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立ち位置


 残されたわたくしとランベールは、何となく無言のままお互いを横目で見やる。

 最年少のヴィンセントにカッコいい所を持ってかれ、更に置いて行かれ。

 しかもさっきまでの話の流れだと、何となく話し掛けにくい雰囲気があります。

 わたくしと目が合うと慌ててそっぽを向いたランベールに苦笑が零れます。


「わたくしは、貴方もコリアーもとても人間らしい方だと思いますわよ」


 あらいやだわ。コリアーに様を付けるのを忘れてしまいましたわ。

 ついつい心の中で呼び捨てにしているから、ポロッと口に出して言ってしまいました。


「別に人間と魔族の違い談義をするわけではございませんが、わたくしは喜怒哀楽を持ち合わせている事こそが人間の証なのだと思います」


 負の感情にのみ引っ張られる魔族との一番の相違点。生きる屍である死霊はもとより、魔族も多様な感情は削ぎ落とされてしまいます。感覚も鈍り、痛みさえも疎かになります。それは死を恐れない事に繋がります。


 あれ程までに死に対する恐怖を顕わにし、巫女に対する怒りを見せ、方法はどうであれ街を守ろうとしたコリアー。

 恩師を死に至らしめたわたくしを恨みながらも、旅に同行し時折仲間として接して下さり、その事に自身で葛藤を覚えているらしいランベール。


 殺すか己が滅びるかしか選択肢を見いだせない魔族たりえません。実に人間らしい、様々な感情を内包していらっしゃると思うのです。


 決して人間らしくある事がが正しいとも良いとも言えませんが。


「ヴィンセントに怒られたからと言って、わたくしに謝罪は必要ありませんわよ。貴方とわたくしが分り合えないのは仕方がない事ですもの。立ち位置が違いすぎるのですわ」


 ランベールの真正面に立ち、向かい合う。進むべき方向がまるで逆だと言うように。

 一緒に旅をしていようと、同じ人間だろうと、守りたい者も遣り遂げたい想いも何もかもが違うのです。


「別に、あんたに謝る気なんてない」

「そうですか。ならもっと堂々としていて下さいな。そんなしょぼくれたお顔をなさっていたら、わたくしが苛めたみたいで困りますわ」

「しょぼくれてなんてない!」

「あら本当。元気みたいですわね」


 そうそう、ランベールはその調子でないとね。

 

「それで、一体貴方はなんて場所にわたくしを飛ばして下さいましたの?」


 人の気配が皆無なのは良いのですが……

 キョロキョロと周囲を見渡すと、視界に入って来るのは瓦礫の山。

 以前は美しかったであろう彫刻が施された大きな石が崩れ、そこここに転がっています。


「このような場所へ連れて来て、わたくしをどうするおつも」

「火の神殿だ!」

「ええ、承知しております」

「あんたなぁ!?」


 いやだわ。言ってみただけではないですか。本当におちょくり甲斐のある方だこと。


 転移の座標に関してはランベールが設定したので、わたくしはどこへ通じているか知らないまま跳んだわけですが。

 あの短時間でそう遠くへ転移先を設定出来るはずもありませんし、打倒な所ですわね。


「お姉さん、ランベール?」


 スタスタと一人でどこかに行ってしまっていたヴィンセントが戻ってきました。


「あのさ、だからなんで僕だけ呼び捨てなの?」

「まぁ、まだ気になさっていましたの? 仕方がないじゃありませんか。貴方はそういう立ち位置なのですもの」

「え、さっきのってそういう話!?」


 くすくすと笑っていると、一体何を言っているのかとヴィンセントが問うてきたので、大したことは無いので知らなくて良いと教えて差し上げました。


「よろしいでしょうか」


 瓦礫の向こう側から女性が一人姿を現しました。


 白に所々赤の模様の入ったローブは、火の神殿の神官服でしょう。それを身に纏っている女性がわたくし達に向かって頭を下げる。


 ヴィンセントが周囲を調べている時に出くわしたのだそうです。あらまぁ、人の気配がしないだなんて思っていましたが、ちゃっかりいらっしゃいましたのね。


 わたくしにその辺りの機微を察する能力何てありませんので、雰囲気で適当な事を言ってしまいましたわ。ごめんなさいね。


「光の巫女様方は奥にいらっしゃいます」


 彼女について行くべきか逡巡の後、ヴィンセントが頷くのを見てわたくしも同じように返した。

 私達について行く気があるのを察して、女性はゆっくりと踵を返して歩き出しました。


 案内された神殿の内部は、至る所に変色した血痕が残っていて、魔族に襲われた凄惨な状況を俄かに残しています。

 ここでも、闇の神殿と同じようにたくさんの方が亡くなったのでしょう。


 一番奥へ辿り着くと、トモヨさん達と数人の神官がいらっしゃいました。


「ルルーリアさん! 良かった」

「皆様も無事で何よりですわ」


 オズとイーノックもちゃんと居ますわね。

 コリアーの口ぶりからすると、宿の方にも兵をやっていたようでしたので、少しばかり気がかりでした。


 心配はそれほどしておりませんでしたが。だって竜騎士と騎士の団長二人が付いていて、まさか一領主の下にいる兵士にしてやられるなんて有り得ません。


 神官達に目を向けると、彼女達の中心にいる一人の方だけが他とは少し違っていました。

 わたくしにも見覚えのあるローブを着ている。彼女は赤の刺繍ですが、わたくしは黒でした。今トモヨさんは純白で同じ型のローブを身に付けています。


 つまり、彼女は元火の精霊の巫女なのでしょう。いいえ、「元」とつけるのは失礼ですね。ローブを纏っているという事は、彼女は未だ巫女としてこの場にいるのでしょうから。


 火の精霊は確かジェイドが覚醒する数年前に眠りに就いたはずです。なので、彼女が巫女としての役目を終えた入れ替わりでわたくしが巫女になったくらいでしょうか。


「初めてお目にかかります、火の巫女様」

「初めまして。話は色々と伝え聞いてるけど、随分と勇ましい姿ね」


 粛々とした火の巫女とは対照的に、わたくしは今、髪も短く服装も動きやすさ重視のものを着用しています。

 男勝りだと笑われたようで苦く笑い返しました。


「気を悪くしないでね。ただ、羨ましいと思って……いえ、尊敬と言った方がいいかな」

「尊敬?」

「ええ。どうして今でも人の為に魔族を倒そうと働けるのか、私には解らない。身を粉にして尽しても返ってくるのは誹謗中傷ばかり。私でさえそうなんだから、あなたの場合は……。この街で思い知ったでしょう。ねぇ、人はそこまでして本当に救わなきゃいけないものなの?」


 ああ、この人は。この人は前回のわたくしだわ。

 魔族に滅ぼされてしまえばいいと思ったし、全部壊してしまえと望んだわたくしと同じ。


 人間なんて所詮醜い生き物だと思い知らされるばかりで、辛くてどうしようもなくて、誰もかれもが敵に見えてしまうのです。


 まぁ、あんな領主の治めるこの街にいたら、そりゃ人間不信に陥りますわよね。


「わたくしだって、人間が大嫌いなままですし、世界を魔族から救う戦いの為に旅をしているつもりなんて、更々ございません。けれど、恨んだり恨まれたりを繰り返すのはこりごりですもの。ですからその根源を無くしたいだけです。折角ジェイドと頑張って来たのですし」


 一度闇堕ちして、魔族側から人間を滅ぼそうとしたけれど、その結果は更に深い恨みを買って終わってしまいましたもの。なら今度は人間の側から……などという単純な考えを一度持ちはしましたけれど。


 浅はかだったと言いますか……いいえ、いいえ。わたくしはまだ純粋な心を持っていたという事ですわね。ええ、そうですとも。


 今は少しばかり広く物事を見る様に心がけていて、それで視界に入ってきたのは、醜い人間の心でした。


「それに、基本的に人間なんてロクでもない愚かな生き物だらと思いますわ。でも、そんな方達ばかりではないでしょう? わたくしの為に怒って下さる方も、守ってくれる人もいますし、貴女にも心配していつも傍にいて下さる方々がいらっしゃるじゃないですか」


 わたくしが、巫女を守るように周りに侍っている神官達に目配せをすると、彼女もハッと気づいたように目で追いました。


「そんな方達の事も人間と一括りにして恨んでしまうのは、わたくしはとても嫌だと、今は思えるようになりました。だからもう少し頑張ろうかな、と」


 あまり深く物事を考える性質ではありませんので、わたくしの行動理由なんて単純なものなのです。

 笑いかけると、火の巫女は弱々しく頷いて下さいました。


「けれどこの街に関しましては、ちょーっとオイタが過ぎましたわ。ね、イーノック」

「そうですね」

「え? どういう……」


 先ほどとは打って変わって、ニヤリと悪どく笑むと、火の巫女や神官達がちょっぴりざわつきました。

 光の巫女面々は慣れたとばかりに平然としていますが。


「魔族襲撃が恐ろしくて過剰防衛になっているのは分りますが、王命により動いている我々に危害を加えようなどと、国家反逆に等しい重罪です。きちんと王へ報告させていただきますよ、勿論」


 さすがリーダーです。パチパチと手を叩くと、トモヨさんもつられて下さいました。

 コリアーに向かってわざわざランベールが、光の巫女一行に危害を加えるのが街の総意か、と問うたのはこの為だったのです。ちゃんと言質は取っていますのでね、言い逃れ何て出来ません。


「巫女様方!」


 その時、ぱたぱたと走って二人の男性がこちらへやってきました。

 一瞬身構えましたが、火の巫女が首を振るので、すぐに警戒を解きます。


「あ! 荷物!」


 トモヨさんが指差す先を見ると、二人の男性が持っているのはわたくし達が宿に置いてきたままの荷物でした。


「あらお持ち下さったのね」


 もう荷物を取りに戻る事は出来ないだろうと、諦めていましたのに。

 なんて気の利く。


「街の方へ戻るのは危険です。この神殿の奥から外へと続く通路がありますので、そちらをお使いください」


 神官が丁寧に道を教えて下さいます。


「光の巫女様達が、この神殿に来るかどうかは賭けだったけど、待っていてよかった。会えて嬉しかったわ。それから、これを」


 火の巫女がわたくしの手に持っていた物を乗せました。

 飴玉くらいの大きさの紅石です。火の精霊、サラマンダーのように真っ赤な石。


「これは……」


 実は同じようなものをわたくしとトモヨさんも持っています。

 わたくしは、闇の神殿で黒石を見つけ、トモヨさんはウィスプに白石を渡されたと言っていました。


「神殿が壊された時に見つけたものよ。何の効力もないかもしれないけれど、持っていて」

「い、いけません。これは貴女が持っていなくては」


 この石は精霊に深く結びつくものです。

 精霊が消失した今でも巫女たらんとする彼女から、それを取り上げるような真似は出来ません。


「いいのよ。私の代わりに旅に連れて行ってあげて」

「……ではお預かりします。きっと返しにきますので」

「ええ、待っているわ。ではいってらっしゃい。あなた達に火の加護があらんことを」


 巫女や神官達に見送られてわたくし達は街を後にしました。

 

 少し離れた所からまた高い壁に囲われた街を見る。行きには感じなかったけれど、今見るととても閉鎖的で重苦しいように思えます。


「そして今晩も野宿ですのね……」


 わたくし達の心も足取りも、とても重たくなってしまいました。


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