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これが鉄則


 オズに貰ったロザリオを使った後、わたくしは寝込みました。

 すぐには何も変化はなくて、首を傾げていたのですが、その夜眠りに就いた後にそれはやって来ました。


 夢の中で延々と流れ続ける映像と、繰り返される歳月。何度も何度も泣いて、もうやめてと誰にともなく懇願した。


 おぼろげにしか覚えていませんが、熱を出して魘されるわたくしを看病して下さったのはトモヨさんとヴィンセントでした。

 朦朧とした意識の中で涙を流しながら苦しむわたくしを、心配そうに見守っていたのは、何となく覚えています。

 彼女達にとっては意味不明だっただろう、うわ言を呟いていた事も。



「お姉さん……もう大丈夫なの?」


 二日ぶりに起きてきたわたくしを、剣の手入れをしていたヴィンセントが目を丸くして見つめました。


「ええ。心配をかけてしまったみたいでごめんなさいね」


 なんだかんだと言って、本当に良い子ですわね。寝込めば看病をして下さるし、そもそも放って出て行ってしまってもいいというのに。

 照れ隠しなのか、少しムスッとした表情で視線を逸らしたヴィンセントに、自然と笑みがこぼれます。


「で、お姉さんのその恰好は何?」

「ああ、これ? なかなか似合いますでしょう」


 今わたくしが着ているのは、竜騎士の砦で着させてもらったような、身体のラインに合せた動きやすい衣装です。

 お屋敷の中でこの格好でいるのは違和感があります。ですがそれも、お屋敷の中にいればの話。


 私の返事に怪訝な表情をするヴィンセント。


「トモヨさん達は?」

「王様に呼ばれてさっき城に行ったけど」

「そう……」


 魔王討伐の旅に出るのを、わたくしが一度遅らせ、そうしているうちに再度魔王が王都に出現し……

 こうなってしまったら、この国がどう動こうとするのか、何となくわたくしも察せられます。


「ヴィンセント、わたくしの我が侭で何日もこの屋敷に押し留めてしまってごめんなさいね」


 彼もトモヨさん達の旅に同行して欲しい。そう口説き落とす為に止めさせていたわけだけれど、きっとそれだけが理由だったわけではなかったと思います。


 自分で意識はしていませんでしたが、ヴィンセントがあまりにもジェイドに似ていたものだから離れがたかった。多分、そんな思いがわたくしの中にあったのでしょう。

 ヴィンセントはジェイドではない。頭ではちゃんと分かっているつもりだったというのに。


「元々、暫くは王都で情報収集するつもりだった。寝床をタダで用意してもらえたのはありがたかったよ」

「そう言っていただけると嬉しいわ」

「……そろそろ俺は出て行った方がいいのか」


 予想はついていたらしく、飲み込みの早いヴィンセントに苦笑で返した。

 

「お別れするのは残念ですが、これ以上ここにいると巻き込んでしまいそうですもの」

「今更それ言うのかよ。最初から巻き込むつもりで俺をここに残らせたんだろ?」

「わたくしはトモヨさんの力になって欲しかったのであって、いざこざに付き合せる気は毛頭ありませんわ」


 けれどもう、今となってはトモヨさん達の旅がどうなるかも分りません。ならば早いうちにこの屋敷から出た方がヴィンセントの為です。


「お姉さんはそれでいいの。何でそんな冷静なんだよ。……魔王が人間だった時、仲良かったんだろ? そのせいでお姉さんは」


 わたくしが今どのような表情をしているのか自分自身では分りません。けれどヴィンセントはわたくしを見て辛そうに顔を歪めてから目を逸らし、途中で押し黙ってしまいました。


 二度もこの王都へシメオンを呼び寄せたとして、きっと城では、わたくしの処遇をどうするかで揉めに揉めている事でしょう。


 ここで潔く命を絶つのがお国とお家の為なのかもしれませんが、わたくしがそんな殊勝な考えの持ち主なわけがありません。

 

 死ぬ事なんて今更怖くも何ともありませんが、誰がいけ好かない貴族のオジサン達が喜ぶからと言って命を絶たねばならないのです。

 むしろ高らかに笑って誰よりも天寿を全うしてやりたくなるというもの。


 それにわたくしには、しなければならない使命が出来たのです。まぁ他の誰のためでもない自分勝手な使命ですが、これを放置したまま死ぬなんて真っ平御免被ります。


「ではヴィンセント……」


 寂しさを滲ませながら、わたくしは両手を広げました。


「いや、何? それ」

「え?」

「え、じゃなくて。お姉さんのその手、何を求めてんの?」


 いやだわ、ヴィンセントったら。分かっているくせにそんな風に訊くだなんて。

 ニコニコと笑顔でヴィンセントを見つめます。手は勿論広げたまま。


 ヴィンセントは大きく溜め息を吐いてから、グシャグシャと綺麗な黒髪を掻き回しました。

 そして観念したように、わたくしのすぐ傍まで来ると、少し躊躇いがちに抱擁して下さいました。


「オレはジェイドじゃない」

「ええ、貴方はヴィンセントよ。分かっています、けれど……今だけ、少しだけこのままで」


 幼かったジェイドとは全然違う。背丈はわたくしとほぼ同じヴィンセントは、もうしっかりとした男性の身体つきをしています。

 力だってわたくしとは比べ物にならない。


「お姉さんって思ってたより小さいんだな」

「あら一体どんな大女だと思われていたのかしら」

「そうじゃないけど……うん」


 歯切れ悪く言うと、ヴィンセントは身体を離しました。わたくしの肩に手を置いたまま間近に見つめてくる。


「俺も一緒に行く」

「はい? えぇと、どこへ?」


 なんだか話がポーンと遠くに投げ出されたような気がします。ついて行けずにポカンとしてしまいました。


「あんたってしっかりしてそうなのに、見ててすっごい危なっかしい」


 まぁなんて事。弟と同じような歳の子に心配されてしまいました。わたくしったらそんなに頼りなく見えるのかしら。

 確かにここ数日は弱っていましたけれど。これは由々しき事態ですわね。再度一からキャラ設定を固めなければならないわ。


 なんてくだらない事を考えている間にヴィンセントがさっさと支度を始めていました。


 ついて来ると言って……わたくしがこれから何処へ何をしに行くつもりなのか、ヴィンセントは分かっているのかしら。


「何処に行く気なのかは知らない。けど、もうここには戻って来ないつもりなんだろ」


 予想以上に的確な答えが返って来て目を見開きました。

 本当に聡い子ですわね。さすがレニエ様が育て上げた子、と言ったところでしょうか。そしてシメオンの弟弟子にも当たるのですもの、頭が良くて当然ね。ヴィンセントはきっと認めたくはないでしょうが。


 わたくしがここに居れば、また魔王が王都へやって来るかもしれない。今度は魔族の大群を引き連れて。そんな危険因子をのうのうと置いておくほど、お優しい人間は王都にはいません。


 良くて追い出されるか、最悪命を奪われるか。

 そうと分かっていてのほほんと屋敷でお茶をすすっていられる程、危機感が無いわけではないつもりです。


 やられる前にやる。これが鉄則というものですわ。


「巻き込みたくないと言ったわたくしの言葉を聞いてはくれませんの?」

「聞かない」


 か、可愛くない……! 見た目に反して全く可愛い気がありませんわ。


「事と次第によってはお尋ね者になるかもしれないのよ?」

「いいよ、別に。迷惑かける家族もいないし」

「…………」


 開いた口が塞がりません。どうしてそんなあっさりと決めてしまえるのかしら。これが若気の至りというものなのでしょうか?


 わたくしと一緒にいる事がどれだけ危険かを説き伏せてみたのですが、ヴィンセントは聞かないと言った通り、聞く耳を持って下さいませんでした。

 「へぇー」とか「あ、そうなんだー」などと心の籠らない、いっそ気持ちいいくらいの棒読みで返してくるばかりで。


「貴方に何かあったらレニエ様に何と申し開きをすればいいの……」

「いやいや、じいさんなら分かってくれるって」


 もう。そんな適当な事ばかり言って。どうなったって知りませんわよ。

 結局はわたくしが折れるまで不毛な口論は続きました。


 どっと疲れたわたくしは、右のこめかみをグリグリと指で押さえながら気持ちを落ち着かせました。

 旅は初めてではないとはいえ、何かと世間知らずなわたくし一人では立ち行かぬことも多い事でしょう。そう思えばヴィンセントが同行して下さるのはありがたい。


 それに危険が差し迫ったなら、何をおいてもわたくしが彼を助ければいいだけの事。そう考えを切り替えるしかありませんわね。


「……先の事は正直わたくしも決めてはおりませんが、まずは王城へと出向かなければなりませんの」


 ニコッと笑みを浮かべると、ヴィンセントもにやりと悪戯めいた表情を作りました。


「いいよ、こうなったらお姉さんにとことん付き合う」


 なんか面白そうだしね、と付け足したヴィンセントは、心から楽しんでそうに見えます。


「けれど貴方、やらなければならない事があったのではなくて?」


 怪我をして安静にしていないといけないというのに、それを押してでも何かを為そうとしていたはず。目的を放ってまでわたくしに付き合うのは忍びない。


「ああ……多分だけど、オレの目的はきっとお姉さんと居れば達成されそうだから」

「そう、なの?」


 全く想像がつかず首を傾げましたが、ヴィンセントはそれ以上何も教えてはくれませんでした。

 彼が、彼の意志で動いているというのなら、わたくしが口出しをするのはお門違いなのかもしれません。

 そういう事にしておいて、あまり深くは考えないようにしました。


「さてでは国王達の元へ行くと致しましょう。でも何だか普通に行くだけだと芸が無いわね」

「え、お城に行くのに芸が必要か?」

「あら知りませんでした? 最重要項目でしてよ」


 真顔で答えます。だってわたくし、至極真面目ですもの。

 真正面から行って、簡単に国王に面通ししていただけるとは思えませんしね。


 なんと言っても、わたくしは今や超危険人物扱いなのですもの。失礼しちゃいますわ。これほど平和をこよなく愛する人もいないと自負しておりますのに。


 まぁ、本当に平和を愛しているなら闇堕ちして国をぶっ潰そうなんて考えたりしませんけれど。何となく言ってみただけなのでお気になさらず。



やっと王都編終わりそう

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