07
アディンゼル公爵の妻であり、アリィ様のお母様であられるアディンゼル公爵夫人――ヴィルナーラ・アディンゼル様――
私は彼女とは一度も面識がない。それを言うのも、アリィ様をお生まれなってから体調が優れず今はこの屋敷から離れた空気の澄んだ緑の多い別邸の方で療養されているからだ。
しかし、この家の養子となることが決定してすぐに彼女から手紙が届き、手紙には『娘が増えて嬉しい。アリィと仲良くしてね。貴方に早く会いたい。』などのことが書かれていた。その手紙から彼女は優しさや誠実さが伝わり、はやく会ってみたいと思っていた。
そんな彼女に何かあったのだろうか?心配になりつつ養父様の問いに頷く。
そんな私をみて彼は嬉しそうに微笑んだ。
「妻のことなんだか、最近はずっと調子が良いらしくてね。またこの屋敷に戻ってくることになったんだよ。」
「ほ、本当ですか!?」
「本当だよ。」
私は思わぬ知らせに飛び上がりそうなほど喜んだ。
「そのことはアリィ様には?」
「もちろん伝えたよ。あの子は生まれてから妻と一緒にいられた時間は少ないからね凄く喜んでいた。」
アリィ様は自分のせいでお母様が苦しんでいると泣きそうな顔で私に話していた時があった。そして、お母様に会えぬことがつらく時たま一人で膝を抱えている。
そんなアリィ様にとって嬉しくて仕方ないことだったろう。
私も養母様と会えるのは楽しみだ。何を話そうか…まずは自己紹介とお礼…その後は…私がきてからのアリィ様の様子を養母様にお話ししたら喜ばれるだろうか。よし、アリィ様の可愛らしい所を沢山お話ししよう。うん。
私がそんな決意をしていると、養父様は書斎机の上にあった資料を一つとる。
「それと、もう一つティアに伝えておかなければならないことがあるんだ。」
「まだあるのですか?」
「生活に慣れてきたのだろう?そろそろ魔術や精霊術について学んでもいい頃合いだと思ってね。来週から先生を呼ぶことになったんだ。」
「……!ほ、本当ですか!?」
本日2度目の嬉しい知らせだ。今度は本当に飛び跳ねてしまった。
「ああ、来週から週に3回ほど今の武術の時間を使って習うことになるだろう。」
養父様はそんな私の様子を微笑ましそうにみていた。
やっと魔術と精霊術について学べる!武術では護身術程度のことしか習えないのでやきもきしていたのだ。護身術と言ってもゴロツキ程度ならばアリィ様を守ることは可能なのだが、何者からも守るにやはり特化した武器が欲しい。はやく習いたいと思っていた。
「楽しみです。ずっとはやく習いたいと思っていたので…」
「それならよかったよ。これに君の先生となる方のことが書いてある。読んでおくといい。これで用事は全部だよ。明日もはやくから頑張るのだろう?今日はもう寝なさい。」
「ありがとうございます。お休みなさい養父様。」
私は礼をし部屋から出て行く。寝るように言われたが資料を少し読もうと早歩きで自分の部屋に帰っていると、自室近くの廊下に飾ってある置物の後ろに隠れるようにアリィ様が座っていた。アリィ様はいつもならこの時間には寝室にいるはずなのだが、周りに侍女の姿はなく一人で抜け出してきたのだろう。私は慌ててアリィ様にかけよった。アリィ様は私に気づき座ったまま顔をあげた。
「アリィ様!?こんなところにお一人でどうなさったのですか?しかもこんな薄着で!」
「……。ティアをまってちゃのよ。」
近づいてみればアリィ様は寝服で夜は冷えるというのに上着ですら着ていなかった。寒かったのかかすかに震えておられる。私はすぐに資料を横に置き自分の上着を脱ぎアリィ様にかけてあげた。
「私をですか?それなら、部屋の中で待っていて下されば…さあ、私の部屋に行きましょう?…それと地べたに座るのはお行儀が悪いですよ。」
「…ありがちょう…でも外でまってちゃかったのよ。すぐにおわりゅからここでいいわ!」
上着のお礼をして彼女は拗ねたようにそっぽを向きそこから動こうとはしない。こうなったら彼女は動かない。基本はチョロインなのに変なところで結構頑固なのだ…仕方なく私は話を聞く体勢をし彼女をみる。……抜け出して地べたに座っていたことの注意はスルーされたので明日にでもアリィ様の先生に伝えておこう。
「それで、私に何の御用でしょうか?」
私が聞く体勢になったことを確認して「それでいいのよ!」と言わんばかりの満足顔をしてからアリィ様は目を輝かせ笑顔で話をしだす。
「あ!あにょね!お、お母しゃまのこと!お父しゃまから!きいちゃ!?」
「はい。お戻りになられることを聞きました。良かったですねアリィ様。」
「うん!」
どうやらはやく養母様が戻ってくる嬉しさを私と共有したかったようだ。可愛らしい。
「そ、それでね、あにょね…」
満面の笑みから一変し顔を俯かせもじもじしている。まだ何か伝えたいことがあるようだ。できればはやく話してほしいが…私は根気強くアリィ様が何か言うまで待つ。
「あ、あにょ…」
「はい。」
「あにょ…お母しゃまに何か…プレ、プレゼンチョ、したくちぇ…」
「まぁ!お母様にですか?きっと喜ばれると思いますよ。」
「それで、ティアといっちょに…ティアにもせっかくだかりゃ!えらばせちぇあげようちょおもったのよ!」
恥ずかしさのあまり上から目線な台詞をいうアリィ様だが、台詞は上から目線なのに頬を紅くし俯きがちにいうのでかわいさが天井知らずだ。
私はにやけそうになる顔を必死に耐え、微笑みをうかべてアリィ様の手を取る。
「ありがとうございます。ぜひ一緒に養母様へのプレゼント選びをさせてください。ふふっ何がいいでしょうか?」
私がそう言うとアリィ様はそれはそれは嬉しそうに頷いた。
「ちょうね!な、なにがいいのかちら?えへへっ!」
―――やだ可愛い。天使。
天使の笑みに内心ノックアウトされつつ笑みを深める。耐えるのよ私。
「そうですね、また明日からゆっくり考えましょう?養母様が戻られるのにはまだ時間がありますし、アリィ様はまずお母様に褒めてもらえようにお勉強を頑張られませんと!きっと、頑張ったら褒めてくださいますよ?」
「う…ちょうね。。。が、がんばってほめちぇもらうわ!ティア、あちたかりゃ一緒にかんがえるにょよ!」
ちょっと嫌そうな顔をされたが『褒めてもらえる』という私の言葉に嬉しそうにして頷く。
「はい。アリィ様。さぁ明日も頑張るために今日はもうお休みになりましょうか。アリィ様の部屋まで送りいたします。」
私は資料を片手で持ち、もう一方の手をアリィ様に伸ばす。アリィ様は私の手をとって立ち上がった。
「ちょうね!ありがちょうティア。」
アリィ様はニコニコしながら私と手をつないだまま部屋まで歩く。私もその姿が嬉しくて笑顔になった。