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意思の光

 後悔というものは、どれほど日が経とうとも色褪せないものなのだとつくづく思わされます。


 この王都には東の外れに光の神殿があります。逆に西には闇の神殿が。

 太陽が出る方にウィスプ、沈む方にジェイドがいたのです。

 

 今わたくしが居るのは闇の神殿です。

 以前は黒の大理石でできた美しい神殿だったのですが、今や見る影もありません。

 まだジェイドが居た頃、連日のように魔族に襲撃に遭い破壊の限りを尽くされてしまった為に、瓦礫の山と化しています。

 

 かつてはジェイドと共に長い時間をここで過ごしました。多くの神官達が務め、また沢山の方々が祈りにやって来て、とても賑わっていたというのに。


 神殿の傍にある小高い丘にある墓地が更にこの場に、不用意に近づけない重苦しさを与えているのかもしれません。

 魔族に殺された方々を弔う墓石の数はとても数えきれるものではありません。


 連日の訓練で体力を削られているトモヨさんの為に今日は一日お休みを取る事に致しました。なのでわたくしも、久しぶりに一人でこの神殿跡までやってまいりました。

 トモヨさんが来るまでは二日と空けず、ここへやって来ては恨み言を吐き続けていたものです。今はとても昔の事のように思えます。


 勿論今日の目的は違いますわよ。訪れる人が少ないせいでとても寂しい墓地に、お花を持って来たのです。一つ一つ墓前に添えようかと思いまして。

 なんて自己満足な罪滅ぼしの仕方なのかと、自分でも笑ってしまいますけれど。


 わたくしとジェイドが居たために神殿が魔族の標的にされてしまった事、一度目の人生で魔王側について仕出かした身の毛もよだつような悪事。


 わたくしの罪がこんなもので贖われるだなんて微塵も思ってはいません。いませんが、それでも何かせずにはいられなくて。


 墓前に一つ一つ花を手向けながら、ごめんなさいと心の中で謝罪を繰り返す。

 

 ――じゃり

 

 土を踏む音が後ろでしました。ここで誰かに会うのは避けたかったのだけれど。

 闇の神殿が魔族に襲われ、多くの方々が犠牲になった原因であるわたくしに出会ってしまって相手の方は不快な思いをするでしょうし、罵詈雑言を浴びせたくなることでしょう。

 心の準備をして振り返りました。

 

「……まぁ、どうしましょう」


 さすがに、そこまでの心の準備は即席では出来ませんわ。

 手に持っていた花束を、よいしょと置く。

 

「お初にお目にかかります、魔王シメオン」


 スカートの端を摘まんで腰を下げ、礼を取ります。

 しかし彼からは何の反応も返ってきません。相変わらずですわね。相変わらず血の気の失せたような顔色に、感情の欠落した無表情。


 かと言って低級死霊のように自我を完全に失って、ただ人間を襲うだけの化け物というわけでもありません。彼の瞳には意思の光が見て取れるのです。自我とでもいいましょうか。

 普通、高い魔力を持って闇堕ちした者は、ある程度の思考は残されます。

 けれどやはり闇に引っ張られる原因のみ突出して、それ以外の事は疎かになってしまうので通常の人とは明らかに見た目からして違っています。


 シメオンはどちらかと言えば人間に近いような気がするのです。 

 この、他の誰とも違うところが魔王たる所以なのでしょうか。

 挨拶をしてから、暫く待ってみましたがシメオンはジッと見てくるばかりで、居心地が悪くなってまいりました。

 

「あの、ご用がないのならお花を供えるの、続けさせていただいてよろしいかしら? あ、それとも手伝って下さいます?」


 何分、数が多いので、一人でやっていたら日が暮れてしまうと思っていましたの。

 猫さんにでも頼もうかしらと考えたくらいでしたので、大助かりですわ。

 脇に置いていた花をもう一度持って、魔王に近づきます。

 

「はいどうぞ。まだまだたくさんありますので、頑張りましょうね」


 なんて。本当に手伝ってもらおうなんて思ってませんよ?

 ちょっと言ってみただけじゃないの。だからその、表情筋新だ顔で黙って見下ろすのやめて下さいな。

 

 怖いのよ。そんなの幼馴染に一人おりますので、彼だけで十分よ。キャラ被りもいいところだわ。個性を大事になさい。

 いいですか。みんな違ってて、みんないいの。

 

 ……仕方ありません。もう無視しましょう。わたくしはわたくしで、好きにさせていただきます。そう思って一歩後ろに下がろうとした時でした。

 

 素早い動きで魔王がわたくしの腕を掴みました。花束が手から滑り落ちて地面に散らばります。

 

「いっ……た」


 容赦ない力で掴まれて顔を顰めました。

 

「ちょっと、痛いですわ。離して下さらないかしら」


 乱暴に腕を振り回すと、漸く手が離れました。

 もう、急になんだというの……右手にくっきり掴まれた痕が残ってしまっています。

 

「乱暴な方は女性に嫌われてしまいますわよ? あ、もしかして女性とのいざこざで闇堕ちしたんだったりして。やめて下さいな、そんな事の為に世界を巻き込むのは」

「……お前が言えた事か」

「え?」


 返事が来るとは思っていなくて、一方的に喋って終わりにしようとしていましたのに。

 意外にも魔王が喋ったので驚きました。

 

 あんまり無口無表情なものだから、機械仕掛けの人形じゃないかって思い始めていたところでした。違いましたのね。

 

「たかだか精霊を失ったくらいで、国中を呪ったお前が言えた事か」

「なっ! あ、貴方にだけは言われたくありませんわ。ジェイドを殺した魔族のくせに……!」

「精霊とお前だって多くの魔族を葬ってきただろう」


 淡々とした口調で反論されて言葉に詰まる。

 

「それは……魔族が人を襲うからで」

「魔族とはそういうものだ。他者を妬み、恨み、絶望した人間のなれの果て。お前にも馴染のあるものばかりじゃないのか?」


 ぎゅっと歯を食いしばりました。ダメだわ、この人と長く話していては。

 引き摺られてしまう。魔王自身には負の感情などないように見えるのに、相対している人を闇に引きずり込んでしまう。

 

 この人が闇堕ちしてから魔族に転ずる人が格段に増えたというのは、やはりこの人自身が原因でしたのね。こうして対峙してみると良く分かります。この方そのものが闇なのだと。

 

「お前が世界を恨んでも、世界はお前など見向きもしない。お前がどんなに偽善者ぶって救おうとしても、誰も顧みはしない。なのに何故捨てない? 人間はもうとっくにお前を見限っているというのに」

 

 つい、と魔王が手を差し伸べてきました。

 あの時と同じように。

 前世では何の疑問も抱かず掴んだ手を。

 

「どうして躊躇う。思うままにするといい」


 魔王は滔々と喋りながらも、その声に全く抑揚は無く、表情も一切動かない。訴えかけてくるものでは無いと頭では分かっていますのに。

 わたくしは彼の手を見つめるしか出来ません。

 

「今でもお前の心は憎悪で満たされているのに。今更になって家族や友人面をしてくる奴等も、真実を知りもしないで喚き散らす魔術師も、憎いのだろう。精霊がいて、いつも誰かに守られている平和ボケした光の巫女が妬ましいのだろう?」

「…………」


 ゆるゆると手を上げる。伸ばされた魔王のそれに向かって。

 そして――

 

「偽善の何が悪いっていうのよ!!」


 バシン――と彼の手を思い切り叩き払った。

 

「誰もかれも憎たらしいし腹の立つことばかり。吐き気のするような嫉妬だってしてる。でもね、それだけじゃない事くらい、ちゃんとわたくしだって分かってるの! どうしようもない人達だけじゃないって……だから闇に引きずられる感情は全部押し隠して笑うのよ。まがい物の善行だろうが何だろうが、やれる事は全部やってやろうって決めたのっ。それがわたくしの、ありのままの本心よっ!!」


 目を閉じて耳を塞いで、自分の殻に閉じこもって、一人惨めにこの世を呪うのなんてもう真っ平なのよ。

 人が次々と魔族に殺されて、お城の中が血の海になるのをただ眺めて。込み上げてくる虚しさに笑うしかなかった、あんな人生をもう一度繰り返したくなんてない。

 

 本来あるはずのない二回目の人生を、以前とは違ったものにしたくて積極的に周りと関わるようにすれば、それだけでわたくしを囲む小さな世界は形を変えた。

 

 予想通り鬱陶しい思いも沢山するし、今更行くばかりかの優しさを見せられたところでと卑屈になりそうにもなる。

 

 でもそれは、今までわたくしが、わたくしの世界を閉ざしきっていたせい。

 ジェイドがいればそれだけでいいと王都を抜け出し、ジェイドを失えばもう何もいらないと、周りを拒絶してきたせい。

 

 きっと前世でだってみんなは今と同じように、手を差し伸べようとしてくれていたのでしょう。なのに気付かず、見限られたのだと思いこんだわたくしの身勝手が招いた結果に過ぎません。

 

 それに気付いたからこそ強く願うのです。今度こそは、と。

 

 偽善だろうが、誰からも顧みられなかろうが、そんなものはどうだっていい。

 だって、みんなの為だなんて言いながら、結局はわたくし自身がそうしたいという自己満足なだけなのだから。

 

「柄にもなく今日の貴方は良く喋って下さいましたが、残念ながらわたくしはそちら側には行きませんわ!」

「それでも――」


 啖呵を切ったわたくしに、尚も言葉を紡ごうとしたのか口を開きかけた魔王でしたが、何かに気付いて咄嗟に後ろに退きました。

 鋭い閃光が一瞬前まで彼がいた場所を突き刺す。


 天から地面に斜めに刺さったのは、見事な細工が施されている短剣でした。

 その刀身に青白い雷電の光がばちばちとはじけています。


 突然の事に呆然とするわたくしと、魔王の間に割って入った人物がいました。短剣を素早く地面から抜き取ってすぐさま構える。


 まだ幼さを残した細っそりとした体躯に見覚えは有りません。


「あなたは」


 どこからともなく現れた少年に気が付いたら問うていました。

 顔だけをこちらに向けた少年のその容姿に息を呑む。


 艶やかな黒髪と、海のように透き通った煌めきを宿した少しきつめの瞳。


「ジェイド……?」


 そんなはずはありません。ジェイドは確かに私の目の前で消失しました。それに今目の前にいる少年は、ジェイドよりも随分と年上です。

ウィスプと同じく幼子おさなごだったジェイドとは違い、彼は十代半ばから後半くらい。

 きっとあの子が人間のように成長したならば、今目の前にいるこの人のようになっていたでしょう。


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