婚活を!
「トモヨ、トモヨ! すごいよライオンの口から水でてくる!」
「ほんとだぁ、リゾートスパみたいだねー」
りぞーとすぱとは何ぞや。我が家の庭にある池を見てはしゃぐ幼女と、傍で眺めていたわたくしが同時に首を傾げた。
発言の主であるトモヨさんはわたくし達の様子に気付かず、ライオンをしげしげと見つめていました。
無事王都に戻ってきたわたくし達は王に謁見し、事の経緯を説明致しました。
国王を始め重鎮達は仰天し、不思議な出で立ちのトモヨさんを胡散臭げに見つめていましたが、精霊であるウィスプがトモヨさんが巫女だと言い、それはもう子犬が母犬にじゃれつくような状態だったのだから納得せざるを得ません。
彼女は無事光の巫女である事を認められて公爵家へとやって来たのです。
とは言いましても、本邸ではなく別邸の方ですけれどもね。こちらは巫女としての存在意義も居場所を失ったわたくしが、静かに暮らせるようにという名目で親が建てたものです。
けれど要は、周囲にちやほやされながらも使命を全うできず、すごすご帰ってきた情けない娘を外界から隠す為でしょう。
別に両親が薄情だなんて思いませんし愛されていると分かっています。ただ体裁を取り繕うのは貴族社会では当然のことなので、この措置は尤もなのです。
口さがない方々はやはりいらっしゃいますし、誹謗中傷を聞かせたくないという思いがあったのも確かでしょう。
基本的には常識的で真面目、そしてちょっぴり野心家な両親ですから、世界最後の巫女であり異世界からの来訪者であるトモヨさんを我が家で保護する事に対して否はありませんでした。
むしろ、やれおもてなしをしろだ、やれ敬えだの口うるさいので別邸に引っ込んだと言いますか。
この事に関して次期公爵たる兄はわれ関せずでした。好きにしてくれって顔に書いてありました。
というわけで別邸にはわたくしとトモヨさんにウィスプ、そして時々現れるアル。それから少数の給仕の方々のみです。
前回の人生ではわたくしが実際にトモヨさんと行動を共にしたのは、最初の庭園から王都に戻るまでの数日間のみ。
王都についてからはたまにお会いする機会はありましたが、トモヨさんは王城に身を寄せていましたし、わたくしはこの別邸に引きこもっていましたし、必要最小限の情報を与えるくらいで他愛ないお喋りとなるとほぼ皆無でした。
色々と話をしてみて分かったのは、トモヨさんという女性がとてもサッパリとした裏表のない性格だという事でした。
もっとこう、私この世界のこと分かんなーい、魔族とかちょー怖ーい、みんな守ってぇーなカマトトぶった女なんじゃないかと思っていたんだけど違いました。ハーレムなんて作ってるから異性の前では、おいちょっと貴女どうしたの声のトーンとか仕草とかさっきと全然違うじゃないのっていうタイプの人かと思っていたのに、全然でした。
「トモヨさんの世界にあってこちらにはない言葉とかってあります?」
「なんだよその無茶振り……」
一人だけばっちりパラソルで日光を遮っているわたくしが問うと、トモヨさんが答える前に隣にいたアルが呆れ気味に言ってくるのが先だった。
トモヨさんは、んー? とすこし考えてから
「だっふんだ、とか」
と答えた。
わたくしとアル、そしてウィスプはきょとんとするしかない。
「脱糞だ?」
スパーンッ!!
言った途端にアルが私の後頭部を容赦なく叩いてきやがりました。
突然の衝撃にパラソルを落としてしまったじゃないですの。
「いったーい!」
頭を押さえて抗議する。だけどアルの方がわたくしよりも数倍険しい顔で睨んできました。
「この世界にない言葉だっつったろうがよっ!!」
「あ、そうですわね」
「自分でリクエストしときながら忘れるな。つーかなんて単語口にしてんだ、それでも貴族令嬢か!」
「だからね、前から言っていると思うのだけれど、アルはちょっとわたくしの事を姉と敬ってはどうかと」
「だったら敬われるような姉になりやがれ!」
なんなの? どうしてアルはこんな可愛げのない子になってしまったの?
わたくしはただ、姉さんって呼んでほしいだけじゃない。野蛮な口調だったり阿呆とか言わない子だった時代に戻って欲しいだけじゃない。
……でも思い返してみてアルが可愛らしい弟だった時って記憶にないわ。自我が芽生えた時には既に偉そうだったような。まぁどうしましょう。アルが真実クソ生意気な弟だという事が判明してしまいました。
あらいやだわ、クソとか言っちゃいました。
「ルルーリアさんってものすごくしっかりしたお姉さんなんだと思ってたんですけど、アルーシュさんの前だと印象が違いますね」
くすくすと笑うトモヨさん。遠回しではあるけれど、それってわたくしが全然しっかりしてないって事かしら?
「それを言うならトモヨさんは、歳の割に落ち着いていますわね」
「いや、もう落ち着かなきゃいけない歳なので」
「そういえばお幾つでしたっけ?」
多分十五のアルと二十のわたくしの間くらいだと思うのですが。
「二十二、です」
「ええええっ!?」
これにはわたくしもアルも仰天です。
二十二って、わたくしよりも年上じゃないですか! もう一度まじまじとトモヨさんの顔を観察する。
アルもトモヨさんを凝視している。同じ思いなんでしょう。
「思ってたよりお歳なんですのね」
「言い方!」
ゴチン!
アルに今度はグーで頭を叩かれました。姉を姉とも思わぬこの所業。どうしてやりましょうか、いえどうにもできないから困っているのですけれど。
「わたしは歳相応のつもりなんですけど、童顔に見られがちな民族なんで」
「まぁ、それは羨ましい限りですわね」
努力なく歳よりも若く見えるなんて、魔法みたいだわ。
困ったように笑うトモヨさんだけど、そんな顔が欲しくて欲しくてたまらない女性は世の中に大勢いらっしゃるのに。
「あらでも、二十二ならトモヨさんは既に結婚してらっしゃる?」
「えっ、いや! それは無いです! 彼氏もいないし」
「カレシ?」
「こ、恋人」
ああ。またアルと二人同時に頷く。
そうなの、結婚も、結婚を約束するような人もいなかったのね。
わたくしでも既に行き遅れのレッテルを貼られているのだけれど、トモヨさんもそうなのかしら。
なんて思って聞いてみると、トモヨさんの世界では結婚適齢期はもっと上で、二十代前半なら未婚でも全然おかしくないとの事。
わたくし、今度人生やり直すならトモヨさんの世界に行きたいわ。
「未婚なら皆さんにまだ希望があるという事よね」
「みなさん?」
「いえ独り言です」
この後に出来るトモヨハーレムの皆さんですよ。アルを含む。
「良かったわね、アル」
「あんま聞きたくないけど、何が」
「いえいえ」
トモヨさんの身が心配で魔王退治について行ってしまうくらい好いてしまうのよ、なんて言えません。言ったら意地っ張りなこの子の事だから変に感情が捻じ曲がってしまいそうですし。
年上の義妹が出来てもわたくしは受け入れます。心配ご無用よ、とウィンクするとすっごい眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をされました。
でもそうね、現実的に考えれば魔王を倒した後はトモヨさんは元の世界に戻ってしまうのかしら。それとも愛する方がこちらに出来れば残るのかしら。
はたまた唯一の巫女を手放すまいとあれこれ上層部の方々が手を尽くす可能性もありますね。
既成事実をつくるだとか? ストーリーとしてはやはり一国の王子たるレオナルド様と婚姻を――というのが一番分り易く盛り上がるけれど。
「トモヨさんって年下の男性と結婚ってアリですかナシですか?」
「はい? そう、ですね。二、三くらいなら下でも。どっちかって言うと年上が好きです。ていうか何の話ですか!?」
「世間話です」
そうだけど! とがっくり肩を落とすトモヨさん。
そうなのね、年上が好みなのね。だったら王子もアルも俄然不利じゃない。えっと、アルで七つ下で王子が六つ下。
残念、歯牙にもかけられそうにないわね。
がし、とトモヨさんの手を両手で包み込む。
「一緒に頑張りましょうねトモヨさん。婚活を!」
「仕事しろ巫女共!!」
「わたしまで一緒に怒られた!」
どこまでも冷徹なアルのツッコミがさく裂しました。
巫女としては十分頑張りましたよわたくし。今後は少しくらい女として生きたっていいじゃない。
それとも一生独身を貫けと言うの。そんな世間の針のむしろみたいなのわたくし嫌!
そんな人生送る為に二回目繰り返してるんじゃないんですから!
ああいえ、勿論自分の幸せは二の次ですよ? ちょっとばかり考える余裕が出来たら欲が出てきまして。
「トモヨはボクのだよ!!」
ずっと庭園に夢中だったウィスプが戻ってきてトモヨさんに抱き着く。
「そうね、ウィスプが男性だったならね」
「ボクのだもん!」
ぎゅうとトモヨさんにしがみ付くウィスプはとても可愛らしい。外見は人間で言うなら七・八歳くらいの女の子です。
だから無理というわけでもないのですが。
精霊というのは男の子っぽい、女の子っぽいという見た目の差異はありますが、実際に性別はありません。
当然ではありますが、彼らに恋愛という概念はないのです。つまりウィスプがトモヨさんを自分のものだと言っているのは、自分の巫女だという独占欲ですね。
懐かしい。ジェイドにもそういうところがありました。アルと仲が悪くってね。ちなみにジェイドはウィスプと同じくらいの小さい男の子の外見をしていました。
ウィスプとトモヨさんは仲良く微笑み合っている。その様子を見て少し心がざわつくし寂しくはあるけれど、精霊と巫女が一対として一緒にあれる事は素敵だと思える。
アルににっこりと笑いかけると、生意気な弟は呆れたようでどこか安堵したように溜め息を吐いた。
償いをしましょう。前世で彼女達に強いた辛い別れは今世では絶対に起こさないし起こさせない。前の分まで皆様には幸せになっていただかなくてはならない。
やってやろうじゃないですか! 精霊の消えた元巫女のわたくしに何処まで出来るか分りませんが、命の限りは頑張りましょう。