守るためにと自警団になった。

 その間も私は店番しかできなかった。

 町が盗賊に襲われたとき、私は恐ろしくて何も抵抗できず、店の全てを奪われた。そこにあるお金は、カード買取ギルドから借りているお金もあるので、それを失えば奴隷に身を落とすことになるのをわかっていたのに。

 そして、全てを盗賊に奪われ、全てを失った私を待っていたのは、サーシャちゃんが盗賊に拉致されたという悲報だった。

 絶望の底からさらに突き落とされた。

 そんな時だ。

 あの、変な服の勇者が来たのは。

 その日の前日には高級毛皮やウサギの角、フワットラビットといったレアアイテムをどっさりと持ってきて私を驚かせたが、彼が今回持ってきたのはそれらの比ではなかった。

 彼が持ってきたのは、奪われた私のお金とカードだった。間違いない、盗賊が使っていた袋もある。

 そして、彼が告げたのは、サーシャを助けたという功績であった。

 間違いない、彼は勇者だ。

 私は彼と接することのできた自分の幸運に歓喜した。

 しかも、盗賊から奪った財宝は宿の再建費用に回すという。

 彼は人間性まで完璧な人間だ。

 たとえ教皇様でも、たとえ皇帝陛下であられようとも彼にはかなわない。

 そう思ったのだが、私は知っていた。

 このままだと、ミーナとサーシャを待っているのは奴隷の道だと。なぜなら、それは私が先ほどまで足をとられていた沼のような運命と同じ道なのだからすぐにわかった。

 そして、私は矮小な人間だった。自分に生き残る道を与えられたら、今度はそれを失うのが怖くなる。

 ひどい話だ、私はミーナとサーシャを救う道を閉ざした。そして、それは今もなお開けようとしていない。

 それでも彼はあきらめなかった。ユニコーンの角を、私や父でも一度も見たことのない幻の角を取るために森へ行くという。

 そして、彼は聞いたこともない魔法で森へと渡った。

 代わりに入ってきたのは騎士様だった。

 なんと、ユニコーンの角を買い取りたいという。しかも、ものすごい高値でだ。

 だが、当然そんなものはない。見たこともないのだから。

 帰ってもらえ、謝って帰ってもらえ、ないものはない。

 そう思ったのだが、私の口から出たのは自分でも思ってもみない言葉だった。

 明朝までお待ちください。

 そう、私は彼に賭けてみたくなった。あの勇者に。

 騎士様は真剣な面持ちだ。もしもギャンブルと呼ぶにもおろか過ぎることで騎士様を一晩引き止めたことを知られたらと思うと、恐怖で夜も眠れない。

 ちょうどいい機会だ。半生を振り返るには、遺書を残すにはちょうどいい機会だ。どうせ夜は眠れそうにない。

 私は騎士様に自分の部屋で寝るように勧め、夜に遺書を書き残した。私が死んだら、財産を全てミーナとサーシャに渡すと。

 ギルドに返す400万ドルグはどうしようもないが、200万ドルグと店のカード、この店舗を売れば、あとは借金をすればなんとか600万ドルグの弁済はできるようになる。

 そうしたら、あとはあの勇者様がなんとかしてくれるだろう。

 そうか、私は勇者様を信じることができていなかったのか。

 でも、なんでだろう。私はまるで後悔していない。

 勇者様のように命がけで戦ったのだ、後悔なんてするわけがない。


「朝だな、店主――、例のものは手に入ったか?」


 フルアーマーをまとった騎士が起きてきた。

 タイムリミットまで残り少しだ。


「今、旅の方が一角ねずみを狩りにいっています。もうすぐ戻ると思いますのでお待ちください」


「狩りに……だと? 貴様、それがどういう意味かわかってるのか!」

「はい、もしも旅の方がユニコーンの角を持ち帰らなかったら、どうぞ私の首を落としてください。それで騎士様の面目も立つでしょう」

「ええい、この非常時に。だがその心はしかと受け止めた。あと半刻だけ待ってやろう」


 私の寿命も延びたようだ。半刻だ。

 短いような、長いような時間。

 タイムリミットの半分が過ぎたとき、私は騎士様に言った。


「もしも旅の方がユニコーンの角を手に入れられることができなくても、全ての責は私にあります」

「わかった」


 それからさらに半分、制限時間の3/4が過ぎたとき、扉が開いた。


「戻った」


 勇者様がお戻りになった。

 騎士様もそちらを見る。

 これで最後になるだろう。私はいままでのお客様すべてに向けていたのと同じ、笑顔で勇者様を迎えた。


「どうでしたか? ユニコーンの角はとれましたか?」


 私は静かに尋ねた。

 勇者様は首を二回左右に振る。

 あたりまえだ。一日や二日どころか、一ヶ月森にいたところで獲得できるようなカードではない。


「どうやら駄目だったようだな」


 騎士様は剣を抜いた。


「勇者様、この手紙をミーナにお渡しください。私からだと言って」

 遺書だとはいわない。

 言わなくても察してくれるだろう。なぜなら、私はこれから首をはねられる。

 これは私が選んだ道だ。後悔なんてするものか。


「兄ちゃん……俺からも頼みがあるんだ」

「はい、なんなりとおっしゃってください」

「お金貸してくれないか、かならず返すから!」


 私は黙って首を振った。

 私に渡せるお金は全て差し上げる。そう遺言に書いています。


「ユニコーンの角のカード、今夜は7枚しか取れなかったんだけどさ、あと22枚、必ず今週中にそろえるからさ!」



……イマ……ナントオッシャイマシタ?


以上、ルーク・サイリストがお送りいたしました。

次回より、スメラギ・タクト視点に戻ります。

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