真名と魔王の城
男の転移魔法とやらで、魔王城のあるという森まで飛んだ。少し遠くに見えるのは、いかにも魔王城といった雰囲気のものものしいそれだ。
「あれか」
「はい」
男は何処か緊張した面持ちで頷いた。
ああ、そういえば。
「お前、名前は何て言うんだ?」
俺が聞くと、男は一瞬固まった。
「……それは、真名をお問いですか」
「真名?」
その聞き返しを肯定と間違えたのだろうか、男は緊張した面持ちで、
「それならば、私の真名はイルザークでございます」
と答えた。
「ちょっと待て。真名って何だ?」
「ご存知ないのですか」
心底驚いた顔をされた。この世界では常識なのだろうか。でもここで、
「ああ知ってる知ってる、真名ね。アレでしょ、ほら……」
なんて知ったかぶれば、痛い目を見るのは俺の方なのだ。
「知らん」
「ええと、我々のように人型をとる魔族を含め、魔の物は皆、普通の名前と別に真名を持ちます。真名は、その者の命と言ってもいいほど、大切なものなのです」
「へぇ」
俺はそこで説明が終わるのかと思ったが、それから、と男——イルザークは続けた。
「名前を問われて真名を答えれば、それは服従の意を示します」
「ん?」
「もし真名を用いて命令されれば——我々は死ね、と言われても逆らえません」
俺は思わず一瞬、キョトンとしてしまった。
「……それ、わざわざ言わなくて良かったんじゃないのか」
「何故です?」
「だって、それ言って、もし俺がお前に死ねって命令したらどうする気だったんだよ?」
今度は男の方がキョトンとする番だった。
「それは、死にますね」
「死にますねって、お前な」
「我ら魔族は、もとより魔王陛下に反抗などいたしませんから」
当たり前のようにそう言った。
「人と違って、我ら魔族は王に逆らいませんし、裏切りません。そもそも、私どもには人間のあの行動の方がよっぽど理解できないのですが……」
俺は、また笑いの衝動がこみ上げて来るのを感じた。
「くくく、あははは、最高だ、なんだよ、人間より魔物の方がいいってさ」
俺は自分が魔王であって、勇者でなくて、本当に良かったと思った。
残念だったな、有志。
お前はすぐに裏切るかれしれない部下を抱えて冒険しなきゃいけないんだろ? ……俺を倒すために。
「イルザークだったよな」
「は、はい」
「安心してくれ、俺はお前に死ねなんて言わない。もし命令するとしても裏切るな、だったがその必要も無いらしいしな」
「はぁ……」
イルザークはいまいち釈然としていない様子だった。
そんな話をしているうちに、俺たちは城の門の前までたどり着いた。
石造りの巨大な門が、これまた物々しい。
「さて。改めて申し上げます。こちらが——」
いかにも重そうな扉を、イルザークは軽々と片手で押した。
「魔王城にございます」
扉を開けた瞬間見えた様々な異形の魔物たちが、俺に一斉に頭を下げた。
「よくぞいらっしゃいました、我らが王よ」
俺は自分の唇が上がるのを感じた。
「ああ、今来た。我が部下よ」
女の子たちが出て来ないと文面がむさいので、次話にこそは可愛い子達を出したいです。