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澄み渡った青の瞳


 魔王と出会ってから二日が経ちました。

 あれからわたくし達はどうしたかというと、予定通り迎えにやって来た御者と共に屋敷に帰ったまでは良かったのです。そこからが大変でしたのよ。


 見知らぬ傷だらけの少年と、土まみれになったわたくしを見たアルが、一体どんな反応をしたか予想できますでしょうか。

 まぁきっとご想像の通りですわ。


 こってりとお説教され、あった事を洗い浚い説明させられたわけです。まったく、どちらが年上なのか分かったものではありません。と愚痴った所、さらに怒られ呆れられたのは言うまでもありません。わたくし、もうアルの前では暫く口を開かないと心の中で誓いました。

 あの子何時の間にあんなに口うるさくなってしまったのかしら。兄の放任ぶりからは考えられません。真逆なのよね、わたくしの兄と弟って。


 そんなこんなで、暫くは一人で出掛ける事を固く禁じられて窮屈な想いをしているわけで御座います。


 あんなに怒りっぽいアルの所にもいつかお嫁さんは来て下さるのかしらね? お姉さんは心配だわ。やはり頼み込んででもトモヨさんにわたくしの妹になっていただくように頼み込むべきなのかもしれません。


 それはともかくとして、外出も出来ませんので、仕方がないのでまだ目覚めぬ少年の介抱をしているわけです。

 あ、いえ暇つぶしだとか、他にやる事があったら少年は放っておくだとか、そういう事では決してありませんのよ。ええ。


「ウィスプ、どうかしら?」


 ベッドに横たわる少年にウィスプを引き合せてみました。精霊のウィスプならば何か分かるかもしれないと思ったのです。彼がジェイドに瓜二つである理由が。


 わたくしの思い違いかもしれないと思ったのですが、ジェイドを知る者は皆この少年を見て似ていると驚いていました。

 だから、彼がジェイドと何か関係があるように思えて仕方がないのです。


 ウィスプはジッと少年の寝顔を真剣に見つめた後、くきっと小首を傾げました。

 ……何も分からなかったのね。その仕草が可愛いから特別に許しましょう。


「やはりウィスプでも分りませんか」

「分かんない。でも、懐かしい」

「懐かしい?」

「……うん、そんな気がする。でも思い出せない」


 難しい顔をして、ウィスプは少年を凝視しています。が、目を瞑って首を振り、「分らない」と諦めてしまいました。

 分らないものをウダウダと言っていても仕方がありません。彼が目覚めてから直接本人に訊いた方が早いかもしれません。気持ちを切り替えると致しましょう。


 しかしこの少年、全然目覚める気配がありません。それほど深手だったのでしょう。そして回復を遅らせているもう一つの理由は、わたくしの回復アイテムが使えないからという事です。

 何故かと言うと答えは簡単。飲ませないといけないのだけれど、寝ている相手の口を無理やり開けて垂れ流すわけにもいきませんので。


「というわけでお願いできますでしょうか」


 にこりと皆さんの方を向きます。

 今この少年が眠っている客室にいるのは、トモヨさん・ウィスプ・イーノック。


 全員が一斉にわたくしから目を逸らしました。ああ、ウィスプは意味が分かっていないのでキョトンとしているだけですけれど。


 お察しの通り、自力で飲めないのなら口移しで飲ませればいいじゃないと、そういう事です。

 

「ルルーリア様がされてはどうでしょうか」

「はい?」


 言い出したのはわたくしなので、とイーノックが提案したのですが、即座に却下させていただきました。

 笑顔で問い返しただけなのですが、わたくしの心の声を聞いたのか、イーノックは半笑いを浮かべながら「何でもありません」と引き下がったのです。


「あの、そもそも薬ってどこに……?」

「今からお作り致しますわ」

「作るって、ルルーリアさんが?」

「ええ」


 実は先程からずっと手に抱えていた箱をパカリと開けますと、中には数種類のアイテム瓶が入っております。

 さてここから取り出したるは、三本のアイテム。無色透明な物が二つと乳白色なものが一つ。


「あらお気を付け下さいませ。それは不用意に触れると手が腐敗しますわよ」

「っ!?」


 何気なくテーブルに置かれた無色透明な液体の入った瓶に触れようとしたトモヨさんが、わたくしの言葉を聞いて勢いよく手を引きました。

 そうそう、人の言う事はきちんと聞くものですわ。

 まぁ実際には触れても腐敗はしないのですけれど。火傷くらいは負ってしまいますからね。


「実はわたくし、錬成術という物質と物質を組み合わせて全く新たな物を作り出す術を体得しておりますので、毒薬劇薬なんでもござれでお作りできますわ。トモヨさんもご入り用な物がございましたら、いつなりとお申し付けくださいませ」

「わぁありがとうございます!」

「いやいや、毒薬劇薬をいつでも申し付けたらダメですよ巫女様」


 左右の手の平を合わせて目をキラキラと輝かせるトモヨさんに、イーノックが冷静にツッコミを入れます。

 冗談ではあったのですが、この先何があるか分りませんからね。突然また魔王が現れるとも限りませんし、トモヨさんにも幾つかアイテムをお持ちいただいた方がいいかもしれません。

 錬成アイテムだけで敵に勝つ事は難しいのですが、逃げる隙を作るくらいは出来るはずです。

 

 物は試しという事で、実際に錬成術がどんなものなのか見ていただく為にも、少年の回復アイテムを作ると致しましょう。


 テーブルに置かれた三本の瓶に向かって手を翳す。要はイメージの問題ですので、頭の中でこれらの材料をどう調合するのか、何を精製するのかをきちんと正確に思い描けるかどうか、ここが重要になってきます。


 魔力を込めると、瓶がふわりと浮き上がり光に包まれました。次の瞬間には三本に別れていたはずの液体は混ざり、それぞれの性質を残しつつも全く新たな薬へと変化しました。

 当然、術師にはちゃのその仕組みは理解出来ているのですが、見ているだけでは何をやっているのかさっぱり分らない、地味な術なのです。錬成というものは。


「あら?」


 精製したばかりの薬の瓶を覗き込みながら首を傾げます。すると途端にトモヨさんの顔色が曇りました。いやだわ、失敗しただとか思いましたわね?

 わたくしが失敗なんてするはずないじゃありませんか、失礼な。ただちょっと作るはずだったものとは違うアイテムに仕上がっただけです。


「そう不安がらないで下さいまし。思った以上に回復効果の強い薬になっただけですわ。さてでは皆様、肝心の薬も出来あがったことですし……」


 皆さんが再度わたくしから目を逸らす。その反応に満足しながら笑顔を作ります。


「少年が目を覚ますのを暫し待つと致しましょう」

「え!? 口移しは!?」

「したいのなら止めませんが、彼の意識が無ければどのような方法でもきちんと飲んで下さらないのではないでしょうか」

「はぁっ!?」


 トモヨさんとイーノックが目を見開いて驚きの声を上げました。素晴らしい程わたくしの欲しいリアクションを下さいますわねぇ。考えれば分かるでしょうに。早く薬を飲ませて回復させなければならないという点に意識が囚われすぎたのかしら。

 口移しという単語に気を取られ過ぎた、という気もしますけれど。


「野郎と口移しなんて勘弁なんだけど」

「えっ」


 わたくしの背後からにゅっと伸びた手が回復薬を鮮やかに奪いました。

 ベッドで静かに寝ていたはずの少年が、上体を起こし、気だるげにこちらを見ています。


「お目覚めになられたのね」

「そりゃ……近くであんな賑やかにされたら寝てられない」


 身体に力が入らないのでしょう。瓶の蓋に苦戦しつつも、少年は一人で薬を飲み干しました。苦さに顔を歪めつつもちゃんと飲んで下さった事に安堵する。

 見ず知らずの者が差し出した飲み物を体内に入れるのは抵抗があるでしょうに、躊躇いもしませんでした。


「お姉さんは闇の神殿に居た人、だよね」

「ええそう。ルルーリアというの。貴方は?」

「ヴィンセント」


 ヴィンセント。彼の名を心の内で反芻する。ジェイドに良く似た面差しの少年から、聞いた事のない名が発せられたことに安堵と落胆が同時にやって来ました。

 もしかしたらジェイドに関係ある子なのかもなどと、ありもしない希望を抱いていた事に気付いて自重します。


「すごい効き目だね、この薬。これならもう大丈夫そうだ」

「は?」


 両手を握ったり開いたりしていた少年は、その直後にあろうことかベッドから降りようとしたのです。


「い、いけません。まだ安静にしていませんと」


 慌てて彼の肩に手を置いて押し戻しますが、ヴィンセントは澄み渡った青の瞳で胡乱気にわたくしを見、あっさりとその手を退けました。

 一刻も早くここを出ていくのだという意志が彼の目から読み取れました。

 そうですか。どうしても行くと言うのですね……。


「ならば仕方がありません。イーノック様! やっておしまいなさい」

「どうしてそう、悪者の台詞が似合うのでしょうね、ルルーリア様は」


 溜め息交じりに言いながら、イーノックはベッドの脇まで行くと軽くヴィンセントの額に手を当てた後、胸元を押しました。

 すると、人形のように簡単にヴィンセントの身体はポスリと後ろに倒れたのです。

 倒されたヴィンセントも何が起こったのか分らなかったらしく、ぱちくりと目を瞬かせています。


「すごいですわ、どうやったのです?」

「秘密です」


 爽やかに微笑む美形騎士イーノック。いとも簡単に相手を押し倒す事が出来る術をお持ちの男、イーノック。

 

「……なんだかいかがわしい気がするわ」

「どうしてですか!」


 なんだかあまり必要を感じない技なものだから。そんなものを習得して、一体何に使うつもりだったのかしらとか思ってしまいましたのよ。


「ヴィンセント、貴方の傷が完治するまでまだ暫くかかります。それまではどうか、ここで休んでいて下さいませ」

「そんな悠長な事を言っている暇は――」


 再度起き上がろうとしたヴィンセントでしたが、喋っている途中で言葉を切り、目を細めました。そして身体から力が抜けて、次の瞬間には意識を失うように眠りに就きました。


「ど、どうしちゃったのかな」

「ああ、大丈夫ですわ」


 寝たり起きたりまた寝たりと忙しい少年をトモヨさんが心配そうに覗き込む。

 安心させようとわたくしは彼女に笑いかけました。


「薬の副作用です。強力な回復効果を得る代わりに、必要以上の眠気が襲ってくるのです」

「必要以上って……」


 抗えない眠気と言った方が良かったかしら。どちらでも同じよね。ようは今のヴィンセントのように、ぷっつりと糸が切れてしまったように眠ってしまうという事なのだから。


 やれやれ、彼があの調子では色々とお話を伺うのは難しいかもしれないわね。どうしたものかしら。

 取り敢えず今日の所は彼の名前が知れただけでも収穫と思いましょう。


「では私も報告をしないといけませんので城へと戻ります」

「あらご苦労様です」


 トモヨさんの護衛の為にちょくちょくこの屋敷へ顔を出すイーノックですが、元々の王族の近衛騎士という任務もありますので、実はこう見えても大変お忙しい方なのです。


「貴女もお連れするようにと、国王から仰せつかっておりますので、ご同行願えますかルルーリア様」

「残念ながら願えませんわ、イーノック様」

「では強制的に連れていく事になりますが」

「貴方……言うようになりましたわね」

「何年の付き合いになると思っているのですか」


 そうですわね。かれこれ五・六年になるかしら。イーノック様と初めてお会いしてから。

 レオナルド王子の護衛であるイーノック様とはよくお話する機会も以前からありました。しかし生真面目な騎士様がこんな減らず口を叩くようになってしまったなんて、ショックです。


 面倒くさい……行きたくない……などという駄々を捏ねた所でどうにもなりませんわね。相手はこの国の王なのですもの。

 観念すると致しましょう。何の用かは想像がつきますし。十中八九、先日遭遇した魔王についてでしょう。


 特に隠し立てする事でもありませんし、洗い浚いお話しますけれど。わたくしの危うい心の叫びなどはちょちょいと省かせていただきながら、ね。



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