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切り捨てる覚悟


「投獄? どこにするというのだ、また襲撃されるだけではないか」

「いっそ魔族に差し出してしまばいいだろう」

「どうしてそうなるんですか! ルルーリアさんの安全が第一じゃないんですか!?」

「あらあら、随分と楽しそうなお話合いですこと。わたくしも混ぜてくださいな」


 部屋の外まで声が漏れ聞こえる程の言い争いが、瞬時に静まり返りました。


 わたくしの錬成術で作り出したアイテムによって一時的に魔力を上げたヴィンセントに、空間転移の魔術を施してもらい、誰に気付かれる事もなく王城のとある一室への侵入に成功しました。

 ヴィンセントは王城の近くで待機中です。


 皆さんが取り囲むテーブルの上にすとんと降り立ったのですが、体勢を崩して転びそうになったのはご愛嬌。


 この会議室にいたのは数名の重臣とトモヨさん。ハーレムの皆さんがいらっしゃらないわね。彼女一人に対してこの人数で一体何を言い含めようとしていたのやら。


 ポカンとした皆さんの表情がとても愉快なので、取り敢えずテーブルの上から見下ろす形で会話を続けると致しましょう。


「残念ながらわたくし、投獄も魔族に差し出されるのも嫌ですので、王都を離れていっそ旅にでも出ようかと思っておりますの」


 頬に片手を当てて満面の笑みを浮かべます。


「何を言っている。旅の先々で魔族に襲われれば、各地に被害が拡大するだけではないか」

「あらまぁ、王都さえ無事ならそれで良いと、皆さまそうお考えなのだと思っておりましたわ」


 だって今まで各地の町村が襲われても、ロクな対策を行っていなかったではありませんか。

 いつだって後手後手に回って、破壊された町の復興支援に幾らかの金銭と人員を派遣するだけで、根本的な解決策を見出そうとはしていませんでした。


 それは精霊と巫女の仕事だからと。世界にたった七組だけ、しかも眠りに就いている事が大半で常にいるとは限らない精霊の力に頼りきり。後はこのご時世に自身の権力をどう維持拡大していくかしか考えられない方達ばかり。


「精霊殺しに魔族を引き寄せる厄災のような娘を持った公爵には同情する」

「いやむしろ、ヘルツォーク家の問題だ。親として責任を取ってもらわなければなるまいよ」


 要するにそれが言いたかっただけなのでしょう。回りくどいったらありませんわ。何が「なるまいよ」ですの。


 わたくしがどうとか、精霊も魔族も彼等お貴族様にとっては二の次。わたくしを餌にヘルツォーク家の失墜を狙っているだけに過ぎません。


 死なねば治らない頭のご病気に掛かってしまった方々ばかりですわね。魔族に襲撃でもされてみては如何かしら。

 何ならもう一度わたくしが闇堕ちして命を奪って差し上げても宜しいのですが、やっぱりこんな人達の為に人生無駄にしたくないとも思います。


 そうです。もうこんなどうでもいい人達に感情を左右されたくはない。

 今のわたくしではない過去、彼らにどのような目に遭わされたかを考えれば、命を賭して守って差し上げようなどと考えられるはずもございません。


 自分で言うのもなんですが、返す返すも不幸に満ちた人生を辿ったものです。

 己の過去と、目の前に居る彼等をせせら笑う。


 けれど一つ言えるとしたら、どんなに辛い記憶だったとしても、わたくしはちゃんと覚えておきたい。

 シメオンは忘れていればいいと言っていたけれど、記憶を取り戻した事を僅かも後悔してはおりません。


 全ては彼等に繋がるものだったから。


「まぁ大変です事、頑張って責任とって下さいましね、お兄様」


 実はいらっしゃった兄に笑顔を向けると、実にわたくしに良く似た作り物の笑みを返されました。

 垂れ目がちの、一見は穏やかそうに見えて、その実内心何を考えているのかさっぱり分らない腹黒い兄。あまり前へは出ず、いつも一歩下がって周囲を隙なく窺い、誰も気付かない間に裏で色々と画策して、あっという間に自分の思い通りに事を運んでしまう人です。

 

 容姿は全然違うのに、何故か良く似ていると言われるのが、それがあまり嬉しく無かったりする、自慢の兄です。


「可愛い妹の為ならなんなりと、と言ってあげたいのは山々だけれど。残念ながら僕にその権限はないんだよね。残念だけどルル、自分でどうにかしなさい」


 あらあら。ほんと、我が兄ながら笑顔でえげつないくらいバッサリと斬り捨ててくれるものですわ。清々しいったらありません。そんな兄が嫌いじゃないのだからわたくしもどうかしていますわね。


 ちなみに父は現在王都を空けておりますので、兄が名代を務めております。彼の決定がすなわちヘルツォーク家の決定と同意。権限が無いなどと、よくもまぁいけしゃあしゃあと嘘をつく事。


「筆頭公爵ともあろう方が、娘の罪を贖わないなど無責任な話あり得ないだろう」

「そうですねぇ。本当に我が妹に咎があるなら、差し出せるもの全てを捧げて許しを請いますが……罪が見当たりませんのでね」


 わたくしが咎められる罪が無い。だからヘルツォーク家が取るべき責任もないから、何もする気はない。兄の与えられている権利を行使するまでもない。

 だからもし、わたくし自身が何か思う所があるのなら、好きなようにしなさい。


 つまり、さっきの兄の言葉はこういう事だったようです。回りくどすぎてイラッとしますわね。それが狙いで、わざわざあんな言い方をしたのでしょうが。

 もっと真正面から妹を庇って下さっても良いと思いますの。これだから捻くれ者は。お義姉様も苦労なさっているでしょうね。


「ルルーリアさん……」


 心配そうにわたくしを見つめるトモヨさんに笑顔を向ける。異世界より無理やり連れて来られた彼女を全力でサポートするつもりでいましたが、勝手な事情で放り出してしまう形になってしまったのはとても心苦しい。


 けれどそれでもわたくしは行かなければなりません。知ってしまったから。シメオンとジェイドが隠そうとしていたものを。

 シメオンが成そうとしている事全てを理解したわけではありません。未だ分らない事も多くあったとしても。


 大切な物の殆どを全てここで切り捨てる覚悟もとっくに出来ています。


「皆さんのお考えはよく分りました。ヘルツォーク家の長女であるわたくしに、何らかの罰を与えなければ気が済まないのですね。致し方のない話です。家柄に恵まれ、容姿に恵まれ、その上多才ときている……生まれながらにして多くの方の嫉妬心を煽る、この輝かしい存在は、やはり目障りだと思う狭量な方も沢山いらっしゃるのですね」


 嘆かわしい事です、とわざとらしく溜め息を零します。

 何を言い出すんだコイツ……みたいな胡乱な目をする皆さんを見渡してから、懐に入れておいた短刀を取り出しました。


「あまりにも完璧な人間は他者に疎まれるが世の摂理。どこか欠けている人の方が愛されると言いますしね。申し訳ありません、この身から溢れ出る高貴さと品位は隠しようもございませんが……」


 喋りながら、ごくごく自然な動作で一つに纏めた髪へと短刀の刃を当て


 ザク――

 

 一気に切り落としました。そしてそれと同時に固く閉ざされていた扉が荒っぽく開けられました。


「巫女様こちらにおいでですか?」

「おい、お前等何や、てい、る……」


 勢いよく入って来たのは、イーノックとランベールでした。

 眉間に皺を盛大に寄せて大股でやって来た彼等は、わたくしの方を見てピタリと歩みを止め、この部屋にいる皆さん同様に目を見開いて唖然としています。


 あらいやだわ。欲しかったリアクションをこれでもかと下さってありがとうございます。


 肩に届きもしないくらいの位置でざっくりと短くなったわたくしの髪型と、手に握られた切り落とされた髪束、そして短刀。

 何をしたかは一目瞭然です。


「もうわたくしはヘルツォーク家の人間ではなく、ただのルルーリアです。ですのでわたくしを出汁にヘルツォーク家を非難する事はおやめくださいませ」


 子供の頃ならいざ知らず、ある程度成長した女性が髪を短くするというのは、貴族社会ではあり得ません。長く美しい髪はある種のステータスです。

 髪は女の命と言いますけれど。貴族女性が髪を切るというのは、家名を捨てて親族とも絶縁するという決意表明に使われます。

 

 世俗との繋がりを断絶して出家するだとか、身分違いで位の低い方との結婚を強く望まれる方の最終手段だとか、そんな時ですね。

 

 つまり、髪を切ったわたくしは、ヘルツォークと縁を切り家を出ると意思表示したことになります。


「やれやれ、また派手にやらかしたねぇルルーリア」


 背の高いイーノックに隠れていて気づきませんでしたが、どうやら彼らと一緒に部屋へ入って来ていたらしい王子が、言葉とは裏腹に楽しそうに笑いながら仰いました。


「呼んだはずの巫女が何時まで経っても現れないから探しに来て見れば。さてでは一体この部屋で何があったのか詳しく聞く必要があるみたいだね」


 ぐるりと室内を見渡したレオナルド王子は、なんだかそれだけで事態の全容を把握してしまっているようにも感じます。


「最初からきちんとお話させていただきますが、取り敢えず元妹の斬新な髪を整えてあげてもいいですかね」

「そうだね。ルル、控室に行ってきなよ。一応イーノックついて行ってあげて」


 兄の提案に王子は鷹揚に頷き、イーノックに目配せをしました。従順な騎士は無言のまま一礼し扉へと向かう。

 別にわたくし一人でも良いのですが、とはもう言い出せませんので、半数は話しの流れについて行けずポカンとしている面々に頭を下げて、わたくしも退出します。


「全く貴女は……思い切りが良過ぎでしょう」


 歩きながら、わたくしの頭をジッと見つめるイーノックは、苦虫を噛んだような表情を浮かべました。そんな彼にわたくしは苦笑を返すしかない。


「短い髪は似合いませんか?」

「そういう次元の話ではありません」

「そういう次元の話でしてよ。わたくしにとってはね」


 女として生きる為には長い髪が必要だなんて思っておりませんし、貴族であり続けたいとも考えておりません。

 ヘルツォーク家……家族と縁が切れてしまうというのは少し、少しだけ寂しい気も致しますが、形式上は他人でも血は繋がっていますし、気持ちは一生涯家族のままです。


 なので、必要とあらば髪を短くするくらい、なんて事はありません。これで家族がとやかく言われる理由が無くなるのならば安いものです。


「王子やオズワルド程ではないにしろ、俺もルルーリア様とはそれなりに長い付き合いをさせてもらっていると思っています」

「ええ、そうですわね」


 かれこれ……えぇと、と考えているとイーノックが静かに「五年です」と答えて下さいました。なんだか前にも同じようなやり取りをしたような、していないような。というか、わたくしの考えを読むのはやめていただきたいのですが。


「だから、貴女が負けん気が強くて他人に弱みを見せまいと肩ひじ張っている事とか、人に頼るのが下手で全部自分で背負いこもうとする所も知っています」


 急に足を止めたイーノックに気付いてわたくしも歩みを止めました。

 数歩後ろに居る彼に向き直る。


「ジェイドが消失した際、俺は見て見ぬふりをしました。貴女に手を差し伸べるのは他の男の役目だと思っていた。知っていたはずですのにね、貴女が素直に誰かの手を取ったりしないって。……俺にはルルーリア様が自ら選んで辛い道を歩んでいるようにしか見えない」


 何と返したらいいか分らず、わたくしは黙ってイーノックを見つめました。自嘲気味に顔を歪める彼もまた、わたくしの返事を必要としている風ではありません。


「すみません、変な事を口走りました」

「いえ。変ではございません。お心遣いありがとうございます」


 まさかイーノックに、こんなに心配されているとは思ってもみませんでした。彼は真面目で気配りの出来る方ではありますが、もっとドライというか、他人に深くかかわろうとしない方だと思っておりました。


 先ほど、部屋を出る直前に見たトモヨさんの表情を思い出す。彼女は今にも泣き出しそうな顔でわたくしを見つめていました。

 何と言いますか……心配されるというのはくすぐったいものなのですね。


「けれど別にわたくしは、死に急いでいるわけでも、この世界に絶望して自棄になっているわけでもありませんのでご安心を。ただ遣り遂げたい事があるのです。その為には出来るだけ皆さんに迷惑をかけない形で王都を出なければならなかった、それだけです」


 どこか力なくわたくしの隣までやって来たイーノックの腕をポンポンと軽く叩きます。貴方が気に病む必要はないのよと言う代わりに。

 わたくしは、ただ自身の我が侭だけで行動を起こそうとしているに過ぎないのですから。


「それよりもイーノック様。これからトモヨさんの事をよろしくお願いしますわね。今日みたいに一人で頭のおかしい方々と対峙させられるような事態にならぬよう、気を付けてあげて下さいませ」


 大人しいばかりの方かと思っていましたが、トモヨさんは以外と自分の意見はきちんと通す方ですので、簡単に言いくるめられてしまったりはしないでしょう。

 けれど、嫌な思いをする事に違いは有りませんし、口で言ってきかないとなれば次にどんな手を使って来るか知れません。


 何か言いたげに口を開きかけたイーノックに、ニッコリと笑みを浮かべて、わたくしは彼の言葉を待たずに控室へと入りました。



なんかもう…文章ぐちゃぐちゃですみません。

落ち着いたらザクッと修正入れます。取り敢えずは先に話進めます


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