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ミザの町

 ミザの町は、火と水の神殿のちょうど中間地点にある小さな町です。村、と言っても差し支えないかもしれません。

 そこかしこに畑が広がり、ぽつんぽつんと間隔が開いて建っている家屋は、王都に立ち並ぶ貴族の屋敷とは違い簡素なもの。


 長閑な田舎町の砂利道を、ぞろぞろとわたくし達は連れだって歩きます。


「子供が多いですね」


 キョロキョロと道端を見渡しながらトモヨさんが呟きました。

 確かにそこかしこでキャッキャと幼い子供達が走って遊んでいるのが見えます。


 王都と人口密度を比較した場合、目に見えて子供の比率の違いが分かりますわね。全体の数が明らかに少ないのに、子供が多いという事は、一家族の人数が多いという事。


「まぁ、こんなド田舎じゃ娯楽もありませんしね」


 苦笑しながらイーノックがトモヨさんにそう説明した。


「どうして娯楽が無いと子供が多……あー、はい」


 質問しかけて、途中で答えに行き着いたらしいトモヨさんは、そっと目を逸らしました。つまり、そういう事ですわね。


「どうして?」


 トモヨさんと手を繋いで大人しくテクテク歩いていたウィスプが、きょとりと首を傾げました。

 曇りなき眼で真っ直ぐに見つめられてトモヨさんがとても困っています。どう答えたものかと目を泳がせています。


 あらあら、仕方がありませんわね。


「どうしてなのかしら? わたくしも皆目見当もつきませんわ。トモヨさん、教えて下さらない?」

「ウソだーっ!! 確実に分かってますよね!!」

「嘘などではありませんわ。わたくしには難し過ぎて……是非、トモヨさんの口から聞きたいのです」


 笑顔で詰め寄ると、彼女は見ている方が不憫に思える程狼狽しました。

 目にうっすらと涙を溜め、震え声で許しを請う。


「もう勘弁して下さいルルーリアさぁん」

「あらいやだわ。そんな言い方されては、わたくしがトモヨさんを苛めているみたいではないですか」

「事実そうでしょうが」


 見かねたイーノックリーダーが間に割って入って来ました。まぁ、これからが面白い所なのに。本気で困り果てたトモヨさんはとても可愛らしいのです。


「トモヨを、イジメちゃ、メッ!」


 どう言い返そうか僅かに悩んでいると、思わぬ角度から攻撃されてしまいました。

 ウィスプが腰に手を当てて、ぷりぷりと怒っています。いえ、怒っているというよりは、わたくしを叱っていると言った感じかしら。衝撃的な可愛さですわね。

 

「苛めているのではないわ、ウィスプ。遊んでいるのよ。だってトモヨさんたらとてもお可愛らしいのだもの」

「幼気な精霊を丸め込もうとするなよ」


 ランベールったらひどい言い草だわ。わたくしは何一つとして嘘は申し上げていないというのに。


「いや、遊んでるってそれ普通に酷いですから!」


 トモヨさんが堪りかねて叫ぶ。バレてしまいましたか。

 人通りの少ない往来を歩きながらわたくし達は宿に向かっているのですが、なかなか辿り着きません。


「あ、あそこに食糧品店があります!」

「後で携帯食を補充しとかないとな」

「あと衣料品とお薬も」


 旅は何かと物入りです。特に魔族・魔物を討伐しながらですと、怪我もしますし必要以上に服も汚れますし。

 国王に支給されたお金もありますが、わたくし達はもっぱら倒した魔族達から強奪した珍しい物品を売り払い、現金化して旅費に当てております。


 ええ、救国せんと立ち上がった巫女一行ですが、それがどうかなさいまして?


「トモヨさんって御兄弟はいらっしゃるの?」

「何その脈絡のない話題転換」

「わたくしがどのタイミングで何をトモヨさんに伺おうと、ランベールには関係ありませんでしょう」


 放っておいて下さいまし、とツンと突き放す。別に何か意図があって話題転換をしたわけではなく、思いついたままに口にしただけですし、わたくし自身少し唐突過ぎたかしらとは思ったのですが、ランベールに指摘されると素直に聞き入れられません。


 無言でバチバチと火花を散らし合うわたくしとランベールの間に、嫌でも入らされてしまったトモヨさんは、手を左右に高速で振りながら素直に質問に答えて下さった。


「わ、わたしは一人っ子です! だから、えっとアルくんみたいな弟、良いなって思います」

「あら。あんなもので良ければいつでも差し上げますわ」

「あんたもうヘルツォーク家と縁切ってるでしょうが」


 そうでした、そうでした。事実上、わたくしとアルは他人同士という事になるのでした。けれどこれまで十数年間兄弟として生きてきた過去は消えてなくなったりしませんし、血縁関係だって無くなるわけではございません。


「オズはお兄様が一人いらっしゃるわね。ヴィンセントは……」

「血は繋がって無いけど、兄弟弟子ってのなら数えきれないくらいいる」


 そうでしょうね。レニエ様に拾われた孤児の皆様が兄弟という事になりましょう。一度も顔を合わせた事のないくらい歳の離れた方々もいらっしゃるでしょうし、その中にシメオンも居るのですが、今敢えて口に出す必要はないでしょう。


「そういえばイーノックは御兄弟はいらっしゃるの? そういったお話は聞いた事がございませんが」


 そこそこ付き合いが長い方だと思っておりましたが、今まで彼のプライベートに関しては一切聞いた事が有りません。わたくしは王子の友人として接していたつもりでしたが、彼はあくまでも仕事の範囲内としてわたくしに接していたのだから、当然と言えば当然です。


「いますよ。喧しいくらい」

「多いんですか?」

「姉が一人、弟が二人に妹が一人です」


 トモヨさんが指折り数えています。五人兄弟ですわね。まぁ、貴族の中にも御兄弟が多い家は有りますが、あれは奥様が一人とは限らないというか、まぁそういう事情な事が多いわけですが。

 庶民の間で、一人の男性が何人もの女性を養うだけの生活の余裕のある者は少ない。絶対ないとは言い切れないでしょうが、一夫一妻が当たり前です。


 娯楽が少ないとどうなるのか、体現しているのが他でもないイーノックのご両親だったと、そう言う事なのでしょう。


 生温かい目を向けると「止めて下さい」と苦い顔をされました。


「賑やかでいいですわね」

「取って付けたような事言って……きっと喧しかったらあんた、子供でも容赦なく毒舌発揮するんだろ」


 なんですの。何を根拠にランベールがそんな事を仰るのかさっぱり理解出来ませんわ。

 ムッと頬を膨らませたのですが、ヴィンセントもイーノックも苦笑しています。あらなに? まさかお二人も同じように考えていらっしゃるとか?


 失礼にも程がありますわ。


「ちょっと世間の厳しさを身を以て教えて差し上げるだけですわ」

「それだよ、それ!」


 どれかしら? わたくしには分りません。

 つーんとそっぽを向くのと、ドン、と背に衝撃が走ったのとがほぼ同時でした。


「キャッ」

「ふびゃっ」


 わたくしの可愛らしい悲鳴と、喉が潰れたような悲鳴が重なりました。

 ふびゃ?


 振り向くと、わたくしの背中につくスレスレの位置で、顔を両手で押さえている小さな子供が居ました。

 状況から言って、一度背に顔面衝突して、その痛さに今声も出せずに打ち震えている、という所でしょう。


「だ、大丈夫か!?」

「選りにも選って……!」

「ああ、謝って、早く謝って。ルルーリアさんは子供の謝罪を無碍にするほど非道じゃないから!」

「ちょっとトモヨさん?」


 どういう意味なのかしら。

 わたくしにぶつかった子供への心配の仕方が尋常じゃない。しかもぶつかって痛い思いをした事に対してではなく、これからわたくしが子供にするであろう所業を想像して。失礼にも程があるでしょうに。

 わたくしをどんな鬼畜だと思っているのかしら。


 ニコリと笑顔でトモヨさんを威圧すると、彼女がガクガクと震え出しました。


「大丈夫? 痛かったわね」


 子供の目線に合わせる為に身を屈め、出来るだけ優しく頭を撫でました。

 なんだと……!? と絶句するイーノックとランベールを完全に無視して子供をなだめる。


「痛い? お薬いります?」


 わからない、と言いたげに首を傾げる。

 まぁ顔をぶつけたとはいえ、そう心配するような事態にはならないでしょう。何と言っても、わたくしの柔肌に当たっただけなのですから。


 あ、言っておきますが、わたくし子供は好きでしてよ。弟のアルだって随分可愛がりましたし、ジェイドなんて溺愛していました。

 そんなわたくしに向かって、皆さんどうかしているわ。


「ノア! あんた何してるの!」


 母親でしょうか。まだ歳若い女性が小走りでこちらに向かってきます。スカイブルーの鮮やかな長い髪を靡かせながら。


「ウチの子が何か……れ? あれ? 巫女様!?」


 女性の視線が子供から、その傍らにしゃがむわたくしへと移動し、驚きに目を見開きました。


「どうして巫女様、ああ、いえ、あの」

「どうか落ち着いて下さいまし」

「す、すみません」


 見事なまでの取り乱しっぷりについ笑いが込み上げてくる。


「お久しぶりですわね」


 相変わらずなようで。そう言うと彼女は僅かに頬を染めました。


 そう、ならこの子供はあの時まだ歩く事もままならなかったあの子なのですね。子供の成長が早いのか、年月が経つのが早いのか。


「ご無沙汰しております。まさかまた巫女様にお会い出来る日が来るなんて思ってもいませんでした」


 わたくしから離れ、母親の足にしがみ付いた子供が、不思議そうに彼女を見上げています。覚えていないのでしょう。当然ですし、覚えていなくていい。

 この町がかつて魔物の群れに襲われた記憶なんて、小さな子供に残す必要はございません。


 当時、巫女として神殿に属していたわたくしは、この町からの救援要請に応え、ジェイドと共に訪れた事が有ります。酷い有様でした。農作物は尽く荒され、けが人も多く出ていました。


 この町にいた間、わたくしとジェイドと数人の神官の世話をして下さったのが、この女性とその家族だったのです。


「あれ、巫女様にばかり気を取られてたけど、なんでアンタもいるの。イーノック」

「俺が巫女様の護衛だからだよ、姉さん」

「あらそうなの。へぇ、偉くなったものね」

「ええぇ!? 姉さん!?」


 少し遅れてやって来た衝撃と驚愕に、イーノック以外の全員が異口同音に声を上げました。勿論、わたくしも例にもれません。


 彼女がイーノックのお姉様。ああ、言われてみれば髪の色が隠し様もなく同じだわ。

 ならこの町は、イーノックの出身地、という事なのかしら。


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