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満面の笑みを

 

 見上げなければならない程の高さの壁が街を囲っています。

 わたくし達の目の前には鉄の扉がそびえ立っていて、武装した門番が待ち構えていました。

 少し前に魔族の大群に襲われて火の神殿が破壊されたはずなのですが、その傷跡は見えません。


 通行証を門番に見せ、問題なく中に通されたわたくし達は、取り敢えず宿へ行って部屋を取る事にしました。


 通りを行き交う人々は多いものの、表情はどこか固く、活気はそこまで無いように思われます。

 外観は完全に修復されていても、魔族に襲撃された恐怖は人の心に深い傷を残したままのようです。


 むしろ、不自然なほどに綺麗に街並みが整えられているからこそ、ここで暮らす人々の有様に違和感を覚えてしまうのかもしれません。

 火の神殿が魔族に襲われてからまだ、そんなに経っていないというのに、その形跡を全くと言っていいほど綺麗に無くしてしまっているから。


 とまぁ、わたくしの受けた印象は置いておくといたしまして。


「宿の部屋、どうしましょうか」


 受付をしていたイーノックが振り替えってそう問いました。

 なんとなく全員が顔を見合わせます。


「わたくし……わたしとトモヨさん、男性三人、の二部屋でよろしいのではないかしら。いえ、いいんじゃないかしら」


 言い直す意味があるのかどうか分らない程、普段通りの話し方をしてしまいましたが、それよりも一体イーノックが何で迷っているのかわたくしには理解できません。

 ちなみにウィスプは今トモヨさんと同化しています。


「いえそれでは、貴女方に何かあった時の対処が遅れます」

「殿方と同室の方が何かありそうで怖いのですが。それとも貴方は身をもってわたくしの薬の効果を知りたいと?」

「ご遠慮します」


 というやり取りの後、結局は男女に別れて二部屋を取る事になりました。

 

「ていうか、毎晩野宿ですぐそこで寝てんのに、今更夜這いの心配する意味が分かんないんだけど」


 部屋に入る直前に、ランベールのこの言葉が耳に入ってきました。

 パタン、とドアが閉まってからわたくしは大きく頷きます。


「トモヨさん、わたくし深夜にあちらの部屋に忍び込んでランベールに劇薬を飲ませようと思いますので、抜け出したからといって心配なさらないでね」

「大丈夫です。わたしも手伝います!」


 拳を握りしめ決意するわたくし達。

 どうしてランベールはいつでもどこでも、一言も二言も多いのでしょうね。とても残念な方だわ。

 黙っていれば美青年で通りますのに。


 いつ魔族が襲って来るか分らない緊張感の中での野宿と、守り固められた街の中の宿で眠るのとでは、お互い心境も全く違うでしょう。そして折角こうしてゆっくり出来るのですから、何の心配の種のない状態で安眠したいと言っているのよ。


 わたくしに対する嫌味だったのでしょうが、トモヨさんまでバッチリと苛立たせるだなんて、考えなしにも程があるというもの。本当にそんな事で彼女の心を掴めるとでも思っているのかしら。ハーレム要員のくせに。


「夕食まで少し時間がありますわね。外へ出掛けます?」

「あ、それなら火の神殿を見てみたいです」

「……そう、ですわね。どうなっているのかわたくしも見てみたいわ」


 これだけ街が早く復興しているのでしたら、神殿も綺麗に直されているのかもしれません。

 闇も光も、元の美しい姿が見る影もない無残な状態になっていて、トモヨさんはそんな神殿しか見た事がありません。


「では、男性陣に許可をもらわなければなりませんね。誰かに付いて来ていただかないといけませんし」


 二人だけで出掛けるのはさすがに出来ません。何時何時、何が起こるかわかりませんからね。

 どながた良いかしら。取り敢えずランベールは却下ですわね、などと話し合いながら、元々少ない荷物を置いて、身軽な状態で部屋を出ようとした時でした。


 コンコン


 ドアをノックする音がしました。


「オズ達かしら」


 彼等も外出しようとして呼びに来たのかもしれませんわね。

 そう思ってドアを開けました。


 みなさん、ドアを開ける前に絶対にどこのどなたなのか、確認を致しましょうね。わたくしは自身の軽率さに絶望しております。


 目の前にいるのは、見知らぬ男性二人。バトラーでしょうか。きっちりとした服を着こなした体格の良い方達です。


「どちら様かしら?」

「突然の訪問、大変申し訳ございません。ルルーリア・ハン・ヘルツォーク様でございますね。私達はコリアー家の使いでやってまいりました」

「まぁコリアー伯爵家の方ですのね」


 そうだろうとは思いましたが。コリアーと言えばこの街の領主様ですね。 

 丁寧に頭を下げる男性に楽にするように促す。


「それで、一体何の御用でしょう」

「我が主が是非お嬢様を屋敷へ招待したいと申しております」

「それはそれは。大変ありがたいお誘いなのですが、わたくしは巫女様の旅に同行している身ですので、単独で行動するわけにはまいりません。ね、巫女様」


 後ろにいたトモヨさんに同意を求めます。

 わたくしがトモヨさん達に同行しているというよりは、彼女達がわたくしとヴィンセントにくっついてきているというのが正しいのですが、この際どちらでも良いです。


 取り敢えずわたくしに逆らわない方がいいと思ったのか、コクコクと頷いて下さいました。トモヨさんのそういう察しの良い所が大好きです。


「勿論、皆さまもご一緒に」


 あら食い下がりますわね。そりゃあこの方達も手ぶらでは帰れないでしょうし、当然なのでしょうけれど。

 それにしたって、本当に何のご用なのかしら。


「……用向きは巫女様方にも関係のあるものもですか?」

「いえ、お嬢様への個人的なものです」


 街に入る検問でわたくし達の素性が割れたのだろうとは思いますが、トモヨさんではなくわたくしに用、というのがもうきな臭くて仕方がないのですが。

 

 コリアー伯爵……あまり王都へは上がって来られない方で、直接お会いした事は無かったように記憶しております。

 これだけ大きな街の自治をされているのであれば、それなりに見識と能力のある方と思われますが。


 さて、どういたしましょうか。断って不興を買うか、ついて行って面倒を背負い込むか。

 街を追い出されるだけで済むのなら断ってしまうのですが、相手がどんな方か分らないので判断のしようがありません。


「うるさいなぁ、廊下で何騒いで、んの」


 わたくし達の話し声が聞こえて来たらしく、ランベールが出てきました。そして顔を覗かせた瞬間に、出てきた事を後悔する表情に変わったのが実に愉快でした。

 思わず満面の笑みを浮かべてしまうくらい。


「ちょうど宜しゅうございました。わたくしでは判断のしようもありませんので、イーノック様達と相談させて下さいな」


 そうでした。もう少しで一人で決めて行動してしまう所でした。

 不安そうに見ているトモヨさんににこりと笑いかけます。

 

 わたくしが勝手に決めてしまっては、後でランベールに文句を言われてしまいそうですし、ここはリーダーたるイーノックと愉快な仲間達に話を持っていくべきでしょう。



 で、委ねた結果がこれですよ。

 わたくし達は今伯爵家のお屋敷に招かれております。


 全員ではありません。わたくしとヴィンセント、それとランベールの三人です。


 初めは総出で、という流れになりかけたのですが、なんとか阻止いたしました。


『イーノック様のご判断ですもの、否などございません。ええ、ありませんとも、まさか全員で行くと仰るなんて思ってもみませんでしたが』

『仕方がないでしょう……俺だって来たくはありませんでしたが、あのコリアー殿の屋敷へ貴女を一人で行かせるわけにはいきませんし』


 あの、と仰いますか。という事は一癖ある方なのですね。

 イーノックのこの言い方ですと、トモヨさん達に関係のない用向きだと言うのなら、尚更わたくし一人で行くべきではないか……と悩みましたが。


 正直言ってわたくしも単独で乗り込むのは流石に嫌でしたので、ヴィンセント達に同行していただくようにお願いしたのです。

 人選に関しましては、まあ何事も無ければいいのだけれど、という感じですわ。


 曰くありげなコリアー邸にトモヨさんを連れていくわけにはまいりませんので、残りのメンバーと宿屋に待機していただいております。


 通された部屋で伯爵が来るのを待ちます。

 私的な用という事だからか、この部屋はさほど広くはありません。

 用意されていた椅子は一脚で、わたくしが座り、ヴィンセントとランベールは後ろの壁に凭れるようにして立っています。


 後ろの二人が同じように腕組みをしてジッと睨みつけてきているように思えて、気が気ではありません。

 こんな中で一体何のお話が出来ると言うのでしょう。



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