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氷に届いたファンレター

作者: 御様卯月

「君、作家の氷山氷菓さんでしょ。」

ボーッとしていた私は我にかえった。目の前には学ランを着た、活発そうなツンツン髪の男の子がいた。

その子が私に向けて言っていた。

「いきなり何なの、君。それに、年上のお姉さんに向かって君、は無いんじゃないかな?。」

冷たい視線で見たにも関わらず、少年はニコニコしながら、私の座るベンチに無理やり座った。

黒く輝く制服に数年前を思い出す。

「いやいや、氷菓さんこそ、君って言ってるじゃん。でも、本当に高校生なんだね。この制服は確か、霧ヶ峰高校のだね。びっくりしたなぁ。高校生なのにあんなに面白い話が書けるなんて。」

その言葉に、私は聞こうと思っていたことを思い出した。

「君は本当に私のファンなの?私の本が中学生うけすると思えないけど。」

すると、少年は首を横に振った。

「すっごーく面白かった。今まで読んだ本の中で一番っていうくらい。本を中々読まない僕でも楽しめたし、本が本当に好きになったよ。あ、今のは本と本当をかけてみたんだ。面白かった?」

全然おもしろくない。

私はその辺に向けて大きなため息をついた。

私の本は大抵大人メインで書かれたもの。仕事を題材にしたり、生きることを題材にしたりとだ。だから、私の本が中学生に、ましてやお世辞でも真面目とは言えないこの少年に面白いと言われるなんてそんなこと、真実だとしても信じられない。

しかし、少年は私の予想を裏切るかの如く、たくさん話し始めた。

「やっぱり、僕、一番面白いと思ったのは『砂の満潮みちしお』かなぁ?デビュー作だからね。あのラストは誰も思いつかなかったんじゃないかな。 トリックが難しくて、でもってドキドキさせられて。もしかしてさ、氷菓さんって頭いいの?」

「別に。でも、その様子だと、君は私の本を本当に愛している、ということなんだね。」

「うん。そういうこと。氷菓さん、やっと分かってくれた。」

太陽のような明るい笑顔に、私は心が暖かくなった。

「でも―、」

少年の顔は先ほどとは裏腹に暗く曇った。

「でも僕は一年くらい前から、氷菓さんの本を読んでいないんだ。いや、それだけじゃない。僕は一年くらい前から誰の書いた本も、どんな本も、一冊も読んでいないんだ。」

少年の言葉に、私は愕然とする。さっきまであんなに語ってくれたこの少年に向けて、私は何と声を掛ければ良いのか。

「でも、いろいろあるじゃない。家の事とか金銭的な事とか。だから、しょうがないんだよ。」

少年はまだうつむいている。

「そう、なのかな...。」

「うん。そうだよ。私もその頃はスランプで、あまり良い話が書けなかったんだ。しょうがないことは誰にだってどうしようもできないの。」

私にはこれくらいしか、声をかけてあげることはできなかった。

一年前といえば、私のスランプがきた時もそのくらいだった。原因はよく思い出せないのだが、家の近くで事故があって、スランプはそれからだったと思う。それから、何冊か出版して、またスランプになって、それが今だ。

「一年前にこの近くで事故があって、私はその現場を見てしまったの。中学生くらいの男の子が轢かれてね、とても見ていられるものではなかった。小説を書こうとすると、あの場面が思い浮かんで、どうしようもなくなるの。」

私は、今まで誰にだって話したことのない話をした。

すると、少年は顔を上げてこちらを見つめた。

「僕もその事故知ってる。あれはもう、思いだしたくもない。」

そう言って、また顔を伏せた。

そうか、この少年も知っているんだ。一年前のあの事故を。

「僕は、この場所に来る前、世界は理不尽なんだって諦めてた。僕はそう思ったんだ。」

少年はそう言ってベンチから降りると、私の目の前をくるっと回った。

「そして決めたんだ。 一年前からずっとでていた、 氷菓さんの、いや、氷山氷菓先生の本を全部読むって。今の僕には一年分の本を読むことは無理だとわかったけど、氷菓さんに会えたことは忘れられない、いい思い出になったんだって。」

「私に会えたことがいい思い出...。」

そう言ってくれる人がいたなんて思いもよらなかった。

と、私の頭にいいアイディアが思い浮かんだ。

「あのさ、君。君の願いは私の、氷山氷菓の本を読むことなんでしょ?ならその願い、叶えられるよ。」

思わず口走っていたその言葉。だけど、後悔なんてあるはずなかった。

「明日の三時半にここに来て、そうすれば私の本を読むことができるよ。」

私は、ぽかんと口を開けている少年を見ながら立ち上がった。

「また明日、ね?」

暗くなりかけた空に、夕日が沈もうとしていた。


「思わず口走ったけど、来てくれるのかな。」

次の日の三時過ぎ、私は昨日と同じ公園に来ていた。

昨日は突然のことでああ言ってしまったが、実際は来てくれるのか心配なのだ。

私はため息をついた。と、その時―、

「氷菓さーん。」

手を振ってこちらに駆けてくる少年がいた。あれは間違いなく昨日の少年だ。

「ゴメンね、氷菓さん。ちょっと遅れちゃった。」

少年はテヘ、と舌を出した。

「いやー、用事が長引いちゃって。」

頭を掻く少年に、私は聞いた。

「もしかして学校かなにか?こちらこそ、こんな早い時間で...。」

少年は昨日のように首をぶんぶん振った。

「ううん、人と会う用事でさ。学校ではないから大丈夫だよ。」

学校、という時に一瞬、顔が曇ったような気がした。

「ま、とにかく行こうか。」

行き先を知らないであろう少年の手をひいて、私は目的地へと連れて行った。


「わぁー、大きい家。これ、氷菓さん一人で住んでるの?」

「 もちろん。印税だけで暮らしてるんだけどね。親は海外だし。」

「さすが氷菓さん。」

私の家を見て歓声をあげる少年を見て、私は少しだけ微笑んだ。

「じゃ、入ろっか。」

私は、また少年の手をひいた。

「うわー、本がたくさん。しかも、全部氷菓さんのだね。」

「ほらほら、私の本読みたいんでしょ?君が知らない作品もあるかもしれないから、読みたいだけ読みなさい。」

私の言葉に少年は驚く。

「もしかして、僕をここに呼んだのは僕が読んでない作品を読ませるため...?」

少年の問いに、私は首を縦に振った。

「本は出版順に並んでいるから、順番に読むといいよ。」

少年は目をキラキラさせて、本を選び始めた。


それから数時間経ち、夕日が沈む時間になった。

「今日はもう遅いから、また明日。同じ公園でね。」

少年を玄関で送り、いつもの、一人の生活がはじまった。


それから一週間以上日にちが経ち、とうとう残すところ一冊となった。


「はぁ、今日で終わりかぁ、君と会うのも。」

家に向かう途中でそう切り込んだ。

いつも私より先に話し始める少年は、今日は黙っている。

「うん、そうだね。」

少年は元気なしにうなずいた。

「どうしたの?君。元気ないね。」

少年はうつむきながら答えた。

「何言ってんのさ。いつも通りだよ。」

やっぱり、元気はなさそうだった。

家に入ると、私は言った。

「じゃ、いつも通り読んでくれてかまわないよ。私は小説を書いているから。」

少年はやはり、元気のなさそうに首を振ると、本を手にとった。


数時間後、そろそろ読み終わった頃だと思い、少年のいる部屋を覗きこむと、少年は窓の外の風景をじっと眺めていた。

「もう読み終わっ―」

―たの?なんて聞くことは出来なかった。

何故なら、少年の頬には涙が流れていたからだ。

私は何もできずに、ただ立っていただけだった。


「氷菓さーん、読み終わったよ。」

向こうから少年の声がしてこっちの部屋に入ってきた。

さっき流していた涙は拭いとられ、いつも通りの元気な少年だった。

すると、図ったように夕暮れを知らせるチャイムがなった。

「あーあ、もう帰らないと。」

そう言った少年の顔は晴れ晴れとしていた。

「玄関まで送るよ。」

さっきの悲しそうな少年の顔を見る限り、とても心配だった。

門をくぐった少年がこちらを振り返った。

初めて公園で会ったときのようにくるっと回り、こちらを振り向いた。

「そういや、氷菓さん。僕、名前教えてなかったよね。」

言われて見ればそうだ。いつも、君や少年で通していたから気が付かなかった。

「僕の名前はね―、」

私はその名前を聞いて息をのんだ。

「今度こそ、本当にさようなら。―氷菓先生。」

歩いていく少年を追いかけた。

「待って!君は、もしかして...。」

そこで、勢いよく風が吹いた。それとともに少年の姿が消えた。

私はその場に座りこんだ。風はまだ吹き続けている。


家に入ると私はパソコンの、あるファイルを開いた。

それと同時に過去に届いたファンレターも探した。

ファイルの中身は、Web小説時代のコメントだ。

それの、一番最初のコメントを探す。

他の人の五倍ぐらいの長さで書かれたそれの差出人の名前は、『御石李雄』。

少年が名乗った名前だ。

ファンレターも見た。

新刊を出して、一番最初に来るファンレターの差出人はすべて、『御石李雄』。

やはり、少年が出したものだ。

しかも、そのファンレターは一年前で止まっている。

間違いない。

私はそのファンレターを抱きしめた。

やっぱり、あの少年は私の小説のファンだった。

あの少年の言っていたことは、嘘ではなかったのだ。

その時、私の持っていたファンレターにあるものを見つけた。

「これは―、」

明日は土曜日で、学校もない。

これはいいチャンス。そう思った。


私は、少し古いアパートの前で立ち止まった。ファンレターに書かれていた住所と同じ場所だ。

昨日、李雄からのファンレターに書かれていた住所をスマホで調べ、土曜日の今日、ここにきたのだ。

すぐに呼び鈴を鳴らす。

綺麗なチャイムとともに、はーいという女性の声が聞こえた。

「どちら様ですか?」

「私―、」

そうだ、本名を言ってもわからないんだ。

かといって、ペンネームを言うのも気が引ける。

どうしようか迷っていると、ドアが開いた。

「はーい、あれ?どちら様?」

家主も困り顔だ。

しょうがないからペンネームを名乗ることにした。

「私、作家の氷山氷菓です。あの、李雄君に用事があって―、」

いいかけたところで、家主さんが口を挟んだ。

「氷山氷菓先生!?何でうちに?まぁ、入って入って。」

半ば強制的に入らされた。

室内はとても掃除が行き届いていて、快適だった。

お茶を出された後、母親と思われる人と話し始めた。

「ところで、人気作家の氷山氷菓先生がうちに何の用なのですか?」

話したかった本題に入ってくれた。

「あの、李雄君とお話がしたくて。今日は学校が休みですよね。以前頂いたファンレターに住所が書かれていて。それでこの場所がわかったんです。」

母親は、はっと目を見開く。

「あの子、ファンレターに住所を書くなんて。突然、手紙の書き方を聞いてきたと思えばそんなことをしていたんですね。多分、その手紙は三年ほど前のものでしょう?その時以来、あなたの本に夢中でしたから。」

「三年前...。そんな昔から。」

驚いた。そんな昔から、私の本を読んでくれていたのか。

「ところで、肝心の李雄君はどこにいるのですか?見当たりませんが。」

すると、母親は下を向いて、その事実を口にした。

「病院です。あの子は病院で眠っています。」

「えっ。そんな...、」

私の口からはそれぐらいしか言葉が出てこなかった。

「あの子は昔から体が弱くて、家にずっと籠っていました。する事がなかったあの子が好きになったのがあなたの本。毎日毎日読んで、あなたの世界の虜になった。ファンレターを書くぐらいにね。でも、病気がもうすぐ治るとなった時、更なる悲劇があの子を襲った。交通事故です。この近くで一年前に起きたの。知っているでしょう。けが事態は何ともなかったけど、病気のほうが悪化してしまって、それからはほとんど寝たきりで、本も読めなくなった。それが一年前のことです。」

一年前といえば、李雄が本を読めなくなったと言っていた時だ。そして、私がスランプになった原因。事故にあったは、李雄のことだったのだ。 でも、寝たきりと言うのは...、

「では、私がこのところ見ていた李雄君は...、」

そんなこと、認めたくはなかった。だけど、李雄が眠っていることも、私が李雄に会ったことも本当なのだ。

「李雄に会ったんですね。もしかするとそれは、あなたの本を読みたがっていたあの子の魂か何かでしょうね。」

そうだ、李雄は学校の話を出した時も、事故の話を出した時も、悲しそうにしていた。

きっと、自分自身のことをわかっていたのだろう。

「そんな、そんなの...。」

泣き続ける私を見て、母親は私に一枚の紙を渡した。

「ここがあの子の病室です。どうか会いに行ってやって下さい。」

涙で濡れた手で、私は紙を受け取った。

「ありがとう、ございます。」

私は、その場を後にして、病院へ向かった。


201と書かれた扉を開けた。

そこにいたのは間違いなく李雄だった。

管に繋がれ、苦しそうな李雄の姿は、今まで見たことがないほど可哀想だった。

ただ見ていることしか出来ない、昨日もそうだった。

外の景色を涙を流しながら見る李雄の姿を私は、ただ黙って見ていた。

私には李雄を助けることはできない。

そんなことを考えていたとき、私の頭に一つのアイデアが浮かんだ。

私にしか出来ない、私だけのやり方。それは―、


久し振りにやる気になった。手が、リズムよくキーボードを叩いている。

私だけのやり方、それは小説を書くこと。

私以外は誰も出来ない、李雄を元気づける方法。

学校の休みの日や授業の合間を縫って完成した小説がこれだ。

主人公で小説家・葉山梓が、自分の書いた小説の読者・御石李雄に会い、変わっていく話だ。

ストレートすぎる話だったが、それでもよかった。

李雄の名前を使うことは母親からOKが出ているので著作権は問題なしだし、李雄ならいいと言うだろう。

編集者に見せた途端、すぐに刊行が決まった。

なんと、たくさんの読者から新作を求む声が聞こえていたそうだ。

しかも、出版記念イベントとして、サイン会もやるらしい。

久し振りの本格的な仕事だった。

私は、李雄のおかげでスランプから抜け出すことができた。


出版記念イベント当日となった。

一番目に並んでいたのは李雄の母親だった。

李雄のためにサインをもらいに来たらしい。

いい母親だな、と私は思った。

少しだけ、李雄がうらやましい。

それから、サイン会は順調に進み、無事に終わった。

私の、最高の作品は李雄に届いただろうか。


一年後、とうとう高校二年生となった私は、まだ小説家を続けていた。

クラスの面々が変わっても、私は一人のままだ。

「ねぇねぇ、今日転校生来るらしいよ。」「本当?男、女、どっち?」

クラスメイトがそんな話をしているのを盗み聞きしながら、今日も小説を書いている。

先生が入ってきてホームルームが始まった。

「今日は転校生を紹介するぞ。入ってこい。」

入ってきた転校生は私よりも背が低く、ツンツン髪をしていた。

「転校生の御石李雄です。よろしくお願いします。」

そう言って礼をした。

「李雄ッ。」

私は叫んだ。

椅子が盛大な音を立てて倒れた。周りが少々ざわめく。

李雄は教卓の所からこちらまで歩いて来た。

「李雄、体は大丈夫なの?私、李雄のおかげでスランプから抜け出すことができたよ。ありがとう。」

李雄にしがみついて泣きじゃくる私を見て、クラスメイト達の目がまるくなる。

いつもの無口な私と違うからびっくりしたのだろう。

李雄が私の頭をポンポンと叩いて言った。

「久し振りだね。氷菓さん。いや、梓。新作すっごく面白かった。」

「ありがとう、ありがとう。李雄。」

私は李雄を抱きしめて泣き続ける。

こうして、私達の再会は幕を閉じた。


昼休み、クラスメイトとなった李雄とともに昼食を食べていた。

ホームルームでの出来事がきっかけで、私と李雄の関係をしつこく聞かれたり、私が氷山氷菓だということがばれたが、何とかまるく治められた。

「母さんがサインと新刊持ってきてさ、読ませてくれたんだ。学校は、家から近い私立に入れたからよかったけど、まさか梓がいるなんてな。」

「こっちだって、李雄が同い年だなんて知らなかったよ。敬語使われてたし、てっきり年下かと...。」

「だって、大好きな作家さんだから。」

大好きな作家と言われて顔が熱くなる。

私はパソコンを取りだし、言った。

「そうだ。新作書いたから読んで感想くれない?編集者に出すから。」

李雄は笑いながら言った。

「OK、任せとけ。ところで次は何の話だ?」

李雄の笑顔は、今までで一番輝いていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点]  ベタな内容を恥ずかしがらずに書き終えていること。 [気になる点]  前作と似ている。再読するとアラが目立つ(逆に言えば一揆読みさせる)。 [一言]  タイトルが素敵です。
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