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それはただの願望

 水の森は、その名から察せられる通り、水の神殿のある森です。

 なんて安直な名付け……などと思ってはいけません。

 先に森があって、そこから精霊が生まれて神殿が建てられたのだから。


 ここも魔族に襲われた後だから、それはもう惨たらしい姿になっているのかと思ったけれど、鬱蒼と木々が茂って、森自体はそれほど荒れた印象はありません。


「……なんだ、これ」


 至る所に点在している魔物の死体。

 魔術でやられているものもあれば、刃物で深々と斬られているものもある。

 しかも状態から言って、それほど古くはないと思われます。

 誰かがこの森の中にいて、魔物を次々と倒していっているのかしら。


 倒されているのは魔物とはいえ、亡骸を見せられるのは良い気がしません。


 皆、不快そうに眉を顰めています。


「トモヨさん、大丈夫ですの?」


 血の気が失せて真っ青になっているトモヨさんが、力なく頷く。確実に無理をしていますわね。

 これは仕方がない。魔族や魔物の死に耐性のあるわたくしでさえ胃の辺りがぞわぞわとして気分が悪いのだから。


「二手に別れましょう」

「はぁ?」

「トモヨさんは限界です。付き添いで誰かトモヨと森の外へと引き返して下さいまし。後の人で奥へと進みましょう」

「え、だ、大丈夫ですよ……!」


 幸い、まだ森に入ってさほど距離は行っていません。今なら引き返すのもさほど苦ではない。

 大丈夫と言ったトモヨの顔色がかなり悪いのを見て取って、男性陣も否を言いませんでした。


「トモヨさん、自分の限界はちゃんと把握しておいた方がいいですわ。自力で歩けるうちに安全な所まで戻ってくれたなら私達も助かります。見た限り魔物も雑魚ばかりですし、ウィスプの力を借りる事にはならないと思いますの」

「う、はい……ごめんなさい」

「無理はしてほしくないと言っているのよ。ではリーダー、巫女をよろしくお願いしますわ」


 具合の悪い方の介抱を頼むとなると、イーノックが適任だと思うのです。ほどほどに気が利くし、騎士道に則ってか基本的に女性に優しいし。

 頼めば嫌な顔もせず、トモヨに寄添って今しがた来たばかりの道を引き返す。


 あ、違うわ役得でしたわね。いやねわたくしったらタラシに餌を与えてしまったわ。

 

「ごめんなさいねランベール。イーノックに美味しい所を渡してしまって」

「いや意味分かんない」


 鈍い人ね、それでもトモヨハーレムの一人だというの? 自覚がないとは恐ろしい事。

 なんて遊んでいる暇は微塵もございません。わたくし達も先へ進まなければ。


「ヴィンセント? どうしました?」

「オレも……イーノック達と戻るよ」

「えっ!?」


 あらあら? まさかヴィンセントもハーレムに参戦なさるというの!?

 まぁなんて事。面白くなってきましたわね。ここでダークホースが現れるなんて。

 ニヤニヤしていると、ヴィンセントがとても怪訝そうな顔でわたくしを見返してきました。


「ええ、行ってあげてくださいな。その方がトモヨさんも心強いでしょう」


 頷いてヴィンセントはトモヨさん達を追う為に駆けて行った。

 トモヨたら、なんて素晴らしいのかしら。こうやってどんどん殿方を魅了していってほしいですわね。わたくしが見ていて楽しいから。


 と、まぁ冗談はその辺りにしておきましょうか。

 奥に行けば行くほど、周囲が薄暗くどんよりと重苦しい雰囲気に包まれてゆく。

 やはりトモヨさんを戻して正解だったわ。ただでさえ、身体に圧し掛かってくるような空気の中、傷だらけで息絶えた魔物の死体の中を通っていかなければならないのだから、彼女には耐えられそうもありません。


「それにしても、この凄まじい魔法の痕跡はお一人のものなのでしょうか?」

「ていうか……人間がやった、んだよな?」

「魔物は魔族を襲わないからな」


 魔物を使役する魔族というものもいますが、双方はお互いに無関心で、同じ所にいたとしても襲うのは人間のみらしいのです。


 相当争ったような跡もありますし、魔物が襲いかかったのなら相手は人間だったのでしょう。


 一体ずつは雑魚でも、これだけの数を相手にするのは至難の業です。体力や魔力には限界もあります。

 

「どんな方々でしょう。わたくしはの筋骨隆々な体力馬鹿魔術師だと思うのだけれど」

「何の話だよ」

「予想が当たっていた方の言う事を何でも一つ聞くという賭けです」

「よし乗った」


 真剣に悩みだしたランベール。

 この吐き気のするような雰囲気に負けそうになって、適当に言い出した事でしたのに。

 

 どんな方々が何の目的で、こんな人気のない神殿跡地にこもって魔物退治に勤しんでいるのかしらね。少し怖い。


「露出度の高い妖艶な女魔術師だ!」

「それはただの願望でしょう」

「だな」

 

 ほらオズまでも賛同してくれている。

 多分、女魔術師はきっと色気たっぷりの年上の女性を想像しているに違いないわ。真剣に悩んだ答えがこれって……。というかわたくしをジロジロ見ないで頂きたいわ。露出なんて死んでも致しませんから。

 ランベールなんてその辺の魔物に襲われてしまえばいいのに。


「……男だな。体格はそれほど大柄じゃない」

「あらオズも参戦?」

「いや、男って。何を根拠に」

「地面に残っている靴跡が男の物だろう。近距離で物理攻撃で倒している魔物の傷口を見れば、恰幅が良いと力だけで押し切る奴が多いが、そうじゃないだろう」


 反論しようとしたランベールが、口を開けたまま押し黙りました。

 思いつきや願望で答えるのではなくて、ちゃんと状況判断をして導き出すだなんて。

 完全な想像と妄想だけで人物像を捻り出したわたくし達との、この違い。


「そこまでして言う事聞かせたいのか」

 

 ランベールがわたくしの言いたかった事を代弁してくれました。

 真面目に考察し過ぎよ、オズ。確かにランベールを跪かせて下僕のように扱うのは楽しいでしょうけれど。もう、高笑いが止まらないでしょうけれど。


「では、この方は剣と魔術どちらも相当な使い手という事になりますわね」


 大きな魔力を持つ者は魔術師になるというのが一般常識です。そして魔術師は剣などの接近戦については素人な場合がほとんどなのです。


「そろそろ神殿跡に着きそうだな」

「オズはランベールへの命令権を見事手に出来るのかしら」

「おい何かそれ違うんじゃないか」

「その辺にしとけ」


 うんざりした表情でオズに止められました。

 自分でも不思議なくらい、ランベールと喋ると言い争いになってしまいますの。なぜかしら?


 軽口を叩きながらも、ランベールもオズも見えてきた神殿を真っ直ぐに見据えて、その視線は鋭い。

 わたくしもいつ何が襲って来るか分らないから、アイテムをすぐ出せるように気配を探ります。


「待て」


 一番前を歩いていたオズが片手を上げて制止を促しました。

 瓦礫の陰に隠れてオズの視線を追います。


 すると神殿の前あたりに人が立っているのが見えました。二人います。


「おい、二人いるぞ。これは全員不正解だな、賭けは無し」

「人数を当てる勝負ではないのですが」


 どういった容姿の方なのかという所に焦点を当てていたはずです。そんなに負けを認めたくないのね。ランベールったら大人げないったらありゃしませんわ。


 覗き込んで、お二方の姿を確認し。唖然とした。


 わたくし達がコソコソと覗いている間に、有象無象の魔物達や、見るも悍ましい巨大な魔獣が神殿の奥からうじゃうじゃと現れ出てきたのです。

 その夥しい数に、全身に鳥肌が立つ。


「……どうやら、二人いたどちらかが魔物使いだったようですわね」


 あのお二方が仲間でない事など一目瞭然。


「オズ、よろしいかしら?」


 オズにアイテムの瓶を一つ渡して、私は駆け出しました。いえ、賭け出そうとしましたのよ。したのだけれども。

 他ならぬオズに片足首を掴まれて、わたくしは無残にもその場にベタン! と崩れ落ちました。顔面から床にごっつんこ、などという悲劇は免れたのですが、正座でもしているかのような体勢にさせられました。


「不用意に動くな」

「けれど」


 ここへ辿り着くまでに見せられた無数の魔物の死体。そして目の前で繰り広げられている一方的な戦い。

 どれだけ力のある魔術師といえど、その身に宿す魔力には限度というものがあります。今でも尽きていないのが不思議なくらいだというのに。


「死なせてしまうおつもりなの!?」

「よく見ろ」


 今度はランベールが、立ち上がろうとしたわたくしの肩を押さえつけてきます。見ていますとも。だからこそ――


「は?」


 魔物の群れで姿すら見えなくなっていた魔術師さんですが。

 突然天を貫かんばかりの光の柱が群れの中央に現れたかと思うと、突然魔物達が爆風に吹き飛ばされました。

 一瞬後には魔獣にも、今度は火柱が襲い掛かる。


「あらら? わたくし、どちらが魔族なのだか分らなくなってきましたわ」


 一方的な戦いでした。魔術師側の。なんなの、あれだけの敵と対峙して、惜しげもなく魔力を放出して、本当に生きていますの? 人間ですの?


 圧倒的な力の差で魔物と魔獣を灰と化した魔術師ですが、その間気配を消していた魔族の存在を忘れてしまっていたようでした。

 それはわたくし達も同様で。


 気付いた時には、魔術師の背後に回り、至近距離で闇魔術を放ったのです。まともに背に術を食らった魔術師は、グラリとよろめいて体勢を崩しました。第二撃を繰り出そうとしていた魔族に、気づけば叫んでおりました。


「おやめなさい!」


 今度こそわたくしは、二人の制止を振り切って立ち上がり、土を蹴って駆け出しました。


 ある程度の距離を保ったところで急停止。ザザッと靴が土と擦れる。

 それと同時にオズが投げた瓶が相手方へと投げられた。

 見事な命中率で首を絞めていた方の手の甲に命中しました。どんな投げ方したのかしら。


 そして、見事魔術師に襲い掛かろうとしていた魔族に当たった瓶から中身が零れ落ちて、肩と腕、そして半身にかかり、濡れた所がみるみると石化していきます。


 どうしてオズがアイテムを投げるより先にわたくしが出ていったかって? ちょっと、正義の味方っぽい登場とかやってみたかっただけよ。ほら、前回の人生で嫌というほど悪役の登場は経験したから。


 石化したせいで力が上手く入らなくなったらしく、絞めていた首から指が離れた。

 地面に落とされた方はその場に蹲って激しく咳き込んでいます。


「よくもお前……!」

「あらまぁ、貴女だったの」


 半身が石化して思うように身体が動かない方を改めて見てみると、顔見知りでした。

 ええ、顔を知っているだけよ。


 何故か私の事を目の敵にしてくれる魔族の女性。

 一度トモヨさんといるときにも襲われて、地下迷宮に落ちる原因になった、あの人よ。

 露出過多の年増女。あの時は本当に散々だったわね。


 あらあらまぁまぁ、なんてこと。露出過多の女魔術師。八割がた、ランベールの妄想が当たっていたではありませんか。


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