拍手喝采
「困りましたわねトモヨさん」
「ど、どうしましょうルルーリアさん……」
やられました。腹立つあの女!
魔王の自称側近らしい、やたらと露出過多の年増な女にしてやられました、ああ腹立つ!
今日はわたくしとトモヨさんにウィスプ、そして護衛の騎士でちょっぴり遠出をしていたのです。
遊びじゃありませんよ、れっきとしたお仕事です。
書簡を届けるだけの簡単なお仕事です。笑顔の絶えない職場です。女性が多く活躍しています。
実は国王に呼び出されて、何を根掘り葉掘り尋ねられるのかとビクビクしていたのですが、魔王に遭遇したという事で怪我をしていないかと心配され、ヴィンセントの身元については現在調べている最中だという報告を受け、ついでにと言った風でいて実はこれが本題だったのでしょうね。
お仕事を一つ頼まれてしまいました。
そんなわけで、最初の内は皆で和やかに会話をしつつピクニック気分で、ちょっぴり険しい山道を登っていたわけですが。
その途中で突如としてあの女が現れたのです。名前なんて知りません、ええこれっぽっちも覚えてやる義理なんてありません!
なんだかそう、言われてみればわたくしが闇堕ちした前世でもやたらと噛みついて来たんですよねあの人。何なの、わたくしに恨みでもあるのかしら。でも元々知り合いですらないのだから勘違いとか逆恨みだと思うのよね。
まぁ、その女が召喚したグロテスクな魔獣の相手をしたまでは良かったのですが、魔獣がぶっ倒れたと同時に緩んでいた地盤が一気に崩れてしまってわたくしとトモヨさんが地下に落とされてしまったのです。
しかもその地下っていうのが低俗魔物の住処だったらしく……。
ウィスプが騎士の方と共に地上にいます。あの子はトモヨさんと繋がっているからある程度なら場所が把握できるはずなのです。だから、早く見つけてくれるわ。きっと。あの子に説明というものが可能ならば、のお話ですけれど。
「トモヨさん。これをお持ちになって」
「え、はい。何でしょうこれ?」
「聖水です。これを身体にかければ魔物は暫くは寄って来ません。ですがそう長い時間を稼げるわけではないので、ここぞという時に使って下さい」
「る、ルルーリアさんの分は? あるんですよね?」
ないんですねーそれが。聖水って稀少なものですから。
馬鹿正直に言ってしまうとトモヨさんが受け取らないのは承知しているのでニコリと笑って曖昧にぼかした。
聖水はありませんが、隠し玉なら幾つかあります。錬成で攻撃や補助アイテムを幾つか作っておいたのです。攻撃アイテムは魔術と同じような威力のあるものばかりだから、これらを使えば魔物の数を減らす役には立つはず。
まずはコレ。
液体の入った瓶を魔物の群れのいる上へと投げる。天井に当たって瓶が割れ、中身が飛び散った。
キラキラと輝く液体が魔物に一滴、また一滴と当たると……そこからみるみる石化していくではありませんか。
「あらまぁ大成功!」
「すごーい」
トモヨさんと二人して拍手喝采。
でかしたわたくし! もっと褒めて下さいな!
こうやって少しずつ数を減らしつつ、距離を取りつつしていたのですが。
結局は素人の浅知恵。奥へと追いやられて行き止まり。万事休すとはこの事ですね。
ていうかイーノックは何やってますの!? こんな時に限って別の方に護衛を任せるだなんて信じられません。ピンチの時に颯爽と現れて巫女を助けないで何が騎士よ! そんなんじゃトモヨさんとの結婚は認められないんだから!
「仕方ありませんわね、トモヨさん。先ほど渡した聖水をご自身にお掛けになって、わたくしの合図と同時に走り出してください」
「ルルーリアさんは?」
「勿論わたくしもです」
トモヨさんに渡した瓶と同じものをわたくしも持って見せる。中身は全然違うのだけれど、そんな事はわたくしさえ知っていればいい話です。
「トモヨさん。ウィスプを強く呼びながら走って下さいまし。そうすればきっと貴女の声がウィスプに届きます。ほら聖水を掛けて……走って!」
魔物の動きを遅くするアイテムを投げつけて、その隙をついて逃げる。
聖水の掛かったトモヨさんのすぐ後ろを追走しているわたくしも、動きがスローモーションになっている魔物の合間ならすり抜けられます。
ある程度まで走っていくと、アイテムの効果が届いていなかったところまで来ました。
「きゃあっ!!」
そうなるとわたくしはもうおしまいです。魔物に足を引っかかれて転んでしまいました。
「ルルーリアさん!!」
「何をしているの、早く走って!!」
起き上がる事より先にトモヨさんを促す方を取ったわたくしには、第二撃をかわす余裕はありませんでした。
地べたに這いつくばっているわたくしに飛びかかってきた魔物が視界に飛び込んできてきつく目を瞑りました。
ザシュッ
空気の薙ぐ音と、何かを貫いた音。二つがほぼ同時にしたような気がしました。
恐る恐る目を開けると……何という事でしょう。わたくしの目の前にはさっき飛びかかってこようとしていた魔物が血まみれで横たわっているではありませんか。
「き、きもちわるいー!!」
思わず叫びますよね。だって内臓飛び出てますもの。空腹で良かった。じゃなかったらわたくし即座に吐いてましたわ。
トモヨさんも両手で口を押えて視線をウロウロと彷徨わせていますし。
「相変わらずだな」
溜め息交じりに宣うその声には嫌という程聞き覚えがありました。
「さっさと立ち上がれ、土がついてるぞ」
「そ、そこは貴方、紳士的に手を差し伸べてくれるところじゃなくて?」
と言いつつ自力で立ち上がって、腰に手を当てる。
男の前に立つと、相手の方が随分と背が高いからかなり見上げないといけないので首が痛いです。
まったく、無駄に成長してくれちゃって。誰得ですか。
それにしたって口の悪いこの男ですが。名はオズワルド・ユアン・ホフステン。中途半端に長い銀髪に鋭い黒の瞳で、黒ずくめの軍服なんて着ちゃったりなんかして。
怖いの。とっても怖いのよ見た目が。そして中身も。
昔っから偉そうな人でしたけれど、いつからこんな威圧感たっぷりになってしまったのかしら。
「ルルーリアさんっ」
「トモヨさん」
半泣きのトモヨさんに抱き着かれました。つ、冷たい。聖水かかったトモヨさん冷たい!
彼女が落ち着くのを待ってオズワルドがついて来るよう促してきました。
ここは彼の庭みたいなものですし、心配しなくてもちゃんと目的地に連れて行ってくれるでしょう。
その道すがらトモヨさんにオズワルドについて説明させていただきました。
オズワルドは竜王の位を冠する竜使い(ドラグーン)です。厳しい鍛錬を耐え抜き、更に己の力で竜を屈服させ契約出来た者のみがなれるドラグーン。その中の頂点たる竜王は、帝竜という最高位の竜と契約を果たした者に与えられた称号です。
そもそもオズワルドは、名門ホフステン家に生まれた武人のサラブレッドですから基礎能力が抜きんでていますし、ドラグーンになるとか言い出した時から、ああコイツなら竜王になるだろうなと予感めいたものはありました。
まさか本当になるとはと、竜王になった知らせを受けた時は舌打ちしたものです。
何故わたくしがオズワルドについて詳しいのかと申しますと、早い話が幼馴染なのです。ホフステン家当主の次男である彼は、わたくしの護衛騎士になるようにと幼い頃から教育を受けていまして、暫くはわたくしの屋敷で暮らしていた時期もありました。
でもある日竜という存在に魅入られて、ドラグーンに、俺はなる! って飛び出して行っちゃったんです。お父様が男はロマンを追い求めるモノだとか言って許したので、ホフステン家はお咎めもなく、わたくしには別の護衛がついたというわけです。
まぁ、こんな不遜な男につきに付いて暴言吐かれる事になってたかと思うとゾッとしますので、竜王になってくれて良かったと言えましょう。
うんうんと現状に満足するように頷いていると、トモヨさんはじっとオズワルドを見詰め
「オズワルドさんってカッコいいですね」
なんて言いました。い、今わたくしの頭に雷落ちたくらいの衝撃が走りましたよ。
大慌てで彼女の額に手の平を当てて熱を測る。
「あの、ルルーリアさん?」
「いえだってオズがカッコいいなんて血迷い事をおっしゃるから」
「血迷い事!?」
そりゃあオズワルトが世間一般的に綺麗な顔をしているという事実は認めますけれど、でも彼の人相って性格が滲み出て冷たい感じなんだもの。あまり第一印象で好感が持てるものではないと思うのですが。
あら? でもここでオズワルドが好印象という事は、トモヨハーレムの中でも結構いいポジションにオズワルドはいるようになるのかしら。確か年齢もトモヨさんと同じか少し上くらいのはずですし。
「まぁオズは口数は少ないですし、何を考えているのか分らない事が大半ですが、決して悪い男ではございませんので、わたくし応援します!」
「え、なにをですか?」
「何下らん事を喋っているんだ」
少し前を歩いていたオズワルドがいつの間にか立ち止まってこちらを向いていました。
大きな手でわたくしの頭を掴むと乱暴に左右に揺する。
「なにをなさるの乙女に向かって!」
「そのナリで偉そうに言うな、ルルーリア・ハン・ヘルツォーク」
わざわざ長ったらしいフルネームで呼ばれてムッとする。
しかし今のわたくしの格好は公爵家の人間としては大失格な、家人が見れば卒倒してしまいそうな草臥れ具合なのは本当。
地下に落とされた時に服は埃まみれになったし、魔獣から逃げ回っている最中に色んなところを引っかけて破れてしまっているしで、他人様に見せられたものではありません。
「もう地上に出る」
オズワルドの言った通り、もう少し先から日の光がもれていました。
ああやっと出られる!
因みにオズワルドが現れてから魔物が急に出て来なくなったのは、彼が身に付けている竜鱗のおかげです。竜という存在は獣にとって畏怖すべき存在なので、それを持っているだけでレベルの低い獣が逃げ出すのです。
「ねぇオズ。ルーク様はお元気かしら」
「相変わらずだ」
「何よりだわ」
ルークというのはオズワルドと契約している帝竜の名です。
とても大きく威厳のある方ですが、人懐こい一面もあったりするお茶目さんなのですよ。オズワルドとは性格は正反対。
外で待機していた竜の背に乗ってひとっ飛びで城砦に着きました。ここはドラグーン達の拠点地です。
「トモヨ、トモヨー!!」
竜から降りた途端にウィスプがトモヨさんに向かって突進してきました。
どうやらアルと一緒にここで待たされていたようです。巫女と精霊は一心同体、片時も離れていたくないのが当然ですから、さぞかしもどかしかったでしょう。
これは暫くトモヨさんにべったりへばりついて離れないですね。